小さな居候 3
「で、さっきのは何なんだよ」
「何といわれてものぅ。だからあの小童は前のこの部屋の住人じゃよ」
「…言い方を変える。何でその前の住人がこの家に入って来たのかを聞いてるんだよ」
「それは儂が入れたからに決まっておろう」
「いやだからそうじゃなくて…」
冗談じゃよ、とケタケタと笑いながらこう言った。
「さっき小童が出て行った時のことを覚えておるかの」
覚えているも何も出て行ったのがほんの数分前だ、忘れるはずがない。
「まあともかく座らないんですか」
言われなくても座るっての。ここは俺の家だって言うのに。
「それにしても、あなたは叫ぶか、どもる事しかできないのですね」
はぁー、と深いため息をつかれた。
「いやいやいやいや、そもそも住んでる部屋に座敷童子的なやつがいて、次来たら同じようなのが増えてたら誰だってそうなりますから」
「同じようなとは失礼ですね。彼女と僕とでは全然違います」
「そうじゃそうじゃこんな小童と一緒にするでない」
同じにするなと言われても見た目がほとんど変わらない恰好でいられたら同じにしない方が難しいと思う。
二人とも正座して机に向かい、前には湯呑とお菓子。
俺が買い置きしていたお菓子と羊羹。
羊羹なんて買い置きしていなかったから、おそらくこの男の子が持って来たものだろう。
服は甚平だったか浴衣だったか。この手の服はあまり見なれないからよくわからないが、この二人のわかりやすい差と言えば背丈と髪型くらいだろう。
後ろ髪が腰くらいまである長さとおかっぱ頭。
身長は男の子の方がいくらか高いそんな印象だ。
つまりほとんど同じ。
そんな二人を見比べていたらバンと勢いよくドアの開く音と「シショー、シショー」と言う明るい声がこだまする。
何なの?この部屋そんなに人が出入りするの?と言うか人かどうかも怪しいけど。
「おや、もうそんな時間ですか。それでは僕はこれで失礼しますね」
「それじゃあの、また土産を期待してるからの」
「そうですね、またの機会があれば用意しておきます。それでは」
と、そのまま部屋を出て、ドアに手を掛けてから思い出したようにこういった。
「あぁ、そうそう。この部屋の押し入れの奥にお札のような紙が貼ってあるんですけどね、それは絶対にはがさないでくださいね。おそらく眠れなくなるので」
それでは、とドアを閉め出て行った。
訳が分からない忠告をされ理解できないまま今に至る。
「おい、回想しても何もわからないじゃないか」
「それはそうじゃろうよ。回想したらわかるなんて儂一言も言っておらんしの」
「このやろう」
「ケタケタケタ。冗談じゃよ。さて、冗談はここまでじゃ。説明してやろうかの。
初めから説明しろよ。と思ったがそういえば座敷童子は悪戯好きと書いてあった。こういうところがその謂われなのかもしれない。
「あの小童は陰陽師じゃよ」
「おん・みょう・じ?」頭の中で漢字に変換できなかった。
「陰陽師じゃよ、陰陽師。聞いた事くらいはあるじゃろ?小童はそれを仕事にしておる」
想像するのはお札から鳥や獣なんかを召喚するのや、雷や竜巻を起こして巨大な妖怪と戦うところ。
ちょっと恰好いい…いや、すごく格好いい。
「まあ簡単に言えば対妖怪用の警察と言ったところかの」
あ、なんか想像したのと違った。
「お札とか使ったりは」
「普通はないじゃろうな。人間でも同じで凶悪犯に拳銃を発砲レベルじゃろうよ」
「え、やっぱりあり得るの?式神だしたりとか」
「それはもちろんじゃ。じゃが普段は使わんよ、疲れるからと言っておったしのう」
勝手に家に入ってくる嫌な子供だと思ったけどなんかもういいや、格好いいから許す。
「それにしてもすごかったんだなあの子。憎たらしい子供だなーと思ったけどさ」
「ああ、言っておくがあの小童とっくに成人済みじゃからの」
「へぁ」思っても見ない言葉に声が裏返ってしまった。
「でもお前ずっと小童って」
「当たり前じゃろ。儂は純粋な妖怪じゃ。それも寿命の長いの。人間の爺さんだろうが婆さんだろうが儂から見れば全員小童じゃよ」
おおう。そうか妖怪は長生きなのか。
そこで一つの疑問が浮かんだ。素直に教えてくれるかはわからないが質問してみることにした。
「じゃあ、今の世の中じゃあ人間と妖怪のハーフも多いけど、その場合はどうなるんだ」
「それは人間の寿命じゃな。」
「なんでなんだ」
「人間の身体に妖怪の力が耐えきらないからじゃ。基本的には妖怪は人間より体が丈夫で長生きじゃ。じゃが、人間は弱い。使う気があろうがなかろうが妖怪の力を使ってしまうものじゃ。すると人間である部分が耐えきれなくなる。だから寿命としては普通の人間と変わらないくらいになるじゃろうな。もちろん例外もあるがの」
