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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
洛陽の決戦
86/132

86話

――連合軍・袁家陣営――


 夏候淵との対話中、突如として呂布を襲った白い輪っかの正体は円月輪『月光』だった。

 放ったのは勿論、丁奉である。


 驚く武将らを余所に丁奉は気合いの第二投を放った。

 照準は呂布の頸に定められ、腰の回転を最大限に活かした遠心力で加速された月光が空を裂く。


「はぁぁぁぁあ、一撃煮湯痕(いちげきにゅうこん)!!」


「うわッ!」

「…………無駄」


 しかし、あろう事か月光は同じ連合軍である許緒の頭上スレスレを通り抜けたのだ。

 さらに呂布には再び戟によって弾かれてしまい、丁奉は舌打ちをして月光を回収する。


 これに対して許緒は声を荒げて抗議した。


「どこ狙ってんだよ! 危うくボクの頭に当たるところだったじゃないか!」


 怒声を上げる許緒に丁奉はそれを上回る憤怒を込めて返す。


「ルセーんだよ、糞チビ! 当たってねーんだからガタガタ文句言うんじゃねーよ! ちゃんと狙ってんだよ、バーカ!」


 それを聞いた許緒は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「なっ……お、お前だって小さいじゃないか!」

「テメーよりはデケーんだよ、糞チビ。オレより小さい奴は皆チビなんだよ、分かったか? 糞チビ!」

「言ったなー、チビって言う奴がチビなんだぞ!」

「ハッ! 勝手に吠えてろよ」

「むむむ、もう怒ったぞ!」


 売り言葉に買い言葉の口喧嘩で沸騰した許緒は、呂布との交戦中という事も忘れて丁奉に突っ掛かろうとしていた。


「よさぬか、季衣!」

「ダメだよ、季衣!」


 許緒が行動に移そうとした瞬間、夏候淵と典韋によって遮られる。


「うぅぅ……」


 叱られた犬のように頭のおだんごがシュンと垂れる許緒。

 そんな許緒はふとある事に気付いた。


「あれ? あいつの着けてる金の胸当てって……袁紹軍のじゃ?」

「んん? あっ! 本当じゃん……お前誰だっけ、どこの隊の所属だよ?」

「…………」


 許緒の呟きを聞いた文醜が丁奉に訊ねた。

 しかし、丁奉は無言のままである。


「おいおい、無視かよ!?」

「ねぇ、あいつ……いっちーの部下だよね? ボク今すっごく腹立ってるんだけど……!」


 怒りの矛先を文醜に向ける許緒。

 文醜は慌てて口を開く。


「おいおい、待てって。あたいだって見た事ない奴なんだし、戸惑ってんのはこっちも同じなんだよ」

「落ち着け、季衣。本当に知らぬようだぞ」


 必死に反論する文醜をフォローする夏候淵。

 すると、顔良が思い出したかのように話し出したのである。


「名前は忘れましたが……確か、連合結成直前に仕官してきた者達の中に居た一人だったと思います……って言うか、文ちゃんも同席してたでしょ!」

「あれ~、そうだっけ? ハハハ……あんまり目ぼしい奴が居なかったって記憶しかなくてさ。ああ、陳登だけは嫌でも覚えてるけどな……」


 笑う文醜をジト目で見る顔良。

 しかし、文醜の記憶に残らないのも無理はなかった。

 当時は正体を隠す為にも丁奉は実力の二割程しか見せておらず、逆に陳登が悪い意味で目立ってしまった為に忘れ去られてしまったのだ。


 ここに来て、呂布を取り囲んでいた武将達の体力は少しだけだが回復していた。

 夏候淵が話をしていた時と今のやり取りの間たっぷり休めたからである。


