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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
洛陽の決戦
84/132

84話

――連合軍・公孫賛陣営――


 公孫賛と劉備の共闘軍が布陣する戦線では、共闘軍が董卓軍を押していた。

 囮役の呂布モドキが偽物であると、実際に手合わせした張飛と趙雲がいち早く見破ったのである。

 さらに董卓軍の主力部隊が袁家と曹操陣営に集中して兵数が少なかった事が、善戦出来ている最大の要因でもあったのだ。


 戦場を見詰める茶髪の女性が馬上で呟く。


「ちょっと拍子抜けだぜ……あたしは呂布との対戦を結構楽しみにしてたんだけどな、ハズレを引くなんてツイてないぜ」

「私はツイていると思うぞ……正直、虎牢関で関羽との一騎打ちを見た時から……同じ人間を相手にするとは思えなくてな、安堵している程だ」

「ははは、本当に正直な奴だな。そう言えば……体調はもう平気なのか? 2日前に倒れたって聞いたぞ?」

「あ、ああ……もう大丈夫だ、少し疲れが溜まっていたみたいでな……心配をかけてスマナイな」


 同じく馬上から公孫賛が言葉を返した。

 実際のところ公孫賛は李鳳喪失のショックをまだ引き摺っていたのだが、今は目の前の董卓討伐に集中すると決意を改めて挑んでいたのである。



 関羽不在の現状戦力で呂布を如何に止めるかが軍議でも争点となっていた。

 張飛と趙雲だけでは足止めすら出来ないと虎牢関で対戦した本人達が意見を述べ、例えそこに公孫賛や劉備が加わったとしても焼け石に水でしかない。

 諸葛亮や鳳統を以(も)ってしても、現状ある共闘軍の戦力だけで呂布を物理的に押さえ込む案は出せなかったのである。

 李鳳が以前提案した人道を激しく無視した方法を取れば可能性はあるが、人徳の将である公孫賛と劉備が承諾するハズもなく、また軍師達も理解していたので提案すらしなかったのだ。


