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ヒロイン


 気がついた時には転生というものをしていた。それも前世の記憶を持って。



 俺の名前はまだない。いやあるにはあるが認めたくないためにナナシと名乗っておくことにする。俺ことナナシは今年で16才になるうら若き乙女である。そう、乙女なのである。

 何の因果なのか前世で男であった俺は今世で女として生まれた。前世の記憶がなければこの性差について悩む必要も苦しむ必要もなかったと思うのだが、過ぎたことは仕方ない。認めたくなくとも俺は少女なのである。


 さて、そんな可憐で可愛らしい花の精霊ともいえる容姿の俺はもちろん母親も美しく、このたび庶民から貴族へと成り上がることになった。まさか母の再婚相手で御貴族様だなんて誰が思うだろうか。いや、あの母親の美しさは自画自賛する俺の容姿に勝るとも劣らない素晴らしいものであるから、御貴族様に見初められてもなんら可笑しいことはない。

 そんなわけで男子もかくやというような少女にあるまじき短髪にズボンを履き食堂で荒くれ共をしばき倒しながら生活していた俺の安息の日々は終わった……いや、べつに安息ではなかったか。


 母の連れ子というわけで新しい父親とは血の繋がりなどない俺であるが、この国に多い赤茶の髪に赤銅の瞳という共通点があった。さらにいえば父親に似たのか少しばかり色気の多い顔つきも新しい父親に通じるところがあるかもしれない。

 聞いた噂では新しい父親は夜会で何人もの女の視線を奪うフェロモンむんむんの男だとのことだ。男っぽい恰好をしておりさらには淑やかさなどない俺はよほどのことがない限り男に異性として見られることはないが、黙っていれば壁の花になどなれない別嬪さんだと自負している。母親を一人歩きさせられないといえばなんとなくわかってもらえると思う。


「やあ、君が娘になるんだねえ」

「っ……久しぶりですね、酔っ払いさん。まさかあの時路肩で情けなく胃の中身をぶちまけていた貴方が貴族だったとは……その節は失礼いたしまして?」


 短い髪を令嬢になるのだからとつけられた使用人たちにぐちぐち言われながらもなんとかひらひらと動きにくいドレスへと着替え、淑女勉強が始まるまでだらりとしていれば、父親が姿を現した。

 何気に会うのは初めてか、と思いつつその顔を確認すればいつぞやの浮浪者がそこにいた。


 出会いはそう、何かの宴会があったらしく夜遅くまで食堂で働くことになった帰り道のことだ。そこそこ上等な布の塊が道の脇に転がっており、絶好のカモだと身ぐるみはがされるのを助けてやろうと声をかけたのだ。

 そうして現れたのは絶世の美男子。ただし酒のせいなのか顔色は青白く吐瀉物で口も襟も地面も汚れているという残念さだった。これはひどい。見捨ててもいいがもうしばらくすると宴会に呼ばれていた色っぽいねーちゃんたちが帰宅のためにここを通る。そうなればこんな色男お持ち帰りされて食われるのがおちだ。元男としてバインバインのボインボインなねーちゃんとあっはんうっふんするのは美味しいことだと知っているが、この顔色を見るにそんなことをされたって地獄でしかないのは想像に容易い。

 仕方なし走って食堂に水を取りに戻り、飲ませるのではなくぶっかける。なぜ飲ませないかというと、俺にはそんなやさしさはないからだ。あと単純に色男というだけでムカつく。


 水をぶっかけたことで俺の存在に気付いた男は、非常にムカつくことに体調の悪さが色気を増幅させていた。なんだこの色男は。俺の前世がこんな見た目だったらきっといろんなおっぱいが選り取り見取りだったのに。

 そう思いつつも今の俺は認めたくはないが女なのでおっぱいを選んだところで何にもならない。

 顔を上げた男にもう一つ持ってきていたコップの水を飲ませれば、少し落ち着いたのかへらりと情けない笑みを浮かべたのだ。


「いやいや、おかげで助かったよ。それにしても、そういった格好をすると女の子だってわかるねえ……うん、見た目だけならば立派な令嬢だよ」

「ありがとうございます。酔っぱらっていない貴方も見事な紳士ですよ」

「ふふふ、その揚げ足取りのうまさなら学園でも上手くやれるだろうよ」


 学園。

 そう、学園だ。前世では高等教育を受けたこともあるからこの世界でもおそらくやっていけるだろうが、今までろくに勉強してこなかった人間を御貴族様の学校に入れるというのだこの色男は。

 そのためのこれからの淑女勉強でもあるのだが、この部屋に置かれている本の題名を見る限り礼儀作法以外はあまり必要ないように思える。

 というのも、なぜか論文などもおいてあるのだが数字が大好きだった前世の記憶がある俺にとっては中身が児戯にも等しく簡単すぎるのだ。変りとばかりに文学のほうは少々苦手なのだが、そこは数字で補えると思う。


「一カ月で学園に追いつきなさい。一月後に学園に編入する手はずになっているからね。最低限できれば今まで庶民だった君に求めるものはない。あぁ、貴族になったのだからそれなりの態度で頼むよ。あの時みたいに粗暴なことをされては程度が知れてしまうからね」

「えぇ、庶民と侮ったことを後悔させてごらんにいれますので、楽しみにしていてください」


 見ていろこの色男め。食堂で荒くれる大男どもに逆らってはいけないと言わしめた俺が学園を支配してやるわふははははは。



ヒロイン(♂→♀)


元♂の数学教授。女であることは理解しているが、それでもズボンが履きたい。

将来は旦那を尻に敷く亭主関白(嫁)になる。

この世界が乙女ゲームだとは知らない



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