バイオレンスな彼女 5
上から下まで黒一色のスーツに帽子。
帽子のせいで表情はよく見えなかったが気持ちの悪い嫌に毒々しい雰囲気に嫌な臭いを漂わせる男だった。
ああ、そうかライはこいつに気がついたから声も出せねえのに必死に俺に伝えようとしてくれてたんだな。早く気づいてやればよかった。まさか車の中にもう一人いたなんてな。
そういや俺犯人は三人くらいかなとか考えてたじゃねえか、他にもいる可能性くらい考えとけよな。
それにモヒカン金髪も「俺もゆっくり眠りてぇ」とか言ってたじゃねえか。
そもそも車のカギついてたかどうかもわからねえな。
ああ、元々だめっだたんだなこの作戦。穴ありまくりじゃねえか。
でもまあいいか。もう手も足も縛られてねえんだ。お前なら逃げるのも隠れるのも出来るだろ。
「逃げろライ!」
「ヤ!セージ、右手ガ」
「お前はよく知ってるだろ、切られたところで死にもしないしすぐ治るって」
こいつは聞き分けが悪い奴だけど純粋でいいやつなんだよ。だから俺のせいで、間違えられて死ぬかもしれないなんてことあったらだめだ。
こいつは今まで普通の生き方を知らなかったんだ。実際そうだ。俺と生活を始めていろいろなことを覚えていった。本当に今まで何も、多分人を殺すこと以外知らなかったんだ。
これからもっと普通の年相応の、女の子の生活をするべきだ。
だから俺みたいな人殺しよりもよっぽど生きる価値があるんだよ。
「ライ、いいかよく聞け、俺よりお前の方が足が速いし素早い。だから俺を助けるために人を呼んできてくれ。碓井さんたちも向かって来てくれてるはずだからもしかしたらもう近くにいるかもしれない。だから頼む」
「…ン、わかった」
返事に元気はないがわかってくれただろう。こいつは人のためなら動けるやつだ。
肉がかかわってくるとそうでもないけどな。
それじゃあ「ライ行って来い!」
俺の上から素早く立ち上がり出口へ駆け出すライ。
「やれやれ、作戦会議は終わったか?最後の別れに時間をゆっくりとらせてやるつもりだったが、逃げるとなるとそうもいかねえわなぁ」
今まで倒れたままのライと俺をを見たまま動かなかった男が動き出した。
まあ当然止めるよな。でもそうはいかねえよ。
「おい、待ておっさん、お前の仕事は依頼された人物の確保だろうがよ。別人連れて来てって言うんじゃあド三流の証でもつけられるんじゃねえの」
「あぁ?てめえ、ふざけた口聞いてっと殺すぞガキ…が…」
やっぱりだ。自分の仕事にプライドを持ってるタイプの典型的な感じ、だったら俺を無視できないよな。
てめえで切り落としたはずのその右手が、地面に落ちているはずの右手が俺のもとに戻っているんだから。
「これは、いったいどういう事だ…」
流石に驚きを隠せないようで俺と走っているライの背中とを交互に見ながら動きを止めた。よし、もうひと押し。
「今逃げてる女の子じゃなくて俺がお前らお望みの妖怪だよ!!」
ちょうどライは出口のまでついたようだったが、運悪くちょうどモヒカン金髪がやってきた所だった。
「おいおい、これはどういう事だよ。まあ残念だったなお嬢ちゃん。悪いがもう一回つかま、ぶふぉあ」
走る勢いそのままに飛びモヒカン金髪野郎の顔を踏み台にそのまま外へと出て行った。
よし、よかった。これでライは何とかなるだろう。出来るだけ遠くまで逃げてくれ。
「なるほどなるほど、ならあの二人がターゲットを間違えて連れてきた。それで間違いねぇな、小僧」
少し取り乱していたが考えがまとまったのか、今は落ち着いた口調でスーツの男がそう聞いてきた。
「それで間違いない。お前らのターゲットは俺で、あの女の子は関係ない」
ライに踏まれた痛みで地面に倒れていたが落ち着いたのか、モヒカン金髪野郎が立ち上げって外に出ようとしたのを止めるようにスーツの男は呼び止め、「兄貴兄貴」と半べそをかいている小太りの男とを俺の前まで来させた。
いくら縛られてもいないし、どこかけがをしているわけでもなく健康体ではあるが三人、しかもスーツの男は俺でもわかるくらい普通ではない事間違いなしの雰囲気。元々ライを逃がすため時間稼ぎをするつもり満々だったが早くも逃げたい気持ちでいっぱいだった。それでも俺は強がって
「おう、安心しろよ、俺は逃げも隠れもしないぜ」
こう言って弱気にならないようにするのが精一杯の抵抗だった。
「じゃあ、俺たちが間違っていたって言うのかよ」
