小さな居候 5
アパートに着くと大家さんが箒で掃き掃除をしていた。
俺に気が付くと手を止めて近づいてきた。
「お帰りぃ、何なん、何なん、可愛い子連れてきて~。彼女?彼女なん?」
「ち、違いますよ、友達、友達です。今度他の友達も連れてくるんでその下見と言うかなんというか」
やっと落ち着いてきたというのに、またさらに顔を赤くしながら弁解した。
「なんやの~おもろいカップルやと思たのに~。ほな、初めまして。うちがこのアパートの大家の碓井言います。よろしゅうお願いします」
「あ、はい。松尾三玲です。よろしくお願いします」
二人の挨拶が終ると大屋さんがなぜかまばたきをしながらこちらを見てきた。
「ほら、うちが三玲ちゃんと話してる間にはよ部屋片付けてきぃや~」
どうやら目配せだったようで、大家さんにお礼と、松尾さんにちょっと待ってと伝えると、急いで部屋の鍵を開けた。
後ろから「本棚の裏に隠してもすぐばれるし他のとこにしときや~」とか聞こえたけど無視だ無視。見られたらダメなやつはちゃんと押し入れにあるから大丈夫。…じゃなくて。
ドアを開け一呼吸。何よりばれたらいけないのが、そう。座敷童子だ。頼み込めば姿は隠してくれたとしても間違いなくどこかで悪戯するに決まっている。
俺は気合を入れると、奥のリビングに向かった。
あれ。誰もいない。押し入れ、トイレ、本棚の裏、物陰と探してみたがどこにもいない。
今朝起きた時には家にいたからまた出かけたのか。
わからないものを考えたところでどうしようもないので、誰もいない自分の部屋の中で
「いるかいないか知らないけど、頼むから出てくるなよ。今度美味しいお菓子でも用意するから頼む」と言うだけ言ってから松尾を呼びに行った。
「へぇー。結構綺麗にしてるんだね」
きょろきょろと、部屋を見ながら私は言った。
男の子の部屋自体は佐一君や友禅君の家に行った事があるけれど、もっとごちゃごちゃしていたと思う。まあ、小さいころに行ったきりだから今はどうかわからないけれど。
「どうぞ」と上野君がコップを渡してくれた。
私はありがとうと言ってから早速いただいた。冷えたお茶が少し火照っていた体を落ち着かせてくれる。
私がなぜわざわざ一人で上野君の家までついて来たのかと言うと完全に丸ちゃんのせいだ。
今日の昼休み、久しぶりに二人で食べようと丸ちゃんにお昼を誘われた時の事だった。
上野くんたちにことわりを入れて中庭のベンチに座ってすぐに言われた。
「それで、みーちゃんはいつ告白するん?」
「はへっ!」
我ながら情けない声を出してしまった。
「いや、だから上野っちにいつ告白するんってきいてるんよ」
あー。何でばれてるんだろう。いや、丸ちゃんそういうのすぐ気づく人だもんね。噂話とかそういうの大好きだし、小さい事に気づくんだよね。
「何だまってんのよー。うちに隠し事できるなんて思ってるんやったら大間違いでっす!」
「あー、もう、おっきな声出さないでよー。」
「だってみーちゃん黙ってるし」
「もう。でもなんでばれてるのかな。ちゃんと隠せてるつもりだったんだけどなぁ」
ばれてしまっている事は仕方がないけれど単純に知りたくなった。というかもしかして上野君にもばれてるとかじゃ…
「あ、安心していいよ、上野っちわかってないと思うし」
「なんで私の心配事がわかるのよ」
「いや、だって長い付き合いやし、顔見たらだいたいわかるって。そもそもいくらピカピカの高校生で、相手が転校生やからっていってもあのみーちゃんが男の子に声かけるって事がほとんど答えやんか」
あう。確かにあの時は私らしくはなかったかもしれない。
「うちとクラス別れて寂しく一人かなって思ってわざわざ教室覗きに行ったら、楽しそうに男の子とお喋りしてるし、そりゃあうちもうピンと来たね」
「それは…たまたま向こうが話しかけてくれたのかもしれないじゃない」
「もしそうやとしたら、うちが来たのにも気づかずに休み時間中ずっと話して、しかもお昼ご飯まで一緒に食べてへんと思うんやけど、そのへんどう思う?」
はい、その通りです。お手上げです。
「けど、だからってなんでいつ告白するとか聞いてくるの?そういうのはもっと仲良くなってからだよ。まだそんなの早いよ」
「甘い!甘すぎる!コーヒー味の金平糖より甘い!」
「それ、甘いのか苦いのかわかんないよ」
