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第1話 勇者誕生

それは、何時からそこに在ったのだろう。


禍々しい負の堆積…闇の凝縮…総ての悪の始まり…、様々な謂れがあるその存在は ”闇の石”と呼ばれた。

石と云っても鉱石ではない。

この世の物であるかすら、疑わしい。


ただ”それ”はそこに在り、確実に世界を何もない虚無な闇の世界へと堕として行く。



世界を護る立場の精霊達と、”闇”の軍勢魔物との闘いは、永く果てない時間続いていた。精霊達の奮闘も虚しく、徐々に”闇”が拡大していく。


精霊の護るべき”人”が…、闇に食われるべき”人”が媒体となり、魔王と名乗る者が現れた事により一気に均衡が崩れた。


精霊達は魔王に屈し…敗れた。




精霊達は最後の賭けに出る。

闇が”人”を媒体にして魔王を作ったように、精霊達もまた、”人”に総てを委ね世界を救う存在を作ろうというのだ。

残された総ての力を、そして精霊自らの存在さえも托し、一人の「勇者」を作り出す。




そう、これは最初の「勇者」の物語…。






人の都、王都ルーネ。

ここは精霊の祠が近く、加護が強い土地柄故、闇の勢力を未だ受けずにいた。


世界の多くは既に闇に呑まれ、魔界と化していると聞く。

先日誕生した魔王に、世界を護り続けて来た精霊達が敗れたとも聞いた。

総てが誠か嘘か、人々には知る術はない。



「おお~精霊よ~、美しき調べ~我が愛しの~者達よ~。」

街中で謎の歌を謡う青年がいた。

肩幅より大きい弦楽器を抱え、大して上手くもない演奏に合わせてよく判らない歌詞で気持ち良さそうに謡う。

勿論誰も聞いていないし、むしろ避けられている。


ジャカジャカと弾き立てるが、また間違えた。

気にせず謡う。歌詞もよく判らないが、音程も狂っている。もうどうしようもない。


そこへ立派な鎧を着た戦士が通り掛かった。

「…またやってるのか、ウィル。」

呆れた顔で溜息をついた。


ウィルと呼ばれた謎の歌を謡う吟遊詩人は、歌を中断して笑顔で戦士を迎えた。

「おかえり、リクオーネ。今日はどうだった?歌のネタに聞かせておくれ。」


「歌ね…。」

戦士のリクオーネはガックリした表情を見せた。



王城に繋がる街は城壁で囲まれており、精霊の護りが強い事もあって、この街は魔物の脅威を受けてはいなかった。

それでも闇が世界を覆って来ている事から、昼も夜も何をするにしても常に灯を必要とする、日の光の無い毎日となっている。


大概の者は迫りくる闇の脅威に対抗する為、戦士や魔法使いなどの戦闘職に就いている。

それがこのウィルは何を考えているのか、吟遊詩人だ。

しかもお世辞にも上手いとは、とても言えない。

大体において、この弦楽器はどこから調達して来たのだろうか…。


戦士リクオーネは街中を歩きながら、幼馴染の吟遊詩人ウィルと話す。

「知ってるか?ウィル。精霊のお告げがあったんだ。世界を救う勇者に精霊の力を与えるから、一人選別せよってな。」

「お告げ?何故一人なの?」


「魔王が現れ、精霊が敗れたという噂がある。その一人に総てを託すのだろう。」


ウィルは口に手を当て、考えながら歩く。


「勇者だぜ!世界を救う勇者!何て名誉で恰好良いんだ。勿論俺も名乗りを上げようかと思っている。すぐにあちこちから猛者共がやって来るぜ。」

「戦うんだろう?一番危険なんじゃないのかい?」


「精霊の力を与えられるんだ。一番強い筈さ。世界を救う勇者!これでお前も安心して、その下手くそな歌を謡えるぜ!」

リクオーネはウィルの背中をバンバン叩いて豪快に笑った。


「下手くそは余計だよ。」

「本当の事だろ。」

幼馴染らしく、歯に衣着せぬ物言いは二人の仲の良さを示していた。





数日後には、王都ルーネは大勢の猛者達で賑わっていた。

屈強な戦士、大魔法使い、武術の達人、蛮族上がりと様々な面子が揃い踏みだ。

皆”勇者”の栄光と、世界を救う偉人となるべくやって来た。


それはまるで世紀のお祭りのように感じて、吟遊詩人のウィルもウキウキと高揚する。きっとこの中から、英雄となる”勇者”が生まれるのだろう。



王が現れた。

観衆の見守る中、大勢の猛者達が王の前に整列する。

この中から一人を選ぶ。

皆、精悍な顔つきで王を見据えており、簡単には選べない。



その時、どこからともなく精霊の”声”が響いた。




『勇敢なる人の子よ…。よくお聞きなさい。

選ばれし者は我々の洗礼を受け、闇を滅する力を持つ”勇者”となるでしょう。

彼の者は、その魂に”闇の石”を封じる使命を負います。


その使命は、永遠。


”闇の石”は決して失われる事のない「在り続ける存在」。故に”勇者”もまた、在り続ける事になるでしょう。

