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四冊目 少年とお姉さん 1

 ぼくは弱虫だ。男のくせに力もなくてヒョロヒョロで、すぐに泣いてしまう。背も低いから余計に。同い年でも体格がいい奴にはかないっこなかった。

「やーい弱虫泣き虫」

「ほら泣くぜ、もう泣くぜー」

「男のくせにこんなことで泣くなよなー」

 なんて言われる事ばっかりだった。でもそれが事実で何も言い返せなかったのは悔しかったけどどうしようもなかった。だってその通りだから。

 けどもうそんな事言われてもどうでもよかった。確かにぼくは弱虫で泣き虫だけどでもそれは僕の一面でしかなくて、ぼくにはまだまだ他の一面だってある。お姉さんが僕にそれを教えてくれた。だからぼくはもう泣かない。ぼくはぼくだ。他の人が見てるその一面だけがぼくのすべてじゃない。だからぼくはもう泣かない。そう約束したから。



 ぼくがそれに気づいたのは公園からの帰り道だった。

 公園でみんなと鬼ごっこをしていたんだけれど、ぼくは足が遅いからすぐに鬼になってしまって、みんなから面倒臭がられていた。そしていつの間にか、ぼく抜きで別の遊びが始まっていた。

「お前と遊んでたらのろまがうつるからあそばねーよーだ」

と、たっちゃんが言うと、周りのみんなも同じようにぼくを除け者にした。けれど仕方がなかった。自分でもよくわかっている。ぼくは弱い。ぼくは泣き虫で、ひょろひょろで、足も遅くて力もない。だからもう一人でもいいやって思った。

……思った。

……一人は嫌だよぅ。

ぼくは我慢しきれず目からどんどん涙が流れた。

「なぁおい、いいじゃねぇか」

「やめてください、困ります……」

「そんな事言わずによう。ちょっと来いよ」

 涙を流しているのを見られたくなかったから人が少ない道を選んで歩いていたら、そこには壁に追いやられているお姉さんと、すごく怖そうな男の人がいた。ぼくは思わず立ち止まりその二人を見ていると男の人が僕に気が付いた。

「ああん?何見とるんじゃガキが、さっさと()ね!!」

 そう言って男はぼくの方に近づきぼくの肩をドンと押した。ぼくはその勢いのまましりもちをついた。痛かったけれどそれよりも怖いという感情の方が強かった。涙を流す事すら忘れて口をパクパクさせる事しかできなかった。

 けれどお姉さんを置いて逃げる事はもっとできなかった。

「け、警察を呼びますよ!」

 震えた声でそういうのが精一杯だった。

「へー警察ねぇ。呼べるもんなら呼んでみろや」

 男はニヤニヤ笑いながらぼくの服を引っ張ろうとした。

「へぶぁあ」

 男が急に変な声を出したかと思うとぼくの横に顔から地面に一直線に倒れた。

「行きましょ」

 そういってお姉さんが僕の手を取って走り出した。



「痛たたたた」

「ほーら、男の子なんだからこれぐらい我慢しなさい」

 あの後お姉さんに引っ張られるままにお姉さんが住んでいる家まで来た。どうやらしりもちをついた時に手をすりむいていたようで、その傷の手当てをしてくれた。

「ありがとうね」

 救急箱を片付けながらお姉さんはそう言った。

「ぼくお礼を言われる事をした覚えはないんですけど。それよりも手当をしてくださってありがとうございました」

 するとお姉さんは意外そうな顔をした。

「おら、あなたがあの道を通ってくれたから、こうして逃げることができたんじゃない」

「で、でもぼく何もしていないですよ、こんな風にケガまでして……」

 そもそもあの男の人を倒したのはお姉さんだ。かっこよかった。男の後ろから頭に向かってキックしていたんだ。

「それでもあなたがいたから男に隙ができたのよ」

「でもお姉さん強いから、ぼくがいなかったとしても男の人を倒してたんじゃないですか」

「うーんどうかしら……」

 そう言いながら口に指を当て考えるお姉さんは綺麗で、そしてかっこいいなと思った。

「ぼくはこうして、背も低くて、弱くて、泣き虫だから……」

「あら、確かにあなたは弱いかもしれないわ。泣き虫でひ弱で。けど私を助けようとしてくれた事は事実じゃない?」

 お姉さんはぼくの頭をなでながら、

「あなたには何より勇気があるわ。力に関しては弱いのかもしれないけれど、人を助けようって気持ち、あんな怖い大人相手に逃げないで助けを呼ぼうとしてくれた、その勇気は何よりも凄いとおもうわ。力なんて鍛えたら誰でもある程度は強くなるかもしれないけれど、気持ちを、心を鍛えるのは難しいから、今のあなたは十分強い子よ。弱くなんてないわ」

