91話
洛陽の城に火が放たれた頃、数多の董卓兵を打ち破り城門を突破する部隊が複数あった。
一番目の部隊は、孫呉の再興を掲げる孫策陣営。
戦場において孫策は抜群の嗅覚を発揮し、敵軍の流れや弱点を的確に読み、一気に畳み掛けたのである。
その結果、董卓軍の騎兵隊は瓦解し、孫策の妹である孫権が洛陽一番乗りを果すに至ったのだった。
洛陽の衰退ぶりを見た孫権は失っていた自信を取り戻し、打倒・董卓を強く望むよりも都の復興や民の支援に取り組む決意を新たにしたのである。
二番目の部隊は、李典率いる遊撃隊だった。
董卓軍の大多数が曹操軍に気を取られ衝突している内に、紆余曲折しつつ城門を攻め落としたのであった。
全ては戦局を見極め、抜群の布陣と行軍を魅せた鳳統の手腕によるものである。
小さな軍師がその才能を垣間見せた瞬間であった。
三番目は遊撃隊の突入に乗じた曹操軍の本隊である。
曹操、一刀、荀彧らが兵を率いて洛陽入りし、瞬く間に敵軍を鎮圧していったのだ。
洛陽入りこそ三番手であったが、鎮圧速度は他の追随を許さぬ一番手であった。
最後の部隊は、公孫賛と劉備さらに馬超の共闘軍である。
正攻法により真正面から董卓軍を打ち破り、城門を突破してからの彼女らは、二手に別れて各々で行動することになった。
馬超は西涼の兵を引き連れて董卓の下へ向かい、公孫賛と劉備の部隊は洛陽の復興を優先させたのである。
これらの部隊が城門を抜けたのは僅かな時間差でしかなかった。
結局のところ、袁家以外の全諸侯が洛陽入りを果したのである。
張譲ら中常侍によって敷かれた悪政は、洛陽の市街を荒廃させるのに充分であった。
空腹で道端に座り込む民衆が大勢居たのである。
死者が出ていない事こそが賈駆らの奮闘と言えよう。
――連合軍・孫策陣営――
洛陽一番乗りを果した孫策らは部隊を二つに分け、孫権と甘寧それに陸遜達は民衆を避難させ安全を確保した上で、街の復興支援を開始した。
一方の孫策、周瑜、それに黄蓋を加えた部隊は、火の手の上がる董卓御殿を目指したのである。
兵の大多数を割いて消火活動に当たらせた甲斐もあり、燃え盛っていた炎は徐々に下火へと鎮まっていた。
焼け落ちる屋敷の前に立ち孫策は伝令からの報告を受ける。
「報告します。邸宅内の大広間にて董卓一派と思しき焼死体を複数発見しました」
「……そう」
「おそらく……火を放った後に、自害したモノと思われます」
「…………」
「しかし、死体は焼け焦げており……顔の判別は難しい状態です」
「…………」
「そ、孫策様?」
「…………」
伝令の呼びかけに応えず黙り込む孫策。
不安になる伝令に、孫策の代わりに周瑜が口を開く。
「状況は分かったわ。下がりなさい」
「はっ」
孫策は黙って屋敷が崩れ落ちる様子を見ていた。
そんな親友に周瑜が声をかける。
「……何か、思う事があるのかしら?」
「…………いいえ、董卓の生涯は……終わったみたいね」
「……ふふ、首を刎ねれなくて残念だったかしら?」
「ウフフ……まぁね、どうせ手柄は小猿に取られるんだろうけど……形に残るモノが欲しかったのよねェ」
孫策はあっけらかんと返す。
いつもの孫策に戻ったようでもあった。
それを確かめて周瑜も嬉しそうに返す。
「今回に関しては、充分功績を上げた方だと思うわよ。確かに欲を言えば、自害される前に首が欲しかったわね」
「まぁまぁ。それに私達はこれから、でしょ!?」
「ふふふ、そうね。ここまで衰退した後漢王朝には、もう各国の群雄を抑えるだけの体力は残っていないでしょうから……荒れるわよ」
「アハハ……群雄が割拠する乱世の始まりかァ、血が滾るわ!」
「滾らせるのはいいけれど、先走らないでね?」
「分かってるわよ。伊達に何度も説教されてないんだからね!」
胸を張る孫策に溜め息を吐く周瑜。
「ハァ……そんな事で威張らないでちょうだい」
「ウフフ、さぁてと……ちょっと周りを見てくるわ」
「雪蓮!」
「はいはい。一人じゃ行かないから……もう、冥琳は心配性ね」
「誰のせいよ……誰の!」
「じゃっね~」
頭を抱える周瑜を余所に、孫策は部下を引き連れて行ってしまった。
そんな孫策を見送った周瑜は小さく呟く。
「私はいつまで貴女の側で心配していられるのかしらね……?」
黒煙立ち上る空を見上げる周瑜の表情は複雑なものであった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
――李典遊撃隊――
洛陽へと突入した李典はまずツッコんだ。
「なんでやねんッ!」
突然の叫び声に慌てつつ鳳統が訊ねる。
「あわわ……ど、どうしたんですか? 超・教祖様」
「なんで……なんで、都で“咖喱”の匂いがすんねん!?」
「かれー、ですか?」
「匂う……匂うゥ、臭うでェ! プンプン匂うがな!!」
クンカクンカ鼻を鳴らす李典。
そう言われて鳳統も匂いを嗅いでみる。
