拾
淡い水色はコートになっていて、生地が布ではなく、ビニールに近い素材に見える。
大きめのフードが付いていることから、どうやらレインコートのようだ。
目線の少し下の裾から徐々に上へ見ていくと、裾から伸びた電信柱に、肩へ伸びる電線には小鳥が数匹。
フードに近づく程に水色が薄くなっていて、袖口から少し広めに水が滲んだような跡。
目を凝らして見ると、うっすら白いモヤモヤが見えるが、恐らく雲だろう。
綺麗な色を邪魔しない程度に薄められた柄は、まさに俺があの時頭に浮かべたような空だった。
偶然なのか?
だが、こんな偶然があるだろうか。
1人悶々とする俺は、はっとした。
彼女が最後に残した『“こゆり”を、探して…』という言葉。
そしてドアに飾られた、小さな百合の花。
確信に近いものが、俺の中で広がった。
「なあ、優一。この店の名前、“小百合”か?」
俺の静かな質問に、優一は一瞬きょとんとした後、吹き出した。
「ぶっくく!!ゆ、幸弥、お前、あれか?小枝を“こわざ”って読んじゃうタイプか?」
突然、馬鹿にした言葉を言い出す優一に、俺は心の底から殺意が芽生えかけた。
「なぁ定春、今なら俺、殺れる気がするんだけど」
「やめておけ。残念なことに、こいつには悪気が一切ない」
だからこそ余計にタチが悪い。
俺の鋭い眼光と、定春の冷ややかな空気に気付いたのか、優一は喉を鳴らして生唾を呑み込み、恐る恐る口を開いた。
「み、店の名前は“こゆり”じゃなくて、“さゆり”って読むんだよ。普通そう読むだろ?俺、悪くないよな?」
最後の問いかけは定春に向かっていたが、本人は優一の態度に怒っているらしく、冷たくあしらっている。
俺はといえば、どこかで聞き覚えのあるフレーズを聞いた気がして、記憶を探っている最中だ。
さゆり…小百合……あ。
そういえば、今日学校の休み時間に、女子達がそんなことを言っていた気がする。
そして話題に上がった雑誌の名前は確か……Rain。
あれは雨具専門雑誌のはずだ。
そして、レインコートの足元にあるプレートには、商品名が書いてある。
【雨上がりの微笑】
これは――
「――っ」
やっと見つけた!
彼女の手がかりだ…!!
この店にいるんだろうか?
いや、例えいなかったとしても、この商品に携わっていることは確かだ!
あの雨の日、彼女はきっと淡い水色のワンピースを着て、この商品のイメージを探していたんだ。
俺と出逢って、俺の答えを聞いて、これを作った…?
途端に、全身が熱くなる。
彼女に…また会えるかもしれない。
ショウウィンドウの前で俺は1人、熱く胸を焦がしていた。
まるで記憶に残った真夏の太陽が、胸を焼き付けているかのように。
――了。