 ぼくはお姉さんの言葉に自然と涙が出た。

「あらあら」

 お姉さんはぼくが泣き止むまで優しく抱きしめていてくれた。



 そこは見慣れない天井だった。どこかからお味噌のいい匂いがしていた。

「あら、目が覚めた?」

 声の主はお姉さんだった。寝ているぼくの横で机に肘をつきながら本を読んでいた。

 そういえばぼくは泣き疲れてそのまま寝てしまったんだっけ。

「本当は起こそうかなって思ったんだけど、あまりに気持ちよさそうに寝ているから起こせなかったのよね」

「あ、えっと、ごめんなさい」

「ううん、私は別にかまわないのだけれどそろそろ帰らないと親御さんが心配するんじゃないかしら」

 窓の外には眩しいくらいのオレンジ色の光が入っていた。

「そう……ですね。そろそろ帰らないと」

「じゃ、送って行きましょうか」

「あ、いえ。ここの場所知っているところだったんで大丈夫です。学校から家へ帰る道の途中でした。」

「そう。本当に大丈夫?遠慮しなくていいのよ」

「大丈夫です。今日は本当にありがとうございました」

 ぼくが靴を履いていると後ろから頭を撫でられた。

「私の方こそありがとうね。助かったわ。小さな勇者さん」

 お姉さんの家を後にしたぼくは、スキップでも踏みたい気分だった。ぼくの事を強いって言ってくれたお姉さん。たとえそれが慰めるための言葉だったとしても、初めて自分を認められたような気がして嬉しかった。そんな気持ちを押さえられずにぼくは思わず走り出した。

 走り出して少し進んだところで警察の人に止められた。

「あー、ごめんね。この先で事件が起きてね。今通行止めなんだ。違う道からでも帰れるかい」

「はい、大丈夫です」

「そうかい。それじゃあ悪いけどそうしてくれるかい。あ、帰り道で変な人にあったらすぐに大きな声を出すんだよ。それとすぐに家に帰る事。わかったかい」

「わかりました」

少し遠回りではあったけれどぼくは真っ直ぐ家へ帰った。

「ただいまー」

 返ってくる返事はない。お父さんもお母さんも仕事が忙しいから平日はほとんど家にいない。最近は休日でも家にいない事が多い。だから晩御飯はぼくが作る。

 作ると言ってもお母さんが休日のうちにまとめておかずを作ってくれる事が多いから電子レンジで温めるだけでいい事が多い。ご飯はもう予約をしているから時間になればかってに出来る。ご飯が炊けるまでまだもう少し時間があったので今の間にお風呂を洗う事にした。

 お風呂を洗いながらでも考える事はお姉さんの事。お風呂を洗い終わってご飯の準備をしている時も、テレビを見ながらご飯を食べている時も。あの優しく頭を撫でてくれたお姉さんの事ばかりを考えていた。

 食器を洗い終わって、お風呂に入ろうとしたときに玄関の開く音がした。いつもとは違いドタバタと急ぐ足音が聞こえた。

「あぁ、いた!大丈夫。今日何もなかった」

 ぼくを見るとすぐに抱きしめに来たお母さん。ぼくは今日のお姉さんとの事を知っているのかと思って驚いていたら、

「あぁ、ごめんね急にビックリさせちゃって。今日夕方にね、この近くで事件が起きたの。それでもし巻き込まれていたらって思うと怖くて怖くて。けどその様子だと大丈夫そうね。お母さん安心した」

