第3話 はじめての訓練 前編
勇者候補についての話があった次の日の朝。
アガレス帝国のとある訓練場に数人の男たちが集まっていた。
「俺は、アガレス帝国軍大将のゼクロスだ。お前たちには、これから、アガレス軍人候補として特別訓練を受けてもらう。本来であれば、集団の中で訓練して正規軍人になるのだが、お前たちは別だ。なぜなら、お前たちには才能があるからだ。皇帝陛下はいずれは君たちが、将校クラスに就くことを期待していらっしゃる。異世界人たちは、皇帝候補でもあるが、それは先の話だ。とにかく・・・」
ゼクロス話をしている途中、一人の超絶対的美少女が現れた。長い銀髪を腰まで下ろしたストレートの綺麗な髪を持ち、片目には眼帯をしている。地球では決して損じしえない最高級の美少女だ。ゼクロス以外の男全員が少女にくぎ付けになっていた。「やべえ。まじかわいい。」誰かのそんなつぶやきが聞こえる。
「すまない。遅れた。」
「いえ。構いません。陛下から聞いております。ちょうどよいので、例の件話してもよろしいでしょうか。」
「ああ。どのみち、私に拒否権などない。」
「勇者候補諸君!彼女は、皇帝陛下の亡き妻ラウラーゼ様の娘であるシルヴィア様だ。皇帝になった暁には、彼女を王妃に迎える権利を与えると陛下からの伝言だ。彼女は、戦闘力も高く、この若さですでにCだ。この国で唯一女性の身でアガレス軍の兵士としての地位も認められている。階彼女も特別に君たちと訓練することになっている。」
その言葉に対して、トモヤはどこか苛立ち毛な表情で、ヒロシは好色的表情をしていた。一方ヒカルは、戦闘力が高いという言葉に好戦的表情を浮かべていた。さらに、勇者候補のほかに一緒にいた男の一人は、どこかうらやましそうな顔をしていた。そして、シルヴィアとはいうと鋭い目つきで男たちをにらめ受けながら簡素な自己紹介をした。
「シルヴィアだ。階級は中佐だ。よろしく頼む。」
「諸君らのほうも自己紹介を簡単にしてもらおうか。名前と現在の戦闘力をいうだ
けでいい。」
「ヒカル。戦闘力H。」
「トモヤ。戦闘力I。」
「ヒロシ。戦闘力J。」
「ザウス。戦闘力A。」
「ビーケル。戦闘力A。」
「なるほどな。異世界人のほうは、戦いは全くの素人のようだからな。今はそんなものか。ザウスとビーケルはさすが皇帝陛下直々の推薦だな。すでに、少将レベルか。とりあえず、異世界人にこの世界の戦いがどんなものなのか見てもらいたい。ザウス、ビーケル模擬試合をしてみろ。」
ここで、二人の戦いを見る前に、この世界の力について軽く説明しておこう。この世界では、戦う手段は6つある。気術、魔術、技術、龍術、邪術、天術の6つだ。
技術というのは、ほかの5つと比べると特殊なもので、地球でいう科学に近い。だが、この世界では科学はほとんど発展していない。魔術や気術と科学を組み合わせて魔術道具などを発明するときに使われる知識や能力を技術と呼んでいるのだ。
次に、魔術とは、体内の魔素を使って、属性遠距離攻撃などによって相手を攻撃する技だ。ファイアーボールなどをイメージしてもらえればいい。その次の気術というのは、体内の気素を用いて身体能力を高めたり、武器の性能を向上させたりする技である。気を体外に放つ技もある。
基本的には、魔術は、遠距離攻撃で集団殲滅に向いている。一方、気術は、1対1の近接戦闘が向いている。この世界の戦いは、魔術師が後衛を担い、気術師が前衛を担うがオーソドックスである。残ったの3つについては、また別の機会に説明したい。
それでは、物語に戻ろう。
ザウス。彼は、気術が盛んなダストレアス国の気皇帝ダストレアスの直弟子である。ゼクロスとの面識はこれまでなかったが、兄弟弟子でもある。
