85話
――連合軍・曹操陣営――
【張遼】
張遼は楽進にトドメを刺すべく、鋭い目付きで接近し槍を掲げている。
楽進は膝立ちのまま動く事が出来ないが、しかし視線だけは逸らさずに張遼を見据えていた。
ほっほぅ、この状況でもまだ目ェは死んでへんやんか……やっぱし、今殺すんは勿体ないで。
ちぃーとの間、寝といてもらう事にしよか……。
痺れで両手両足に力の入らない楽進は呟く。
「くッ……せめて片方だけでも動かせれば……」
「オモロかったわ……楽進いうたか、アンタの事は覚えとくで」
そう言って張遼が槍を振り下ろした瞬間、飛んできた何かに槍を弾かれてしまった。
「な、なんや……ッ!?」
「こ……これは!?」
張遼と楽進の間には、ドリルが突き刺さっているのだ。
「チッ……外してもうたか」
「なっ、誰や……!?」
「真桜……」
その声に反応して張遼が訊ね、楽進は懐かしげにその人物の真名を呟くのであった。
しかし声をかけられた李典はワザとそれを無視したのである。
「教祖さま、あの人が『神速の張遼』さんで間違いなさそうですよ」
「実物見ても……やっぱ好かへんなァ、あんなんのどこがエエねん……?」
「……教祖さま?」
「ああ、アレはウチが相手するさかい……騎兵隊の方を援護しに行ったって、任したでェ。雛里!」
「ヤー! 副長さん、李典槍を『弩涛』に換装するよう指示願います。敵騎兵隊の側面から接近し一斉射を試みます。曹操軍との距離に注意して下さい」
「はっ!」
鳳統が副長経由で遊撃隊に指示を出し、再び行動を再開したのだった。
その会話を聞いた張遼はある単語に反応を示す。
教祖……? 李典槍……?
どっかで聞いた事あるなぁ……あっ、華雄の部下と陳宮が言うてた絡繰の発明家で部隊も率いとるっちゅう武将の名前が確か……李典やったな。
そやけど……ウチと同じ方言使いよるんか、なんや妙に親近感湧くやんか。
少し嬉しそうに張遼は口を開く。
「アンタが李典かいな……噂は、聞いとるで」
「えっ、ホンマ!? いやぁ、ウチも有名になったモンやで。ニッシッシ……ちなみに、なんちゅー噂なんか教えてや」
仏頂面をしていた李典だったが、『噂』と聞いて笑みを浮かべる。
「奇天烈な発明品を作り出す天才で、その迅速な工兵には目を見張るて、汜水関で戦うた部下が言うてたわ」
張遼から絶賛の言葉を聞いた途端、笑顔だった李典の表情が一変した。
その額には青筋まで立っているのだ。
「き――」
「へっ?」
「きに――――エエ」
「あの、聞こえへんねんけど……何て?」
何をブツブツ呟く李典に張遼問い返す。
「気に入らん言うとるんじゃ、ボケェ!」
「はっ……?」
「前半はエエわい、何やねん後半の『迅速な工兵』っちゅーんはッ!?」
「い、いや……めっちゃ誉めとるやんか」
いきなり怒声を上げた李典に驚いた張遼だったが、冷静に返答した。
楽進もかなり驚いている。
「アンタ……『神速の用兵』て呼ばれてるらしいやないか」
「なはははは……そうらしいな、気恥ずかしゅうて堪らんで」
「なんでオノレが『神速』で、ウチだけ『迅速』やねん!」
「…………はぁ!?」
「…………真桜?」
「ウチかて『神速』がエエ!!」
張遼と楽進は李典の発した声量の大きさよりも、その内容に驚いた。
「い……いや、そんな事言われても……ウチかて聞いただけやし……」
「そもそもオノレの存在は気に入らんかったんや! なんやその格好は? 男の気ィ惹こうとして必死やないか!」
「な、何言うてんねん! そないなつもりあれへんわ!」
李典から罵声を浴びせられた張遼は声を荒げた。
「はん、口では何とでも言えるわ。足りひん色気を必死こいて、露出面積の大きさで補おっちゅうんがバレバレやんけ! オバハンのくせに……!」
