9話
孫策との対面その2です。
視点がコロコロ変わりますので、ご注意下さい。
――とある竹林――
時は遡り、李鳳と孫策が対峙しようとしていた頃、林に入ってくる新たな一人の女性がいたのだ。
呉が誇る宿将となる黄蓋である。
黄蓋は陣を抜け出した孫策を追って此処までやって来たのだった。
【黄蓋】
全く策殿にも困ったもんじゃわい。
何かあれば命を頼まれた儂は、堅殿に申し開きが出来んではないか。
この分じゃと……冥琳の苦労も絶えることは無かろうて。
さて、竹林に入っていったと聞いたが、どこまで行ったんじゃ?
林の奥に進んでいくと、少し開けた空間が月明かりに照らされて見えてきたのである。
黄蓋が近づくにつれ、その場所から剣戟音が聞こえてくるのが分かった。
「なんじゃ? もしや……賊の残党かのぅ!?」
黄蓋が慌てて忍び寄ると、そこには幼い童に斬りかかる修羅の如き孫策の姿があったのだ。
この時、黄蓋は2つの意味で驚いたのである。
1つは、あの孫策が年端も行かぬ小さな童に対して本気で剣を振っているコト。
もう1つは、童がそれに応戦出来ているというコトであった。
お、驚いたのぅ……いったい何者じゃ?
策殿が抜剣しておるから、敵であろうということは分かるがのぅ。
賊には見えんが、それほどの悪童ということか……。
藪を踏みしめ、李鳳の背後からガサガサとその空間に入っていくと、孫策が黄蓋の存在に気付き声をかけたのである。
「あっ、祭(さい)」
その声と気配を感じた李鳳も振り返って黄蓋を確かめるのであった。
その直後、李鳳にとって衝撃的な出来事が起こったのである。
【李鳳】
な、何……さい? 斉(さい)だとッ!?
バカな……この6年探し回ったのに、このタイミングで?
ったく、知り合いならこのイカレピンクを止めてくれってんだ……しっかし、久しぶりだなぁ。
随分変わってたりしてな……。
李鳳は背後を振り返り、その人物に対して声を荒げた。
「おい斉! 居なくなって心配したんだぞ、今頃現れ……あれ? 斉?」
おかしいな……視界に映るのは、はちきれんばかりの乳をした銀髪の女だけだぞ?
あれ!? 性転換したのか……いやいや、んなワケねーか。
斉なんて……いねーじゃん!?
居るハズの斉がおらず、初めて見る黄蓋に戸惑う李鳳。
一方の黄蓋は李鳳に対して怒声を上げたのである。
「訂正せんか、小童!」
「は? 誰? えっ……貴女が斉? んだよ、斉違いかよ!? 紛らわしいなぁ……いやね、斉は斉でも、私の言ってる斉は――」
壮絶な肩透かしを食らい、落胆した様子で説明する李鳳。
しかし次の瞬間、想像を絶する威力の右ブロー李鳳に炸裂したのだ。
ドゴンッという衝撃音と直後、メキメキ、バキッという粉砕音が響いたのである。
咄嗟に反応した左腕のガードを、呆気なく腕ごと砕いたのだった。
そして黄蓋が怒りのままに叫ぶ。
「小童! 儂がいつお主如きに真名を授けたか!? 許しもなく何度も何度も呼びおってからに!」
「だから斉違いだって言って――」
頭に血の昇った黄蓋は聞く耳を持たず、更なる連撃を繰り出してきたのである。
李鳳は成す術無く、数メートル吹っ飛ばされて地面を転げ回ったのだった。
左半身は壊滅的なダメージを受け、痛みで脳がオーバーヒート寸前であった。
加護による代償で痛みが倍増している李鳳にとって、致命的とも言える傷を負っていたのだが、死を回避する為の生存本能が気絶するコトを許さなかったのである。
李鳳はチリチリする頭で考えていた。
おかしいな…………どうして、こうなったんだ!?
イカレたピンクの知り合いもまた、イカレたシルバーだったってコトか……?
……ん? シルバーの右手、やけにモヤってんな……何だ、あれ?
燃えてんのか!? ……んなワケねーか、ってか、俺の体も燃えるように熱い……。
現在、李鳳は全身刀傷に加えて、左腕の粉砕骨折、肋骨3本骨折、左側の胸骨と鎖骨にも亀裂骨折、内臓損傷の上、出血だらけでボロボロの瀕死状態に陥っていたのだ。
そんな李鳳は放置され、黄蓋の側に孫策が近付き会話を始めたのである。
「すまぬな、策殿。童と知りつつも、ついカッとなってしもぅて……抑えがきかなんだ」
「仕方ないわよ。私だって同じ立場ならそうなってたわ」
平然と話す2人を見て、李鳳の怒りはピークに達していた。
ふざけんなよ……いきなり来たかと思えば、訳も分からず突然ボコりやがって……。
最初に騙したのはそっちじゃねーかよ!?
なんでこんな目に遭わなきゃならないんだ!?
なんで俺がこんな目に遭ってるんだよ!?
誰のせいで…………俺を嫌ってる神様の影響ってやつか!?
チッ……やっぱり碌でもないな!!
重傷を負いつつも内心で悪態をつく李鳳に対して、孫策が悠然と声をかけたのである。
「さて、坊や。自分が何したか分かってる?」
はぁ? 知るか!?
頭のイカレたそのグラマラスなシルバーに訳も分からず殴られてこっちは死にそうなんだよ!!
説明の義務はお前らにあんだよ!
無言の抗議をする李鳳。
「あれ? ホントに分からないみたいよ!?」
「ぬぅ? そんなはずなか…………むぅ、分かっとるようには見えんのぉ」
李鳳の反応に、逆に驚く孫策と黄蓋であった。
意味分かんねーよ……なんで、そんな驚いた表情で見てくるんだ!?