「でもでも兄貴、ちゃんとあのアパートのあの部屋にいたやつを連れてきたよね」
「んなもん当たり前だろうが、さすがにそれは間違えてねえよ」
はぁ、やれやれと言わんばかりに大げさに両手を挙げながらスーツの男はため息をついた。
「だからお前らは三流なんだよ。今回のターゲットがどういうやつか知ってんだろ、そういう時はこうやって確かめるんだよ」
スーツの男がそういうと同時にまたしても右腕が切り落とされた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
倉庫内をこだまする叫び声。そんなことを気にする様子もなく話は続く。
「いいか、今回のターゲットは簡単には死なねえんだ、だったら確かめたらいい。簡単だろ」
「いや、けどよ、もし間違えてたらどうするんだよ、実際俺たちは間違えていたわけだしよ」
「それだったら残念賞だ、ハズレだ。そんな時はおそらくこいつと違ってずっと叫び声をあげているだろうからな。そういう時はこうすればいい」
やっと右手を切られたのが治り落ち着いてきたそのタイミングで何の躊躇もなく俺の首にナイフを刺した。
声にならない声がナイフで開いた首の穴から漏れ出る。
俺は治ったばかりの右手と左手で首を押さえながらその場にうずくまった。
「ほら、簡単だろ。これだけだ。」
やはりこいつはやばすぎる。この役がライじゃなくて俺で本当に良かった。
流石にこの男の考えは三流と呼ばれた二人にもわからないようで小太りの男は半べそどころか本気で泣きだし、モヒカン金髪野郎の顔は青ざめていた。
「ふん、この程度できないようではお前たちにこの仕事はむかん。今夜はとんだ貧乏くじを引かされたと思ったがまあいい、おもしろいものを見つけたからなぁぁぁ」
醜悪な笑みを浮かべた男は、さすがに時間稼ぎとか言ってられないと思い、逃げるタイミングを考え首の傷は治っていたが痛いふりをして倒れこんでいた俺の、首を押さえていた左手を持って持ちあげ、その左手を切り落とした。
そのまま、また地面にたたきつけられた。
「ははははは、首の穴が塞がっているじゃないか、もちろん最初に切った右腕も。こいつはいい、なあおい、お前はどこまで言ったら死ぬんだよ。なあ。はははははは、俺に殺させろよ、もっと切らせろよ。ははははははは」
俺の痛みをこらえる叫びと男の楽しそうな笑い声がこだまする。
モヒカン金髪野郎と小太りの男は叫び声を上げながら一目散に走り車に乗り込みそのエンジンをかけ発進させた。
あぁ、俺も乗せてくれよ。って無理だよな、俺もあの二人の立場だったらそうしてる。この男と同じ場所に、同じ空気を吸っていたくない。
何とかして俺も逃げないと。左手ももう治った。ここにいるのは刺身包丁のように長いナイフを持った狂っている男一人だ。何とか振りきって逃げてやる。
決意して立ち上がったところで男が話しかけてきた。
「なあ、知っているか。お前は自分自身の事。俺は知っているもちろん自身の弱点を。俺は目があまりよくなくてな。これは俺の妖怪としての体質なんだろうな、年々見えにくくなってくる。」
何が言いたいのかわからない。だが奴は自身の弱点を俺に言ってきた。もちろん本当かどうかはわからないが、本当だったらチャンスだ。この場からさえ逃げられればどうにか助かるかもしれないという事だ。
しかし男はさらに続けた
「俺は自身の弱点を知っているがお前の弱点も知っている。なあ、お前は知っているか、自身の弱点を」
そう言って今までずっとポケットに入れていた左手を出し何かを俺に投げてきた。
この倉庫に来て嗅いだもの、この男が車から出てきた時に感じた嫌な臭いはこれだった。
ただの草のようにしか見えないが、くさいとも違うなにか、本能的に嫌な臭いがした。
「本当ならお前の鼻やら口やらに詰めればいいらしいが、とりあえずこれでいい」
訳が分からなかったが話を聞いてやる理由もない。
俺は奴距離をとりつつ妖怪の姿に変化を…できなかった。
くっそなんでだよあの姿の方が捕まりにくいし逃げやすいと思ったのに。
「どうした、ぼーっと突っ立ってると大事なお手手が無くなるぞ」
変化できない事に焦ったため、奴の攻撃をよけきれなかった。だが少し右手が切れただけだ。
腕を切り落とされる事に比べたらたいした傷でもなければ痛みもなかった。
このくらいならすぐに治る…はずだった。
「おやおや、どうしたぁ?傷が治らないいのかぁ?そうだろうな、そうだろうな、ひひひひひひ」