「ほうか……ウチは気ィ短い方やないけどな、因縁付けようっちゅうなら買(こ)うたるで!」
「ウチの喧嘩は安ないでェ、オノレに払えんのか……?」
啖呵とメンチを切り合う張遼と李典。
張遼は地面に突き刺さっている螺旋槍を引き抜くと、乱暴に李典へ向かって投げつけた。
李典はそれを黙って受け取り、張遼を睨む。
「…………」
「得物も持っとらん弱っちー獲物(ザコ)をいたぶるんは、ウチの趣味ちゃうねん」
「あ~ん!? 上等やないけ! オバハンの趣味なんぞ知ったコトやないけどな!」
「や、やめておけ真桜! お前が敵う相手ではないぞ!?」
目の前で戦闘が開始されそうになった瞬間、楽進は思わず叫んでいた。
李典と袂を分かってから長い月日が経過し、久々の再会は戦場で、しかも自分が殺されそうになっているのを助けてくれた形であった。
過去の謝罪よりも現在の感謝を述べたかった楽進であったが、2人の剣幕が凄まじく、なかなか会話に割り込めないでいたのだ。
しかし、張遼と一騎打ちになりそうな雰囲気になり、叫ばずにはいられなかったのである。
声をかけられた李典は、楽進に冷ややかな目を向けて口を開く。
「あ~……ちょっと黙っとってくれるか、そこの……曹操軍の人」
「なっ……真桜?」
「たかが屯長の分際で、将軍同士の会話に口出しすなや!」
「…………ッ!?」
楽進は絶句した。
楽進には李典の顔を見た時から少し機嫌が悪い事は判っていたのだ。
張遼にやたらと食ってかかるのもオカシイと感じていたが、虎牢関で一刀が李典も自分達に会いたがっていたと聞かされていた楽進にとって、先程の言葉は心を抉るのに充分であった。
そして楽進は理解したのである。
一刀に言った言葉は恐らく社交辞令であり、本心では自分達を未だ怨んでいるのだと。
そう考えてしまった楽進は、再び口を開く事は出来なかった。
ただし、楽進はいくつかの誤解をしている。
李典の機嫌が悪いのは楽進のせいではなく張遼のせいであり、李典の将軍という立場も暫定的なモノで官品は張遼とは比べ物にならず、むしろ楽進とあまり変わらなかったのだ。
そんな落ち込む楽進を見て、張遼が声を上げる。
「ドアホ、そんな言い方せんでもエエやろ。楽進はアンタを心配してやな――」
「デッカイお世話やっちゅーねん! なんでウチが曹操軍の人に心配してもらわなアカンねん、敵えへん相手やったら逃げろっちゅーんか? ズタボロにされてもまだ立ち向かおうとしとる力量も分からへん人間に言われたないで……それに、ズタボロにした張本人に肩入れされてもたら余計に惨めやで」
「くッ……」
「…………」
李典にピシャリと言い切られてしまい、ぐうの音も出ない張遼。
そして李典は螺旋を張遼に向けて口元に笑みを浮かべる。
「ほな、ボチボチ始めよか……」
「……口で言うて分からん奴には、体で分からしたるわ!」
張遼も楽進から少し離れて槍を構えた。
李典が槍に付属している絡繰を作動させると、ギュィィィンをいう音を立てて螺旋が高速回転し始めたのである。
初めて目にした張遼が感嘆の声を上げる。
「ほぉ、それが絡繰武器っちゅうやつかいな? 初めて見たけどごっついモンやなぁ」
「ニッシッシ……ウチ自慢の螺旋や。アホ伯雷の助言を元にして“あーるぴーえむ”っちゅう回転数を五割増にしたんやで! 主軸に“べありんぐ”っちゅう摩擦を小さくする機構を取り付けてやな、磨耗も減らす事で耐久性も格段に向上したんよ!」
「さ、さよか……そ、そら凄そうやな」
「せやろ! それだけやないんやで、螺旋の刃にも――」
螺旋槍に興味を示した張遼だったが、その事で機嫌を良くした李典は聞いてもいないのに武器の特徴や改造点を熱く語り出した為に苦笑いするしかなかった。
うわぁ……何言うてるかサッパリ分からん。
ってか、アホ伯雷って誰やねん……!?
