93話
――洛陽――
激戦から一夜明けた翌日、街中に甲高い声が響き渡る。
「あーっ! いたのじゃ麗羽!」
「見つけましたわッ! 華琳さん!」
声の主は袁術と袁紹であった。
側近を引き連れてわざわざやってきたのである。
曹操は溜め息を吐く。
「ハァ……またうるさいのが……」
「あっ、いっちー! 元気ー?」
文醜を発見した許緒は元気一杯に挨拶した。
「おーっす。きょっちーも流流も元気そうで何よりだ……あたいは体中が痛いのなんのって、呂布はマジ化け物だったもんな」
「ボクもまだアチコチ痛いんだけどね。皆の為にも休んでらんないよー!」
「おー、いい事言うねー。あたいも負けねーぞ!」
意気投合する二人を余所に顔良は北郷に挨拶する。
「こんにちは、北郷さん」
「どもっす…二人とも、無事だったんだ。季衣達と一緒に呂布と戦ったって聞いてたから、結構心配してたんだよ」
「ふふふ、何とか無事でしたよ。曹操軍の援護には本当に感謝しています。正直……私と文ちゃんだけでは、殺されていたでしょうから」
「そっか……やっぱり呂布はそんなに強敵だったんだ」
「生きてる事に感謝ですよ、ふふふ……」
各々が談笑する中、袁紹と袁術は怒りの丈を曹操にぶつけたのである。
「ど……どどどどど、どういう事なんですのッ!?」
「そうじゃそうじゃ! 妾が寝ておったら全部終わっておるとは何事じゃ!!」
「ハァ……何がよ?」
面倒そうに問い返す曹操。
「この工事は何なんですの! またわたくしに無断で……!」
「そうなのじゃ! 妾が寝とる内に皆で洛陽入りしおってからに……除け者はイヤなのじゃ!」
「ハァ……大長秋から許可を頂いているわ。問題があるようなら、確認して貰っても構わないけれど?」
熱くなって暴走する袁家に淡々と返す曹操。
「なっ……! 大長秋ですって……!?」
「なんでお主のような奴が大長秋と繋がりを持っておるのじゃ!」
「私の祖父が何代か前の大長秋だったのよ」
「ずるいのじゃ! それを言ったら、妾達とて三公を輩出した名門袁家の出身じゃぞ!」
「く~……ッ! 点数稼ぎも良いところですわ!」
駄々をこね始める袁家の二人。
「動きが遅いほうが悪いのよ。貴女達昨日は何していたのよ? まっ、どうせ寝ていたんでしょうけどね」
「べ、別にずっと寝てたワケじゃありませんわ!」
「そ、そうじゃ! 七乃が起こしてくれなんだのが悪いんじゃ!」
「えーっ、私のせいですか~、お嬢様?」
自己中心的な暴論を展開する袁家の二人であった。
一刀は言葉の意味が分からず尋ねる。
「なぁ、大長秋って何だ? 文醜」
「大中小って何だ? 斗詩」
「……ええっと、確か……」
ツッコミ不在の弊害がこんな所に発生していた。
それを救うかのように猫耳軍師が補足説明を入れる。
「皇后府を取り仕切る宦官の最高位よ。華琳様のお爺様は、以前その地位にあったの」
「「「ふぅん」」」
「ははは……皆、分かってない“ふぅん”だね」
顔良は呆れ顔で笑う。
しかし、袁紹の怒りは収まらない。
「そもそも陛下は今、洛陽には不在と言うじゃありませんの!」
「ほぇ、そうなのかえ?」
「……らしいわね。私も捜索隊を出しておいたけれども、まだ発見には至ってないわ」
「なっ!? 捜索隊まで出してらっしゃるの!?」
「のぅのぅ、陛下はおらんのかえ?」
袁紹は曹操の抜け目なさに益々ヒートアップする。
袁術は置き去りであった。
「ええい、猪々子さん、斗詩さん! こんな所にいる場合ではありませんわッ! 行きますわよ!!」
「ひゃっ。ちょっと、姫ェ~!」
「きゃーっ、ひっぱらないでー!」
細身な体からは想像も出来ない腕力で2人を引っ張って行く袁紹であった。