俺はただただ恐怖した。
今まで当たり前だった事があたりまえじゃなくなった。
傷が治らない。
つまりもしまた腕なんかを切り落とされたら戻らないかもしれない。
逃げる方法はいくらでもあったはずだ。広い倉庫、距離をとりつつ迂回して遠回りになっても荷物に隠れながらでも逃げられたかもしれない。
逃げられなくてもそろそろ碓井さんたちが来てくれるかもしれない。
だけど俺は、ただ後ずさり悲鳴を上げる事しかできなかった。
その間にも男は高笑いをしながら俺の右手、左腕を切り落としていった。
後ろには壁と言いうか出入り口。ライやモヒカンたちが逃げたのと逆の方。
ドアを開けて逃げたくとも開ける手が、指がない。
さっきの草が原因なのだろうか。
足や右手にできた軽い切り傷くらいは治るようになってきたようだが切り落とされた腕はまだ治りそうにない。
ああ、さすがにもうダメだな。いつもなら治っているはずの事でも今は治らない。
「ひひひひひひ、どうだい気分は。死なないはずの身体で死にそうになる気分は。」
「ああ、最っ高だな。でもいいのか、俺を殺しちまったら仕事失敗なんじゃないのか」
これが今言える精一杯の強がり。だがそれも意味はなかった。
「安心しな。もともと生死は問わないと言われているからなぁ。残念だったなぁ。ふひひひひひ」
マジかよ。これで生き残る微かな望みもなくなった。
はははは、笑うしかないな。こんな身体だからそう死なないと思っていたがこんなにも簡単に死ぬんだ。
俺はすべてをあきらめ、壁を背にそのまま座り込んだ。
けどまあいいか。さすがにライは今頃遠くまで逃げているだろう。後は碓井さんたちに任せよう。
ごめんな、長い事待たせてしまったけどそろそろ、俺もそっちに行くよ…
「さぁて、どこをやって欲しい?腹か、心臓か。いや、さっきは治った首を刺すか。今度は治らないぜ。どんな気持ちか感想教えてくれよな。まあ、声を発することはもうできないだろうがなぁぁぁぁぁ」
そうしてそのまま、男はナイフを俺の喉に突き刺した。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ」
叫び声が倉庫内にこだまする。
それは、倉庫の壁から生えているかのように俺の頭の上を伸び、男の腹を貫通させていた。
そしてそれがどんどん縮んでいったと思ったら「ザン」と何か固いものを切ったような音がし、俺はもたれていた壁と一緒に地面へと倒れた。
思い切り頭を地面にぶつけたがあまり痛くはなかった。
倒れてから見えたのは満天の星空とライの今にも泣きそうな顔だった。
「セージ、セージ」
そう言いながら大粒の涙を落としてくる。おいおい冷たいじゃないか。
泣くなよ。そういってライの頭を撫でてやりたかったが撫でる手もなけりゃあ声も出せなかった。
開いた喉からは何の音も出ないし、左腕はもちろん右腕はあっても撫でるための手がない。
それより何でこんなところにいるんだよ。俺がターゲットだと分かったから確かに大丈夫かもしれないが、あの男は普通じゃない、ライだってどうなるかわからないんだよ。
…それにしても妙だな。さっきまで感じていたあの男の嫌な感じが一切しない。
何にしてもいないならいい。
ライが安全ならそれでいい。なあ。泣いてないで笑ってくれよ。俺はこんなに笑顔だろ?
あぁ、そうか、あのときあいつはこんな気持ちだったのか。そうか。こんなんだったら笑ってやればよかったな。
「セージ何故ケガ治ラナイ?セージセージ」
ライが泣きながら必死に声をかけてくる。
本当に何でだろうな。あの男は弱点だとか言ってたけどどうなんだろうか。まあ今はもうどうでもいい。
もう上手く息できてなくて苦しいんだけどなんかもう気持ちいいんだ。
心臓マッサージなんかしても無駄だって。
だから今はそれより笑ってくれよ。
それで、これから碓井さんたちにたすけてもらいながらさ、普通に暮らして年相応の女の子の生活をしてくれよな。
首と頭に手をそえて、ライが顔を近づけてきた。
そしてそのままキスをした。
少し驚いたが理解した。
人工呼吸をしてるんだなと。
そういやいつか言ったっけか。
「死にそうになっても生き返らすことができる」とかなんとか。
あぁ、どんな状況にしてもライが俺のファーストキスの相手かよ。
ははは、おやすみなさいのキスには最っっっ高じゃないか。
…そんな趣味は……まぁ、あってもいいのかもしれない。