弐
小走りに近い早歩きをしながら、足元の雨水を弾いていく。
雨は嫌いじゃねえけど、洗濯物が心配になるから困る。
夏の雨は嫌な湿気になるせいで匂いも気になってくるが、香りの強い柔軟剤は使いたくない。
今日は何を作ろうか…メニューを考えながら近道になる森林公園を突っ切っていると、
「ん?」
見間違いか?
無意識にそう願いつつ、急いでいた足を一旦止めて数メートル戻る。
「っ!」
ああ、見間違いじゃなかった…。
大木が並ぶ中、傘も差さずに佇んでいる人物がいる。
ワンピースを着ているから女性なのだろうが、その姿があまりにも儚げで、今にも消えてしまいそうだった。
まさか…ゆ、ゆゆゆゆゆ幽霊とかじゃないよな。
足、ちゃんとあるよな。
枝が重なった木の下は雨があまり落ちてこないようで、彼女自身はそんなに濡れていないようだった。
それでも時々落ちてくる水滴が大きいせいか、当たった所は大きく滲んでいる。
女性は何をするでもなく、ただじっと大木を見上げていた。
少し長めの前髪の下には、静かに閉じられた瞼がある。
……見なかったことにしよう。
何をしているのか分からないが、きっと何か理由があってそうしているんだろう。
やたらに関わらない方がいい。
そう思っているのに、俺の足は主人の意に反して、彼女の方へと歩を進めていった。
おいやめろ、関わるなって言ってるだろ、止まれこら。
そうして園路から芝生へ踏み入り、彼女から約2メートルまで近づいてしまった。
近づく俺の足音は水を吸った草が消しているようだが、傘に当たる雨音は聞こえているだろうに、微動だにもしない。
気付いていないのか、それともシカトしているだけなのか。
やがて俺自身も大木の下へと入り、完璧とは言えない雨宿りをする。
極力音を立てないよう、傘を閉じた。
彼女はといえば、何の音も発しない。
声も、衣擦れも、呼吸ですら。
………息、してるよな?
あまりにも静か過ぎて若干居た堪れなくなってくる。
そして、ふと気付いた。
「あぁ、雨音聴いてんのか」
小さくだが、呟いてしまった。
それが存外響いてしまい、彼女が反応してゆっくりと振り返った。
邪魔をしてしまったような気がして、俺は咄嗟に謝る。
「わ、悪い!邪魔しちまっ……」
謝罪の言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
何故なら、振り返った彼女が笑っていたからだ。
それもとても静かな、けどすんげえ嬉しそうな微笑み。
そのなんとも蕩けそうな笑顔に、俺は息ができなくなった。
心臓すらも止まったかと思ったが、逆にどんどん鼓動がうるさくなっていく。
てか、なんでそんなに嬉しそうなんだ。
訳が分からない。