第5話 褒美の準備
ここは、魔帝国ヴァンパイア領の領城より少し北に進んだところ。
綺麗な海が見える海岸沿いの場所だ。
そこに、三人の少女がやってきた。
三人はかわいらしい水着を着て水浴びを終えた後、魔術の訓練をはじめる。
ここ最近の日課だ。
「バーニングーボール!」
「ウィンドボール!」
一人の少女の手の先に魔術陣が構築されて、そこから炎の弾が飛んでいく。その
後を追いかけるように風の弾がもう一人の少女が構築した魔術陣から飛んでいく。
二つの魔術は組み合わさり、より大きなウィンドバーニングボールとでもいうべき
魔術になる。
「クリスお嬢様。オリビアお嬢様お見事です。」
「シア。私もエミ姉やルナ姉みたいに強くなれるかな。」
「きっと、なれますよ。炎属性の魔法も少しづつ使えるようになってきていますか
らね。がんばりましょう。」
クリスとオリビアはヴァンパイアの少女だ。
クリスは、金髪に炎を象徴する赤い目をしている。
オリビアは、金髪に風を象徴する緑の目をしている。
二人ともとてもかわいらしい顔付きをしていて、将来はすさまじい美少女になることが予想される。二人とも、特にクリスは、まだ幼いが、その年にしては十分すぎる魔術を使っていた。
シアは、クリスのお付の世話役兼護衛のダークエルフだ。白い髪に褐色の肌、少
しとがった耳というのがダークエルフの特徴だ。シアは、他のダークエルフと比べ、特に綺麗な白い髪をしている。そのうえ、非常に整った顔立ちに、大きな胸、美人が多いといわれるダークエルフ女性たちさえ嫉妬してしまいそうな容姿だ。
そんな三人の前に、海の中から、突然三人の海魚族と二人の女性の純人族が現れ
た。明らかに友好的な雰囲気ではない
「お嬢様方。お逃げください。どうしてこんなところに、海魚族、それに純人族が・・」
危険を察知したシアが直ちに逃亡を促す。
「でも・・」
「魔主様に助けを求めるのです。このまま全員人やられてしまってはいけません。
いいですね。」
「クリス。シアのいう通りにしよう。私たちがいても足手まといだよ。それより、パパさえくればあんな奴ら、瞬殺だよ。」
クリスの姉であるオリビアが、クリスにシアの言葉を受け入れるよう説得する。
「そうだね。わ、わかった。」
クリスは、急いで走り出す。
しかし、気術がほとんど使えないクリスとオリビアの足は遅い。
「いったい何の用ですか。」
一人残ったシアは、魔族語をやめて、警戒しながら純人族語で話しかける。
「*?*?*?*?(こいつらか?)」
「はいそうです。」
海魚族の一人が、意味の分からない言葉を発すると、純人族の一人の女性が純人
族語で答えた。彼女こそ人神が言っていた、海魚族と意思疎通のできる固有能力を
もつ人物だ。
ムジタムル王国は、アガレス帝国の属国のような国ではあるが、決してアガレス帝国以外に発言力が弱いわけではない。もちろん、アガレス帝国の軍事力の威を狩っている部分もあるのだが、ムジタムルが世界一の経済大国度という事も大きな理由だ。その主な収入源は、奴隷と作物だ。
ムジタムル商会は、世界各地にチェーン店を展開している。そのなかでも奴隷店舗は、特に売り上げをあげている。ムジタムル商会は、アガレス帝国から金で強い軍人を派遣してもらい世界各地で人さらいを秘密裏に行っている。人さらいの際には、ムジタムル商会の捕縛部の者も付いていき、人さらいに成功した後は直ちに捕縛部に引き渡される人さらいの対象の性別に応じて、捕縛部から派遣される人物の性別も変わる。その後、捕縛部からすぐに調教部に引き渡される。奴隷が女性なら調教係りも女性であり、その管理は徹底される。調教部では、ういういしさを残すために、実践はもちろん、道具をつかっての性行為あるいは類似の行為の一切をさせないが、主を喜ばせるための知識だけはしっかりと与えられる。そして、調教が終わると販売部に引き渡され、店頭に並ぶのである。この徹底した管理体制のおかげか、質の高い奴隷が多く、上流階級の者にとってムジタムル商会の奴隷店舗は大変人気である。
