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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
洛陽の決戦
87/132

87話

 時間は李儒が李鳳に声をかけるよりも前に遡る。



――連合軍・曹操陣営――


 体の痺れからまだ回復し切れない楽進は両膝立ちのまま唖然としていた。

 旧友である李典との再会が予想外に波瀾万丈なモノになってしまったからだ。

 かける言葉が見つからないというのが今の楽進の素直な感想である。


 一方、敵であり初対面でもある張遼の戸惑いは楽進の比では無かった。



【張遼】


 ど……どないしよ……。

 こないなアホ相手にせなアカンやなんて……もっと“普通”の人と闘わせて欲しいっちゅうねん。



 張遼が複雑な思いで悩んでいると、李典が自信満々にどや顔で口を開く。


「ほな、ぼちぼち再開しよか。生まれ変わった超・李典様の必殺技をお見舞いしたるわ!」

「……必殺技やて?」


 怪訝に呟く張遼。


 李典は螺旋槍『怒髪天』を右手で握り締め、足を開いて体勢を低くし、左の掌を張遼に向けて差し出して腰を捻る。

 まるで投げ槍でもするかのような構えを見せる李典に張遼は警戒を強めた。


 張遼が動かないのをコレ幸いと李典は氣を練り上げる。

 その所業に楽進は驚愕した。


「ま、まさか……氣弾までも放てるというのか!?」


 楽進の呟きが示す通り、李典は練り上げた氣を螺旋の矛先に集中させている。

 その収縮度合いは普段楽進が放っている氣弾のそれと同等に思えたのだ。


 ギュイィィィィンという回転音と共に高まる氣に、張遼もその異質な雰囲気を感じ取っていた。


 な……何やねん、こらホンマに必殺技っぽい空気出しとるやんか。

 ふざけとるんか思たら、急に真面目になりよるし……神経イカれとるんやろか?