私が指摘するとノンノンと指を振った。
「青春は甘酸っぱいもんや!」
「コーヒー味だと甘苦いになると思うけど…」
「とにかくこういうのは急いだもん勝ちやって。それにあんまり仲良くなり過ぎるんもよくないって。友達から恋人って難しかったりするからね!」
「そうかな。マンガとかだとそうでもないと思うんだけど」
やれやれと言わんばかりに肩をたたかれた。
「それはマンガの話で現実とは違うから。それに『新学期かっこいい男ランキング一年生編』で上野っち結構上位にいるんよ。やっぱり帝都っていう都会から来てるんがポイント高いみたいよ」
そんなランキングがある事が驚きだ。と言うか私それ答えてないんだけど。
「あ、みーちゃんの分はちゃんと上野っちで集計したから大丈夫よ」
「集計?って事は丸ちゃんが調べてたの!?」
「てへ☆」
そんな舌出して許されることじゃないよ。
「でも上野っちの事なんもわからへんのよ。帝都にいたころを知ってる人なんかもちろんおらへんし、今だって人気なだけあって結構いろんな人が話かけてるけど、それらしい情報上がってこーへんし」
えっと、丸ちゃんが心配になってきた。
「だから今うちらの間では上野っちもうすでに彼女いる説と、実は男が好き説が上がってるんよ」
「か、彼女?って言うか男好き説ってなによ」
「みーちゃんにはまだ早いかもしれへんけどそういう世界もあるってことよ」
「ないよ!そんな世界」
私は顔を真っ赤にして反論した。
「いやまあ、冗談はこれくらいにしといても、彼女がいるかもって言うのは本当かもよ。部活も入ってなくて、すぐ帰るからプライベートの事よくわからへんし、一人暮らししてるらしいから、行ってみたいなって言ってもごまかされるってみんな言ってるし、これは何か家に見せられないものがあるって考えたらそれはもう女の影しかないかなって。あ、もしかしたら男の影かもしれんけど」
まだ変な事言ってる。…あれ?私昨日家に行っても良いか聞いたら勿論って言われたんだけどな。
その事を丸ちゃんに言うとすごく面白くないって顔をされた。
「あー、はい。なるほどなるほど、のろけ話ですか」
「のろ…っ違うよ!ほら、私たちクラスの人よりは上野君と仲がいいから、それでだよ。丸ちゃんが聞いてもそう答えてたよ」
あれ、言ってて悲しくなってきた。クラスの人がうやむやにされてて私は「勿論」って言われた事は嬉しかったけど、そうだよね、別に私じゃなくても丸ちゃんでも友禅君でも佐一君でもそう言ってたよね。
「よーし!ひらめいた」
急に立ち上がった丸ちゃんはまた大きな声で言った。
「もう、丸ちゃんボリューム下げて」
「上野っちの家遊びに行くのは今度の日曜日にしよう。その日ならサッカー部午前中で終わるはずだし、あの二人も問題ないだろうし」
「何でサッカー部の予定知ってるのかは聞かない事にするけど、そこは上野君の予定も聞かないと」
「まあそこはどうでもいいんよ、今度の日曜日って言って、返事が返って来た後何か理由をつけてそのまま上野っちの家に行くんよ」
「どういう事」
「だから、日曜日だったらまだ時間あるって思ってOKしたとしても、今すぐ家に行けば彼女の影を隠す暇がないでしょ?適当に家の場所知りたいからとか言って上り込んだらいいのよ」
「そんなの無理だよ」
「無理なんて事はないって。という事で今日授業終わったら迎えに行くから上野っち引き止めときや」
そこで昼休み終わりの鐘が鳴った。
「じゃあよろしくー」
半ば強引、と言うか全力で無茶な事を決められた。
そうして今に至る。
彼女の影なんて言われてもあんまりきょろきょろしてるのも失礼だし、かといって何もわからなかったじゃ丸ちゃん怒るだろうし。でも言われてたようにあんまり広い部屋じゃないから何か隠すにしても押し入れくらいしかなさそうなんだけどな。さすがにそんなとこ開けて見るわけにもいかないし。
そう思っていたところでコンコンと玄関を叩く音が聞こえた。
「ごめん、ちょっと待ってて」と言ってから上野君は玄関へ向かった。
私はチャンスとばかりに物音をたてないようにそーっと移動して押し入れを開けてた。なんだかんだ言っても私自身上野君に彼女がいるのか気になるし、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
