肆
大粒の雨水が傘を打ち叩き、騒音は一瞬で消えていく。
そうして訪れた静けさにふと我に返ると、俺の身体は硬直した。
抵抗もなく引っ張られた彼女は俺の胴体にぶつかり、視線を下げれば小柄な頭頂部が見える。
真っ黒な傘の中で、2人きりだった。
いや、元々ここには俺たちしかいねえんだけど。
身体がほぼ密着した状態な上、布越しに感じる僅かな体温と息遣いが、理性をぶち壊そうとしている。
と、とりあえず落ち着け!素数を数えるんだ!
俺が大分パニックに陥っている中、全く動かない彼女に、ふと腕を掴んだままだったことに気付く。
「わ、悪い。強く引っぱちまった。痛くなかったか?あと、さっきも…その、悪かった。泣かせるつもりはなかったんだ」
俺はそっと腕を放し、一歩後ずさった。
本当はもう2、3歩下がるつもりだったのに、制服の裾を引っぱられ、叶わない。
驚いて見ると、彼女は小さく首を振っている。
視線は少し下を向いていたが、やがて頭ごと持ち上げ、俺の目を再び捉えた。
「っ!」
涙の膜で揺らめく奥に強い意志を感じ、咄嗟に息を呑んだ。
何かを訴えているようにも見える。
なんなんだ…目が、逸らせない。
「晴れた空には、何が似合うと思う…?」
「え?」
唐突の質問に意図が読み取れず、とぼけた顔で聞き返してしまった。
それでも彼女の真剣な眼差しは変わらない。
“俺に応えてほしい”、そんな表情で。
だから俺も、真面目に考えてみる。
晴れた空って、状況から考えるに雨上がりだよな。
それに似合うもの…。
今は夏だから、向日葵か?
でもそれだと安直過ぎるな。
じゃあ、虹か?
って、それこそ大王道じゃねえか。
んーー、そういや、あいつも雨が上がると嬉しそうにはしゃいでるな。
「あ」
妹が雨上がりにはしゃぐ姿を思い出して気付いた。
俺の頭じゃこれが精一杯だが、少しでも彼女の望む答えに近づけていると良い。
「水溜り、だな」
あいつはいつも、水溜りに映る空を見ては喜んで、その中へ飛び込んでいく。
そうして『お空を歩いているみたい!』と、満面の笑顔で俺に言ってくるのだ。
そんな妹を見ているとつい顔が綻んじまって、おやつにプリンを作ってやりたくなる。
「ありがとう」
彼女の声に、はっと我に返った。
目の前には、今にも零れ落ちそうな涙を溜めて、愛おしそうに微笑む彼女がいた。
その、儚さを纏った綺麗な存在に、一瞬にして周りの景色に鮮やかな色が付いたようだった。
ああ、彼女の求めていたものが見つかったのか。
無意識にそう思い、微笑み返す。
交わる視線が時間を永遠に感じさせたが、ふいに彼女が背伸びをしてきた。
まさか!そんなまさか!いや、まさか!?
淡い期待が湧き、心臓が暴れ馬の様に跳ねる。
唇が段々と近づいてきた。
そして――