そういってさらにぎゅうと抱きしめられた。

 ぼくがお風呂から出た頃にお父さんも帰って来たけれどお母さんの時と同じような感じだった。ぼくが元気なのを見て安心しているようだった。

そして、

「明日から少しの間は、すぐに家に帰る事。外に長い事いないように」

と言われた。

 外で遊ぶにもぼくにはもう一緒に遊ぶ友達なんていないから家にいろと言われればそれでもよかった。



 次の日に学校に行くと、クラスのみんなは昨日の事件の事を話していた。どうやら殺人事件だったようだ。

 たっちゃんは、

「そんな犯人俺が捕まえてやるぜ」

なんて自慢げに言っていた。

「まあ次に狙われるのはあいつに決まってるよなー。足が遅いからあんなのろますぐに捕まるぜ!」

なんて誰とは言わないもののぼくの方を見ながらそう言う。周りのみんなもくすくすと笑っていた。

「はーい。みんな席について」

 先生が出席簿片手に教室に入って来た。

「うんうん。今日もみんないるね。さて、今日は出席をとる前に大事な話があります」

そう言って先生は真剣な顔をして話を切り出した。

「もうみんなお母さんやお父さんから聞いている人もいるかもしれないけれどこの近くで大きな事件が起きました」

すると、

「はいはーい殺人事件でしょ」

「俺聞いたー」

「怖いねー」

なんてみんなが口々に声を上げる。

「はいはい、ちゃんと静かに先生の話を聞くように」

 持っていた出席簿で拍手をするようにみんなを静かにさせた。

「もう知っている人が多いみたいだけど、そうです。殺人事件が起きました。怖がらせたいわけじゃないけれど、まだ犯人は捕まっていません。なので今日からは居残りはしないで、出来るだけ家が近い人と一緒に速やかに帰る事。いいですね」

「「はーい」」

 クラスのみんなが返事をするのを確認すると、先生はいつもの笑顔になって出席を取り始めた。



 放課後になると、朝先生に言われた通りに仲のいい人たちや、家が近い人同士で固まって返ろうとしていた。

「おい、怖いって言うのなら俺が一緒に帰ってやっても良いぜ」

 たっちゃんがぼくの机に乱暴にランドセルを置きながら言って来た。

「いや、別に一人で帰れるけど……」

 ぼくがそういったのが面白くなかったのか、自分のランドセルを大げさに動かして背負い元々机の上にあったぼくのランドセルを吹き飛ばしていった。

「へ、へー。せっかく俺様が一緒に帰ってやろうって言ってんのに。お前なんて犯人にやられちまえ!」

 そう言って走って教室から出て行ってしまった。

 学校から出てすぐはまだ他にも人がいっぱいいたけれど家に近づくにつれてどんどん人がいなくなって来た。ぼくとたっちゃんの家は学区の端っこの方にあるから他の生徒はいないといってもおかしくはないぐらいだった。そっか。だからたっちゃんはわざわざぼくに声をかけたのか何て思って歩いていると、後ろから誰かの足音が聞こえた。

 初めは気にしていなかったけれど、いつまでたってもぼくの後ろをついてくるその足音に恐怖を感じ始めていた。少し早歩きをしてみたがずっと同じぐらいの距離を保っているみたいだった。それにぼくは子供だから後ろから来ているのが大人だったら追い抜かそうと思ったらすぐにできるはずだった。けれどその足音はまるで、ぼくにばれないように忍び足で歩いているように思えて怖かった。

 一度怖いと思ってしまうと口の中はからからになって声を出すことが出来なくなって、体は震えて走ろうにも足が動きそうになかった。それに走れたとしてもたっちゃんが言うようにぼくみたいなのろまじゃあすぐに追いつかれるに決まっている。ぼくみたいのが犯人に狙われるのは当たり前だな。だってこんなに弱いもん。

「あなたは十分強い子よ。弱くなんてないわ」

 急に昨日お姉さんに言われた言葉を思い出した。

 そうだ、ぼくは弱くない。弱くないんだ。その言葉を思い出すと、ぼくにすこしの勇気がわいてきた。

 震えていた足も治まり、今なら誰よりも早く走れそうだった。

 ぼくは覚悟を決めると一目散に走った。ここから家までだと遠かったので、思いついたのがお姉さんの家だった。そこまでなら何とか走れそうだった。後ろから何か声が聞こえたような気がしたけれどそんな事気にしてられなかった。ただ少しでも早く走る事だけを思って走った。

