小さな居候 2
『座敷童子 一般的には、赤面垂髪の5、6歳くらいのおかっぱ頭、赤いちゃんちゃんこなどを着ている。悪戯好きで音を立てて遊ぶことがある。夜になると布団の上にまたがったり枕を返したり、悪戯をして眠らせまいとするが、押さえようとしても力が強くて歯が立たないともいう。』
どう考えてもあいつ座敷童子だよな。
年齢はもう少し上そうだけど、ほとんど特徴が一致している。
大家さんなら何か知っているかと思ったのだがあいにく留守のようで聞くことも出来ず、かといってあの家に戻る気にもならずうろうろしてたら図書館を見つけたものだから、これ幸いと館内に逃げ込んだ。
逃げ込んだとは言ってもこの図書館だって24時間開いているわけではないから閉館時間には出ないといけない。そこで考えたのがまず正体を知る事だ。
帝都から来た俺は正直妖怪についての知識は少ない。何故かと言うと帝都には妖怪がいないからだ。
いや、いないは言い過ぎだとおもうが、ほとんどいないと言っても過言ではない。
何故少ないのか、答えは簡単だ。
住みにくいから。
今では隠すこともなく妖怪として人間と共存しているが、そもそもの住処は都会のような明るくて騒がしくてなんてところではない。
もっと暗く、じめじめした場所、というのは言い過ぎかもしれないがイメージはそういう感じだ。
この古都がそういう所とまでは言わないが、やはり帝都と比べると高い建物も少なく、昔ながらの町家も多くあるし、歴史ある寺や神社も多いから、もともと妖怪も多いと授業で習った。
だから覚悟はしていたが、まさか自分の家に居るとは流石に考えなかった。
あー、これからどうしたらいいんだよ。
「あれ、もしかして上野君?」
不意に名前を呼ばれ顔をあげるとそこには例の、俺が一目惚れした彼女、松尾三玲が顔をのぞかせていた。
「あ、え、松尾さん」
「もー、何その顔、ビックリし過ぎだよ」
「あ、うん。ごめん」
あぁぁぁだめだ、不意打ち過ぎて言葉が出ない。
そんな急に好きな子に声掛けられたらテンパって何も話せないって。
どうしようと悶えていると、そんな事とは気づきもしていないであろう彼女は、俺の隣に座り俺の読んでいた本を覗き込んだ。
「座敷童子かぁ。確かこの妖怪って幸運をもたらすとかなんかそういうのがあったよね。あと赤飯が好きとか」
「え、そうなの?」
「そんな風に聞いた事あるけど、うろ覚えだから確かではないよ。って言うかどうしてそんな事調べてるの?」
「や、あの、そう!俺の住んでるアパートが今にも何か出そうで、住人の一人が座敷童子が出るかもねーとか、言ってたから気になって」
もちろん口から出まかせの嘘だけど。『いやー、実は家に座敷童子っぽいのがいてね』なんて言えるわけがない。
「だから調べてたんだ。そうだよね、こっちと比べると帝都って妖怪ほとんどいないから知らないって聞くもんね」
「う、うん。そうなんだ。だから気になって…」
「そっかぁ。…なら私が知ってる事ならいろいろ教えてあげるね。たぶん上野君よりは詳しいと思うから」
「あ、うん。ありがとう」
ああ。やっぱりたいして言葉が出てこない。心の中で落ち込んでいる俺をよそに彼女は嬉しい提案をしてきた。
「そういえば、上野君って一人暮らしなんだよね。」
「うん、そうだけど」
「じゃあさ、今度遊びに行ってもいいかな」
「え、あ、うん。もちろんいいよ!」
なにこれなんかとんとん拍子に話がいい方向に進んでいく。
まさかこれが幸運をもたらすという座敷童子パワーなのか。恐るべし。
「やったね。やっぱり一人暮らしだといろいろ大変だよね」
「うん。それはいろいろと大変だよ。なかでもご飯が一番大変かな。」
「あ、やっぱり。じゃあ、家にあがらせてもらう代わりにご飯でも作ってあげよっか。」
「えーと、作る?」
「あ、その顔は信用してないなー。これでも家ではよくご飯作ったりしてるんだからね」
「違う違う、そういう意味じゃなくて、ただビックリしただけ。」
「だからそれが信用してないんでしょ。まさか私が料理?みたいな」
なんて笑いながら言ってからかってくる彼女。
「だから違うって!」
顔を真っ赤にしながら言葉を返したけど、彼女が家に来てご飯を作ってくれると考えたところで頭はフリーズ。
だめだ。彼女が家に来るまではまだなんとか頭が動いたが、ご飯を作るとなるともう頭が動かない。完全に思考停止だ。
