95話
袁紹の発起で始まった反董卓連合は、董卓の討伐に成功し高々と勝利を宣言し解散となった。
洛陽は復興が続けられていたが、皇帝である劉協の行方は依然として不明なままである。
袁紹や曹操らが部隊を派遣しているが、張譲ら一派が壊滅していた為に捜索は難航していた。
また袁術は何を勘違いしたのか、皇帝気取りで意気揚々と荊州に戻って行った。
馬超も五胡に応戦している母の方が気にかかるという理由で西涼の地に帰り、他の諸侯達も各々が領地に戻り始めていた。
そんなある日、幽州の地より公孫賛の下に一通の文が届いた。
公孫賛はその文を見てポツリと呟く。
「そうか……翁も、逝ったのか」
それは幽州の地を任せていた公孫軍の重鎮にして穏健派の首領――翁大老が急死したという訃報であった。
「私はまた一人……頼りになる“男”を失ってしまった……」
公孫賛は憂いを帯びた顔で文を眺めていた。
翁大老は彼女にとって父親代わりに等しい人物であり、一番長い付き合いの家臣でもあった。
ポタッ、ポタッと文に水滴が落ちる。
その正体は公孫賛の両目よりいつの間にか溢れ出していた涙であり、深い悲しみに包まれていた。
「お前がいなくなった今……私は、誰に叱って貰えば良いのだ……!?」
押し殺した声で叫ぶ公孫賛。
穏健派の代表として武闘派の公孫賛とは幾度となく対立してきた翁大老だが、だからこそ公孫賛は翁大老を信頼していたのだ。
黄巾の乱以降は協力的な姿勢を見せていただけに、李鳳を失ったと思っている公孫賛にとっては頼れる唯一の男性であった。
「星に続いて……李典も、私の下を去ると言い出した……フッ、自分で蒔いた種か」
誰に言うワケでもなく公孫賛は呟く。
意を決して大事な話があると李典を呼び出したのが昨夜である。
しかし、李典は開口一番で将軍職を辞し幽州の地を去ると言い出したのだった。
ワケは聞かずとも判ったが、李典も李鳳のコトを聞こうとはしなかったのだ。
「世話になったわ」と言い残して去る李典の背中を、公孫賛は黙って見送る事しか出来なかった。
自嘲気味に笑う公孫賛は再び文に目を落とす。
文には翁大老の死去と共に一刻も早い公孫賛の帰還を求める旨が記されていた。
洛陽の復興を最後まで見届けたいという思いもあったが、公孫賛にとっては幽州の地が一番大事なのである。
翌日、劉備達に理由を説明して公孫軍は幽州へと戻って行ったのだった。
劉備はその姓と人徳で中央政権からの評判も良く、多大な勲功が授与され徐州の太守に任命されたのである。
劉備はすっかり忘れていたようだが、趙雲は李鳳との約定の件を気にしていた。
しかし、公孫賛から返って来たのは曖昧な返事であり、改めて伝令を送るとして別れたのだった。
怪しむ趙雲であったが、追及は困難とその時は諦めたのである。
それが公孫賛との最期――今生の別れになるとは、思いも寄らなかっただろう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
しばらくの時が経ち、劉協が保護された。
皮肉にも劉協を発見したのは、黄巾賊の流れを汲む青州兵であった。
彼らは土地と食料と皇帝を交換条件にして、曹操に降ったのである。
その曹操はと言うと、献帝である劉協を天子として奉戴する事を宣言し、焼け爛れた洛陽に替わって『許』に遷都したのだった。
この時の袁紹の悔しがり方は尋常ではなかったと噂された。
噂と言うと、もう一つある。
袁術の客将をしている孫策の名声が急速に高まったのだ。
これは洛陽に一番乗りして民を助けた事が起因しているが、最大の要因は玉璽であった。
李典が偶然拾ったモノを、これまた偶然代償として貰った孫策の天佑はその名と共に噂され全土へと広まったのである。
その影響は大きく、徐々に孫呉独立の体勢は整いつつあった。
