小さな居候 4
本日最後の授業も終わり、ふあぁぁぁぁぁと大きなあくびが出た。
「おっきいあくびだね、上野君」
と、隣の席の松尾さんが帰る準備をしながら話しかけてきた。
「あ、うんちょっと寝不足で」
「まさか本当に座敷童子が出ちゃったり?」
「いやいやいや、まさか、そんなわけないよ」
昨日は飲み会とか言っていなかったし。
「だよね。じゃあ、何か面白いテレビでもやってたの?」
「いや、その、ちょっとゲームがやめられなくてさ」
「そうなんだ。確かに面白いやつだとやめるタイミング逃しちゃうもんね」
「そうそう、もうちょっともうちょっとって、ズルズルとね」
実際はその、男の子特有の、あれがああなって、あれだったんだけど、そんなの言えるわけないし。
みんなも陰陽師からの忠告はよく聞いた方がいいよ。本当に。
「みーちゃん、一緒に帰ろー」
「あ、丸ちゃん。ちょっとまってて」
隣のクラスの丸ちゃんこと町 太丸さんが廊下から顔をのぞかせながら声をかけてくる。
この仲のいいグループのもう一人の女の子、残念ながら彼女一人だけ隣のクラスではあるが、こうしてだいたいの日は松尾さんと一緒に下校する。
後の二人、堀川友禅と醒ヶ井佐一は小学生のころからサッカーをしているらしく、高校でももちろんサッカー部に入り、今日も授業が終わるチャイムが鳴ったと思ったら鞄を持ってさっさと教室を出て行った。
何でも二人のコンビプレーがいいらしく、一年生ながら、レギュラー入りしそうなんだと。
「上野くんも一緒に帰ろ?」
太丸さんに呼ばれた松尾さんが俺にも声をかけてきた。
「ん?いいの、俺も一緒で」
「勿論だよ。ね、丸ちゃん」
「そうだよ、遠慮とかしなくていいよ」
と、軽く言われた。
その声の主の太丸さん。
名前の様に太くて丸いというわけではなく、むしろ細い。今どき珍しい気がするが、丸いわくのメガネをしていて、長い黒髪は三つ編みがされていて、見た目だけでいくと優等生と言われてパッと頭に浮かぶそんな姿をしている。
が、実際はどうもそこまで優等生ではないようだ。
まだ仲良くなって数週間ほどだが、初めて会った時からどんどんイメージが崩れていく。
ある程度は賢いみたいだが、成績は中の上ぐらいで、授業中や、昼休みもクラスのみんなを楽しませるムードメーカーのような人のようだ。
実際、俺を入れた5人で集まって話をしている時も一番話をしている。
と言うか、一度話だすと止まらない、まるで機関銃のように色々な言葉が飛んでくる。
今もそうだ。よく言葉が止まらないなと思う。話の内容としてはあるようなないような、今日クラスで起きた出来事や、昨日テレビで見たもの、どこだかの美味しいスイーツのお店や、噂話等々。
俺はそれにたまに相槌をうつ程度で会話に参加することはほとんどなかったが、一つだけ会話に参加した話がある。
「そうそう、上野っちはこっち来たばかりなんだよね」
上野っちなんて初めて言われたから驚いたが、まぁ佐一の事を『さっちゃん』友禅の事を『友ちゃん』と呼んでいることを考えたらいくらかましなあだ名に思えた。ちゃん付けはちょっと嫌だ。
と、少し面食らったが、そうだよと答えると待ってましたと言わんばかりにこう続けた。
「ではでは、少し昔話をしてあげよう!」
「もー。丸ちゃん。あんまり怖い話はしたらダメだからね」
「大丈夫よ大丈夫。子供じゃないんだから。ね?上野っち」
「いや、ね?って言われても話が分からないんじゃあどうとも言えないんだけど」
「あははは、それはそうだ。それじゃあさっそく」
ゴホンとわざとらしく咳払いをした太丸さんは話始めた。
「上野君ごめんね。丸ちゃんああいう話が大好きだから」
