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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
洛陽の決戦
82/132

82話

 夜も明けきらぬ薄暗い早朝、松明の灯火だけを頼りに董卓軍は息を殺して勢揃いしていたのである。

 すでに洛陽は四方を連合軍に囲まれており、脱出は困難となっていたのだ。

 兵士達は背水の陣で挑む覚悟であり、自分達が信じた董卓と皇帝に命を捧げる事に何の恐れも不安もない。


 華雄の暴走はある意味懸念していた事ではあったのだが、戦死は最悪の結果であり、早い段階で指揮官を一人失ったのは痛手であった。

 しかしイレギュラーな事態を巻き起こす存在が居なくなったことで、それ以降無駄な犠牲を出さずに済み、最終決戦に挑む為の兵力を温存出来たのだ。

 その数、総勢四万五千である。


 かたや連合軍は七万以上の兵力を有していたが、諸侯毎の保有兵数にはバラツキがあり、さらには連携や協力体制も円滑ではなかった為、四方の配置は不均一であり大きく偏っていたのだ。

 特に袁紹と袁術の軍勢は洛陽の正門に面する陣地から頑なに動こうとせず、その一方だけに全兵力の半数が集結してしまっていたのである。

 しかし数が多い反面、その錬度はお世辞にも高いとは言えず、文醜や顔良が直接率いる隊以外の兵卒は黄巾賊に遅れを取った情けない官軍と同レベルでしかない。

 さらに酷いのが袁術勢であり、張勲の指揮はまだ的確であるものの兵の統制が追い付いていない部隊があるのだ。

 しかも反乱の鎮圧や面倒事は全て孫策に丸投げしていた為、厳しい調練や実戦を経験して来なかった袁術兵の精神面は脆弱であり、性格的に怠惰な者も少なくなかった。


 そんな袁術軍の客将をやらされている孫策・黄蓋・周喩率いる三個連隊は、城攻め当番の代わりを担うのを言い訳にして本陣を離れ、正門とは反対方向の門に陣を敷いたのである。

 残る方角の一つは曹操軍が単独で、その反対側は公孫賛と劉備の共闘軍、それに馬超の軍勢が一緒に布陣していたのだった。


 董卓軍がこれまで必死に耐え続けてきた籠城戦と、決戦を決意してもすぐには仕掛けず疲弊覚悟で1日置いたおかげで、賈駆は連合にこの歪な布陣を敷かせる事に成功したのである。