肉体が滅んでも魂は休む事無くこの世に舞い戻り、総ての記憶を継ぎながら”闇の石”と共に永遠に存在し続けるのです。』




息を吞む。

精霊のお告げを聞いて、総ての人が静まり返った。

先刻までのお祭り気分は吹き飛んだ。


「永遠…だと…!?」

「聞いてないぞ、そんな…。」

「何が勇者だ、それじゃまるで…。」


そう、生贄だ。世界の礎となる人柱だ。

闇から世界を救う代わりに、一人が生贄となって”闇の石”の総ての呪いを受け続ける…永遠に。



誰がそんな好き好んで永遠の苦を背負うというのだろう。

勇者というから、名声を、栄光を得る為に来たのに。



王は選べなかった。

”永遠”を強いる程、王の心は強くなかった。


精霊の力を手に入れれば、それこそ簡単にではなくても、闇を祓い”闇の石”を何事もなく封印し、世界に光と平和が戻るのだと…王だけではなく誰もが思っていたのだ。


王は自らの責任を放棄する如く、立候補者を募った。

「名乗りを上げる者はいないか。」


お告げを聞く迄は、我も我もと名乗りを上げていた大勢の猛者達は静まり返って、誰も名乗りを上げない所か、恐れを成して逃げ出す者もいた。


もはや絶望的だった。




見守る群衆の中から一人の青年が歩み出て、王の前に恭しく片膝をついた。

そしてまっすぐな瞳を向けて言う。

「僕に、勇者の栄誉を。」


その者は大勢いる猛者達とは違い、女のように肩まである栗色の髪をひとつに束ね、身体付きもまた女のように華奢でしなやかなで、男らしさの欠片もなかった。

布の服を纏い背に楽器を背負ったその姿は、吟遊詩人そのままだ。

筋肉も魔力も無さそうな、戦う術をまるで持っていないように見えた。


「ウィル…何やってるんだ、アイツ…!」

王の前に名乗り出たウィルにリクオーネが気付いた。



王は言葉を繰り返す。

「他に、名乗り出る者はいないか…!」



ウィルの登場によりざわめきが起きたが、他に名乗りを上げる者はいない。


王はウィルを訝しげに見る。

ウィルは迷いのない真摯な瞳で王をみつめていた。





仕方がなく、ウィルが候補となった。

最終的に決めるのは精霊だ。




王都に隣接するように、精霊の祠はあった。

ウィルは祠へ向かう。

「待てウィル!馬鹿な真似はよせ。やめるなら今しかない!」

リクオーネがウィルを止めた。


「リクオーネ、君が代わる?」

ウィルの問いに、リクオーネは身を固めた。

”永遠”を意識し言葉が出なかった。


ウィルは穏やかに微笑み、祠へと入って行く。




入り口は外と同じ薄暗さだったのに、奥へ奥へと進んで行くにつれて光が満ちて来た。

行き止まりの一番奥の空間は、祠の外からは予想出来ない広さで天井も高く、闇に堕ちる世界とは別の空間のように不思議な光で満ち溢れていた。


「眩しい…。」

ウィルは眩しさで目を閉じ、掌で瞼を覆う。

薄暗い毎日に慣れたウィルには、目を開けていられない。

しかし精霊の光は穏やかで優しく、そんなウィルでもすぐ慣れる事が出来た。

不思議で、暖かい光…。





暫くすると、精霊と思しき”声”が響いた。


『名は、何と言う?』



ウィルは胸に手を当て、一度目を閉じてから応える。

「ウィルです。」



『ウィル…貴方に総てを背負わせる私達を許しておくれ。私達には、もはや姿形さえない。僅かな力しか残されていない。』


ウィルは何も言わずに、ただ光をみつめていた。

すると、そのウィルの前に光輝く美しい竪琴が現れ、手渡されたように、そっとウィルの手に収まった。



『貴方に、精霊の叡智が宿る竪琴を授けましょう。この竪琴は洗礼を受けた貴方の魂と共鳴する事で、初めて音と効果を発揮します。貴方にしか扱えません。』


ウィルが吟遊詩人だったからだろうか。

それとも最初から、闇を滅する武器として用意されていたのだろうか。

それとも此れは、存在ごと消える精霊の片見だったのだろうか。



『本当に…良いのですか?ウィル…。』


まるで伺いを立てるように、精霊の”声”は聞いた。


「はい。」

微笑んで応える。

やはり迷いのない瞳をしていた。


『貴方に総てを委ねます。私達は意思を持たぬ力として貴方の助けになるでしょう。』



ウィルは光に包まれていく。

眩しくて、目を閉じた。


『どうか世界に光あらんことを…。

ウィル、貴方の好きにして良いのですよ…。』




祠から出て来た時には、既にウィルは”勇者”となっていた。

この世を闇から救う唯一の方法、”闇の石”を封印する事が出来る、たった一人の”勇者”。

その魂に封印し、永遠の苦を受け続ける世界の礎…人柱に。






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