ゼクロスは、事前に、師匠であるダストレアスから、ザウスのことは手紙で聞いていた。才能あふれる少年だが、アガレス帝国で名をあげてハーレムを作るといって修行をさぼって、国を出て行ってしまったと。そちらに行ったら、鍛えてやってくれ、もしかしたらわしを超える逸材やもしれないと。そんなことが手紙には書かれていた。だから、ゼクロスは、このザウスの現状の強さにひどく興味を持っていた。師匠を超える逸材?果たしてそんなことがありうるのだろうかと。
一方のビーケル。彼のことはゼクロスはあまり知らない。ただ、アガレス皇帝から逸材だと聞いている。なんでも、セムナーン技国で奇才児などと呼ばれていたとか。彼の戦闘スタイルは魔術師だと聞く。
この世界では、魔術と気術の二つを使って戦うことがほとんどだ。前者を使うものを魔術師、後者を気術師と呼び、併用するものを魔気術師と呼ぶ。気術は、身体能力を底上げできるが、魔術ではできない。ゆえに、気術力の弱いものは、近接戦闘に弱いのだ。だからこそ、通常戦闘力のランクが同じ魔術師と気術師を1対1で戦わせたりしない。魔術師が負けるに決まっているからだ。だが、ゼクロスは、1対1で戦わせることにした。それはなぜか。皇帝に言われたのだ。彼は魔術師だが、前衛でも十分戦えると。
いよいよビーケルとザウスが訓練場の真ん中に立つ。
「それじゃあ。二人とも。準備はいいな。訓練なんだから、殺さないように気を付けろよな。いいな。それじゃあ。はじめ!」
試合の合図と同時に、ザウスが、ビーケルに突っ込む。
一方、ビーケルは何かの魔術を発動するのか、足下に魔術陣が構築されていた。
ザウスは、常人には、見えない速さで、パンチと蹴りを繰り出す。
しかし、ビーケルの周囲に現れる黒い物体が、全てを受け止めていた。
まるで、ナル◯のガー◯の絶対防御だ。
ゼクロスは、驚愕していた。 ビーケルが使っているのは、魔属性の魔術だ。魔属性の魔術は、物理ダメージをゼロにする魔術だ。 とはいえ、魔術の発動が相手の動きに追いつかなければ、意味がない。 ビーケルの気術はF級。気術は、目に気力を貯めて、動体視力を高めることが可能である。F級の気術力のビーケルが、A級の気術力のザウスの攻撃スピードに反応できるはずがない。もちろん、大規模に魔術を広範囲に展開してしまえば、目で見えない攻撃も防げるしかし、ビーケルは、細かい攻撃に寸分たがわず小さな魔術で応対しているのだ。 こんな芸当ができるのは、ビーケルが魔術陣に、自動発動の効果が付与しているのだろう。 かなり高度なテクニックだ。
ザウスは、諦めたのか、一旦距離を取る。 そして、ザウスが離れた途端、ビーケルの周囲の地面から、氷属性の魔術だろう、つららが複数生えた。
まるで、氷の世界だ。
もし、あとほんの一瞬でもザウスの反応が遅れれば、魔術の餌食になっていたことだろう。
異世界から召喚された三人の少年は、驚愕のあまり、口が半開きになっていた。 だが、このビーケルの魔術の凄さを彼らは理解していないだろう。 通常、魔石を埋め込んだ武器を通して小規模な魔術を使ったりした場合を除き(これが技術のひとつである。もっともこの場合も武器内部に魔術陣が描かれているので厳密には、魔術陣省略ではない。なお、魔術陣の自動発動効果も広義では技術に含まれる)、目に見える形で魔法陣が浮かび上がるはずなのに、それがなかった。
その事実にこそ、ゼクロスやシルヴィアは驚愕していた。 ビーケルは、さすが、技国セムナーンで、奇才児と呼ばれていただけはあるのだろう。 魔術士としての才能ならば、この国にも勝てるものはいまい。