董卓が起こしたとされる乱によって、世は荒れ、漢王朝はとうとう地に伏したのである。
それは全国の群雄があちこちで割拠する激動の世に突入した事を示していた。
そして、その刃は突然向けられるのだ。
河北を統一せんと考えた袁紹が、公孫賛に宣戦布告したのである。
寝耳に水とばかりに驚いたのは翁大老亡き文官一同であった。
事なかれ主義を貫いてきた彼らにとっても、好戦的な武官らにとっても、公孫賛にとっても、これは一大事なのだ。
ただちに主要な者達が召集され軍議が開かれた。
徹底抗戦を主張する武官と和睦の使者を送ろうとする文官は対立した。
「いきなり宣戦布告してきたのだぞ! 和睦など成り立つワケがなかろう!」
武官の一人が怒鳴った。
負けじと文官も叫ぶ。
「しかし、敵は20万以上もいるのだ。勝てるハズがなかろう!」
「公孫賛様、ご決断を!」
腕を組んで文武両官の意見を聞いていた公孫賛に判断を求めてきた。
「籠城して応戦する……それと、劉備に援軍を要請してくれ」
「はっ!」
「公孫賛様ッ!? 正気ですか!?」
「無論だ。王朝の力が衰えた今となっては、袁紹を止める術は『戦う』ことだけだ」
もはや漢王朝の助けも期待出来ない現状で、唯一頼れるのは親友であり戦友でもある劉備達だけなのである。
籠城で時間を稼ぎ劉備軍と挟撃するのが一番の良策と考えたのだった。
「すぐ準備にかかれ!」
「はっ」
公孫賛の声に武官達は呼応するが、文官達の表情は暗かった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
李典と丁奉の李遊軍は兗州のある街に来ていた。
ここは黄巾賊が襲って来て応戦した街であり、李鳳と初めて会った街でもあったのだ。
「ホントにココに居るのかよ、姐御?」
頭の後ろで手を組んで歩く丁奉は仏頂面で訊ねる。
「ウチの勘がココや言うてるねん」
自信満々に答える李典であったが、丁奉は溜め息を吐く。
「はぁ……ンな事言ったって、もう何回もハズしてんじゃんかよ!」
「アホ! 今回こそ間違いないねんて!」
「……それも前に聞いたって……」
李鳳を探して旅する2人は、李鳳が立ち寄りそうな所を虱潰しに当たっていたのだ。
その判断基準は全て李典の勘であった。
「ココには伯雷が世話になったっちゅう恩人がおるらしいねん。無一文のアホ伯雷は必ず立ち寄っとるハズや!」
「はいはい……ンじゃ、とっとと行こうぜ」
「なんや、信じてへんのか!?」
心外やとばかりにオーバーな反応を見せる李典。
恩人の家までやって来たのだが、中に人の気配はなかった。
「へいへい、信じてますよ。……ったく、糞野郎め……居るなら居る……居ないなら居ないって返事くらいしやがれよ!」
李典に振り回され続けてヤケッパチの丁奉が叫ぶ。
「クックック……居ますよ~」
「「ッ!?」」
突如背後から声がして2人は振り返る。
そこには質素な衣装を纏ってはいるが、確かに李鳳が立っていたのである。
「あ……ああああ……アホ伯雷ッ!!!!」
「……おっと、いきなりですねェ」
「クッ……避けるんやない、どつかせんかい!!」
「クフフフフ、私にそんな趣味はありませんがねェ」
いきなり殴りかかった李典の拳を回避し、李鳳は不敵に笑った。
「糞野郎が……やっぱ生きてたのかよ」
「このドアホ! 何で連絡せーへんねん!?」
丁奉は喜びではなく呆れた表情で見ている。
李典も喜びを通り越して怒りが湧き起こっていた。
「いやァ、すっかり連絡するのを忘れてましたよ」
「嘘つけ! 言い訳すな! どつかせろ!!」
「おやおや、困りましたネェ……会話が成立しないとは、クヒヒヒヒ!」
「ウチがどんだけ……ウチがどんだけ……!」
笑う李鳳を見て更にヒートアップする李典。
しかし、突き出す拳は全て李鳳に避けられて空を切る。
「ハァ……ハァ……お、おどれ……なかなかやるやんか」
