幕間
「はーいそれじゃあ注目~!!新入部員の山崎君だ!!」
会長のテンションの高い声がこだまする。
一年生が入学して一週間が経った。俺たちは例によって会長の仕事を手伝わされながら新入部員の勧誘に明け暮れていた。体験入部の期間が後数日というところで彼が正式な入部届を持って来たというわけだ。
勧誘をしていたとは言っても実際は何もしなくても入部希望者は後を絶たない。絶たないと言うよりは絶たなかったと言うべきか。
体験入部の期間が始まる前に新入生を体育館に集め部活動紹介の時間がある。そこで各部活の代表が舞台の上でいろいろな事をして新入生を勧誘する。文化部は寸劇のようなものをしたり普通に紹介文を読むだけだったり、運動部はもともと入ろうとしている人は入る部活が決まっているからなのか大した事はしないで、部長なんかが舞台に立って少し説明をするぐらい。そして我が文学部は去年と同じく会長が持ち時間の五分をめいっぱい使って物語を読んだ。
部活動紹介も終わり放課後、一年生たちが各々興味を持った部活の見学に行きはじめる頃、文芸部の部室は去年と同じく大変な事になっていた。部室の中に入りきらない程の女子生徒の見学者の数。まあこの大半が会長を見に来たようなものなんだけど。そしてこれまた去年と同じく嬉々として妖怪だの化け物だの、場合によってはグロテスな話までする会長を引き気味で部室を後にする女子ばかり。
去年は俺がこの部活に入る事を即決して、俺が入るならと心愛と全代も一緒に入ったのですぐに新入部員が三人入った形になったが、今年はそういう生徒もいなかったようで下手をしたら誰も入部しないんじゃないかと心配になっていたところ、この嬉しさのあまり会長にハグをされている山崎君が入部を決めてくれたようだ。
「はいそれじゃあ山崎君自己紹介よろしく」
とやはりテンションの高い会長が山崎君の背中をバンバン叩きながら言った。
「いてててて。……えっと、初めまして一年一組の山崎勇人です。」
中学校に入学するのと間違えているのではないかと思うような身の丈ではあるがどこか大人っぽさもあり、隣にいる顔はいいが中身は子供そのものみたいな会長と比べるとついつい笑ってしまいそうになる。
「よろしくね」
全代がにこやかに返事をする。
「何でこの部活に入ったの?」
全代の隣に座っている心愛が、もっともではあるがおおよそこの場ですべきではない質問をいきなりぶつけてきた。
「あー、えっと……」
ほらやっぱり山崎君困ってるじゃないか。
「心愛、気になるにしてももっと言い方があるでしょ。せっかく自己紹介してくれてるんだから」
全代に言われてしぶしぶながらもそれに答えた。
「私は小此鬼心愛。んで、この人畜無害そうなのが鳴海全代で、そっちにいるのが百目鬼心音。はい全員の自己紹介終り。じゃ、私の質問に答えてくれる」
これ以上ないぐらいに強引に俺たちの自己紹介まで終わらせやがった。口調が若干荒いのは心愛が人見知りだからだけど、初対面のしかも後輩なんだからもう少し優しく言えればいいのにとは思ったが、案外そんな心配はいらなかった。
「えっと、ぼくがこの部活に入ろうと思ったのは部活動紹介の時の部長さんの話がすごく面白かったからですかね」
言うまでは緊張もあっただろうけどおどおどしている感じだったのが一変。どうやら山崎君言うときは割とはっきりものを言う人みたい。
「でも確かに小此鬼先輩の言う通り何でこの部活に入ったかって聞かれると困っちゃいますね。具体的な活動内容なんかも未だによくわからないままなんですけど、少なくともまた部長の話は聞けそうですし、先輩も優しそうな方ばかりなので、ここで良いかなって思っちゃいました」
優しそうな先輩方ねぇ。今の心愛の態度を見てもそう思えるんだったら山崎君大したもんだよ。そして当の本人はと言うと、
「そう」
とだけ言って机に顔を伏せている。あ、これダメなやつだ。
「会長。せっかく新入部員が入ったんだから歓迎会でもしたらどうですか」
机に顔を伏せたままの心愛が会長に提案した。
「お、それいいな」
「だったらここは部長兼会長らしく会長自ら買いに行く方が株が上がるってもんだと思いますよ。因みに私は午前の紅茶ミルクでお願いします」
「あ、だったら僕はコーヒーください」
心愛に便乗して全代もリクエストを出す。ここは俺も乗っておくか。
「会長。俺はオレンジジュースが欲しいです」
「よーし俺に任しておけ。すぐに行ってくるぜ!……ってなんねぇよ!そこは後輩のお前らが行くべきだろうがよ」
「あ、じゃあ僕が行きますよ」
すぐに山崎君が挙手をした。良い子だ。
