◇青髪の治療師と覚醒した力◇
ゴールデンなウィークの最終日ですね。
今日から仕事という人も多いと思います。
気合いれていきましょう。
では行ってきます。
俺達3人はいいペースで怪我人に応急処置をして搬送した。
怪我の次に骨折が一番多かった。それと擦過傷。
毒や麻痺はそれほどいなかった。
機械的に、止血や固定をして布を包帯のようにまいていく。
もちろん傷口は商人さんの出してくれる水で洗い流す。
「商人さん、何か書くものもってない?」
俺は一緒に行動してくれている商人さんに尋ねていた。
思いついて、あることをしようと思ったからである。
「何に使うので?」
「この包帯につかっている布にさ…」
俺は、今、応急処置をしている冒険者の肩のあたりを指さす。
「骨に異常、固定済って書いておこうと思って」
商人の理解は早かった。
「ああ、施した処置と、わかる範囲での怪我の程度を書いておくんですね。なるほど、次に処置をする人にもわかりやすいですね」
そう言うとインベントリからインク壺と筆を取り出す。俺は商人に頼んだ。
「そういうの…慣れてないからさ、商人さんが書いてくれると助かる」
俺はこちらの文字が書ける気がしない、インク壺も筆も使える気がしない…マジックとは違うもんなぁ。
「わかりました。では容体と、施した処置を言ってください。私が書きましょう」
商人さんは頷いて、俺の言葉を待つ。
「右肩を骨折している模様…それを布で固定…それから?」
俺は、わかる範囲で怪我の程度と状態と応急処置を口頭で述べていく。
商人さんはさらさらっとそれを文字にして包帯替わりの布地に書いていく。
それから俺達は、同じ方法で何人も臨時救護所や治療院へ運んでいった。
次の怪我人を探して現場に戻ると、俺達は大柄な騎士の人に呼ばれた。
「誰か!きてくれっ。生きている!」
騎士さん達が死んだ魔獣をどかすと、下から二人の人間が姿を現した。
まだ若い女性冒険者と騎士だった。
紅い髪の女性冒険者の足は変な方向に捻じれていて、顔は蒼白でも意識はあったが、黒髪の騎士の方の状態は酷かった。
「この人を助けて!、私を庇って刺されたの!」
魔獣がどかされ、圧迫されていたのがなくなって、ようやく呼吸が楽になったのだろう、女性冒険者が声をあげた。
彼女はそのまま気絶して治療院に運ばれた。
見れば、魔獣の尾なのだろう、鎧を貫いて、黒髪の騎士さんの胸に人の腕の太さの棘のようなものが貫いていた。
「ごほっごほっ」
騎士が咳き込むたびに口から血が吐かれる。
これは酷い、俺には手が負えない。
何とかしてあげたいけど、どうしていいのかわからない。
先に刺さった物を抜いた方がいいのか、その場合の止血ポイントはどこなのか…
それとも何もせず救護所に運んでいって治療師さんたちに任せた方がいいのか。
そうして茫然と、黒髪の騎士を見つめていると、ふいに脳内に人体模型のイメージが浮かんできた。
人体模型のイメージはすぅっと黒髪の騎士の身体に重なり、身体の内部がどうなっているのか、俺にイメージを視せる。
どういう事なんだ?俺の、この知識を役に立たせることができるのか?