もっとも、ザクロスは、ザウスを、ビーケルと同等あるいはそれ以上に、高く評価した。 ザウスは、ザクロスと同じく、ダストレアス国出身だ。 ダストレアス国は、気術がもっとも発展している国で、気術において頂点に立つ気皇帝のほか、剣王、体王、銃王の三人の気王によっておさめられている国だ。
ゼクロスは、気皇帝の直弟子として学び、天下一気闘会で優勝した経験もある。そんな彼だが、気皇帝には一生勝てる気がしていない。気皇帝もまた、ゼクロスを自分を超える逸材とは思っていないだろう。だが、このザウスは、ダストレアス気皇帝からの手紙で、「ワシを超える逸材やもしれぬ。稽古をつけてやってくれ」と述べられていた。
ザウスは、女好きで、修行をほったらかして、この国で名をあげに来た少年なのだが、才能は確かにあるのだろう。 このような才能溢れるザウスだからこそ、はじめてみる魔術陣省略の魔術発動に対しても本能的に危険を感じ、避けられたに違いないのだから。
果たして、ゼクロスだったら気がつけただろうか。 それはわからないが、絶対に気が付いたとは断定出来ないだろう。
二人の実力は十分わかった。ゼクロスは、模擬戦に見切りをつける。
「二人とも見事だった。勇者候補者たちには、あのくらいには、最低でもなってもらいたい。皇帝になるにはな。そこで、まずは、気の纏い方を覚えてもらうえてもらう。」
そんな、ゼクロスの発言にヒカルが驚くべき言葉を告げる。
「ゼクロスさん。多分、俺覚えました。ステータスも上がってます。俺にも、模擬試合やらせてもらえませんか。」
「な、なんだと!!見せてみろ。」
「ヒカル」
戦闘力:(H→)C
気術力:(J→)C
魔術力:J
「はああ!?」
ゼノは、厳つい顔にそぐわない、高く、素っ頓狂な声をだした。
「お、お前、戦いを見ただけ強くなったて言うのか。あ、ありえん。」
「ゼノさん。模擬試合ダメですか。」
「そうだな・・・」
「ゼクロス。私にやらせてくれ。ランク的に私と同じくらいの実力だろう。ちょうどいいんじゃないか。」
「シルヴィア様」
「皇帝候補には負けるわけにいかないんだ・・・」
「・・・わかった。」
「武器は一通りそろえてあるから、好きなのを使え。」
訓練場に、立つ二人。
シルヴィアは、両手に二丁の銃をもつ。
「その武器は?」
「私は、この武器で気術でつくった気の弾エナジーボールを放出して戦うんだ。気術には、肉体系、武器系、放出系の3系統があるが、私は放出系が得意だから。」
一方、ヒカルもまた両手に武器をもっていた。 だが、その武器は銃ではなく刀である。
「珍しいな。二刀流か。」
「はい。」
ヒカルはいつになく笑顔で答えた。 だが、そこにある殺気に、シルヴィアは怯えた。こいつが、本当についさっきまで戦闘力Hだったという男だというか・・・
本能的に危険だと思った。
そして、シルヴィアは、眼帯を外す。 そこから、色の違う目が現れた。シルヴィアは、はじめから本気を出さなければ負けると判断したのだ。
「ヒカル、殺すなよ。」
ゼクロスの忠告が入る。
「そうでしたね。気を付けます。」
「それでは、はじめ。」
開始の合図と同時に、ヒカルが動いた。気を纏えなかった地球にいた頃では、決して出せないスピードで、シルヴィアに迫る。
一方、シルヴィアは、開始の合図と同時に、眼帯を外した目に魔術陣を構築していた。 これは、彼女が唯一使える時魔法だ。目に数瞬先の未来を映し出すことができる。