いや、停止したらだめだ。まず掃除を始めないと。その前にめんどくさいからってそのままにしていた引っ越し荷物の封を開けてないものの整理からか。
いやいや、何より俺のお宝を絶対にばれないところに隠すところからだ。それは何より一番にしないといけない。これ重要。
「あ、でもアパートとかってあんまり大人数だと隣の部屋の人にうるさいとかって怒られちゃうかな」
「それは大丈夫だよ。端っこの部屋の一階だし、隣は空き家らしいから」
「あ、そうなんだ。よかった。なら遠慮しないで大丈夫だね」
「困るのはまだ荷物が綺麗に整理されてないから……って大人数?」
「だって私と、丸ちゃんと佐一君と友禅君4人って結構な人数じゃないかな」
「た、確かに大人数…かな。ま、まあ広くはないけど大丈夫だと思う…」
「それじゃあみんなにも連絡して近いうちにね。ってあれもうこんな時間。じゃあ、私もう帰るね。上野君もあんまり遅くならないようにしないと怖い妖怪に食べられちゃうかもよ」
彼女は両手を大きくあげて精一杯の怖い顔をしてくれた。とても可愛い。
「それは困るからそろそろ帰ることにするよ」
少し笑いながら席から立ち上がった。
「それじゃあまた学校でねー。ばいばい」
「うんばいばい」
図書館から出ていく彼女の背中を見送った後本をもとの場所に戻しながら考えを巡らせる。
考えれば考えるほど顔が赤くなっていくのがわかる。
何で二人きりだとか考えたんだろうとか、ご飯作ってくれる時はエプロンをして作るのかなーとか、それってもう新婚夫婦みたいだなーとか。
恥ずかしい。死にたくなる。
けれど、これからもっと仲良くなって最終的にそんな風になれば問題ないと、無理やりにでも前向きに考え、そのためには部屋の整理と掃除を今から少しづつ進めておかないといけないなと違う事を考えるようにし、あの恥ずかしい妄想とはおさらばした。
アパートが遠くに見える頃に思い出した。何故、家を出て図書館にいたのか。
松尾さんの素敵な提案で頭が一杯で丸々忘れていた。
大家さんが帰って来ていて何か事情を知っている事に望みを託しながらアパートの前に着くと、そこに見えたのは大きくドアの開いた俺の部屋だった。
出ていく時に開けっ放しだったのか。いや、ちゃんと鍵まで閉めて出てきた。間違いない。
まさか泥棒。いや、それとも彼女が別れ際に言っていた怖い妖怪で俺は食べられてしまうのだろうか。
そんなのは冗談だと思っていたけれどまさか古都ではそんなのが普通にあるのだろうか。
そんなことを考えていたが、よくよく考えれば中に例の座敷童子(仮)がいるわけだからドアが開いていてもおかしくはないと、恐る恐る中を覗いた。
ただ、残念ながらこの部屋入ると少し廊下があり、片方にキッチン、反対側にトイレがあり廊下の突き当たりが六畳間のリビングになっているからもし奥に誰かいてもわかりにくい仕様になっている。
とは言っても入らなければ一生このまま。
覚悟を決めて中にそろりと一歩、そして「た、ただいまー」
と声をかけると中から
「おぉ、遅かったのうどこに言っておったんじゃ」
と声が帰ってきた。そこですかさず
「このドアお前が開けたのか?」
と聞くと
「そうじゃ、儂が開けたんじゃ」
ああそうか。やっぱりお前か。そうとわかれば何も怖くない。こういう時は強気な態度で妖怪すらもビビらせてやるぐらいで。
なに、いくら妖怪だとはいえしょせんは子供。しかも幸運をもたらすいたずらっ子みたいなやつなんて怖くない。
「お前、ドア開けっ放しにしてるなよ!それにここは俺の家だ、そうそう大きな態度が…とれ…ると」
どすどすと音をたてながら廊下を通り六畳間を見ると、そこには机にお菓子の袋を散乱させお茶を飲んでいる、家を出るまえとさほど変わらない姿の座敷童子(仮)の姿と、同じように正座をしてお茶を飲んでいる男の子がいた。
「……ってなんか増えてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「聞いた通りうるさい人のようですね」
「そうじゃろ。さっきもこんな感じじゃった」
「ちょ、え、な…?」
「返す言葉も同じじゃしな」
「お帰りなさい、元我が家へ」
と呆然とする俺をにそう言い、ずずずとお茶を啜った。
え?本当に何で増えてんの、これ。