今回で言えば、海魚族がアガレス軍人の代わりを行い、ついてきている宇二人の女性がムジタムル商会奴隷部門の捕縛部隊にあたるわけだ。この後、通常であれば、調教部、販売部へと渡され、店頭に並ぶのである。
「それにしても、すごいかわいい子たちね。」
「そうね。けれど、そんなことより、海魚族の方たち。早く、捕まえてもらえるか
しら。小さいほううの子たち逃げちゃうわよ」
「*?**?*?*(わかった。)」
海魚族の三人がうなずく。
海魚族とは、ここ数百年の間で出現してきた種族だ。水中で暮らし、魚が人型に
なったようなイメージだ。性別は存在しないらしい。しかも、魔術だかなんだかよくわからない水を操る術を使い、海辺での戦闘力は高い。
海魚族の一人が手を上にあげると、水中からドラゴンを模した物体が浮かび上がるその水でできた大きなドラゴンは、大きく首をのばすと、クリスのほうへ向かっていった。
「いけない!」
直ぐに、シアはクリスの下へ駆け寄ろうとするが、海魚族の3人と純人族の2人に囲まれてしまう。シアもそれなりに腕に覚えがあったが、5人ともそれなりの手練れのようであったこと、クリスたちに気をとられたこと、最近実践を怠っていたこともあり、シアは捕縛され、奴隷の首輪を付けられててしまった。そんな様子をみたクリスが慌てて戻ってくる。
「だめです。お嬢様。戻ってきてはいけません。」
「シアを放せー」
クリスは、小さな体で小さな声を、珍しくめいっぱい荒げた。
クリスは、両手を前に突き出し、大きな魔術陣を構築する。
「ファイアードラゴン!!」
炎の大きなドラゴンが現れる。
突然の大魔術に海魚族たちはおののく。
「お嬢様・・形態変化なんていままで一度も成功させてなかったのに・・しかもあんなにおおきなものを・・・」
空中で大きな火のドラゴンと少しそれより小さな水のドラゴンがぶつかり合う。互いの牙が互いの体に食い込む。しかし、やはり、水系魔術?に不利な火系魔術では対抗することが難しいようで、火のドラゴンは次第に小さくなっていく。火系魔術の上位属性である炎魔術であれば、まだ、なんとかなった面もあろうが、クリスはとっさに炎魔術を使えなかった。
「ウィンドボール!マルチ!」
だが、小さくなりかけていたドラゴンに風の弾が複数向かっていき、火のドラゴンの大きさを保つ。それどころか、先ほどよりおおきなドラゴンへと変わる。
「オリビアお嬢様まで・・魔術陣の同時複数展開なんていままで一度も成功させられなかったのに・・」
「?*?*?*?(ばかな。あんな子供たちが・・・あれほど力を使いこなせるのか。魔人族とはおそろしい。)」
「どうかしら、魔人族というよりあの子たちがすごいんじゃないの?それより、あんたたち三人もいるんだから負けないでしょ。しっかりしてよ。」
捕縛部の女性の言葉をうけ、残りの海魚族の2人も水のドラゴンを作りだす。3体の水のドラゴンと風魔術で大きくなった1体の火のドラゴンは互角の戦いを繰り広げ始めた。
だが、やっかいなのは、クリスとオリビアの二人は、気術がからっきしだということだ。魔術の維持に集中している二人のところへ、捕縛部の二人の女性が近づき、そのままクリスたちを捕縛してしまう。
それからしばらく経つと、クリスとシアは奴隷の首輪をつけられ、アガレス帝国へ送られていった。