「七乃~、陛下はどこにおるのじゃ?」
「さぁ、どこでしょうね~」
「このまま見つからんかったら……どうなるのじゃ?」
「そうですね~、他のどなたが擁立されるんじゃないですか~。もしかたら……お嬢様かもしれませんよ~、うふふふふ」
「おおー、わ、妾が皇帝かの? 良い! それは名案じゃぞ、七乃~! 早速触れてまいれ! 妾は皇帝じゃ!!」
「うふふ……気の早さは天下一ですね~」
「でも流石にすぐは拙いですよ」と助言する張勲。
すると袁術も頷いて堂々と答える。
「そうじゃの。家宝は寝て持て、じゃ!」
「果報は寝て待て、ですね~。昨日も寝てたおかげで、孫策さんが一番乗りを果たしてくれましたモンね~」
「そうなのじゃ! 孫策は妾の家来、結局は妾が一番乗りしたようなモノなのじゃ!」
「よっ! 流石は性悪暴君!」
「にょほほほほほ……もっと褒めてたも、七乃~。さて、祝いのハチミツ水でも飲もうかの!」
勝手に盛り上がる袁術達は笑いながら去って行った。
それを見て一刀が呟く。
「う、羨ま……いや、アイツら何だったんだろ?」
「さぁね、台風のようなモノよ。ほっときなさい」
曹操はぶっきらぼうに答えた。
「それより本当なのか? 陛下不在って話は?」
「ええ。随分前に洛陽から避難されたって話だけれど……裏がありそうよ」
「裏って?」
「悪政の根源でもある中常時が絡んでるって事よ」
「ああ……なるほど、な」
何となく判ったような気がした一刀は理解を示した。
「あんた……本当に分かってんの?」
猫耳軍師の痛烈な右ストレートが炸裂した。
一刀は防御を固める。
「わ、分かってるよ」
「じゃあ説明してみなさいよ!」
しかし、今後は猫耳軍師の左フックがテンプルを捉えた。
一刀の膝が笑う。
「だ、だから……せ、政治が絡んでるんだろ?」
「どういう風に? どんな背後関係か“本当に”分かってんの!?」
「うっ…………」
起死回生のアッパーカットは空振りに終わり、がら空きになった顔面にワンツーカウンターが炸裂し一刀ダウン。
「桂花、後で一刀にも分かるように説明してあげなさい」
「えっ!? か、華琳様……!?」
「命令よ」
「……御意」
まさかの乱入で両者ノックダウン。
「と、ところでさ……凪達はどうしてるのかな?」
打たれ弱さをカバーする回復力を魅せる一刀。
「秋蘭と一緒になって事後処理とやらを片付けてるハズよ」
「へぇ、そうだったんだ」
「自分の隊の事くらいちゃんと把握してなさいよ!」
猫耳軍師が今度は噛み付き攻撃に出た。
「反則だ」と訴える一刀だが、審判は続闘をコール。
「うっ、ちょっと伝達の行き違いがあっただけだろ」
「フン、それが致命傷になる事だって往々にあるわ!」
「そ、そうだけど…………ところで、あっちで炊き出しやってるのって劉備達じゃないか?」
状況の不利を回避する為、一刀はリング外へエスケープした。
「あら? そうみたいね。彼女達も早いうちから城に入っていたと聞いたけれど……やはり関羽はいないみたいね」
「あ~、あの黒髪の子か……呂布から受けた怪我が相当重傷だったんだろ?」
「ええ、未だ動けない程にね。命が助かったのも奇跡に近いらしいわ」
曹操は間者に関羽の状態を逐一報告させていたのである。
一刀は表情を明るくして口を開く。
「そっか、運が良かったんだな」
「運……ね」
「ん?」
「いえ……何でもないわ」
含みのある言葉を残す曹操であった。
そして曹操もこの話から逸らすべく話題を元に戻したのだ。
「それより、何においてもまず民のため……か。公孫賛や劉備の人徳の片鱗が窺えるわね」
「それは華琳も一緒じゃないか? 公共の道や橋を優先的に直させているの、知ってるんだぜ?」
