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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
袁家の栄枯盛衰
98/132

98話

――袁紹軍本陣――


「一体どうなっていますの!?」


 大将である袁紹は甲高い声を上げて尋ねた。

 事情を知っているはずの陳登はしれっと答える。


「公孫賛の配下だった一部の者達が吹聴(ふいちょう)して回っているようです」


 文醜は頭の後ろに両手をまわして呑気に呟く。


「要するに……捨てられた犬がキャンキャン吠えてるって事だろ?」

「文ちゃん、そんな例えしたら犬が可哀相だよ」

「ふふふっ、相変わらずのお優しさは流石です。顔良様」


 犬のフォローをする顔良を見て陳登は口角を上げた。

 顔良はそれを無視して袁紹に進言する。


「それよりも問題は我が軍の傍若無人な振る舞いです。そのせいで噂が噂を呼ぶように広まってしまっているようで……一刻も早く、事態を沈静化させる必要があります」

「えっ!? そ、そうですわね……猪々子さん、お願い出来ますわね?」

「あいよ。ハメ外し過ぎた馬鹿野郎共はあたいに任せときな、姫!」


 そう言うなり文醜は部下を引き連れて行った。


「そんな事より“あの噂”ですわ!」

「では、それは私の方で手を打ってみます」

「お手伝いします、顔良様」

「宜しくてよ。斗詩さんに一任しますので、早急に対処して訂正させるようになさい!」

「「はっ!」」


 顔良と陳登は一礼して袁紹の前から去って行った。


 袁紹が気にしていたのは“とある噂”であった。

 噂はいくつも流れ、中には公孫賛が民を見捨てて袁紹に降ったというものや、クーデターが起こり内部崩壊したというものや、袁紹が降った公孫賛らを皆殺しにして更に幽州の地も滅ぼそうとしているといった類いのものである。

 的を射ているようで的外れな噂もあったが、袁紹が一番拘ったのは別の噂であった。


 怒れる袁紹は大声で叫ぶ。


「わたくしは……胸も器も小さくありませんことよ!」


 そう、袁紹が一番気に障った噂というのは“胸”と“器”に関するモノであった。

 常日頃から身長と胸の大きさだけは、あの曹操に勝っているという自負があり、優越感に浸れる数少ないポイントである。

 それを咎められた袁紹の怒りは凄まじかった。

 幽州の民を虐殺している部下の事などは眼中になかったのだ。

 ただただ胸も器も小さくないと民衆に認めさせたいだけなのである。


 しかし、顔良は勘違いしていた。


 訂正する噂を間違えたのである。

 まさか自分の主が胸に関する噂だけに拘っているなどとは考えが及ばず、虐殺や略奪に関する噂の訂正に全力を注いでしまったのだった。

 その結果、公孫賛や文官らが民を犠牲にして逃亡を図ったというストーリーを作り上げたのである。

 公孫賛は部下に裏切られただけでなく、民をも裏切ったという汚名を着せられたのだった。

 幽州の民の半分はこれを信じられないと動揺し、残りの半分は大いに憤慨したのである。

 しかし、誰より憤慨したのは袁紹だった。


「どうして噂が訂正されていませんの!!」


 袁紹の叫びを理解する者はいなかった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 平原の相から州牧に任命された劉備陣営は拠点を徐州へと移した。

 前任者である陶謙は反董卓連合解散後に没しており、権力争いを嫌った陶謙がその座を息子達には譲らず朝廷へと返還した為に、空位となったのである。

 そこに軍神・関羽、燕人・張飛、神槍・趙雲、臥龍鳳雛の諸葛亮と鳳統を擁する、義と情の王・劉備率いる個性豊かな陣営に白羽の矢が立ったのだった。


 黄巾の乱以降平原の地で内政に力を入れてきただけに、離れるに当たっては皆がそれぞれ感慨深いモノを感じていた。

 しかし、大いなる前進と考え、その地で学んだ経験を次に活かそうと決意したのである。

 更には前漢の初代皇帝である高祖劉邦が生まれし土地であり、中山靖王の末裔を名乗る劉備にとっては故郷に帰るような心境であったという。


 徐州へ移ってまず実施したのが現状の把握であった。

 これには時間がかかると思っていた諸葛亮達の予想は良い意味で外れたのである。

 前任者である陶謙の配下であった糜竺(びじく)と糜芳(びほう)という兄弟は政や軍部にも精通しており、陶謙亡き後、劉備達が訪れるまで守備隊を率いて守護していたのだった。