「……あっ、本当に良い匂いがしますね。何だかお腹の空く匂いです」
「間違いあれへん……せやけど、なんでや? 伯雷の言うとった西方から伝わったんやろか?」
「西方? 李鳳さん?」
李典は頭を悩ますが、まさか李鳳がこの洛陽に居るという結論には至らなかった。
西方にあるという印度(インド)から持ち込まれたと結論付け、別の思いを口にする。
「せやけど……やっぱ董卓っちゅーんは、エゲツない程の極悪非道やで!」
「どうしてですか?」
「見てみィ……仰山腹空かした民衆がおるこの街に、こないエエ匂い垂れ流しよったら拷問やんか」
「い、言われてみれば……その通りですね。あわわ、早く炊き出ししてあげないとです」
「まぁまぁ、落ち着きィや。雛里」
「あわわ……」
慌てふためく鳳統を宥める李典。
彼女達は思いもしないだろう。
これこそが李鳳がカレーを作った真の目的だったなどとは、思いもしないであろう。
市街地での情報収集を行っている際に、飢えに苦しむ民を多く見てきた李鳳は、悪臣・董卓の悪名をより高まる為、何か自分に出来る事は無いかと苦心して実施したのがカレー作りであった。
兵を気遣ったりなどは全て詭弁であり、偽善だったのだ。
しかし実際には兵は体力を回復し、詭弁でも役に立ったのは事実である。
偽善でも膳は善であり、苦しんだのは弱い民衆だけなのだ。
李典はニッコリ笑い口を開く。
「ほんなら雛里の部隊は炊き出し支援に行ったってや。ウチの隊は董卓はんの顔拝んでくるさかい」
「……別行動で大丈夫ですか?」
「心配あれへんて。他の部隊も乗り込んでて大部分は鎮圧されるからな」
「そうですね……分かりました、お気をつけて。超・教祖様」
敬礼してその場を去る鳳統。
李典は一人呟く。
「さぁて……匂いの元は確かめなアカンよなァ、伯雷ィ」
ニタリという笑みを浮かべ、李典は部隊を率いて城を目指した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
――公孫賛・劉備共闘軍――
洛陽に入った共闘軍の内、公孫賛と劉備の軍は董卓兵の鎮圧と民の保護を優先していた。
そして馬超の軍だけは董卓の城に向かったのである。
公孫賛の大声が響く。
「良いか、投降する者に危害は加えるな! 物資を運び込み飢えた民に分け与えるのだ!」
「はーい」
「了解なのだ!」
劉備と張飛は元気良く返事をして、せっせと働いている。
趙雲と諸葛亮は部隊に指示を飛ばし、物資の運搬や民衆の避難誘導をさせていた。
「鈴々ちゃん、私達は炊き出しの準備しに行こうよ」
「おうなのだ! 鈴々もお腹空いたのだ……この良い匂いは何て料理なのだ?」
「そう言えば……ずっと漂ってるよね、うぅ……私もお腹減ったかも」
「急いで準備して食べるのだー!」
「おーぅ!」
劉備らは指揮を他者に任せ、自分達で走り回っていた。
公孫賛が苦笑しながら諌める。
「こらこら、お前達が食べるよりも先に民に分け与えるのだぞ! ……まったく、困った奴らだ」
そんな中、騎兵隊の隊長が公孫賛に進言する。
「我らも董卓めを討ちに行かなくて良いのですか!?」
「ああ、今は民が優先だ。董卓の方は馬超に任せてある」
「しかしッ!」
「これは命令だ。大勢の連合兵が押し寄せて混乱している民を……少しでも早く救ってやるんだ」
「……は」
返事を公孫賛の下を後にする騎兵隊長の顔は、とても納得がいったという表情ではなかった。
騎兵の一人が異を唱える。
「良いのですか、隊長!?」
「口答えするな……黙って、従うんだ」
隊長が一蹴するが、皆複雑な表情であった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
――連合軍・馬超陣営――
馬超らが裏通りを進み董卓の城を目指していると、前方から少女達が逃げるように走って来た。
その少女らに対して馬超が制止をかける。
「止まれ! お前達に聞きたいコトが……お前はッ!?」
「えっ?」
声をかけられ銘銘に驚く少女たち。
少女らは逃げ出した董卓らであった。
馬超は董卓の顔をマジマジと見詰めている。
「な、何かボク達に用?」
賈駆は董卓を庇うように前に出て訊ねた。
その問いに馬超が答える。
「ああ悪い、あたしは馬超。西涼の太守・馬騰の名代で連合に参軍していてな……ある人物に、どうしても伝えなきゃならない母上からの言伝があるんだ」
「…………」
「……馬騰小母様から?」
「月ッ!」
「へぅぅ」
馬超の発言を聞いてポツリ呟く董卓を賈駆が一喝した。
それを聞いた馬超は合点のいった顔で声を上げる。
「そうか、あんたが……まぁ聞いてくれ」
そうして馬超の口から語られた馬騰の伝言は、彼女らを驚かせるに充分なモノであった。
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