なるほど、そうなるのか。説明がすごくわかりやすくて貫禄があるのはだてに長生きしていないという事なのだろうか。わからないところは聞いてみるのもいいかもしれない。なんせ妖怪の事はほとんどわからないから。
「さて、そろそろお腹がすいたんじゃが、今日の晩御飯は何かえ」
「お前の分はないから」
「な!お主こんなか弱き乙女がお腹を空かせているというのに」
「誰がか弱き乙女だ。人間でいったらくそ婆なんだろ。それに妖怪は食事をしなくても生きていけるものもいるって本に書いてあったから。」
「お爺さんや、今日のご飯はまだかえ」
「お婆さん今日のご飯はもう終わりましたよ」
「グス、ヒック、うぇーんうぇーん」
手を顔に当て泣きだした。絶対嘘泣きだ。ぼけ老人作戦の次は幼い子作戦かよ。
「うぇーん、せっかく質問されたことにちゃんと答えたのに。うぇーん」
ぐ、それを言われると苦しい。
「ご飯くれたら今日寝静まった頃にしようと思った悪戯しないからぁ。夜はおとなしくしてるからぁうぇーん」
「それはそもそもするなよ!あーもう、わかったからけどけどお金あんまりないから大したものでもないし、お前のは少しだからな」
「ふん、はじめからそうしておけばよいのじゃよ。貢物を渡すがよいわ」
何だよこの変わりよう。せめてもう少ししおらしくしておけよ。
晩御飯を終わらせ宿題も終わり、そろそろ寝ようかと思ったところで座敷童子が声をかけてきた。
「儂は今日は用事があるから明日まで帰ってこんのじゃが、戸締りとかしっかりしとくのじゃよ。」
「お前は母親か。…と言うか座敷子って家から出られるの」
「儂ぐらいになればの。今日は町内会の集まりがあるからの。朝までどんちゃん騒ぎなんじゃよ。」
「こんな時間からなのか」
「まあ、町内会と言っても今回は儂らの様なのがメインじゃからな、遅くないと出てくるのがしんどい奴らもおるしの」
「あぁ、なるほど。」
「だから、ちゃんと戸締りして、夜更かししないで早く寝るのよ」
「だから母親か!」
それから、「それじゃあの」と言い俺の視界から外れるとドアを開けることもなくいなくなっていた。
これから先あいつと二人で暮らしていかないといけないなんて考えたくもないが、今すぐどうこう出来るわけでもないし、そのことは出来るだけ考えないようにした。引っ越すには惜しい安さだし。
それから、テレビや携帯で遊ぶのもそこそこに布団を敷いて寝ることにした。
布団を押し入れから出した時にふと思い出した。
『あぁ、そうそう。この部屋の押し入れの奥にお札のような紙が貼ってあるんですけどね、それは絶対にはがさないでくださいね。おそらく眠れなくなるので』と言う陰陽師の言葉を。
確かめてみると確かに押し入れの奥に何か貼ってあった。
何故か二枚あり、一つは見るからにお札と言う感じのよくわからない模様と言うか文字と言うかが書いてあり、もう一つはA4サイズくらいの大きめの紙のようなものだった。そちらには何も書いてはなく白紙だった。
「はがすなと言われるとはがしたくなるよね」
流石に見るからにお札って感じの方は怖いから何も書いていない大きい方の紙をはがしてみた。
裏返して見るとそこにあったのは
「な、なんじゃこれぇぇぇぇ」
思わず床にたたき落とした。
俺は確かめるためにもう一度恐る恐るめくると、そこにあったのはセクシーな女の人があられもない姿でいる写真だった。
お、おおぅ。こ、これは…
「いや、そうじゃなくて!」
自分に言い聞かせるように見えないように裏返す。
裏返す時に紙の下の方に何か書いてあるのが見えた。
出来るだけ写真は見えないように下の方だけ見ると
《もう一つの紙もはがしなさい》
と書いてあった。
仕方なく、仕方なくもう一つの方もはがして見ようかと思う。
本当は嫌だけど、書いてあるんじゃあ仕方がない。
だから思い切ってもう一つのお札の方もはがして裏返して見た。
《上手に使いなさい》
「何につかうんだよ!」
その札を力いっぱいたたきつけながら言った。
いや、なにに使うんだろうけども。
その横にも言葉は続いていて、
《これは初めて持った人にしか見えないようになっています。あなた以外の他の人から見たらただの白い紙です。P.S.まさか忠告した初日にもう見たなんてことはないですよね?》
何だよこのトラップ。と言うかこの写真俺にしか見えないの?
なにそれ。陰陽師凄い…違う怖い。
使わないから…もう見ないから…
俺はもう一度その二枚の紙を貼り直し布団に入った。
…あ、本当だ。ちょっとすぐには寝れそうにないや。