 心は汗だくの張遼を余所に、李典は絶好調であった。


「ヨッシャ! ウチの準備は万端やで、目にモノ魅せたるわ!!」


 練り上げた氣は螺旋刃と絡み合って一際高いキュイィィンという回転音へと変わっている。


 李典はまるで李鳳のように口角を上げてニタリと笑みを浮かべた。

 生まれてから今日に至るまでで最高に調子が良い日だと自分でも分かっていたからだ。

 鍛錬中でもここまで氣が練れた事は無かったし、ここまで目の前の敵のみに集中出来た事も無かっただろう。

 相手が張遼だったからこそ為し得た集中力であり、絶対に負けたくないという反骨心を生んだ現在(いま)なのである。


 ギラギラともキラキラとも言えそうな怪しく光る目で見詰めてくる李典に、張遼はもう一度腹を括って相手になると決意した。

 楽進の氣弾も初弾はしっかりと見据えて正面から対抗して見せた張遼には、武における固有のポリシーが存在しているのだ。


「エエやろ……ウチかて武人や、正々堂々受け切ってから反撃したるわ!」

「ハッ! ウチの攻撃で終いや、アンタの番はけーへんで!」


 そう言い放った李典は両脚に力を入れ、強く地面を蹴る。


 その瞬間、思わぬ邪魔が入った。


「待たんかぁ、張遼の相手は私だと決まっておるのだぞ!」

「何や!?」

「あぁん!?」


 2人の激突を遮るように大音量の声が響き渡る。

 2人は動きを止めて声が聞こえた方を睨んだ。

 その声の主にまず楽進が反応する。


「しゅ、春蘭さま……!」


 駆け付けてきたのは夏候惇だった。

 部隊は率いておらず、単身で馬を飛ばしてきたのである。


「おお、凪。無事であったか」

「……辛うじて」

「チィ、曹操はんトコの猪将軍やんけ……面倒なんが来てもうたでェ」

「ふーん、あれが夏候元譲かいな。なかなか強そうやん」


 舌打ちする李典は一旦張遼との距離を置く。

 夏候惇は馬から降りて楽進の側へと駆け寄り、李典の存在に改めて気付き口を開いた。


「むっ、貴様は……確か、義勇軍の李典だったな」

「……ちゃうわ、――や」

「ん? 何だ?」

「――軍て呼べ言うとるやんけ」

「よく聞こえないぞ、李典?」


 苛立ちでこもってしまっている李典の声は、夏候惇には聞こえずに再度問い返す。

 すると、先程の夏候惇よりも大きなボリュームも叫びが響いた。


「何回言わせるねん、耳つんぼなんか! 今のウチは李典“将軍”や……いや、それもちゃうな。ウチの事は超・李典将軍と呼ばんかいッ!!」

「……何だと?」

「お、おい真桜!?」


 夏候惇はポカンとしているが、上官にまで噛み付く李典に楽進は焦りと不安を覚える。

 そんな2人を無視して李典は、張遼へと向き直って宣言する。


「止めや……興が醒めたで、張遼。今日の所はこの辺で勘弁したるさかい、二度とウチの目の前に現れんようにしィや。次に遭うたら……頭(どたま)ブチ抜くさかいな!」

「い、いや……アンタがわざわざ来たんやんか……」


 正論を返す張遼だったが、李典は全く聞く耳持たず状態で笑っている。

 そこに騎馬隊の援護に行っていた鳳統が戻ってきた。


「教祖さまー、こちらの優位はほぼ確定しました。そろそろ次の行動に……!」

「あいよ……さすが雛里や、エエ時に来たわ」

「えへへ、ありがとうございます」


 褒められた鳳統ははにかんで笑う。

 李典は馬に跨るとその場の者達に別れの言葉を述べて走り去って行く。


「ほなな! おらおらァ、どかんかい! 超・李典様の御通りや、邪魔するモンはブチ殺すでェ! 死にたなかったら道開けんかい!!」

「ヤー! 超・教祖さまー!!」


 同じように叫びながら後を追う鳳統。

 李典は戦場をズタズタにして台風のように去って行った。


 ……な、何やろこの感情……!?

 相手せんで済んだっちゅう安堵感とは別に……恋に試合で負けた時にも感じた事ない“何か”を感じるんは気のせいやろか……?