張遼はウンザリするが、李典の説明は続いたのである。
「――っちゅうワケで、攻撃力は以前の三倍になっとるんやで。どやッ!」
「あ、ああ……び、吃驚したわ」
「ウシシシシ……せやろ、螺旋槍の良さをそのままに威力を向上させた改良版やで。その名も『怒髪天』や!」
「……そ、そうか」
言い切った李典はかなり満足気な様子だった。
お……終わったんやろか……?
ウチには時間あれへん言うのに、今のん聞かなあかんかったんやろか……。
戦ってもいないのに疲労を感じる張遼であった。
言いたい事を言い終わった李典がついに開戦を告げる。
「ヨッシャ! ほんなら螺旋の威力、アンタの体で味わわせたる!」
「おお……やっとかいな、ホンマ待ち侘びたで……」
先手必勝とばかりに李典は螺旋を構えて突っ込んだ。
そのスピードは楽進に匹敵する程であり、張遼だけでなく楽進も目を見開いたのである。
ギュィィィンと唸り高速回転する螺旋は、防御しようとした張遼の槍をあっさりと弾く。
弾き飛ばされまいと踏ん張ったものの体勢を崩した張遼は、李典の二撃目を回避し切れずに腹部を浅く抉られたのだ。
「うりゃ、うりゃ、うりゃぁぁ!」
「チィッ!」
張遼は一足飛びで後方に逃れる。
しかし、李典が猛追し突きの連打を浴びせた。
紙一重では螺旋の餌食になってしまう為に、張遼はかなり大きく回避行動を取っている。
「くッ……ほっ、やっ」
「オバハンのくせに……めっちゃ素早しっこいやんけ!」
当たらない突きに苛立つ李典。
柄の部分に一撃を入れて間合いから離脱する張遼。
「ふぅ……危ない危ない、思てたより全然やるやんか」
初めの内こそ李典の攻撃に焦っている風に見えた張遼であったが、実際の実力は一枚も二枚も上なのである。
落ち着きさえすれば見切りは難しくなく、余裕をもって距離を置いたのだった。
李典はその張遼の実力を目の当たりにして歯噛みしている。
「クッソ……」
「ほな、今度はウチから行くで……覚悟しィや!」
そう言うや否や、張遼は先程の李典を上回る速度で突進したのである。
螺旋部分に当たれば弾かれると分かっている張遼は、そこを避けるように李典へと反撃の機会を与えない程の連撃を繰り出した。
「おらおらおら、どないしたんや? さっきの勢いはどこ行ったんや!」
防戦一方の李典を煽る張遼。
李典はひたすら耐えていた。
そんな一騎打ちを心配そうに見詰めていた楽進があるコトに気付いて呟いたのである。
「こ……これは……もしや?」
そんな呟きなど聞こえていない2人はというと――。
「なっはっはっは、もう終いかぁ?」
「…………」
張遼が想像していたより李典は強かったが、自身を脅かす程ではなかった。
そろそろ決着をと思って繰り出した槍が螺旋槍の柄で防がれた瞬間、まるで螺旋部分に当たったかのように弾かれたのである。
「なっ……なんでや!?」
突然のコトに驚き声を上げる張遼。
李典は無言のまま、再び螺旋槍を振りかざした。
張遼はもう一度柄の部分に当て、それを防ごうとしたが、最初の攻撃とは比べようも無い程の威力に体ごと押し切られたのである。
「あ、アホな……!?」
いきなり重くなった攻撃を受けて腕に衝撃が走る張遼。
まだ本気やなかったっちゅーことか……?