「…………」
「あっ、華琳様照れてるー!」
許緒が嬉しそうに叫ぶ。
「……うるさいわね」
フンとそっぽを向く曹操。
しかし、再び劉備達に視線を移して呟く。
「けれど、彼女達の人徳は侮れないわ……その名、心に留めておきましょう。桂花、劉備達にこちらの予備の糧食を届けるよう手配しておきなさい」
「それは構いませんが……華琳様、あの2人いずれ華琳様の覇業の障害に……」
「……でしょうね。けれど、その時は正面から叩き潰せば良いだけよ。違うかしら?」
「……御意」
不敵な曹操と胸騒ぎのする荀彧。
曹操の中で劉備の評価は上がる一方であったが、まさかつまみ食いのし過ぎで飯抜きにされているとは思いもしないのであった。
「ここにいらっしゃいましたか、華琳様」
声のする方に振り向くと夏候淵と楽進の姿が見えた。
「あ、秋蘭様!」
「よォ、凪!」
典韋と一刀が声をかけた。
それに気付き楽進が声を上げる。
「隊長もここにいらっしゃったのですね」
「ああ、復興支援をやってるところだよ。沙和は一緒じゃないのか?」
「それが……」
楽進は言葉を濁した。
また曹操は夏候淵に話し返す
「言われた通り、ちゃんと護衛は付けているわよ。文句ないでしょう?」
「それは構わないのですが……」
「どうだった? 事後処理とやらは終わったの?」
「はい。それから華琳様に会わせたい輩が……」
そう言って夏候淵は自分の背後の人物を示した。
「…………どもー」
その人物とは張遼であった。
「そう、春蘭は見事に役目を果たしたのね。それで……春蘭はどうしたの?」
「それが……」
夏候淵も言葉に詰まっていた。
曹操も一刀も流石に変だと気付いたのである。
「まさか……冗談、よね!?」
「ま……マジかよ!?」
最悪の場合を想定した曹操が声を荒げた。
一刀も不安が口から漏れ出た。
「ご心配なく、至極元気です。ただ……華琳様には、もはや合わす顔がないと申してまして」
「どうしたの!?」
「少々……怪我をしまして、命に別状はないのですが……」
「なっ!」
夏候淵の話を聞き、曹操は目を見開いた。
「華琳様! 姉者は本陣の救護所におります!」
「分かったわ!」
そう言うや否や、曹操は駆け出しており、あっという間に見えなくなった。
その直後、許緒のすすり泣く声がしたのである。
「うぅ……」
「よく我慢したな、季衣」
「季衣、後でみんなで御見舞いに行こうね」
「うん、今春蘭様に一番会いたいのは……華琳様だもんね……」
夏候淵や典韋が優しく励ます。
一刀もそっと許緒の頭をなでてやる。
この時ばかりは一刀も「お団子頭可愛いな」とは思っていなかったという。
そんな一刀が夏候淵に尋ねる。
「秋蘭、本当に大丈夫なのかよ、春蘭の容態は?」
「ああ、それは大事無い。あれで怪我人と言っておっては怪我人に失礼だろう」
「…………」
「すまぬな、霞。華琳様にはまた後できちんと紹介しよう」
「ああ、ウチの事やったら気にせんでエエよ。それより……城で焼死体が発見されたっちゅうんはホンマにホンマなんか?」
張遼はずっと董卓達の安否が気になっていたのだ。
城に火の手が上がったのも見ていたし、董卓と思われる遺体を発見したという報告も聞いていた。
しかし、信じられずにいたのである。
「お主にとっては残念な結果だろうが、本当の事だ。惨(むご)たらしい状態のようでな、判別が難しかったそうだが……身に着けていた物から判断したそうだぞ」
「身に着けとったモンから…………さよか」
それを聞いた張遼は微かな希望を見出したのであった。
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