肩で息をする李典。
「クックック、私も必死ですよ。痛いのは嫌ですからね」
「チィ……今日はこのぐらいにしとったるわ」
「いや、当たってねーじゃん!?」
拳の連打で疲れた李典に冷静なツッコミを入れる丁奉。
息を整えて李典が李鳳に尋ねる。
「ンで、今までどないしとってん?」
「伯珪殿から何か聞いてますか……?」
「……何も聞いとらん、城に戻ったらっちゅう約束やったけど……その前に止めて出てきたさかいな」
「クックック……マンセーらしいですね、実にファンタスティックですよ」
「ほな、茶でもシバキながら話してもらおか。シバかれたなかったら……な!」
李典は拳をゴキゴキ鳴らし、鉄拳制裁再開と説明の二択を迫ったのであった。
その後3人は茶屋に入り、李鳳は虎牢関から今までの経緯を掻い摘んで説明したのである。
李典らも洛陽での決戦や李遊軍結成に関しても事細かに話したのだった。
「なるほど……娯楽を追求ですか、悪くないネーミングですよ。クックック……連合軍特殊珍圧部隊マンセーリクリエーションズってとこですか」
「何やそれ!? ウチらはもう連合とちゃうけどな」
「テメーの言う事は半分以上がサッパリだよ」
女性陣から野次が飛ぶが、李鳳は気にせず笑う。
「クヒヒヒヒ、イイじゃないですか。“特殊”で“特別”な“異端児”が揃った記念に……乾杯でもしましょう」
そう言って李鳳は酒を注文した。
李鳳がご機嫌なのは李典が李鳳の装備一式と迷彩服を持って来てくれたからである。
李典は何も言い訳を聞かない代わりに、公孫賛から李鳳に関する品々を受け取っていたのだった。
公孫賛は勿論遺品のつもりだったが、李典は薬師セットを金の成る木としか見ていなかった。
酒を注がれた李典はまんざらでもない表情で杯を掲げる。
「ほな、李遊軍に!」
「「李遊軍に!!」」
ここにまた一人、李鳳という異端児が李遊軍に加わった瞬間だった。
杯を乾かした李鳳はもう一杯注ぎながら話題を切り出す。
「しかし……幽州の地を離れたのは幸いでしたね。残ってれば今頃は大変なコトになってましたよ」
「へっ? なんでや?」
「ご存知ありませんか。少し前に袁紹が公孫賛に宣戦布告しました」
「なっ……なんやて!?」
驚きの声を上げる李典。
丁奉も李典ほどではないが意外な表情を浮べていた。
「漢王朝の権威は完全に失墜しましたからねェ、自分達で国を一つにして平和を築こうって人達が割拠してるようですよ」
「…………」
「面白ェじゃんか!」
ニヤリと獰猛に笑う丁奉。
「……伯珪はんに、勝ち目はあるんか?」
いつになく真面目な顔で李典は尋ねた。
「戦に絶対はありませんが……それでも勝てる要素は見当たりません」
「…………」
勝てないと語る李鳳に李典は黙り込む。
「よぉ、テメーは何でそんな事知ってんだよ?」
丁奉は素朴な疑問を口にした。
「陳登に聞いたんですよ。私達は伝書雀で情報の交換をしてますからね」
「「はぁ!?」」
2人の大声が店内にこだまする。
「ど、どういう事だよ!?」
「ですから、伝書雀で「そうじゃねーよ!」……はい?」
「何でダンナとは情報交換してんだよ!?」
「伝書雀で生存を確認されたのでそれに返信しただけですが……何か?」
「「…………」」
悪びれた様子もなく返す李鳳と、小刻みにプルプル震え出す2人。
「……姐御、オレもう……」
「判っとる、仙花。みなまで言うな!」
「はい?」
小首を傾げる李鳳。
次の瞬間、李典の怒号が響き渡る。
「表出んかい! アホ伯雷!!」
3人は拳を交えて親睦を深めるのであった。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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