押し入れの中は二段に分かれていて、下の段にたたまれた布団。そして上の段には…私は何も見なかった事にしてそっと襖を閉めた。
「ごめん松尾さん」
「ひゃい!」
危なかった、もう少しで押し入れを開けているところを見られるところだった。
「え…っと大丈夫?」
私は心臓をバクバクさせながらも冷静を装って答えた。
「え、あ、うん。大丈夫だよ。何かあったの」
「俺、バイトと言うか、手伝いみたいなのしてるんだけど、今からちょっと手伝って欲しいって言われたから今から出ないといけなくなって」
「あ、そういう事なら私帰るね。元々長居するつもりはなかったし」
「ごめんね、せっかく来てもらったのにすぐ帰ってもらう事になっちゃって」
「私の方こそ急に来てごめんね。それじゃあまた明日」
そうして私は上野君の家を後にした。
大家さんはまだ掃き掃除をしていたので会釈をすると、掃除をする手をいったん止めて、すごく礼儀正しくお辞儀をされてしまった。上野君もあんな綺麗な大人の人が好きなのかな。
松尾さんを見送くった後、大家さんに頼まれた簡単なお使いをすましてから、家に戻ってきた。
晩御飯の時間になっても部屋の中にはやっぱりあいつがいなかった。いつもなら少し目を離したらいつの間にかそこにいるのに今日はやっぱり全然出てこなかった。
そんなことを思いながらぼーっと室内を見ていたら押し入れが少し開いている事に気が付いた。俺はピンときた。あいつは今押し入れに隠れていると。
出来るだけ物音をたてずに近づき勢いよく押し入れを開けた。そこにあったのは見たこともないお宝だった。
「そもそも自由に移動できる儂が、隙間が空いているからと押し入れに隠れとるなんて思うあたりが滑稽じゃの」
振り返るといつものようにちょこんと正座をして、いつもの湯呑でお茶を飲んでいた。
「お、おま…」
「まあ別にお主の好みをどうこう言うつもりはないが、アパートに住んでいながら、『大家さんはお世話焼き♡』なんて物を持っておるのはさすがにどうかと思うがの」
そんなどーでもいい一ネタの為に今まで顔を出さなかったのかよお前は!!
「さて、約束通り儂はお主の前に出ず、隠れておったからの。なにか美味いお菓子を献上せい」
こいつやっぱり最悪だ。プライベートなんてあったもんじゃない。こいつ、ぜったいいつかぎゃふんと言わせてやる。
はぁ。まあ一応約束は守ってくれたみたいだからな。俺も約束通り何か出すか。確か、カステラがあったはず。
「はぁ、うんまいのう」
切り分けたカステラを食べながらご満悦のご様子。
「頼むからああいう悪戯とかやめてくれよ」
「ああいうとはどういうことじゃ」
「ああいうってのはああいうだよ。今度は他にも友達来るんだから頼むからやめてくれよ。そうそう人の家の押し入れ開けるとかは無いだろうけどさ」
座敷童子は最後の一つのカステラに手をかけた。
「あぁ、そのことについてじゃがの、すまんかった」
「ん、やけにしおらしいな。毎回そうやって謝ってくれたらいいものの」
カステラを持って甘くなった指を舐めながらすっと立ち上がった。
「いや、まさかの。儂もまさかそうなるとは思っておらんかったんじゃ」
「どういう事だ?」
正直全く意味がわからなかった。
「や、だからの。儂だって予想すらしてなかったんじゃ。まさかいきなり押し入れを開けるなんて思わないじゃろ」
え?
「まさかお主に仕掛けていたはずが、お客が押し入れをあけ、先に見るなんて思いもよらなかったんじゃよ」
「それって、つまり」
俺の顔から血の気が失せた。
「まあ、生きていればこういう事もあるじゃろうな」
「絶対許さないぞこら」
俺は逃げようとする座敷童子の襟をつかんだ。
「暴力は反対じゃ。この幼子に手をかけるのはあまり絵的におすすめせんぞ」
「大丈夫大丈夫、お前えげつない年上だろ?」
「あっ」と玄関の方を指した。その手にはのるか。
「忘れ物でもしたんかの」
えっ、まさか松尾さんが戻って、と座敷童子から玄関のほうへ視線を逸らしたのがまずかった。座敷童子をつかんでいたはずの右手は空をつかんでいて、いたはずのそこにはもう何もいなかった。
「この事についてはさすがに詫びを入れるでの、すまんかったの」
と声だけ聞こえた後何事もなかったかのように静寂が戻った。
最悪だ。もう死にたい。