 もしかしたら犯人なんかじゃなくてたまたまぼくの後ろを歩いていただけの人だったのかもしれないけれど後ろから誰かがついてきている様子はなかった。

 ぼくはそれでも必死に走ってお姉さんの家、アパートのドアの前で一息ついた。足は震えていたし、息をするのもつらいぐらい喉が痛かった。息をするのが落ち着いてから、ぼくは呼び鈴を鳴らした。ピンポーンと音が響くだけでお姉さんは出てこなかった。

 それもそうだった。お姉さんだって仕事をしているはずだから昨日はたまたまあの時間にいただけで、今日もこんな時間にいるとは限らない。もし後ろにいたのが犯人で、ここまで付いて来ていたらと思うとまた怖くなった。そう思いながら早く帰ろうと思いドアに背を向けようとしたところで、ガサッと言う音とともに誰かがぼくの後ろに立つのがわかった。




「あははははは、なるほどね、私が事件の犯人だと思ったわけだ」

 お姉さんはぼくの家とそんなに変わらないぐらい大きい冷蔵庫にスーパーの袋に入っていた食材を入れながら大笑いしていた。

「あう。ごめんなさい」

「別に謝る事じゃないけれど……あはははは」

 どうやらずっと後ろを付いて来ていたのはお姉さんだったみたいでぼくを驚かせようと後ろを付いて来ていたらしい。それでぼくが急に走りだしたものだから両手いっぱいの買い物袋が邪魔ですぐに追いつけなかったから声を掛けたけど無視をされて、諦めて家に帰るとその家の前にぼくがいた。という事だった。

……恥ずかしい。

「よく考えたら私も怪しい動きをしていたわ。ばれないように静かに後ろをつけていたんだから。私の方こそ怖い思いをさせてごめんね」

 そう言った後、ぼくに背を向けていたお姉さんが、ぼくの方に何かを投げた。

「私飲むのお酒ばっかりだから、君が飲めるのこれくらいなのよね。お詫びのしるしにあげるわ」

 ブリックパックのリンゴジュースだった。必死に走って喉がカラカラだった僕にはとてもありがたいものだった。

「さーて私もいただこうかな」

 冷蔵庫にすべて入れ終わったみたいで同じリンゴジュースを片手にぼくの前に座った。

「それにしてもやっぱり男の子だね」

 ぼくがよくわからないという顔をしていると、

「なんだかんだ言っても足早かったでしょ。私まぁ荷物は持っていたけど追いつけなかったもん」

 ぷっはっ、と一息でジュースを飲みきっていた。どっちかって言うとその方が男の人っぽい気がする。

「けれどぼくクラスで足が遅い方ですよ」

「あれ、そうなの。最近の男の子はみんな早いのね」

「だからお前が次に狙われるって言われちゃったし……」

「確かに狙われるかもしれないわねー。食べちゃいたいくらい可愛いもの」

 素早くぼくの後ろに回ると、脇腹に手を当てて思いっきりこちょこちょされた。

「あ、ははは、や、やめ、きゃはははははは」

 せっかく潤った喉がまたからからになるぐらい息が切れた。

「ちょっと、やめてくださいよ」

「ごめんごめん可愛かったからつい。あなたは暗い顔をしているより笑っている方がいいわ」

「……えっと、ありがとうございます?」

 疑問形で返してしまった。お姉さんの言う意味がよくわからなかった。そんなに暗い顔をしていたんだろうか。

「安心して、あなたが次に狙われる事なんてないわ。何かあったら私が守ってあげる」

「そういう台詞を言うのはたぶん男のぼくの方だと思うのですけど」

「いいのよ、私大人だし、それにお礼。昨日助けてくれたお礼よ」

 そう言ってシュッシュッと自分で言いながらボクサーのように拳を突き出していた。

 確かにお姉さんは大人だし、昨日のを見てわかるように強い。もしかしたら犯人と出会っても勝ってしまうかもしれない。ぼくが守るなんて言うよりよっぽどいい気がした。

「あ、でも私が困っている時は助けてね」

「けどそれっておかしくないですか。ぼくが守ってもらうのにぼくが助けるって言うのは」

「あーそういう事言う子は可愛くないなぁ。それでもぼくが助けますってぐらい言ってくれてもいいのにー」

 そんな事言われても。と思ったけれどこう言うことにした。

「そうですね。ぼくは小さな勇者ですし、お姉さんが困っていたら絶対助けますよ」

 お姉さんは意外そうな顔をした後、また笑った。

「そうね。また助けてね。小さな勇者さん」




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