第5話 決戦
「勇者…だと!?」
「お前と同じ、人を媒体とした”闇の石”を封印する器だ。精霊が残した光を、希望を、俺達は決して失わない!」
魔王と対峙した猛者達と王宮騎士団が、勇ましく叫んだ。
その魔物は、人の何倍もあり巨大で醜く、それが元は人間であったと言われても信じる事は出来ない程、禍々しかった。
魔物の足元に展開する、猛者達や王宮騎士団、”勇者”を名乗る竪琴を持ったひ弱な人間は小さく、身の程知らずに見えた。
「我が名は魔王。魔界と、この世を統べる者。”闇の石”の力、味わうが良い!」
魔王の重力波が一行を襲う。
有り得ない重力が圧し掛かり、押し潰される。
魔導士達が防御魔法を展開し、耐え忍んだ。
勇者ウィルが”精霊の竪琴”を奏でた。
美しい旋律が光となって大気を輝かせ、恐ろしい闇の波動も、魔王も総て包み込んでいく。
「莫迦な…人がこんな力を…!?」
「お前と同じと言っただろう。」
猛者の一人が言った。
「消えろ。」
魔王を名乗った巨大な魔物は、為す術もなく断末魔を上げる。
「莫迦な…莫迦な!精霊さえも滅した我を…莫迦な!!」
曲が終わりを告げる前に、魔王は塵となって消えていった。
魔王が居た所に、小さな珠が残った。
黒より漆黒の、”闇の石”…。
魔王と共に”精霊の曲”による浄化を受けて、その珠は燻るような闇の波動を発していた。
もはや先程までの脅威はなかった。
「さぁ…。」
君の出番だ、と言うかのように、一番近くで守っていた王宮騎士団はウィルに道を開けた。
続いて猛者達も道を開ける。
”闇の石”まで、まっすぐに人が見守る道が出来た。
もう、どこにも逃げられない。
元よりこの為にやって来た。
ウィルは一度目を閉じ…闇の波動を発する小さな珠”闇の石”を見据えた。
そして幼馴染の戦士リクオーネに、”精霊の竪琴”を手渡す。
ゆっくりと歩いて行く。
”闇の石”は手に取れるほど近くまで来た。
リクオーネは堪らず叫んだ。
「もう良い、もう充分だ!戻って来いウィル。もう良い、もう良いんだ!」
ウィルが振り向く。
「魔王は倒した。魔物も殲滅し、”闇の石”も、もはや脅威じゃない。浄化で、光は既に取り戻した!もうこれ以上は必要ない。封印なんてしなくて良い!!」
”精霊の竪琴”を抱え、リクオーネは無我夢中で叫んだ。
これ以上何を望むと言うのだ。
封印なんかしなくても、世界は既に救われている。…そう、今だけは。
時が過ぎればまた”闇の石”は同じように世界を闇に堕とすだろう。
再び世界は危機に瀕する。
その時また…、洗礼を受けたウィルの魂が生まれ変わり、闇を滅する役目を負うだろう…”勇者”として。
それでも今ここで、永遠の苦を背負う事はない。
このまま帰って、無事な姿を家族に見せるのではいけないのだろうか。
光を取り戻したこの世界で、あの下手くそな歌を謡い、精霊の曲を奏でるのではいけないのだろうか。
だが、それではここに居る者達は納得しない。
闇に中てられ、狂戦士となり仲間を手に掛けた者は、ウィルが必要な事を言わなかったせいだと恨んでいる。
王宮騎士団は王の命令により、封印を見届ける為に居る。
もしもウィルがそのままでは役に立たない吟遊詩人ではなく、屈強な戦士や大魔導士だったなら、違っただろうか…。
それとも、既にまともな”人”ではないウィルを畏れ、嫌悪しているのだろうか…。
ウィルは優しく輝く笑顔を見せた。
「ありがとう、リクオーネ…。」
リクオーネは何も言えなくなった。
ウィルは最初から何も恐れてはいない。
何故、こんなにも恐れずにいられるのだろうか。
ウィルは”闇の石”に両手を添え、聞き取れぬ言葉を発した。
精霊由縁の、”封印の呪文”。
”封印の呪文”に反応して、”闇の石”は、それまで燻っていたのが嘘のように驚く程の凶波を発した。そしてウィルを”闇の石”ごと漆黒の中に閉じ込める。
ウィルを閉じ込めた漆黒の球体は、淀み、外からは何も見えない。
”精霊の竪琴”を握り締め、リクオーネはウィルの無事を祈った。