 そんな悩める共闘軍に助力を申し出たのが錦馬超であった。

 たまたま配置が被った事もあり話す機会が増えた馬超は、共闘軍陣営の面々を気に入ったのである。

 元々公孫賛に一目を置いており、義侠心溢れる言動の数々をとても買っていたのだ。

 関羽の抜けた穴は自らが勤めると言い出した馬超は、手合わせで張飛と互角の腕前を示し、皆に認められたのだった。


 ただし、一つだけ条件を付けてきたのである。

 それは董卓を捕縛した際に、まず話をさせて欲しいというモノだ。

 公孫賛らはコレを飲み、互いに協力するコトとなったのだった。

 こうして何とか足止め程度なら可能となる光が見え、万一も考慮して本隊とは別に遊撃隊を仕込むという二段構えの策を練り上げたのである。

 遊撃隊の目的は袁紹の護衛だけではなく、呂布や張遼が共闘軍本隊に向かってきた際に洛陽を目指すという隠された任務があったのだ。

 だからこそ借り物の曹操兵は使えなかったのである。


 本隊は左翼に劉備と趙雲、右翼には張飛と諸葛亮、そして中央に公孫賛と馬超が陣を敷き、これまで右翼と左翼の連携で戦況を優位に進めていた。

 騎馬隊に定評のある公孫賛と馬超は、董卓軍が左右に広がるを待っているのだ。

 中央が薄くなったところで乾坤一擲の突撃を決める予定なのである。


 馬超は待ち切れないといった様子でソワソワしていた。

 そんな馬超を見て公孫賛が声をかける。


「そう焦らなくても大丈夫だって、桃香達ならきっと上手くやるさ。私達は信じて……時機を待てばいいのさ!」

「……はは、ははははは、胆の据わりっぷりも大したモンだぜ。あたしは昔から堪え性が無くてさ、考えなしに突撃してたんでよくたんぽぽ……従妹から馬鹿にされてたんだぜ」

「そうなのか? ははは、意気込んで猛る姿はお前らしいと思うが……その従妹は、来てないのか?」

「留守番だよ。まだまだ世話の焼ける半人前でね、母上の指示で今頃は五胡を相手にしているハズさ」


 冗談っぽく笑ってみせる馬超。

 やはりどこか以前の公孫賛と違うと馬超も感じていたのである。

 馬超はそれを心身的疲労と考えて、彼女なりの優しさを出したのだった。

 公孫賛にもそれは伝わっていたが、暗黙の了解で会話を続ける。


「西涼の雄にして漢の忠臣と名高い馬騰か……一度会ってみたい御仁だな」

「幽州の雄にそう言って貰えるなら母上も喜ぶだろうさ。機会があれば是非来てくれよ、母上と……件の従妹も紹介するからさ」

「ははは、それは楽しみだな……おっと、そろそろ頃合だ。皆のもの、今日こそ洛陽を苦しみから解放してやるんだ! 行くぞぉぉ!!」

「よし、馬超軍はあたしに続けぇぇぇい!!」

「「「「おおぉぉ!!!!」」」」


 怒号と共に精強な騎兵隊が手薄になった董卓軍のどてっ腹に突き刺さる。

 その突進は凄まじく、あっという間に中央深くまで切り裂いて行ったのである。

 こうして公孫賛らと馬超は違う勢力ながら、見事な連携を発揮して戦局をますます有利なモノにしていくのだった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