「だああ、せっかくの山崎君の歓迎会なんだからそうはいかねぇよ。……へーへ、わかったよ。俺が行けばいいんだろ。山崎君はなんにする?」
大げさに両手を上に上げてお手上げのポーズをする会長。
「あ、ぼくあるならリンゴジュースがいいです」
「ほいほい了解。……ったくよう。ほんとお前らは会長を敬うって事がないのかねぇ」
なんて呟きながら会長が俺の後ろを通って部室を出た瞬間、今まで机に伏していた心愛ががばっと起き上がり山崎君の方を向いた。
驚いた様子で目をぱちぱちさせている山崎君に心愛は鞄をあさりながら、
「ねぇ、キノコとタケノコどっちが好き?」
とさっきまでとは確実に別人にしか見えない口調、雰囲気で質問した。
そう、心愛は女の子だけど鬼であるから、どうしても普通の人と距離ができやすい。人見知りなのも鬼を理由に嫌われるぐらいなら初めから仲良くならなくていいってスタンスだから初対面の相手にはとても冷たい。けれど逆に仲良くなった相手にはすごいデレるもう本当にすごい。そしてちょろい。たぶん今回は『先輩も優しそうな方ばかり』ってところに反応したんだろうな。
「えっと、お菓子ですか?それならキノコが好きです」
「え、そうなの!やっぱりキノコだよね。会長はタケノコ派だから敵なんだ~」
本当に我が幼馴染ながらちょろい。いつの間にか山崎君の隣に座り二人でキノコの森を開け始めている。因みにタケノコも用意しているのは会長と全代がタケノコ派だから。
「あ、他にもねぇいっぱいあるよ~。パッキーでしょ、後トッパとか、カントリークッキーとか他にも……」
いつも思うがこいつの鞄本当に勉強道具入ってるんだろうか。
「はーい、パッキーどうぞー」
あ、これ本当にダメなやつだ。俺たちにとって初めての後輩ってのもあって心愛いつもよりデレデレだ。山崎君にお菓子食べさせてまぁ。次々あげてるから雛鳥に餌あげてる親鳥みたいになってる。
そうこうしているとガラガラガラ~と教室のドアが開いた。
「いやーさすがに全員分を持ってくるのは大変だっての」
両手にみんなの飲み物を抱えた会長が戻って来た。心愛はと言うと目にもとまらぬ速さで山崎君と少し距離を空け今までのが嘘だったかのようにふるまっている。なるほど、会長にああなるのを見られたくなかったから会長に買いに行かせたのか。
「あ、ところでさ、俺も欲しいなーお菓子。なんだったらあーんしてくれてもいいんだぜ」
あ、これ会長外で中の様子探ってたな。という事は心愛のしてた事も……
「確か会長はタケノコ派でしたよね。良いですよ私自ら食べさせてあげるんで大きな口を開けてくださいね」
俺は紙一重で机の下に避難したところで何かが投げられた音とともに会長の断末魔が聞こえた。ご愁傷様です。
向かいに座っている全代がもう大丈夫と言うように足で合図してくれたから、恐る恐る机の下から出るとそこにはさっきまで食べていたはずのパッキーやトッパと共に壁に磔になっている会長がいた。口には大量のタケノコが詰まっていた。
「あーひどい目にあった」
「あれ?可愛い後輩、それも女の子にあーんしてもらえることのどこがひどい目なんですか」
心愛はもう開き直ったようで山崎君にお菓子を食べさせながら会長に言葉を返す。
「へーへーそれはもう嬉しいくてたまんないね」
制服に刺さっていた最後のパッキーを食べたところで会長が山崎君を指した。という事はつまり。
「さて山崎君。君は今日から我が部活の一員になったわけだが、さっそくだが君を指名する」
「指名、ですか」
よくわからないという顔で会長を見つめ返している。
「そう、指名だ。この俺が部室にいる時誰かを指すという事は指名をするという事。そして指名されたものは話さなくてはならない」
そうだ。会長の指一つでこの部活の活動は始まる。いきなり新入部員を指名するのはどうかと思ったが山崎君はやる気の様だった。
「つまり部活説明会の時の会長の様にぼくも何か物語を話せという事ですね」
「そう、その通りだ。流石に今からいきなり話すのが厳しかったら特別に明日にしてもいいがどうする」
「いえ、今からで大丈夫です」
「そうか」
会長はニヤリと笑うと席を立って山崎君を誘導した。普段は会長が座っている席。そこが物語を話す人が座る席。そして今回は山崎君が座る。
「あ、でもそんなに期待はしないでくださいね。部長みたいに上手く話せないと思うので」
山崎君の心配そうな言葉に、
「大丈夫、私もたいして上手く話せてないから心配しないで」
と励ます心愛。流石にもうお菓子を食べる手を止めたみたいだ。
大きく深呼吸を一度した山崎君が語り出した。
「では………」