小さな恋の終りと始まり 3
あれから彼女は彼氏と別れることになったそうです。
もともと男の方にはいい噂がなかったようで、周りの友達にもいろいろ言われていたそうで、少し考えを改めていたところに別れ話が来たそうです。
ひどく怯えたようすで、別れようと一言いいあとは謝り続けていたそうです。
さすがに私自身やりすぎたなとは思っています。
なにをしたかですか。それは聞かない方がいいかと。
それから彼女はすべて打ち明けてくれました。
なぜ挨拶を返さなかったのか、なぜ店に来なくなったのか。
泣きながら、落ち込みながら、照れながら、笑いながら。
私は先に訳を知っていましたし、そもそも怒るつもりもありませんでしたので、それからはまたいつものような日常へと戻りました。
あ、そうそう、変わったこともありました。
彼女がうちのお店のアルバイトとして働くことになりました。
「一人で無理するから倒れるんだよ!私が手伝う!」
と言われてしまい、返す言葉もありませんでした。
それからもう一つ。
「やっぱりかっこよくて周りに優しいからってそれだけで選んじゃだめだね。心が大事だね」
はぁー。
と大きなため息をつきながら彼女は呟きました。
「そうですかね。そういうのを経験していい人が見つかるのではないですか」
「あ、なんかその台詞すごい色々経験してる人みたいだね善成さん」
「いえ、誤解しないでください。私は妻が最初で最後の相手です。知ったように言いましたが実際はなんの経験もしてませんよ」
「あれ?そうなんだ。あーあ、私も善成さんみたいな人と付き合えればいいのになー」
「よしてくださいよ。私はこんなおじさんですよ」
えへへへへ、それでもね。
と彼女はつづけました。
「私は好きだなーって。私このお店に初めて来て、そうしてずっと通うようになってから、始めてこんなに長い期間お店に行かなかったでしょ。そうするとね、善成さんとこのお店の事ばっかり考えるようになったの。初めてお店に入った時はね、今でも覚えてる。お店の前からショウケース一杯にお菓子があるのが見えて、すごくキラキラしてて。それで足を止めてたらお母さんがお店に入ってくれて。初めは善成さんの事ちょっと怖いなーって思ってたんだ。白いあご髭が長くて話し方がゆっくりで、男の人だけど魔女みたいだなって。」
「魔女ですか、そんな風に思われていたのですね。」
「もちろん、最初のうちだけだよ。それからはこのお店に来るのが楽しくて楽しくて毎日が楽しくなったの。私のどんな話もしっかり聞いてくれて、お菓子をおまけしてくれて、いつきても優しくて、にこやかで。私のもう一つの家みたいで。だからね、このお店と善成さんが私の宝物なんだって。このお店も善成さんも好きなんだって。これが今回私が経験したことなんだって思ったの」
「……」
「あれ?なんで黙ってるの?私変なこと言った?ううう、自分でちょっと恥ずかしい事言ってるなって思ってるんだから、何か言ってくれないと困るよぉ」
「あ、いえいえ、少し感動しただけですよ。そんな風に思ってもらえるなんてお店を開いたかいがありますねぇ」
あぁ。これはなんでしょう。急に体が熱くなってきました。
心臓の鼓動もはやまっているような。
それから、彼女が初めてお店に来て私にお礼を言った時と同じような眩しい笑顔で
「だからね、私は善成さんの事もこのお店も大好きだよ。」
と。
あぁ、あの時のもやもやの原因が今わかりました。
あれは私がまだ若かった頃。妻-その当時はただのクラスメイトでした-が好きでしたが勇気が持てずに日々を過ごしていた時、学年で一番かっこいい人が彼女に告白すると宣言していた時と同じです。
と、いう事はつまり、私は……
「どうしたの善哉さん。あ、まさかまた体調が悪いの?」
私が固まっていたからでしょう少し心配そうに私の顔を覗き込み、彼女がそっと顔を近づけてくると彼女と私のおでこがひっつきました。
「わ、善哉さんおでこ熱いよ。大丈夫?」
「こ、これは体調が悪いのとは違います。ある意味おかしくはありますが、と、とにかく大丈夫です。そ、それでは私は仕込みがありますので。小豆を洗ってきますので店番お願いしますねぇ」
と早々に彼女から退散しました。
「はーい。善哉さんは無理しちゃだめだよ」
と元気な返事と心配の声。
あぁ。さすがに今のは不意打ちでした。心を落ち着かせるために小豆を研ぎましょう。
シャキシャキシャキ
あぁ。心が落ち着きます。
それにしても店に私以外の店員がいるのは初めてですねぇ。
妻が店番をしていたとするとこんな感じだったのでしょうか。
あ、いえ。別に彼女が妻とかそう言っているわけではありませんよ。
しかしまあ、この歳になってこんな気持ちを体験することになるとは思ってもみませんでした。
また彼女に一つ、恩ができてしまいましたねぇ。