躊躇する俺達の前に青いポニーテールが割って入った。
あの毒消しの時の治療師さんだった。
真剣な顔つきは、プロの顔だ。
同僚の騎士さんが、この人を呼んできたようだ。俺は、プロの登場にホっとする。
彼は、一目、重症の騎士を見ると、目を瞠った。
「くっ」
一瞬、拳を握り、黒髪の騎士さんから目をそらす。
青髪の治療師は、平坦な声を勤めて作ったように言った。
「これは…この尾を抜いたら…死んでしまうでしょう。」
そこで、一旦息を吐いて続けた。
「残酷なようですが…このまま痛み止めを使って…そのまま眠るように楽に…」
それを聞いて、彼を呼んできた騎士が、蒼白になった。
「お願いだ。デュオを助けてくれ。少しでも助かる可能性があるなら治療を試してしてくれ!」
治療師に詰め寄り、最後には膝をついて拝むように泣いて頼んでいた。
「…頼むよ。俺は、あいつの、デュオの母親から頼まれたんだ。お願いだ、助けてくれ。あいつまで死んだら…おばさんが一人になってしまう」
男の人なのに、大地を叩きながら号泣しはじめた。
青髪の治療師さんは空を仰ぎ、ひとつため息をついた。
「わかりました。やるだけやってみる。その代り、成功する可能性は…とても低い、わかってくれ、もうヒールができる状態の治療師も少ないんだ」
もう二人、治療師が遅れて駈けつけてきたが黒髪のデュオと呼ばれた騎士を見て目を見開いて呻いた。
「これは・・・また酷い、おいアレ、飲んでおくぞ」
そう呟くと腰のベルトにいくつも並んでいるアンプル状のものを抜き、一気に煽る。
あれは、エーテル?
「くっそ、あと2個か、全然たりねぇ。」
「ハイエーテルは高いんだ。これだけ支給されてるだけでもここはマシだ」
ハイエーテルとかもあるんだ。まるでゲームだな。
青髪の治療師の指示の元、腹側に突き抜けた尻尾の先の逆向きの棘を削って抜く時にひっかからないようにしてから、騎士さん達が魔獣の身体を引っ張って尾を抜く、そしてその間にヒールをかけるといった順番で行う事になった。
これだと、抜いた時に大出血するだろうことが素人の俺でもわかる。
だが、この方法を取る、と決めたのはプロの判断だ。
怪我をした騎士さんの下に清潔な敷物がひかれ、大量の水と布が用意された。
俺の目からは尻尾が、肺のひとつをかすって横隔膜と肝臓を貫いているのが見える。たしか肝臓にはかなり大きな血管が通っており損傷すると出血性のショックを起こすという話があったはずだ。
――医療ドラマの生半可な知識がうらめしい。
確実に、目の前の人を助けられる力が、なんで俺にはないんだ。
青い髪の治療師さんが、痛みどめをあの漏斗を使って騎士さんに飲ませようとするが、痛みを我慢しているのか、歯を喰いしばっているためなかなか口を開かない。
が、よく見ると息で何かをしゃべっているようだ。
青髪の治療師が皆を身ぶりで静かにさせると、彼の口元に耳を近づけた。
「…騎士…になった…以上…怪我…したり、死んだり…する…ことが…ある…ことは…覚悟して…いたが…ま…だ…だ、……まだ…死ぬつもり…な…い」
だから治療してくれと、彼は頼んでいるのだ。
その、息だけで紡がれた言葉は、傍にいた俺達にも聞こえた。
彼は生きようとしていた。まだあきらめていない。
激痛を耐えるためにうるんだ目にはまだ強い光があり、強い意志を宿していた。
「…必ず助ける。だから口を開けて、これを飲め、痛みが少しはマシになる」
治療師は、痛ましげな顔でデュオという騎士の顔を見ると、その手をとった。
そして短く、しかし力強く「まかせろ」とだけ言った。
人の命を左右する決定を、彼は全身で引き受けていた。
その不安を、ためらいすらをも見せない姿に俺は感動していた。
一方、それを聞いたデュオも片頬をあげて、笑ってみせた。
凄まじい精神力と言わざるを得ない。
「っつ!、せーいっ」
掛け声とともに尻尾が抜かれる。
尻尾というよりそれ自体が骨でできた巨大な凶器のようだ。
よくこんなものに刺し貫かれ、即死しなかったものだ。
ズルっと血にまみれた尻尾が抜けると黒髪の騎士の傷口から血が噴き出した。
「ガハッ」
デュオという名の黒髪の騎士は、盛大に血も吐いて、あまりの痛みからだろう、身体を折る。
「だめだっ、身体を伸ばして!傷を見せろ!俺を信じてがんばれ!」
青い髪の治療師はその腕の力すべてを使って、半分に折れた身体を押し返し、傷口を治療師達に向けた。
「傷口を押さえて止血しろ!」
「ヒール!」
「傷薬も使え!」
俺もレオも傷口を抑えるために手をのばす。
商人も傷口に傷薬をふりかける。
3人がかりのヒールのおかげか傷口がみるみるうちに塞がっていく。
しかし、騎士の顔からは血の気がどんどん引いていっている。
出血はまだ止まっていないのだ。
「違う!中だ。中の器官が傷ついている。こことここ!ヒールを集中させて!」
俺は焦っていた。
傷ついた肝臓から血が吹きだしている映像が脳内にイメージとして伝わっている。
まるで蛇口をひねったような勢いだ。
「だめ!生きるんでしょ!還ってこい!。逝ってはだめ!」
俺は知らず叫んでいた。
こぼれていく命を救うための力が、欲しい、今すぐ!
