第7話 王都帰還
王都に戻る道のりは、来た時とは違い魔物も出る事もなく、とても楽に進めた。
ウィルは意識を保つ事すら難しい様子で、サクリノの背で眠り続ける。
「不思議な奴だ…。何故、ばかり疑問だらけだ。
何故最初に名乗り出られた?何故役不足だと判っていながら命を掛けた?何故視力を失ったのにショックを受けない?何故じきに死ぬと言われても平気でいられる?何故…。」
サクリノの、誰に言うでもない独り言にリクオーネが答えた。
「コイツな、昔っからそうなんだよ。」
「…答えになってないな。」
ようやく王都に着いた。
見上げる程大きな壁に囲まれた、扉が開く。
何時、どうやって知ったのか、大勢の民衆が一行を迎えた。
街の入り口から城へ向かう大通りに、道の中心を開けて左右建物側に見渡す限りの人だかりが出来ていた。人の道は一直線に城へと伸びている。
帰還した討伐隊を見て、歓声が上がった。
たくさんの喜びの笑顔。拍手と称える声が木霊する。
やっと帰って来た。
帰還した討伐隊は、心から安堵し、訪れた平和と成し遂げた偉業を実感した。
民衆も大勢の帰還者を見て歓喜した。
出発した時より、少しばかり減っただろうか。
それでも世界を危機から救った者達としては、思っていた以上の生存者と元気そうな姿で、予想していたよりも道中も戦いも楽なものであったのだと誤認してしまう程だった。
その中で、ひとりだけ動けない者がいた。
サクリノに背負われて、ぐったりと項垂れた”勇者”という名の”生贄”のウィルだった。
民衆は”生贄”だから仕方がないと諦め、他の帰還者の無事を喜んだ。
王都に到着しても、ウィルの容体は変わらなかった。
リクオーネには、消え入りそうな命の灯を必死で繋ぎ止めているようにも見えた。
早く休ませ、医師に診せたい。
逸る気持ちを抑え、リクオーネとサクリノは凱旋の人の道を歩き続けた。
王宮に到着し、導かれるまま奥へと入って行く。
王座に座る王の前に通された。帰還した全員が、王に跪く。
「王の御前であるぞ!」
衛兵に注意され仕方なく、意識が朦朧としているウィルを見た目だけでも跪かせ、リクオーネとサクリノで支えた。
王宮騎士団が見たままを詳細に渡って、王に報告した。
すると突然、王は烈火の如く激昂し、大声で怒鳴った。
「封印出来ていないだと!?貴様、何の為に洗礼を受けた?やはりただの役立たずだったか!!」
王は持っていた杖を振りかざし、支えられているだけのウィルに向かって、怒号を発した。
その声に気付いてウィルは見えない目を開け、声のした方へ顔を向ける。
怒りを露にする王に慌てて、王宮騎士団はどれだけウィルが”勇者”として身を削り献身したか、全員で説いたが王は聞く耳を持たない。
ウィルがいたからこそ犠牲者も少数で済み、魔の山で生き延び、そして魔王を倒したのもウィルだと…。光を取り戻せたのも総てウィルの活躍あってこそだと、声を上げたが聞いては貰えない。
王はただひたすら”闇の石”封印だけを、この”役立たず”な”人柱”に求めていた。
誰が言っても王にとって、ウィルは世界の”人柱””生贄”でしかなく、その目で戦いを見ていない王には、ウィルを”勇者”として見る事は不可能だった。
「この者をひっ捕らえろ!」
思いも掛けない言葉が王から発せられた。
リクオーネとサクリノに支えられていたウィルを、衛兵が両脇を掴み上げる。
「リクオーネ…竪琴を…!」
衛兵に引き摺られて行く中で、ウィルは今自分が居た方へ向かって手を伸ばした。
王宮の者には、音を奏でるだけの他に何の役にも立たないただの楽器に見える”精霊の竪琴”は、何とかウィルに渡す事だけは出来た。
「役立たずな吟遊詩人風情が…それでもまだ謡うか。」
嘲笑う声が聞こえた。
リクオーネは怒りに奮え、王に盾突くように怒鳴った。
「何を馬鹿な事を!ウィルはこの世界を救った功労者だぞ!?」
だが王は冷徹に見下す眼を向けて言う。
「本当の意味で救った訳ではない。役目も果たしてはおらぬ。」
サクリノも抗議の声を上げた。
「待ってくれ!じきに彼の命は尽きる。”闇の石”に挑んだせいだ。せめて…。」
「牢獄の中で死ぬが良い!」
”世界を救う”という重大な責務から、”闇の石”の封印は鉄則であり、それを果たせなかったウィルを王は許せなかった。
例え他にどんな功績があろうと、耳を貸すことはなかった。
挙句、猛者達からは禍々しき魔王と同じ”媒体”であると聞く。
もはや”人”として扱う事は出来なかった。