第3話 精霊の曲
王都を出て、討伐隊は出発する。
世界の命運を掛けて。
不安そうに見守るウィルの家族、そして大勢の民衆。
生贄は頼りないが、”闇の石”を封印さえしてくれればそれで良い。
王の大きな期待を乗せて、旅立つ。
王都を出て、さほどしないうちに魔物の襲撃に遭った。
精霊の存在が失われ、王都も危険となった証拠だった。
これからは王都も魔物の脅威に晒されるだろう。
初めて見る魔物に怯える”勇者”ウィル。
恐怖に駆られ何も出来ない。
この”勇者”という名の生贄を守りながら、王宮騎士団と猛者達は戦った。
歴戦の強者揃いなので、難なく切り抜ける。
ウィルは蒼褪め、泣きそうな顔で震えていた。
弟ですら心配した通り、本当に何も出来なかった。
これが”勇者”なのかと…やはり名ばかりで、ただの生贄にしか見えなかった。
少し歩を進めると、また魔物に遭う。
小規模なので、難なく倒す。
そんな事が繰り返され、一日が過ぎて行く。
結局ウィルは何の役にも立たなかった。
予想通りだ。
野営にキャンプを張るが、ウィルは力もないし野宿は初めてでやり方も判らないのでウロチョロしているだけ。
「人柱…いえ勇者様は、あっちへ行って下さい。邪魔です。」
追い払われた。
それにしても一日目からこれでは、先が思いやられた。
ウィルが役立たずなのは判っていたが、魔物が多くなかなか歩が進まない。
この調子では魔の山に辿り着く迄に、世界は闇に墜ち、王都は魔物に襲われ滅んでしまうかも知れない。
皆の心配を他所に、ウィルは”精霊の竪琴”を奏でた。
心に響く旋律は、戦いの疲れを癒してくれる。
遠く遠く、どこまでも響く琴の音は夜の闇さえも輝いて見えた。
翌日は、昨日よりも数も多く強力な魔物が立ちはだかった。
苦戦まではいかないが、楽には進めさせては貰えない。
昨日よりも進みが遅くなる。王宮騎士団に焦りが出て来た。
まだ魔の山は遥か遠くだというのに。
今日何戦目だろうか。
また歩みを止められ、魔物が襲って来た。
数もどんどん増える。脅威ではないが囲まれた。
その時、ウィルが”精霊の竪琴”を奏でた。
先程まで震えて守られていただけのウィルが。
しかし何故ここで?
すると周囲を囲む魔物達が一斉に苦しみ出し、断末魔を上げた。
”精霊の竪琴”が奏でる美しい旋律が、魔物を塵と変えていく。
曲が終わった時には、魔物は総て消え失せ、清々しい空気だけが残った。
その場にいる者は全員驚愕した。
猛者達の中心にいるウィルに今は怯えた表情はなく、”精霊の竪琴”を構える姿は荘厳ささえ感じさせた。
皆の視線に気付き、顔を上げ、ウィルは微笑む。
気のせいだろうか、神々しく見えた。
ウィルの”勇者”の力が発揮され、どんな強力な魔物でも、どんなに多くの軍勢だろうと関係なく、”精霊の竪琴”による演奏で魔物を消滅させていく。
一日目の進みの遅さが嘘のように、歩が進む。
どれだけ襲撃されても構わず先を急ぐ事が出来た。
ようやくウィルは”人柱”や”生贄”ではなく、”勇者”と呼ばれるようになった。
何度目かの夜、いつもの通り、ウィルは”精霊の竪琴”を奏でる。
最近は一日中、絶えず演奏していると言っても良い。
それ程魔物の猛攻は激しくなっていた。
一日中演奏しているのに、キャンプを張った場で、また演奏をする。
「疲れないですか?勇者殿。」
王宮騎士団の一人が聞いた。
勇者の演奏のお陰で、犠牲者も出さずにここまで来た。
それだけで奇跡と言っても良い。
猛者達も王宮騎士団も、ただ演奏までの時間を稼ぎ勇者の身柄を守れば良いだけだ。
それ程難しい事ではなかった。
「少しね。でも皆程じゃないよ。」
ウィルは答えた。
王宮騎士団には、一番働いているのは勇者ウィルにしか思えなかったが。
「一寸、良いですか?」
王宮騎士団は興味本位で”精霊の竪琴”に手を伸ばし、弦を弾いてみた。
弦は震えているのに、音どころか空気の振動さえ感じさせない。
もう一度、試してみる。今度は一本ではなく、全体の弦を震わせてみた。
…やはり何の音も出ない。
王宮騎士団はウィルの顔を見る。
ウィルは微笑んで、弦を一本弾いてみせた。
美しい音が響き渡る。
不思議でたまらない。
誰がやっても同じく、ウィル以外は音を出すことも空気に振動を通わせる事も出来ない。
「洗礼を受けた魂と共鳴し合ってるんだって。だから僕以外は扱えないらしい。」
精霊に教わったそのままをウィルは答えた。
「しっかし不思議だよなぁ…。あのど下手くそな演奏しか出来なかったウィルが、こんな美しい曲を次から次へと…。魔物を殲滅する時の曲と、野営の時の曲じゃ、違うだろ?」
リクオーネが立てた片膝に頬杖をついて苦言を交えて言った。
「下手くそは余計だって…。」
苦笑してウィルが答える。
「色んな曲があるよ。効果も全然違う。殲滅する時は浄化の曲。殲滅した後、清々しいのはそのせい。今は浄化と癒しの曲。寝てる間に魔物が襲って来ないようにと、少しは気持ち休まるように。」
リクオーネはとても不思議そうな顔をした。
「何でそんなの知ってるんだ?」
「魂に刻まれている…とでも言うのかな。この竪琴を持つと曲が浮かび上がるんだ。自然と指が奏でる感じ。」
「ふ~ん…不思議だな…。」
リクオーネはまじまじと”精霊の竪琴”とウィルを交互に見た。
皮肉を込めて笑いながら言う。
「あの下手くそな演奏はもう聞けないのか。あの訳判んない音痴な歌も。」
「この竪琴じゃ、精霊の曲しか弾けないね…。演奏なしで良いなら、謡おうか?」
「ほう!そういえば勇者殿は元々吟遊詩人でしたな。是非謡って頂きたい!」
「おお、みんな聞け!勇者殿の歌だ!」
王宮騎士団によってウィルは注目を浴びた。
「知らねぇぞ…。」
リクオーネだけが皮肉な笑いをしている中、ウィルは演奏なしで謡い出した。
聞かなければ良かった…。
全員そんな顔をしていた。
本当に訳が判らない歌詞で、音も外れて音痴だ。
あの美しい旋律を奏でているのが嘘のようだった。
久し振りに謡えて、ウィルだけが満足してにこにこしていた。