その時、何かが身体の中でうねるような感じがして、俺の手の平から何かが放出され、その何かが騎士の中にしみこんでいくのが視えた。
俺の脳内に、損傷した器官が修復され、血液や体液が体内に吸収されていく様がうつる。
それと同時に、俺の身体から力が抜かれていくのがわかる。
騎士を見ると、グリーンのエフェクトがその身体を包んでいる。
この光…なんだ?
2人の治療師が力つきたようにその場に座り込んで我に返った。
見ると黒髪の騎士は目を閉じていた。顔つきは苦痛にゆがんでいた先程とは違い、やすらかですらある。
しかしその胸は規則的に上下しており、命が繋がった事を物語っていた・
「ありがとうございます。ありがとうございます」
黒髪の騎士をデュオと呼んだ同郷の騎士がお礼を言いながら土下座していた。
それを見て、同僚の騎士達が彼を立ち上がらせてクールに、そして優しく言った。
「デュオはもう大丈夫だ。ここはまかせて、他の者も助けにいくぞ、立てよ、ベラール」
ぐいっと涙を手で拭って大柄なベラールと呼ばれた騎士は立ち上がった。
「そうだな!他のみんなも助けてみせる!」
あの青髪の治療師さんだけがかろうじて、という風に立っていて、ハイエーテルと思われるドリンクを、腰に手をあてつつ飲んでいた。
「ふぅー」
青い髪の治療師は唇をぐいっと男らしく手の甲でぬぐった。
そして、他の治療師さん達にドリンクを投げて渡す。
「ほら、膝をつくのは、もうひと山超えてからだ。俺のを分けてやる。このハイエーテルを飲んだら走って治療院に戻れ!」
この鬼めとかブツクサ文句を言いながらも、他の治療師さん達もドリンクを飲む
と、ヨタヨタと走って治療院に戻り始めた。
目の下にみんな隈が出ていて哀れだ。
青髪の治療師さんはそんな同僚を見送ったあと、残った騎士さんにアレコレと指示を出す。
そして俺の方を見るとドリンクを投げて言った。
「あんたも飲んで!もう少しがんばってくれ」
俺は頷いて、ドリンクを受け取った。
こっちのは小さな小瓶に入っていて、ちょっと甘い味がした。
それを見て、彼はサムズアップをすると、疲れをものとせずに走っていく。
なんか風みたいな人だな。
「すごいね。あんなヒールってはじめてみたよ」
レオが興奮して俺の手を握ってはしゃいでいるのだが、その手は騎士の血で真っ赤だ。
「あれ…ヒール…なのか?…」
「そうじゃない?俺の知ってるのとは違うようだけど」
「私も見ましたが、見事でした。」
商人もニコニコして俺に言った。
そして首を傾げて続けて言った。
「いつの間に詠唱していたのですか?気が付かなかったんですが」
そう言いつつ、手を洗うために水を宝物庫から出してくれる。
手を洗いつつ、俺も首をかしげてみせた。
「夢中だったから…いつ…したのかな?」
詠唱なんかしちゃいない、俺は異世界人だから、こっちのやり方と違うのかもしれない。
「そういう事はあとで考えることにして、まだまだ俺達にやれる事、あるよ。
…アリサ、立てれる?」
レオが手を引っ張って立たせてくれた。
「…」
今のレオも非難部屋にいた時のレオも、第一印象の時に感じた純朴でやさしいレオだった。でも、ギルドでのの振る舞いがひっかかる。
何かすっきりしないものを感じて、俺は眉をひそめた。