 その間、呂布は動かなかった。

 丁奉の放った月光を二度弾き返した呂布は、その月光に込められた常軌を逸する“意”を感じて警戒したのだ。


 李鳳曰く、“氣”と“意”は密な関係を持っていて武具に“それ”を込めて振るう事で破壊力や耐久力を格段に増すという検証データまで取ってある。

 丁奉の込めた“モノ”、それは純粋で圧倒的な“殺意”であった。

 最強を求める丁奉の中で普段は眠っている純然たる欲望、渇望とも呼べる程激しく求める“武力”への意志なのだ。

 軍を率いる統率力には一切の魅力を感じず、ただただ己一人で得られる個の力のみを探究する丁奉にとっては、呂布という武人は至高にして究極の獲物であった。

 丁奉は呂布という御馳走を前にして舌なめずりをし、溢れる唾液が抑え切れない心境でいる。


 呂布の野生の勘がその奇妙な雰囲気を感じ取り、さらに夏候淵の弓矢は未だ自身を狙っているという状況だけに、丁奉の迎撃に行けないでいたのだ。

 許緒と同じくらいの武があると思われる丁奉の参戦に、6対1ならば勝機ありと考えた顔良は丁奉に向かって命令を下す。


「そこの者、袁紹軍の将であるこの顔良が命じます。我らに協力し後方より援護なさい!」

「…………」

「おいおい、聞こえてんなら返事しろよ!」


 黙ったままの丁奉に文醜が喰ってかかるが気にした様子も無く、ただ呂布だけを見詰めていた。

 そして次の瞬間、月光を握り締めて呂布へと駆け出したのである。


「ヒャハハハハ……オレと死合おうや! 天下無双の飛将軍さんよぉ!!」

「馬鹿なッ! なぜ間合いの利を捨てる!?」


 そう言って夏候淵は目を見開く。

 返事をしなかった事で袁家の2枚看板も少しご立腹だったが、丁奉の突然の突撃には唖然とせざるを得なかった。


 呂布の構える方天画戟の矛先目掛けて突っ込んだ丁奉は、俊敏な動きで呂布の懐に潜り込み月光を突き上げる。

 腹部を抉ろうとした一撃は呂布の反射神経には敵わず矛の柄で防がれた。

 防がれる事など承知していたとばかりに、丁奉は空いている左手で矛の柄を掴み自分の方へと引き寄せる。

 バランスを崩させて再び月光で抉るつもりだったのだが、呂布の膂力は並では無かった。


 李鳳から学んだ氣で強化した丁奉の筋力ですら、呂布の天賦の力に遠く及ばなかったのである。

 自身の体重プラス腕力で挑んだにも関わらず、逆に引き上げられて呂布よりも小柄な丁奉がバランスを崩してしまった。

 容赦の無い呂布の横薙ぎで地面に叩き付けられる丁奉。



 その後、三合程打ち合っただけにも関わらず、丁奉は全身に傷を負い激しく出血し始めていたのだ。

 夏候淵らの援護が無ければ最初に倒された時に殺されていただろう。

 しかし、丁奉から笑みが消える事は無かった。


「ヒャハハハハ……ああ、いいな! アンタは最高にイカしてるぜ!!」


 丁奉は目が充血し真っ赤に染まっており、まるで悪鬼を髣髴とさせた。

 歴然たる差を魅せ付けられたにも関わらず、丁奉は狂ったように笑い続ける。


 誰がどう見ても勝ち目のない無謀な一騎打ちに、口喧嘩をしていたハズの許緒ですら心配になってきていた。


「全然ダメじゃんか……」

「お、おい……ちょっとは連携とか考えやがれよ!」


 文醜も耐え切れずに口を開いた。


「あーん!? やりたきゃ勝手にそっちでやれよ! オレはオレの好きなようにやるからよぉ!」


 返ってきたのは上官に対する言葉遣いとは思えない回答であり、状況を冷静に判断しているとは思えなかった。


「お前なッ!」


 流石に頭にきたのか文醜が声を荒げる。

 しかし冷静な夏候淵と顔良が諭すように語りだした。


