第2話 世界の命運を掛けて…出立
”勇者”の誕生を受けて、王都は魔王討伐及び”闇の石”封印の為の編成が組まれた。
王宮騎士団から一個小隊、そして勇者の栄誉を求めてやって来たが名乗りを上げられなかった猛者達がウィルの護衛に就く事になった。
”勇者”と言われても、ウィルは何も変わっていなかった。
見た目通り、筋肉も魔力もない。剣も持てなければ魔法も使えない。
”闇の石”と魔王が巣食う”魔の山”までの道のりすら、歩いて行ける体力があるのか疑問な程、頼りなかった。
ただ変わった事と言えば、その手に美しい”精霊の竪琴”を持ち、この世のものとは思えぬ旋律を奏でた。今迄のウィルからは想像も出来ない、心に響く演奏。
ただそれが何を意味しているのか、この時には誰も判らなかった。
ウィルは”勇者”とは名ばかりの、ただの人柱でしかないように誰もが思った。
この”人柱”を無事に魔の山へ送り届け、猛者達の総力を結集して魔王も倒し、”闇の石”の封印という”人柱”の役目を果たして貰う。
精霊さえも敗れたという、魔王を倒さなければならない。
世界の命運は、今この者達に総て委ねられた。
「何故、あんたなんかが”勇者”なんて大それたものに…。」
ウィルの母は泣いていた。
毎日謡ってばかりの役立たずだったが、それでも大事な息子だ。
年の離れた弟達も心配していた。
「兄ちゃんが魔物に遭ったら何も出来ずに食われちゃうよ!」
「兄ちゃん、優しいだけで何も出来ないから無理だよ!」
ウィルの評価は家族でさえも散々だった。
ウィルは苦笑して、弟達の頭を撫でる。
「出来るかどうか自信がないけど、祈っててね。」
余りにも頼りない言葉に、家族は更に不安になった。
家を出て、出立するウィルの前にリクオーネが現れた。後ろには如何にも歴戦の勇士と思しき凛々しき冒険者がいる。
「ウィル、俺も一緒に行く。仲間を紹介しよう。
素早く破壊力のある体術を得意とする武闘家のガル。洗練された剣術と回復魔法を扱うサクリノ。大規模攻撃魔法を繰り出す魔導士のマーリン。皆頼りになるぜ。」
ウィルは瞳を輝かせ、子供が憧れの大人を見るような目でリクオーネの仲間達を見る。
「よろしくお願いしますっ!」
ウィルは深々とお辞儀をした。
無邪気な明るく優しい笑顔。
静かにサクリノが問う。
「俺は”勇者”になるべく、あの場にいた。しかし精霊の言葉に恐れて何も出来なかった。お前は何故、名乗りを上げる事が出来た?何故、勇者などという名ばかりの人柱となった?」
それは誰もが不思議だった。
この生を全うする迄というのなら、名乗り出ただろう。
しかし、永遠だ。
気の遠くなるような遥か遠い時間を一人で抱えていかなければならない。
誰も気付かず知らない中で、ずっと苦しみ続けなければならない。
ウィルは頬に指を当てて惚けた顔で考える。
「う~ん…。あんまり考えてなかったかな。」
「馬鹿も程々に…。」
リクオーネが言い掛けた時、頬に当てた指をウィルはリクオーネの唇に当てて言った。
「でも、誰かがやらないといけないんだろう?誰も出来ないのなら、僕がやるしかないじゃない?」
優しい笑顔の中の瞳は、やはり何の迷いも感じられなかった。
「精霊様だって、もう時間がなかったんだ。消え行くその刹那に教えてくれたよ。僕に、とても申し訳なさそうにしていた。」
人より上位の精霊が、人に託さなければならなかった。
護るべき対象を、生贄にしてしまった。
そしてその精霊は、ウィルに力だけを残し、この世から消えてしまった。
「僕に出来る限りの事を、するだけだよ。」
吟遊詩人のウィル。…いや、今は”勇者”という名の生贄はそう言った。
第1話にして、ブックマークと評価を頂きました。
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