 それだけではなく政事経済の状況や軍事部門の詳細な纏めや産業の現状を正確に把握していたのである。

 兄弟は劉備に仕える事を熱望し、軍師2人と相談した結果、これを快諾したのだった。


 兄の糜竺は諸葛亮の補佐として政治経済全般を担当し、弟の糜芳は鳳統の補佐として軍事関係全般を支援する事となった。

 また、この糜兄弟は陳登とも顔見知りなのである。

 元が商屋で金持ちな兄弟でもあり、よく陳登にたかられていたという。


 余談は置いておいて、平原よりも広大で豊かな土地を有する徐州の現状把握は一ヶ月近くかかったのであった。

 準備されていた資料を最新のデータに入力し直し、現地調査や言質調査も実施していた為のである。



「はぁぁ~、ようやく終わったよぉぉ!」


 執務机にうつ伏す劉備の表情はかなり疲れており、目の下にはクマが出来ていた。

 そんな劉備を同じく寝不足が前面に出ちゃってる諸葛亮が労う。


「お疲れ様でした、桃香様。これで漸く政事と経済産業の方は終わりましたね」

「朱里ちゃんもご苦労様。私なんかあんまり役に立てなかったよぉ」

「そんな事はありませんよ。重要な案件は桃香様の判断が必要でしたし……遅くまで付き合って頂けて本当に助かりました」

「えっ、えへへへへっ、そっかなぁ。そうだと嬉しいよぉ」


 机にのっぺりともたれ掛かっている劉備に諸葛亮が声をかける。


「星さんや雛里ちゃんが待っていると思うので、私達も移動して朝の定例会を始めましょう」

「は~い。今日も一日頑張ろうね~」



 会議室の広間には関羽以外の主要な面子が顔を揃えていた。

 劉備は面々を確認すると、関羽不在のまま会議を始めたのである。

 進行役は劉備が買って出ている。


「それじゃ、まずは朱里ちゃんから報告してもらうね」

「はい。徐州の生産力と産業や商業に関する近況がこの表になります。交通面でも5省に通ずる地でありますし、力を蓄えるには適した土地だと思われます」

「うん。平原に比べたら……す~ごく豊かな所なんだよねぇ」

「しかし……それだけに、統治するのが難しい所でもあると思いましゅ」

「雛里の言う通りだろう。豊かであればこそ狙ってくる諸侯もいるのではないか?」


 鳳統の意見に賛同して趙雲が意見を述べた。

 それを聞いた張飛が反応して見せる。


「だったら早めに軍備を拡げる必要があるのだ!」

「…………」

「…………」


 至極まともで的を射た意見の述べた張飛に、周囲は沈黙という答えを返した。

 諸葛亮は一番に再起動を果たして回答を述べる。


「確かに鈴々ちゃんの言うように、内政によって国力を充実させながら、軍備の増強も推し進めないといけないのです」

「ん? だけど……その2つを同時にやるのは、すっごく難しそうなのだ!」

「そうですね……背反する2つの課題を一度にこなすのは至難の業です」

「どうするのだ?」

「物事に優先順位を設けて、やれる事を迅速にやれるだけやっていきます」


 諸葛亮の発言を擁護するように、今度は鳳統が口を開く。


「兵力を充実させると生産力が低下します。兵は非生産階級ですので当然なのですが……以前、李鳳さんから面白い話を聞きました」

「えっ?」

「……李鳳から?」


 李鳳という名を聞いて劉備は少し動揺した。

 趙雲も表情にこそ変化はなかったが、内心は穏やかではなかった。


「はい。“屯田兵”という制度を設ければ兵でも生産階級たり得るのです」

「ふむ、その屯田兵とは具体的にはどんな事をする兵なんだ?」

「李鳳さんの話では軍事訓練以外にも、農地開拓や水路や道路の開通工事にも携わったりして、有事の際には得物を鍬から槍や剣に持ち替えて戦う兵の事です」

「ほう、そんな制度があったとは……確かに富国強兵を目指すには悪くない施策と言えよう」