ヒカルは、シルヴィアに迫り、刀をを振りながら、やばいと思った。予想以上に、スピードが出たのである。殺してしまうかもしれないと思った。実際には、気で体を強化している以上ちょっとやそっとの攻撃で死ぬことはないのだが、ヒカルは、まだ気による防御力の上昇がどの程度のものなのかを正確に認識できていなかったのだ。そして、確かにヒカルのスピードは速いが、 それでも先ほどのザウスには到底及ばないスピードだ。 シルヴィアが彼らほど強ければ、なんなく対抗されるだろうが。 果たして、彼女の実力では、避けられないのではないか。 そんな疑問が頭をよぎる。
だが、シルヴィアは、片目に写した未来を見たおかげで、余裕で攻撃をよけて見せた。
一方、攻撃を避けられたことに対して、ヒカルは、シルヴィアが強敵であるという理由からニヤリと口角をあげた。
シルヴィアは、距離をとりながら銃を打ち続ける。威力の小さい攻撃で牽制しながら、距離をとるためだ。
しばらくすると、経験の差か、はたまた時魔術のちからのおかげか、ヒカルの動きを見切りはじめたシルヴィアが、逆にヒカルの方へ向かう。ヒカルの刀を銃でさばいていく。
この世界の銃は、近接戦闘もできるように設計されているものがほとんどだ。シルヴィアのそれもそうだ。シルヴィアは、放出系が得意というだけで、肉体や武器に気を纏わせられないわけじゃない。シルヴィアの銃には、気が纏わされており、強化されているのだ。
ヒカルのほうも見よう見まねで、刀に気を纏わせているが、思うようにいかない。次第にヒカルの刀にヒビが入っていく。
そして、ついに、銃がヒカルの急所をとらえる。シルヴィアは、気をたっぷりこめてエナジーボールを放つ。ヒカルはとっさに、刀で防御するが、刀への気の纏いが不十分であるため、簡単に折れてしまう。
そして、攻撃をうけたヒカルが軽く吹っ飛ぶ。それでも、防御のため体にはしっかり気を纏っていたおかげですぐに立ち上がる。
「そこまで。これが異世界人の力か。期待できるな。」
「そんなあ。俺、まだ戦えますよ。」
「今回は、実力をみるのが目的だ。勝敗を付けることはまた今度にしろ。次、トモヤとヒロシやってみろ。」
ゼクロスは、彼らも、異世界人だから、ヒロシではないにしろ、すでに強くなっているのではと期待したのである。 しかし、彼らは、全くの素人。 剣を握るのもはじめてである。 模擬戦とはいえ、いきなり真剣を渡されても、戸惑うばかりである。 二人は、恐る恐る、ゆっくりと剣を打ち合うだけである。
これには、ゼクロスは、ある意味、一番に驚かされた。 兵士ではないそこらの男の方が、よっぽどましであると、そう感じさせる程であった。
「そこまで!これはなんというか・・ヒカルとはあまりに違うな・・」
「すみません。真剣をみるのもはじめてで、ビビってしまいまして。」
トモヤは、正直に、自分の情けなさをさらけ出す。
「俺、剣で戦うなんて向いてないですよ。魔術教えてくださいよ。」
ヒロシは、剣をもっての危険な近接戦自体避けたいようだ。
「魔術師になるにしろ、最低限、軽く気を纏うくらいはできなとな。戦場で簡単に命を落とすぞ。逆に気を纏えるようになれれば、そう死にはしない。まあ、ビーケルのような魔術が使えれば別だがな。だが、ビーケルにしろ、魔術が破られたときのために、気をまとうくらいはしながら戦っていたしな。とにかく、二人は、まず、そのびびった姿勢をどうにかしないとな。ヒカルのように気を纏えるようになることだ。気を纏っていれば、真剣で切られても、そうはダメージを食らわん。気の纏い方だが、今は気出薬というのがある。それを定期的に飲んで、強制的に体から気を出すんだ。そうすれば、次第にコントロールして気を放出できるようになる。それができるようになれば、次は放出した気を体に纏う訓練だ。とりあえず、二人は、訓練時間は気出薬を飲んだ状態で、走ったり、剣を振ったりして体を動かすんだ。そのほうが気が放出されやすいからな。とりあえず、午前の訓練はここまでだ。」