「いや、松尾さんが謝る事じゃないし、それにまぁ面白かったし」
太丸さんの話はあっちへ行ったりこっちへ来たり話が全然まとまっていなかったけれど、簡単にまとめるとこんな感じだ。
今から一年程前の夏のある日、ここから西の方でとある事件が起きたらしい。
当時中学三年生の人間の女の子があまりにもむごたらしい姿で発見されたと。姿とは言ってもそもそも身体は五体満足ではなく、発見された場所とは別の場所で腕や、足が見つかったとか。
明らかに人間がなせる事ではなかったので、妖怪専門の警察、陰陽師まで出て来たのにいまだに犯人は見つかっていないと言う。
そして怖い話のオチでよくある
「そして、次の犯人のターゲットはお前だぁぁぁぁ!」
と、顔に指を向けたまま叫ばれた。
話し終えて満足したのか
「ほな、うちこっちやし」
とさっさと帰って行ってしまった。
「あ、でもさっきの話は噂とかじゃなくて本当にあった事件なんだよ」
「そうなんだ?」
「うん。当時は人間の女の子が狙われるんじゃないかって、学校行くのも一苦労だったんだよ」
「確かに近くに殺人犯がいるかもしれないとなると、それは怖いよな」
「あ、でもでも、もうあれからずいぶん経ってるし、それ以外に同じような事件は起きなかったからもう何もないけどね」
怖がっていないか心配そうな顔で、俺の顔を覗き込んできた。可愛い。ではなくて、俺は怖がっていないことを伝えるために笑顔を見せた。
「そういう事件があったっていうのはビックリしたけど、俺が住んでた帝都にだってそういう事件だってあったし、別段古都にだけ起こってるわけじゃないしさ。心配しなくても大丈夫だよ」
「そう…だよね。でも、その、犯罪を犯したのが普通の『人』じゃないって言うのは怖くない?」
「うーん。確かにその現場とかは人間じゃあ不可能なそれはひどい事になっているかもしれないけど、そういう力があったら使うんじゃないかな。それに人間だって犯罪は犯すよ?だから妖怪が怖いとかじゃないよ。あくまでその妖怪次第だと思うし」
「そっか…そう、だよね。うん。ごめんね必要以上に聞いたりして」
「いやいや、心配してくれありがとう。大丈夫。そんなに妖怪が怖いなんて思ってないからさ」まぁあの座敷童子は好きではないけど。怖くはない。
「うん。じゃあ、この話はお終い」
と言うとさっきとは打って変って笑顔でこう続けた。
「それで、昨日言ってた事なんだけど…」
「家に来るって言ってた事?」
「うん。それなんだけど今度の日曜日でもいいかな。」
「問題ないよ」
「よかったぁ。急でごめんね。その日ならサッカーの練習が午前中で終わりって言ってたからちょうどいいかなって思ったんだ」
「あぁ、二人とも部活で忙しいもんな」
「うん。それでその日なら午後からは遊べるなーって。そ、それでね。お願いがあるんだけど」
「ん?何」
すると彼女は少し赤らめた顔でこう言った。
「い、今から上野君の家に行ってもいいかな」
「え?あ、はい」
じゃなくてじゃなくて、え?なんて言った今。
「ごめん、えっとどういう意味?」はい、って返事したのにもかかわらず思わず聞き返してしまった。
「あ、えっと、だから。今から私が上野君の家にお邪魔してもいいかなって」
やっぱり聞き間違いじゃない。松尾さんが俺の家に来たいと。あぁ、なるほどそういう事か。
「後から太丸さんが来るとか」
「ううん、えっとこのまま私だけ。べ、別に深い意味はないんだよ。ほら、ご飯作るって約束してたから調理器具とか何があるのか確認、そう、確認したかっただけなの」
「あ、あぁなるほど、そういう事。わかった了解全然問題ないよ」
俺と、何故か松尾さんも顔を真っ赤にしながら言葉もまばらに家路へ着いた。