陸
優一を構う余裕はないが、言葉は胸に突き刺さっていた。
俺は彼女のことを何も知らない。
名前も、歳も、どこにいるのかも。
たったあれだけの時間で、しかもあんなことがあった中で、そんなん聞く余裕なんてなかった。
分かってはいるが、意識し出すと知らないことに悔しさを感じる。
そして、知りたくなる。
だが、手がかりが何もない。
分かるのは雨音が好きで、髪が腰まであって、淡い水色のワンピースで…って、もう秋なんだからワンピースなんて着ないだろ。
……今更ながらに絶望を感じる。
「ねー、これ見た?」
「見た見た!今月号のRain!」
「小百合の新作最高だよね!特にこのコート!」
「そうなんだよー!これはもう買うしかないでしょ!」
離れた席で女子達が騒いでいる。
あいつらの貴重な休み時間は、最近の流行を語り合うことで大忙しのようだ。
横目でちらりと見ながらも同時に、何気に彼女と比べてしまう。
あんな風に子供っぽくて、チャラチャラしてなかった。
纏う雰囲気からして大人びてて、清廉で、綺麗で…けど、強い意志を持った、儚い人。
俺の視線に気付いたらしい女子達が、こちらを伺いながらこそこそと話しだした。
はっとして視線を逸らしてから、頭ごと窓の方へ向けた。
「なー、付き合ってくれよー。お前のせいで腹おかしくなったんだぞー」
さっきから優一がしつこく定春に迫っている。
昼休みに喰らった肘鉄のお陰で、腹の痛みが治まらないと訴えているのだ。
だからお詫びに買い物に付き合えと。
腹が痛いなら、さっさと帰った方がいいんじゃねえのか。
「お前の腹痛は俺じゃなく、昼に食べたパンのせいだろう。賞味期限が切れてたぞ」
「なっ!おま、パンに罪を擦り付けようってのか!?食べ物にあたるなんて最低だぞ!賞味期限切れてたなんて嘘までついて…!俺は悲しい!!」
「ん」
再び泣き真似をしだした優一に、すっとパンの袋を差し出した定春。
てか、取っておいたのかよ…。
こうなることを予測していたのだとしたら、将来かなりの大物になりそうだな。
そして優一は袋に印字された賞味期限を確認し、口をだらしなく開けたまま青ざめている。
「こ、これ…賞味期限が去年の今日までじゃねえかあああああ!!!!俺死ぬの!?ねえ死ぬの!?」
本気の涙目で訴えてくる優一に、俺は視線も送らずに言ってやった。
「それだけ元気なら大丈夫だろ」
「そうだな」
定春も静かに同意する。
優一は俺達の反応に『なんでそんなに冷静なんだよー!!』と1人で騒ぎ続けていた。