俺が一体何を分かってないってんだよ!?
クソ、貧血で思考速度が落ちてるみたいだ……何か失礼な事言ったんだっけ?
あれ? 俺、体重でも聞いたっけ??
必死に考え思い出そうとする李鳳であったが、いくら考えても答えは出なかったのである。
その様子を見て黄蓋は釈然としないモノを感じ始めたのだった。
【黄蓋】
悪びれた様子も無く、訂正もせん悪童についついカッとなってしもうたが……落ち着いて童を見ると、確かに何も分かっておらんようにも見えるのぅ。
しかし……真名を知らん者などおるんじゃろうか……?
半信半疑ではあるが、一つの可能性として頭に浮かんだ見解を確かめる為に、黄蓋は真相を敢えて口に出したのだった。
「お主は儂の真名を呼んでしまったんじゃよ」
「まな? イツッッ、“まな”って……何ですか?」
「なんと、真名を知らんのか!?」
「聞いたことありませんが……?」
黄蓋だけでなく、孫策も驚きを隠せないでいた。
なんとも……本当に、真名を知らんというのか。
どんな田舎でも伝わる風習のハズじゃがのぅ……。
血を流しながらも、不思議そうな顔をしている李鳳を見て不憫に思い、黄蓋は説明を始めたのである。
「呆れたのぅ。よいか、真名とは姓・名・字以外の名で、本人が心を許した証として呼ぶことが許される名前じゃ。本人の許可無く真名で呼びかけることは、問答無用で斬られても文句は言えんほど失礼に当たる行為なんじゃぞ」
「問答……無用?」
「そうよ、坊やはそれをやっちゃったんだから自業自得よねぇ」
なぜか孫策は嬉しそうな顔をして口を挿んだ。
李鳳はそれを無視して黄蓋に訊ねる。
「真名とは自分で付けれるものなのですか?」
「いや、生まれてきた時に両親から授かるものじゃ」
「なるほど……そんなものが。くっくっく、なるほど。痛っ、ところで、貴方の周りにまとわりついている炎のようにモヤモヤしているのは何ですか?」
「炎のように……モヤモヤじゃと?」
何を言うとるんじゃ……?
「はい、特に右腕に大きなモヤが見えます」
「ほぉ、驚いたのぅ。お主、氣が見えるのか」
「氣?」
李鳳が何気なくした質問で、黄蓋の態度は一変した。
世間知らずじゃのに、氣は見えると申すのか……面白い童じゃのぅ。
先程までの可哀相な目ではなく、興味深い目をして説明を続ける黄蓋。
「うむ、肉体的訓練と呼吸法・瞑想法によって体に宿る気を高めることが出来るのじゃ。そうすることで体中の氣道を開き、肉体を活性化させることが可能となるんじゃよ」
「呼吸……瞑想……活性化。……気孔術か、なるほど。くっくっく、なるほど、なるほど」
ぶつぶつ何かを呟いておるのぅ、少し不気味じゃ。
「結局お主は何者じゃ? 儂が言うのも何じゃが、早ぅ手当てせんとお主……助からんぞ?」
「…………知ってますか? 痛みというのは電気信号なんですよ」
「なに?」
突然の李鳳の発言を聞いて、黄蓋は気でも触れてしまったかと懸念するのだった。
「神経っては体中に張り巡らされた電気回路みたいなものでして、その導線を伝って脳に信号が送られて初めて痛みとして感じるんですよ」
「さ、さっきから何を言っておる?」
さっぱり意味が分からん……打ち所が悪かったのかのぅ?
「つまりね、この電気信号を脳が感知しなければ人間は痛みを感じないんですよ」
もはや狂ってしまったと判断した黄蓋が孫策に視線を移した。
孫策も横目で黄蓋の意図を汲み、重々しく口を開いたのだった。
「もういいわ。楽にしてあげる。残念だけど……お別れよ」
そう言って孫策は李鳳へ近寄り、剣を振り上げた。
その瞬間、これまで微動だにしなかった李鳳が突然立ち上がり、右手の短刀を孫策へと突き刺したのである。
重傷でまともに動けなかったはずの李鳳が急に、それも目を疑う程の速度で動いたのだ。
孫策の右肩に深々と刺さる一振りの短刀。
溢れ出す鮮血。
後退する孫策。
絶叫する黄蓋。
「策殿!?」
くっ、油断してしもぅた。もう何も出来んじゃろうと甘く見た儂の責任じゃ……。
黄蓋は右手に有らん限りの力を込めて、李鳳に接近した。
「はぁぁぁ、せい!」
掛け声と共に、渾身の直突きを繰り出したのである。
策殿を傷つける者は例え赤子であろうとも許容せんぞ!
死して償うがよい!!
バチーンという大きな衝撃音と共に李鳳は吹き飛んだのだった。
ところが、攻撃を放った黄蓋が驚愕の表情をしていたのである。
渾身の正拳突きは確かに李鳳の体に直撃したが、それは李鳳の右の掌であった。
つまり李鳳は黄蓋の突きを止めようとしたのだ。
威力を吸収しきれずにそのまま吹き飛んでいったが、本気の一撃を摑まれそうになったことに冷や汗が流れた。
李鳳は吹き飛ばされこそしたが、すぐに立ち上がり追撃に備える体勢を取ったのである。
自分の胸元ほどしかない小柄な少年が、瀕死の重傷を負った体で、自身の渾身の一撃を受け止めて尚、立ち上がってくる現実に黄蓋は薄ら寒い不気味なモノを感じていたのだった。
すみませんが、また一度切らせてもらいます。




