第4話 魔の山での不穏
魔の山の領域に入った。
それまでとは明らかに違う重苦しい空気。
疑心暗鬼に駆られる不安定な精神状態。
絶えず襲い来る、巨大で強力な魔物達。
旅の疲れもあって、魔導戦や戦闘にミスが出てくる。
負傷者も増えて来た。
突然、猛者の一部が狂気に走った。
敵も味方もなく、斬り付けて来る。
眼は血走り、口から垂涎を溢れ出して仲間を惨殺していく。
ウィルの”精霊の曲”が響き渡った。
魔物を殲滅し、誰彼構わず襲い掛かっていた狂気に駆られた猛者達を鎮めていった。
狂気から覚めた猛者達は、己のした事に気付いて衝撃を受ける。
「何故…何故俺は…!?」
我が手を見て震える者、その手で殺めてしまった仲間を抱き、泣き叫ぶ者…。
ここまで犠牲者を出さずにいられたのが奇跡である事を皆は忘れていた。
誰一人欠ける事なく、ここまで来たのが当たり前のように。
”勇者”の殲滅力が当然の事のように思ってしまっていた。
ウィルは”精霊の竪琴”を抱え、悔いた表情をして言った。
「ごめん…言い忘れていた…。
僕からあまり遠く離れると加護が効かなくなる。闇の影響をそのまま受けてしまう。」
狂気に陥った猛者達は、ウィルから一番遠くにいた。
加護の範囲を超えた位置にいた事で、”闇の石”から発せられる闇の波動を直接浴び、瞬時に正気を失い狂戦士となってしまったのだ。
いっその事、そのまま正気を失ったまま、死んだ方がどんなに楽だっただろう。
その手に掛けたのは、相棒であり仲間である一番身近な大事な命。
狂気に中てられた者達は叫んだ。
「何故それを早く言わない!お陰で俺は…俺は、仲間を殺してしまった!」
「大事な相棒をこの手で殺した…お前のせいで!」
ウィルに詰め寄ろうとする猛者との間に、王宮騎士団が駆けつけて止める。
「仲間割れはよせ!」
「何が仲間だ、コイツはただの生贄だ!」
「仲間は死んだ…俺が殺した!コイツのせいで!」
「何が勇者だ!お前などただの人柱だ!」
「よせ!闇に呑まれるぞ!」
それまで強固に見えた絆が一気に崩れた。
”勇者”への不審が広がる。
疑心暗鬼となる。
それでも、世界を救うために、送り届けなければならない。
”闇の石”の元へ。
気持ちが通わずバラバラになっていく猛者達を見て、リクオーネが言った。
「ウィル…大事な事はきちんと言わなければ駄目だ。」
「判ってる…でも…。」
ウィルは額に手を当て、頭痛がするかのようにして俯く。
「まだ、同調し切れてない…。凄く大事な事なのに、今すぐ必要な事なのに…。」
「同調?」
「僕は、生まれた時から”勇者”じゃない。呼び名なんてどうでも良い。”人柱”でも ”生贄”でも。
とにかく最初からじゃないから、その呼び名の判らない僕と、今迄の僕がひとつになってない感じで、その力と叡智を総て使いこなせる訳じゃないんだ…。」
「だから、加護も…さっき初めて気が付いた。」
「お前、言い忘れたって言っただろ?」
「そうだね…。」
リクオーネは不安に駆られる。
幼馴染故にウィルの肩を持ち、支持したいが…。
「…お前、そんなんで大丈夫なのか…。」
「封印なら大丈夫。その方法だけは、しっかりと刻まれている。」
ウィルの言葉を聞き、色々不安はあるが”闇の石”の封印さえしてくれれば問題は無い。
一同はただひたすら、この”人柱”を”闇の石”に向かわせる事だけを考える事にした。