 趙雲は顎に手を当てて、納得の表情を見せていた。


 報告などが一段落した時点で、趙雲が徐に話題を切り出した。


「ところで……馬超殿より預かった例の3名はどうしておるのだ?」

「月ちゃん達なら心配ないよ。侍女として毎日すっごく頑張ってくれてるから」


 劉備はニコニコして近況を語る。


「それに……3人とも、すっごく頭がいいんだよ! ねっ、朱里ちゃん!」

「はい。知識量も豊富ですし軍略にも光る物を持っていそうですので……出来れば内政だけも手伝って頂けると助かりますね」

「じゃあ後で聞いてみようよ。お願いしたらきっと手伝ってくれると思うもん! ねっ、ねっ?」

「ふふふっ、そうですね。後でお願いしてみましょう」

「鈴々も一緒に行くのだ!」

「うん。皆で行ってみよう」


 劉備と張飛は小躍りしてはしゃいでいる。


 いつもならばここで注意するはずの関羽はこの場に居なかった。

 虎牢関で呂布から受けた傷は、関羽の体の自由を奪っていたのである。

 李鳳によって一命は取りとめたものの、床に伏せたままだった。

 左腕と両脚は動かせず、辛うじて上半身を起こし右腕だけは動かせるようになっていた。

 劉備や張飛は動けない関羽の身をとても心配していたが、本人に悲壮感はなかった。

 己の全てを懸けたおかげで天下無双と伍する事が出来たという事実は、関羽にとって誇りになっていたのである。

 その矜持があるからこそ、動けないという現状を悲観する事は無かったのだ。




「ボ、ボク達に……内政の手伝いを!?」


 詠は驚きの声を上げた。

 しかし、気にせず劉備は説得を続ける。


「うん。3人とも私より全然頭良いし、是非お願いしたいの。ねっ、朱里ちゃん?」

「はい。3人の聡明さと智謀はこの二ヶ月で分かっておりますし、何より内政に関して秀でたモノを感じています」

「…………」

「へぅ……」

「…………」


 詠は黙って考え込み、月と妖光はその詠の判断を待っていた。


 詠が驚いたのは手伝いを請われた事ではなく、自分達の力量を正確に見抜いた諸葛亮の洞察力であった。

 月や妖光はともかくとして、詠本人はバレないように気を遣っていたつもりでいた。

 それにも関わらず諸葛亮は言動の端々から長けた智謀を読み取ったのである。

 地方と中央の両方で手腕を振るってきた詠の政治力はズバ抜けており、諸葛亮にも引けを取らない程だった。



「……条件があるわ」


 しばらく考えた後に詠はある提案を持ちかけた。


「な~に?」

「手伝いはするけど、あくまで補佐よ。表舞台に上がるつもりはないわ……それでも良ければ……」

「モッチロンいいよ! ね~、鈴々ちゃん」

「おうなのだ! よく分からないけど、手伝ってくれる事に変わりはないのだ!」


 満面の笑みで返す劉備と張飛。

 詠と隣の2人に声をかける。


「月、それに妖光もそれでいいかしら?」

「うん。私はそれで構わないよ」

「はい、桃香様には何かとお世話になっておりますので」

「と言う事よ、桃香。早速明日からの朝議に出させて貰うわね」

「やったー、宜しくね~!」

「やったのだー!」


 関羽不在の為、どこでもかしこでもはしゃぐ2人であった。


 こうして劉備には月が、諸葛亮には詠が、そして鳳統には妖光が補佐役としてつくことになったのである。

 そうして新体制が整った翌朝、思わぬ来客が劉備達の運命を大きく左右する事になるのであった。







最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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