正直物足りん思てたけど、これやと楽しめそうやんか。
張遼は李典が力強くなっても焦った様子はなく、むしろ喜び口を開いたのである。
「オモロイやん……」
「笑てられるんも、今の内だけやで」
李典も言い返す。
しかし、張遼と違って李典に余裕など無かった。
面白いと笑う張遼は再び話し掛ける。
「急に強なったけど、最初は手ェ抜いとったんかいな?」
「…………さァて、どやろなァ……」
はぐらかす李典であったが、思わぬ伏兵が声を上げたのである。
「ま、真桜……いつの間に、氣が使えるようになったのだ!?」
「ほぅ……アンタも氣が使えるんか」
驚愕の表情で訊ねる楽進。
それを聞いて感心する張遼。
一方の李典は顔を真っ赤にしていた。
「こんのアホ凪! なんでバラしてまうねん!? もったいぶってから、ウチが言いたかったのに……!」
「す、すまぬ……」
ネタバラシをされてしまった李典は怒り心頭に発していた。
怒られた楽進は反射的に謝る。
そんな2人に張遼が口を挿んだ。
「なんや、やっぱり2人は知り合いやったんか?」
「……あっ! し、知らん、ウチは知らんで……曹操軍の人なんぞ……」
明らかに動揺し、視線を逸らす李典。
張遼は溜め息をつきつつ話を続ける。
「別に隠さんでもエエやろに……そやけど、氣も扱えるやなんて大したモンや。ごっつぅオモロなって来たで」
「喧しわ、アンタに誉められても嬉しないねん!」
「……なぁ、なんでウチはあないに嫌われてんの?」
張遼は身に覚えの無い徹底した嫌われ様に戸惑いを隠せず、その答えを楽進に求めた。
「さぁ、私に聞かれても…………真桜が、氣を……どうして?」
しかし、楽進にも皆目見当がつかない。
それより何よりも李典が氣を会得していたという事実に信じ難い程の衝撃を受けていたのである。
楽進は以前于禁と共に李典にも氣の習得を目的としたレクチャーをした事があったのだが、うまく行かず2人共会得には至らなかった。
楽進自身も感覚的に氣を使用していた為、どういう鍛錬をすれば氣を扱えるようになるかという明確な説明など出来なかったのだ。
何度教えても、何をやらせても、一向に会得出来なかったハズの氣を、この一年足らずの間に一体何があったのかと楽進の頭は混乱していた。
そんな楽進が見詰める先にいる李典はというと――。
「ま、まぁ……アンタがどうしてもっちゅーなら、ウチを誉めるんだけは許したってもエエで、ニッシッシッシ……」
「…………なぁ、あの子は前からああいう子なん?」
張遼は戸惑いを隠せず、再び楽進に訊ねたのだ。
一方の楽進は懐かしさと切なさを同時に感じている。
「……ああ、あの性格だけは……以前と変わらぬ」
「は……はは、めっちゃエエ性格してるやんか……何様のつもりやねん?」
張遼が呆れ顔で呟くと、李典がそれに反応したのである。
「……ウチが誰かやて?」
「いや……アンタは、李典やろ」
「それは以前のウチやんけ」
「…………はぁ?」
突如李典が可笑しなコトを言い出し、張遼は困惑する。
しかし李典は自信満々に続けたのだ。
「ウチは生まれ変わったんや。新たに生まれ変わったウチはタダの李典やないねん!」
「タダのて……ほな、どんな李典やねん……?」
「よう聞いた! エエか、ウチを誰やと思とるんや! ウチは大陸一の絡繰師、超・李典様や!!」
李典のその怒号は周囲に轟いたのである。
「…………」
「…………」
そして、戦場に一陣の冷えた風が吹き抜けた。
「……ん? どないしたんや? 感動し過ぎて声も出ェへんか、ニシシシシ……」
「…………」
「…………」
沈黙する張遼と楽進。
笑顔が眩しい李典。
「どや、凪! 憧れてまうやろ? ウッシッシ……」
「えっ!? あ……い、いや……そうでも無い……」
「なんやとッ! めっちゃカッコエエやんけ! どの口でほざき……あっ、き、気安ゥ話しかけんといてんか、曹操軍の人」
喜怒哀楽を激しく変化させる李典に楽進はタジタジだった。
そしてそれは、張遼も同じであった。
……あ……あ……アホやッ!
ものゴッツイ阿呆がおる!!
しもたぁ……奇想天外な発明をしながら、万の軍勢をも率いる武将っちゅうて聞いてたから期待しとったのに……正体は、タダの超ド級なアホやったとは……。
何とかと阿呆は紙一重言いよるしな……せっかく楽しい戦いになる思たのに……。
あ、あかん……これは肉体的やのうて、精神衛生的に大怪我する予感がプンプンするで……ど、どないかせんと……。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
感想やご指摘などありましたら、宜しくお願いします。




