三冊目 小さな居候 1
桜が咲く季節。そして過去の自分を知る者のいない新しい学校。
初めての一人暮らし。
そう、今、このアパートのこの部屋から
「俺の新しいスタートが始まる!!」
「スタートも始まるも同じ意味じゃと思うがの」
「うるせえよ」
……え?今の声は誰だ。ついついつっこんじまったがこの部屋には俺しかいないはずだぞ。
俺はこの部屋の人が隠れられそうな場所を探した。
とは言ってもそれほど広くない部屋、探す場所なんて決まっている。トイレと押し入れくらいしか隠れられそうなところはない。
結果見つからなかった。
それもそうだ。この部屋に他に誰かがいるわけない。たぶんとなりの部屋とかの声とかテレビの音とかが聞こえただけだろう。
となると少し壁が薄いみたいだが、その他になにか問題があるわけではないのにこの安さは本当にラッキーだったとしか思えない。
大家さんによるとこの部屋に前に住んでいた住人が急に出て行ってしまい、空き部屋になったところを部屋を探していた俺が道に迷いたまたまここに来たと。
空き部屋を持て余すのはもったいないからと安くで住めることになった。
前の住人が出て行ったそのままの状態だからいろいろあると言われていたからどうだろうと思っていたけれど、テレビ冷蔵庫など日常生活の必需品が一通りそろっていて、金がない俺には正直ありがたかった。
親に反対されながらもあのまま地元の高校に進学したくはなかったからとかなり遠くまで来たからだ。
一応仕送りをもらえる事にはなったが贅沢は言えない。
だが俺の明るい青春時代を過ごすためには仕方がない。
条件としていい成績をとらないといけないわけだが、それくらいは何とかしないとな。
うんうん。
さて、これからさしたる然したる問題もなく、勉強も頑張って、彼女の一人でもつくって、それで、この高校生活が最高のものになりますように!
…なんて風に思ってました。このときは。
学校が始まって数週間がたった。
あの新学期特有のお互いがお互いをけん制しあうような、話したいけど話づらいあの空気もだいぶ落ち着き、すでにいくつかの仲のいいグループに分かれ始めていた。
俺はと言うと、ここ古都より東にある帝都、つまりこの国の首都にあたる一番都会から来た都会人。という事で物珍しさもあったのだろう、すぐにとあるグループに声を掛けられそれでそのまま意気投合、今に至る。
正直ラッキーだった。いくら高校とはいえ、だいたいが地元の中学からそのままってのが多いから、相手にされなかったらどうしようかと思っていたらすぐに声を掛けられた。
男子2人に女子2人。中学から仲がいいらしい。
そしてその女子の1人の事を好きになった。
一目惚れだった。
とは言っても付き合いたいなんて思わない。
それこそ前の学校の二の舞になるかもしれないし、そうなってしまったら何のために遠くまで逃げて来たかわからない。
いや、まったくそういう気持ちがないわけではないけれど、今回は慎重に、確実に。
それに、仲のいいグループに好きな人がいるっていうのは悪くないからな。
そういう意味でもこのグループに声をかけられたのはラッキーだ。
そう言えば最近妙に運がいい気がする。
たまたま買ったスクラッチで1万円が当たったり、スーパーの特売品の最後の一つを買えたり。今だって小腹がすいたから帰りに寄った肉屋さんでコロッケを揚げてもらったら「おまけ」と言われてもう一個貰えた。
サクサクと、上がりたてのコロッケを頬張りながら歩いているとアパートに着いた。
カンカンと音のなる方を見るとアパートの二階に上がる人影があった。
綺麗な髪の人だなと、そう思った。
風になびく長くて白い髪がとても綺麗だった。
その人は俺に気づくと軽く会釈をしてそのまま部屋に入って行った。
どうやら俺の部屋の上の人らしい。
そう言えば俺の隣の部屋は空き家らしい。この前大家さんに聞いたらそう言われた。
だったらこの前の声はなんだったのだろうか。
「ただいまーっと」
「お疲れ様じゃの。お茶っ葉がそろそろ切れそうだから買っといたほうがいいと思うのぅ」
「あ、これはご丁寧にどうも。帰りに買って帰るんだったなー」
「あと小腹がすいたんじゃが、そのコロッケくれんかのぅ」
「あぁ、おまけでもらったからどうぞ」
「どうもじゃの」
「……ってお前誰だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「うるさいのう、静かにせんか」
「ちょ、え、な…?」
そこにはおかっぱ頭に赤色の着物の女の子がちょこんと正座をし、机には自分の物ではない湯呑みと買い置きしていたお菓子が散乱していた。
「ようこそ我が家へ」
と呆然とする俺にそう言い、持っていたコロッケを奪い取り、またちょこんと座りサクサクと食べだした。
「ん~コロッケも美味しいのぅ」
え?本当に誰、これ。