 はぁ……しんど。



 言い表しようのない倦怠感に襲われる張遼。

 夏候惇は去って行く李典を不可解な想いで見ていた。


「何だったのだ、アイツは?」

「真桜……」


 楽進も姿の見えなくなったハズの李典をずっと目で追っていた。

 気を取り直した夏候惇が張遼に高らかに宣言する。


「まぁ良い。それよりも張遼! 大人しく私と戦え!」

「はぁ……まぁ、李典以外やったら誰でも相手になったるで」


 少し疲れの見える張遼であったが、夏候惇が相手となると弥が上にも燃えていた。


「ははは、流石は張遼だ。魏武の剣たるこの夏候惇が見事打ち倒してくれよう!」

「出来へん事は口にせんこっちゃで、惇ちゃん」

「私はいつも有言実行だ。征くぞ!」

「ナッハッハ、エエのぅ。来んかい!」


 夏候惇の口上に笑顔を取り戻した張遼。

 2人は激しくぶつかり合う。


「はぁぁぁぁあッ!!」

「でぇぇぇえいッ!!」


 2人の振るう大剣と槍が交錯し甲高い金属音が響く。


 両者の実力はほぼ互角だった。

 張遼は楽進と李典を立て続けに相手して疲労はあったが、騎馬隊を抜けて来た夏候惇の疲労具合も大差はなかったのである。


「でりゃああああッ!!」

「だああああああッ!!」


 雄叫びと共にぶつかり合う互いの武器は火花を飛び散らせ、風すらも巻き起こしていた。

 今日一番の強敵に巡り合えた張遼は笑う。


「ナハハ……ッ! 楽しいなぁ、やっぱ本気で戦える相手っちゅうんは血が滾(たぎ)るで。楽進もエエ線いっとたけど、アンタの方が上やな!」

「な~に、凪はこれから伸びる武将よ。それより貴様程の武将を制したとあらば、華琳様もさぞお慶び下さるだろう! はーっはっはっはっは!」


 張遼に釣られるように夏候惇も笑い声を上げた。


「ちーっと時間かけ過ぎてもたし……楽しい一時やけど、サクッと終わらせんとな」

「ふんッ! 私にはたっぷりと時間があるのだ、貴様の倍は合数を重ねてみせようぞ。掛かってこい!」

「わっちゃぁー、アンタも十分面倒な相手やったんか……そやけど、エエなぁ。後の事は後で考えたらエエか……よっしゃ、征くでェ!!」

「おう! 来るなら来…………」


 「来い」と言おうとした瞬間、夏候惇の左目に李鳳が誤射した矢が突き刺さったのである。

 思わず楽進が夏候惇の真名を叫ぶ。


「春蘭様ッ!」

「……ぐ……ッ!」


 夏候惇は矢の刺さった左目を押さえているが、指の隙間から血が溢れ出ていた。

 体の痺れから回復した楽進が慌てて駆け寄る。


「春蘭様!?」

「……ぐ……ぐぅぅ……ッ!」

「ちょ……惇ちゃん!?」


 近付いた楽進は愕然とした。

 明らかに左の眼球に突き刺さっており、神医・華佗ですらこれは治せないだろうと直感してしまったからだ。

 力無く呼び掛ける楽進。


「春蘭様……」

「ぐ……あああああ!」


 激痛で叫び声を上げる夏候惇。

 張遼は憤りを堪え切れずに怒鳴る。


「くっそぉぉ……ッ! どこのどいつじゃい! ウチの一騎打ちに水差しおったド阿呆ゥは! 出て来いィ! ウチが叩き斬ったる!!」


 下手人は匿名と名乗る李鳳である。

 まさか城壁から射られた矢だとは思いもしない張遼は「絶対許さんで」と叫び激昂する。

 楽進は夏候惇の容態を気にしていた。


「しっかりして下さい。春蘭様、気を確かに持って下さい!」

「ぐあああああああああああッ!」


 次の瞬間、夏候惇は雄叫びと共に眼球ごと矢を引き抜いたのである。


「春蘭様ッ!?」

「夏候惇ッ!?」


 飛び散る血液を見て呆気に取られている2人には目もくれず、夏候惇は左目がついたままの矢を天高く掲げ、そして口上を述べ始めたのだ。


「……天よ! 地よ! そして全ての兵達よ! よく聞けィ!!」


 張遼と楽進だけでなく、周囲の兵らも沈黙して夏候惇の口上に注目する。


「我が精は父から、我が血は母から頂いたもの! そしてこの五体と魂、今は全て華琳様のもの! 断り無く捨てるワケにも、失うワケにもいかぬ! 我が左の眼は……永久に、我と共にあり!」


 そう言うなり、夏候惇は矢に刺さっていた己の左目を食ったのである。


「夏候惇……!」

「春蘭様……!」

「んっ、んぐ……ぐ……がはッ!」


 両親への感謝と曹操への絶対的な忠誠心を示した夏候惇に2人の武将は感銘を受けていた。

 何とか目玉を飲み込んだ夏候惇に楽進が声をかける。


「だ……大丈夫ですか、春蘭様!?」

「……大事ない。取り乱すな、凪。私がこうして立つ限り……我らに敗北はない」

「春蘭様……せめて、コレをお使い下さい」


 楽進は懐から可愛らしい蝶々を模した髪留めを渡した。


「これは?」

「沙和から貰った物ですが、私には似合いません。どうか、コレをその目に……」

「そうか……うむ、今は有り難く使わせて貰おう」


 そう言って夏候惇はそれを眼帯として代用したのである。

 そして何事も無かったかのように再び剣を構えて口を開いた。


「水を差されたが……待たせたな、張遼。さぁ、一騎打ちの続きと行こうではないか」

「な…………!?」


 夏候惇の発言に絶句する張遼。

 夏候惇は気にした様子も無く軽口を叩く。


「ん? 来んのなら、こっちから行くぞ?」

「なんやなんや……ははは、エエなぁ、アンタ……最高や。鬼気迫るっちゅうのは、そういうのを言うんやろなぁ……まさか、あの世に逝く前に修羅と戦えるなんざ、思うてもみんかったわ!」


 歓喜の声を上げる張遼に、夏候惇は一喝する。


「御託はいらん! 来るなら来い!!」

「おう! もう口上も戦場も関係あれへんで! ウチはアンタと戦う為にここにおる! 征くでェ!!」


 2人は再度衝突し、互いの持てる力全てをぶつけ合った。



 その結果、僅差で夏候惇が勝利を得たのである。


「あーあ、負けてもうた……」

「ふっ……なかなか、良い戦いだったぞ」


 意気消沈の張遼を敵対していた夏候惇が労う。


 はぁ……なんや、1日で2回負けた気分やわ。

 すまんなぁ……月、賈駆っち……ウチ負けてしもたわ……アンタらは上手いこと逃げおおせたか……?

 恋は袁紹の首までとどいたんやろか……ウチは負けたんやけど、満足しとるんよ。

 最後の最期にこないな勝負が出来るとは思わんかったで……そやから、ウチは満足や!


「なはは……ウチも最高やったで。ほな、もう悔いは無いわ……さ、殺しィ」


 覚悟を決めた張遼がそう夏候惇に促す。

 しかし夏候惇から返ってきたのは違う答えだった。


「何を馬鹿な事を……貴様にはこれから、華琳様に会ってもらわねばならんのだ」

「曹操に? 何でや?」

「華琳様が貴様の事を欲しているのだ。ゆえに私は貴様と戦い、こうして倒してみせた。……ここで死なれては私が困る」

「…………」


 張遼は沈黙した。

 何かを考え、そして何かを待っているようである。


「張遼……我が主、華琳様に降れ」

「……ええよ、降ったる。アンタほどの鬼神がそこまで忠誠を誓とる主……こないだはロクに挨拶も出来ひんかったしな。どないな奴やったんか興味あるわ」

「ふっ、面白い奴だ」

「アンタほどやない「ぐっ」で……ええっ?」


 談笑していたハズの夏候惇が突然倒れた。

 慌てる楽進が声を上げる。


「春蘭様、大丈夫ですかッ!?」

「ああもう! あないな無茶するからや! 曹操に会う前にアンタの傷の手当てせなアカン。楽進、このアホを後方に連れてくで!」

「は、はい!」


 成り行きを見守っていた楽進は素直に張遼の指示に従った。



 その後、張遼は曹操と対面し“ある条件”を約束してもらい彼女の軍門に降ったのである。





最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

感想やご指摘がありましたら、宜しくお願いします。


本編16話にて李鳳の設定画を添付しております。

未見の方はご覧下さい。

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