――曹操陣営――


 縦横無尽に戦場を駆ける張遼の動きを絞り込む為、荀彧は敵軍の策を模倣し、更にアレンジを加えた作戦を実行したのである。

 偽物ではなく本物の曹操を敢えて囮に使い、張遼を誘き寄せて于禁隊を使って騎兵隊を寸断しようとしたのだった。

 結果的に策は成功し、張遼と大部分の騎兵隊を分断する事は出来たのだが、直前で張遼が反転した為に、夏候惇隊と于禁隊が敵の騎兵隊を挟撃する事になったのだ。

 当初の予定では夏候惇が張遼の相手を務めるハズであったのに、急遽代役として楽進に白羽の矢が立ったのである。


 その楽進は僅かの戦闘でいくつかの傷を負い、呼吸も乱れてきていた。


「くっ……強い」

「ナッハッハッハ、アンタも結構やるやんか。氣弾っちゅうモンにはホンマ吃驚したで」


 槍を肩に担いで余裕を見せる張遼。

 楽進は決して弱くない。

 しかし残念な事に、相性が悪過ぎたのである。

 武に関しての経験も才能も張遼の方が上であり、変幻自在で柔軟な攻防を魅せる張遼に対して楽進は一歩も退かず愚直なまでに前へ前へと出続けたのであった。

 さらに長柄の槍に対して無手の楽進はそれだけで間合いにハンディが生じていたのだ。

 いつものように氣弾と体術の併用で肉迫するも悉く回避されたり防がれたりし、逆に攻撃を受けてしまうのである。


 その後も果敢に攻める楽進であったが、氣弾を放つには一瞬のタメが必要となり、神速の張遼はその隙を見逃してはくれなかったのだ。

 そうなると体術だけでは槍の間合いに敵わず、何とか接近戦を試みるも張遼に攻撃を読まれてしまい、近付くのも困難となっていた。


 夏候惇や于禁も予想以上に数の多い騎兵隊相手に梃子摺っており、なかなか楽進の下へ駆け付ける事が出来ないのであった。

 荀彧もこの状況に焦りを感じているものの、次の一手を打てないでいたのである。

 曹操が曹操たる故に、曹操が覇王たる故に招かれた事態なのだ。

 才ある者を欲する曹操は『張遼を生け捕りにせよ』と命令しているので、荀彧は殺さずに捕える策を常に優先して考えねばならない。

 また『徳』ではなく『力』で世を治めようとしている覇王・曹操を、わざわざ援護しようと考える諸侯はいなかったのである。



 ボロボロにされても闘志の萎えない楽進を、好奇の目で見詰める張遼が口を開く。


「アンタとまだまだ遊びたいとこなんやけど、ウチにはヤらなアカン事があるよって……ちぃーと寝といてもらおか」


 言い終わった瞬間、張遼はこれまでと比較にならない速度で楽進へと接近し、本気の一撃を叩き込んだのだ。

 楽進は咄嗟に手甲でガードするが、そのまま押し切られ吹き飛ばされたのである。


「ぐはっ…………ひゅぅ……ひゅぅ……」


 背中を強打してまともに呼吸の出来ない楽進。


「ほぉ……大したモンや、あれに反応しよるとは思わんかったで」


 感嘆の声を上げる張遼だが、もはや動けそうにない楽進を放置して歩を進めていた。

 楽進は確かに致命傷となる一撃は防げたが、そのせいで両手に大きなダメージを受けて体中が痺れてしまったのである。

 拳も握り込めない状態の楽進は肩で息をしながら、何とか膝立ちになって張遼を睨み返した。


「ど、どこへ……行く? 私はまだ……闘えるぞ!」

「…………エエなぁ、思た通りのエエ武将や。ウチもアンタに敬意を払て、ちゃんとココでトドメさしたるわ!」


 楽進のかすれた声は、それでもハッキリと張遼の耳に届いたのである。

 振り返る張遼の目は猛禽類のソレに変わり、獲物を捉えていたのだった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