「分かった。こちらはこちらで好きにやらせて貰おう」

「文ちゃん、今はダメだよ。説教なら……後でたっぷり、私がします!」

「チィ、わーったよ。ムカツクけど、アイツに呼応して合わせりゃイイんだろ?」

「ふふふ、お願いね」


 渋々従う文醜に微笑む顔良。

 それを見ていた典韋も許緒に話しかける。


「季衣もいいよね? 今大事なのは呂布さんを止める事なんだからね!」

「うぅ……言われなくても、ボクだって分かってるよ。ちゃんと……終わってからアイツを取っちめればイイんだろ」

「もう! ……はぁ」


 分かってるのか分かっていないのか判断の難しい許緒に溜め息の典韋。

 その後は夏候淵が指揮を取り、5人プラス1人と呂布との攻防が繰り広げられた。



 全身から血を流す丁奉は喜びの感情で満ちていた。

 どんどん流れろと思ってすらいるのだ。

 丁奉は流してきた血の分だけ強くなってきたという過去があり、彼女の中では血を流す事は強くなる事と同義なのである。


 嬉しさから歓喜の咆哮を上げる丁奉。


「ヒャハー! 楽しいなァ、おい!?」

「…………別に」


 呂布は平然と返すが、明らかに状況は変わっていた。

 6対1という環境が徐々に呂布を苦戦へと導き始めているのだ。

 呂布の額に僅かではあるが汗が浮かぶようになっていた。





 少し離れた天幕の陰で様子を窺っていた陳登は呟いた。


「はぁ…………まぁ、我慢しろって方が無理でしたか……やれやれ」

「はい? 何か仰いましたか?」


 隣で袁術の面倒を見ていた張勲が反応した。


「いえいえ、何も……。それよりも袁術様がまだ目を覚まされませんか?」

「ええ……よっぽど眠かったんでしょうかね、ふふふ」

「ははは……そうかもしれませんね、寝る子は育つとも言いますし」


 戦場にあって一種変わった和やかな空気の一団であった。


 元々は陳登の護衛についていた丁奉だったが、最強たる呂布を見た瞬間に全身の血液が沸騰したかのような錯覚に見舞われ、内なる何かが目を覚ましたのだ。

 陳登への断りも無く、独断専行で突撃されては止めようも無い。


 しかし、戦況が徐々に変化している事は敏感に察知していた陳登は次の行動に移ろうとしていた。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



――洛陽・城壁――


【李鳳】


 李鳳は今、城壁の上で長弓部隊と共にいる。

 投擲や弓術に自信があると言い張った為に、少しでも戦力になりたいと強く希望したのだ。


 そんな李鳳は現在、大爆笑中である。


「クヒヒヒヒヒヒヒヒ……ヒィヒィ、流石……クックック!」


 遼来来、お前は噂通りの大した将軍だよ!

 楽進を物ともせず手玉にとって、更にはマンセーの奇襲にも柔軟な対応を魅せた……最高の軍人に恥じぬ戦いぶりだったな。


 でも……圧巻なのは、マンセーだ!


 “超・李典”って……クヒヒヒ、残念だったな遼来来。

 お前には何の落ち度も無いが、今回はマンセーの貫録勝ちだろ!

 流石は我が相方、アッヒャッヒャッヒャ……あー、腹イテェ。

 恐るべし、超・マンセー……ん? チョー・マンセー!?



 なぜ遠く離れた李鳳が張遼達の会話を見聞き出来たかと言うと、ここでも氣と加護の恩恵が影響している。

 加護によって常人の何倍も研ぎ澄まされた五感に氣を併用する事で可能とした妙技である。

 絶対的な力であるスカラー量を氣で増幅し、それに指向性を持たせてベトクル量とし、一方向のみに絞って限定する事で1キロ近く離れた距離でも見通せ、さらに音声もピンポイントで拾える業を李鳳は習得していた。

