表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第8話 追放

ウィルは石で出来た、光の入らぬ地下牢に閉じ込められた。

目が見えぬ状態では、光が入ろうと入らずとも関係がない。

近くを手で探ると、リクオーネから受け取った”精霊の竪琴”が、ウィルと一緒に放り込まれていた。


身体に力は入らなかったが、壁に寄り掛かり、何とか半身を起こす。

酷く眩暈がした。

意識が遠のいていくような感覚に、必死で耐えた。


暫くすると少し楽になり、ウィルは顔を上げて一度深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。



まだ”命”はある。

僅かでもこの時を…。




ウィルは”精霊の竪琴”に指を這わせる。

弾く”力”は必要ない。

ただ心のままに、弦を指でなぞれば良い。


ウィルの魂と共鳴して、”精霊の竪琴”は奇跡の音色を奏でた。








どこからともなく聞こえてくる美しい琴の音。

王都は光に包まれる。

大気が輝き、愛で満たすように旋律は隅々まで広がっていった。



毎日…朝も昼も夜もなく、響き続けた。

不思議と嫌に思う者は皆無で、むしろ心地が良い。

ふと演奏が止まり、気付くとまたいつの間にか再開されている。


誰がどうやって弾いているのか民衆には判らなかったが、その調べは王都のみならず、城下町や果ては近隣の村や街にまで響き渡った。







幾日過ぎた頃だろう。

ウィルは地下牢を出された。

「判決を言い渡す。もはや人ではない人外の者よ、日が沈むまでに、この国を出て行け!」



何がどうなっているのか、ウィルには何も判らない。

床にへたり込んで動かないウィルを、衛兵が無理矢理王宮から追い出した。



”精霊の竪琴”だけを大事に抱え、抓み出されたその場でウィルはやはり動けなくなっていた。



「悪い、待たせた。」

リクオーネの声が聞こえた。


リクオーネとその仲間達、そして同行した王宮騎士団、善意ある猛者達でずっと王を説得して来た。

毎日毎日…。

しかし王の下した決断は、ウィルの国外追放。

王にとってウィルは、大事な役目も果たせぬ役立たずな、穢らわしき人ならざる者でしかなくなっていた。




「お前の家族が待っている。家へ帰ろう…。」

リクオーネはウィルを背負って歩き出した。



ふと、気付く。

幾日も牢獄に囚われいたのに、臭い所かウィルからは芳しい花のような香りがした。

背負っているのに重さを感じない。

「……。」



『既に人ではない。』

誰かが言った言葉がリクオーネの脳裏を過った。






玄関まで来ると、リクオーネはそっとウィルを下ろした。

軽くよろける。


「…大丈夫。」

少し辛そうだったが、ウィルは笑顔を見せた。


顔色はあまり良くない。

それでも、自力で立つ事が出来る分だけ、魔の山の帰り道よりはマシに見えた。



玄関を開けようとリクオーネが手を伸ばすと、それよりも前にウィルの年の離れた弟がふたり、飛び出して来た。

「兄ちゃん、お帰り!遅かったね!」

「兄ちゃんドジだから迷子になってたんでしょう?」

弟達は何も知らないのか、楽しい笑い声が聞こえて来た。

ウィルは穏やかに微笑みを返す。


「ほら、早く入って!ご馳走だよ!」

「ごめんね、手を引いてくれる?何も見えないんだ。」


ウィルの言葉で、弟達は気付く。

旅立った時と変わらぬ優しい笑顔のウィルは、目を開けているのに視線が定まらず、空に向かって話していた。


弟達は、おずおずとウィルの手を引いて家に入る。


「まぁまぁ、この子ったら…!本当に…。」

家では御馳走と共に母が待っており、弟二人に手を引かれて入って来たウィルを迎えた。

ウィルは母に気付いて顔を向けるが、視線は合っていない。

母はウィルに抱き付いて、涙で濡らした。


「だから言ったんだよ…お前では無理だと…。馬鹿な子だよ…。」

リクオーネから全て聞いていたのだろう。

母はただそう言って、抱き締めた。




その後、サクリノも来て、ささやかなパーティーが開かれた。


「兄ちゃんが大好きな物ばっかりだよ!」

「取ってあげる!ほら、ここにあるよ!」

弟達は、目が見えぬウィルを気遣い手を差し伸べる。

しかしウィルは何一つ口にしない。



「ウィル、謡ってくれよ。あの下手くそな訳判んない歌が聞きたくて仕方がなくなった。」

リクオーネが冗談混じりに言った。


「ごめんね…もう、無理なんだ…。」



何が「もう」なのか、何故「無理」なのか。

判らなかったが、ウィルは謡う事はなかった。

あれだけ好きだったのに…。



「じゃあ兄ちゃん、竪琴弾いてよ!」


ウィルは笑顔で答えた。

「それなら、出来る。」



ウィルは”精霊の竪琴”を奏でる。

美しい音色が響き渡る。優しく、愛おしく、心に沁み込んでいく…。


弟達にも、毎日聞こえていたあの美しい調べが、ウィルが弾いていたものだと今ようやく気が付いた。



曲が終わった後、余韻に浸り、弟がウィルに抱き着くようにして聞いた。

「目が見えないのに、弾けるの?」


「指で弾いてはいるけど、違うんだ。”精霊の竪琴”と僕の魂が共鳴し合って響かせるんだよ。音のようで、音ではないんだ。」



魔の山へ向かう旅の途中で答えたのとは、少し違う答え方が返って来た。

同行したリクオーネとサクリノは気付いたが、弟達にはウィルの説明では理解出来なかった。




旅立つ前と同じ、穏やかで幸せな時間。

あの頃に戻ったような錯覚さえ起こす…。



しかし何もかもが刻々と迫る。





突然衛兵がノックもなく入って来て言った。

「時間だ。」







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