――袁家陣営――


 呂布によって命を狙われている袁紹は持ち前の運の良さを発揮していた。

 城攻めをしていた曹操軍が援軍として間に合ったのである。

 現在呂布の周りを顔良、文醜、夏候淵、許緒、そして典韋の5人が取り囲んでいるのだ。


 曹操の援軍を当然の事として受け止めた袁紹は、自分の家来であるかのように夏候淵らに命令を下したのであった。


「遅いですわよ、何を愚図愚図してらっしゃったのですか! わたくしを守る為にさっさと呂布さんを倒しておしまいなさい!」

「ふぅ……やれやれだな」

「す、すごい御方なんですね……」

「済みません……夏候淵さん、典韋ちゃん」

「……いっちー、ボクあいつ嫌い」

「まぁまぁ……あんな姫でもいいとこはあるんだぜ、今は我慢してくれよ。きょっちー」


 明らかに気分を害した様子の曹操軍の武将達を宥める袁紹軍の2枚看板。

 1対5になって慎重になるかと思いきや、ますます呂布は攻勢に出たのだ。


「…………無駄」

「へっ!?」

「えっ!?」

「…………邪魔」

「うそッ!?」

「きゃッ!」

「くっ!」


 関羽に圧し折られた為に新調したての方天画戟を振るう呂布は、たった二振りで5人を退けたのである。

 虎牢関で見て知ったハズの力量は体験するコトで、その認識の甘さを痛感させられたのだった。


 まず許緒が巨大な鉄球を、そして典韋がヨーヨーを放つも呂布に弾かれ、その反動で2人は互いにぶつかって倒れる。

 続いて大剣と大槌を構える文醜と顔良に呂布が突っ込み、一振りで夏候淵の居る方向へと吹き飛ばしたのだった。

 愛弓を引き絞っていた夏候淵は2人を受け止めるも、その衝撃で後退させられたのである。


 たった一息つくだけの間に、呂布はそれだけをやってのけたのだ。

 援軍の到着で緩んでいた空気が再び緊迫し、袁紹の美肌はさらに白くなったのであった。

 その後も5人は即席の連携で懸命に応戦したが、全く歯が立たなかったのである。


「でぇぇぇぇえい!!」

「…………無駄」

「はぁぁっ!!」

「…………だから、無駄」

「ええーい!」

「…………何度やっても、無駄」

「いいぞ、斗詩! もらったぁ、背中ががら空き……」

「…………無駄」

「うひぃー」


 各々があらゆる方向から無作為に攻撃しているにも関わらず、呂布はその野生の勘と超人的な反射神経を連動出来る肉体を以ってして完璧に対応していたのだった。

 凄まじい天下無双を体験した夏候淵は呟く。


「……くっ、ここまで理不尽な武がこの世に存在するとは……これを一人で相手取った関羽もまた、化け物というコトか」

「…………関羽?」


 それまで『邪魔』『無駄』しか言わなかった呂布が初めて興味を示したワードは『関羽』であった。


「うむ、虎牢関でお主と相まみえた関羽がおれば……十分足止め出来たであろうに」

「…………関羽、今どこ?」

「……お主、関羽が気になるのか?」


 夏候淵の問い掛けに呂布はコクリと頷く。

 初めて会話が成立した事実に夏候淵は内心驚いていた。

 しかし、それ以上に衝撃的だったのは呂布が関羽を気にかけているコトである。

 何を考えているか分からず、あまり他人に執着しなさそうに思えた呂布が自身と壮絶な殺し合いを演じた関羽を気にしているのだ。


「関羽はココにはおらぬ。お主に受けた傷が原因で……な」

「………………生きてる?」


 ほんの僅かだが表情に変化のあった呂布は攻撃の手を止めて会話を続けたのである。

 これには他の武将達も驚いてしまい、手を出して良いものか迷っていた。

 夏候淵も迷っていたのだ。

 真実を告げるべきか否か、そして不意を突くべきか否かをである。


「……お主には関係なかろう?」

「…………関係、ある」

「ふむ、手を下した者としては……知る権利はあるか。聞いてどうするつもりなのだ?」

「…………どうもしない、でも知りたい」


 呂布は純粋であった。

 発した言葉こそ少なかったが、虎牢関での一騎打ちで関羽とは多くの対話を交わしていたのである。

 互いに譲れぬ信念をぶつけ合い、殺し合った間柄だからこそ通じ合い理解し合える感情が生まれたのだった。



 袁紹は急に動きの止まった一同にヤキモキしていた。

 しかし自分が叫んで呂布がこちらに向かって来るかもと思うと声を出せずにいたのだ。

 一方、天幕の陰に隠れる張勲と陳登は袁術の介護でそれどころではなかった。


 夏候淵以外の武将らは言葉を挟めず、ただ黙っている。

 構えこそ崩していないが、彼女らは彼女らで受けたダメージの回復を図っていたのである。


 そして夏候淵も矢を射る一瞬の隙を窺っていたのだった。

 呂布の純粋な想いを垣間見たが、夏候淵にとって優先されるのは主君である曹操の野望なのだ。

 この少しの会話だけで夏候淵は、呂布が関羽に生きていて欲しいと思っている事を覚ったのである。

 夏候淵は目の合図だけで呂布の後方に居る顔良と文醜に指示を送ったのだ。

 2人は呂布に気付かれないようそっと頷き返した。


 一瞬の隙、一瞬の動揺さえあれば、夏候淵は矢を連射出来るのである。

 だから敢えて夏候淵は嘘を言う事にしたのだ。


「残念だが……関羽は――」

「くッ!」


 夏候淵が嘘を付こうと口を開いた瞬間、金属同士が激しくぶつかり合う衝突音が鳴り響く。

 そして呂布は少し後方に飛ばされて、眉を顰めていた。


 しかし、それには夏候淵や顔良、それに文醜までもが驚いていたのである。

 彼女達はまだ何もしていないのだ。

 にも関わらず、彼女達の目の前で白い輪っかが呂布を襲ったのだった。

 そして、どこからともなく声が響いた。


「戦場でいつまでも温(ぬり)ィー話してんじゃねーよ、クソが!」


 呂布の戟によって弾かれた白い輪っかは再び声の主の手元へと戻って行ったのだ。





 奇しくも時を同じくして、楽進にトドメを刺そうとしていた張遼の槍もドリルによって弾かれたのである。








最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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