 李鳳はこれを『遠方見聞』とそのまんまなネーミングで呼んでいる。


 遠方見聞とは別に、李鳳はもう一つの試みも実施していた。

 それは弓術による矢の射程距離の延長と“消意”の検証実験である。

 通常の射撃で急所を狙うには2~30メートルが限度であり、人に当てるにも100メートル程が限界なのだが、ただ遠くに飛ばすだけなら300メートルは可能となる。

 勿論、弓矢の素材をよく飛ぶ物で作製すれば倍の距離も夢では無いが、湾曲弓や合板弓ではそれが限界と言えるだろう。


 李鳳はまず筋力と弓本体の強化を図り、矢の射程距離を伸ばす検証を行っていた。

 弓本体を強化して耐久性を上げなければ、李鳳の力に追従できずに弓が壊れてしまうからだ。


 李鳳は六分の力で弓を引き、遠くにいる標的目掛けて矢を飛ばした。


「ふむ、目算でざっと700メートルってとこかな……オリンピックに遠矢競技があれば良い成績残せそうだが、この世界は化け物揃いだからなァ……しかも、外れたし」


 独り言を呟く李鳳は次の矢を添えて弓を構える。


「さっきは六割だったから、今度は八割でやってみるか。“消意”も試したいところだが……併用は鬼難しいんだよな、ククク」


 今度は別の標的に照準を合わせて弓を引く李鳳。 


 武器に殺気や殺意を込める事で威力が向上するのは検証済みだ。

 だけど、それは良い事だけじゃないんだよな……勘の鋭い奴、つまりエスパーピンクのようなタイプには込められた“意”に反応されて回避される可能性が非常に高い。

 だから氣を込めるのとは真逆の発想が必要だったんだ。

 俺は1年以上をかけて“意”を消す方法を考えて、完成したのが“消意”ってワケだ。


 僅かな氣や意も乗せない武器での攻撃であれば、野生の勘に対抗出来るのではないか……それが俺の考え付いたエスパー対策その2だよ、クックック……!

 投擲での熟練度はだいぶ上がってきたけど、弓矢はダメだ……超難しいんだよ!

 弓本体は氣で強化して、矢だけ消意って……難易度高過ぎるだろッ!?

 でも射程距離が投擲と弓矢だと雲泥の差があるんだよなァ……やっぱ、鍛錬あるのみかねェ。



 『肉体の強化』『弓の強化』『遠方見聞』『矢の消意』の併用は、今の李鳳には到底実現不可能と思える程難しい複合技である。

 内心文句タラタラだった李鳳も、弓矢を放つ時だけは集中し、たっぷり時間をかけて氣を練り全ての技を併用しようと一応は頑張っていた。


 ギリギリと音を立てて引かれる弦は傍から見えれば千切れそうに思える程で、弓もかなりのしなりを見せている。

 ターゲットをロックし、矢を放とうとした正にその瞬間――。


「わぁ! 凄い力ですね! そんなに弓がしなる所を初めて見ましたぁ! 匿名殿って、意外と逞しいのですね!!」

「うぉっ!?」


 背後から急に大声をかけられて慌てた拍子に矢を放ってしまった李鳳。

 振り向くとそこには李儒の姿があった。


 “遠方見聞”の最大の欠点は集中している一方向以外に気を配れなくなる事である。

 普段は神懸った気配察知能力を誇る李鳳が、李儒の接近には全く気付けなかったのだ。


 振り返った李鳳と目の合った李儒は嬉しそうに口を開く。


「本当に凄いですよ! あんなに遠くまで飛ぶなんて……あっ! 敵兵に当たりましたよ! ヤりましたね!!」


 にこやかにキャピキャピはしゃぐ李儒に一瞬で気疲れする李鳳。


 ウゼー……なんでココに来てんだよ!?

 コイツと一緒に居たくなかったから賈駆に無理言って長弓隊まで出張って来たってのに……本末転倒とはこの事でしょ。

 ってか、今の見えてたの!? 何気にスゲー目イイじゃんか!!



「ハハ……どうも」


 適当な相槌を返す李鳳は矢が当たったであろう方向を遠方見聞で確認する。


 あ~ぁ、せっかくイイ感じで打てそうだったのに……邪魔しやがって!

 ウザオレンジめ、誰かに当たっただぁ? よっぽどノロマな奴じゃねーのかよ!


「……あれッ!?」


 李鳳は目を疑った。

 狙いとは外れてしまっていたが、ある意味では命中していたのだ。


「おやおや……これはこれは、アホ毛魏牛さんじゃないですか。南無ゥです、クヒャヒャヒャヒャ!」


 この状況下で突如笑い始めた李鳳に対して、長弓隊の面々はドン引きしている。

 それ以前にブツブツ呟きながら尋常じゃない距離の矢を放っていた李鳳に対して尊敬よりもまず畏怖の念を強く感じて臆していたのだ。

 しかし、李儒だけは一緒になって微笑んでいたのだった。







久しぶりの投稿ですが、最後まで読んで下さりありがとうございます。

感想やご指摘などありましたら、宜しくお願いします。


13/02/24:挿絵追加

16話に李鳳の設定画を追加しました。

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