 賈駆や張遼にとって決戦の目的は董卓の生存であり、彼女を捕縛され処刑されてしまう事だけが唯一の敗北なのだ。


 本来ならば大将なり将軍なりが兵に檄を飛ばし士気を鼓舞するのが通例ではあるが、この最終決戦は鳳統らの読み通り、奇襲による無言の反撃から開始されたのだった。

 兵士達の士気やお腹はすでに十分過ぎる程充実していたからである。


 李鳳の作った決戦を直前に控えた朝食のメニューは勿論、カレーであった。


 カレーを食べて脳が活性化されたことにより、モチベーションも向上した兵士達は息を潜めながらも熱気に満ち溢れている。

 出陣の時を今や遅しと待ち構える兵士達に、とうとう攻撃開始を告げる合図が松明を交差するように振って伝えられたのである。

 無音、そして無言のまま放たれた一斉射は城攻めをしていた連合軍に降り注いだのだ。

 その直後、開門し牽制役の囮として呂布の服装を模した兵が率いる数団が飛び出して奇襲を仕掛けるのだった。


 これを見た連合の衛兵は敵の襲撃を告げる銅鑼を打ち鳴らす。

 その音に驚いて慌てて飛び起きたのは袁紹と袁術だけであった。

 他の三方向に配置していた軍勢は、それぞれの軍師がこの奇襲は予見しており、事前に通達し体勢を整えていたのである。

 袁家の陣営だけが、決戦を仕掛けられると分かっていたにも関わらず、指揮系統は乱れ悪戦苦闘していた。


 そんな袁家の頭首はと言うと――。


「もう! なんですの!? こんな夜更けに……非常識じゃありませんの!」

「ふぁぁ……そうなのじゃ。妾はまだまだ寝ていたいのじゃ……」

「田舎者の董卓さんは、そんな事も分からないんですの!?」

「全くじゃ! 妾は眠りを妨げられるのが一番イヤなのじゃ!!」


 大そうご立腹であった。

 この戦場において誰よりも長い睡眠時間を取っておりながら、彼女達は起こされてからずっと文句や愚痴を言い続けており、一向に納まる気配がなかったのである。


「まぁまぁ、姫。始まっちまったモンは仕方ないって」

「そうですよ~、お嬢様。私達なんて相手に寝る暇も与えず攻撃していたのですから……」


 それぞれの主君を宥める文醜と張勲。


「……忌々しいですわね。猪々子さん、華麗に撃退するのですよ!」

「あいよ。んじゃ、あたいは斗詩と合流しに行って来るよ」


 しかめっ面で眠気を覚ます袁紹に敬礼して出て行く文醜。

 一方の袁術はまだ寝る事を諦めていなかったのである。


「七乃、妾はもう少し寝るのじゃ……明るくなってから起こしてたも」

「ダメですよ~、美羽様。敵がそこまで攻めて来てるのですから、寝ていたら手柄を持ってかれちゃいますよ?」

「それはイヤなのじゃ……そうじゃ、また孫策にやらせれば良かろう。孫策を呼べィ」

「もう忘れちゃったんですかぁ? 城攻め当番の代わりを引き受けると言い出した時に、私達とは反対側の門に移動しちゃったじゃないですか~」

「なんじゃと、妾は聞いておらぬぞ!?」


 想定外の出来事に眠気も吹き飛び、目を見開てプンスカ怒る袁術。

 張勲は笑って説明する。 


「ふふふ、お嬢様は丁度ハチミツ水を飲んでらっしゃって『妾は今忙しいのじゃ、布陣などお前の好きにせよ』とバカみたいにあっさりと許可を出されたのですよ~」

「そんなモノ覚えておらぬのじゃ! うぬぅぅ……卑怯な孫策め、こうなったら妾の力を存分に魅せ付けてやるのじゃ! ゆくぞ、七乃!」

「は~い。でも……その前に、お着替えしましょうね~」


 寝巻き姿のままで息巻く袁術と微笑む張勲であった。



 決戦が始まってからしばらくし、袁紹軍の歩兵部隊はとても狼狽えていた。


「りょ、呂布だぁー!?」

「呂布が来たぞぉ!」

「ひ、怯むな……と、取り囲むのだ!」

「ひぃぃ……ダ、ダメだぁぁ……」


 ダミーの呂布達がデコイで戦場を駆け回る。

 小隊長が発す『取り囲め』という命令にも関わらず、兵士達は命令どおりには動けずにいたのである。

 虎牢関で軍神・関羽をも蹂躙した圧倒的な暴力を直視してしまった連合の兵士達は、その紅き鬼神の姿を畏怖していた。

 一振りで十数人が屠り飛ばされた映像が鮮明にフラッシュバックして怖気づいてしまったのだ。

 迫り来るダミーの呂布に対しても距離を置いてしまい、袁家陣営は乱れる一方であった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




――董卓陣営――


 決戦の幕が切って落とされてから、李鳳は賈駆や李儒と共に城壁の上で戦場を眺めていた。

 すでに日は昇り、辺りは気持ちの良い朝を迎えている。

 しかし、目の前では血飛沫が舞い散る殺し合いが繰り広げられており、李鳳は愉快で愉快で堪らなかったのである。


「クックック……絶景かな、絶景かな。何度見ても戦場と言うのは胸躍りますねェ」


 李鳳は呟く。

 しかし、賈駆や李儒には聞こえていなかった。


「決戦を仕掛ける時機は完全に読まれていたようね……それに、弓矢の奇襲も分かってたみたい……見事な引き際だったわ」


 賈駆も呟く。

 城攻めを担当していたのは曹操軍であり、一旦退いてから反転し応戦しているのであった。

 李鳳にはその呟きが聞こえており、賛同して返す。


「連合にも賈駆殿のように優れた軍師が揃っているようですからねェ。ククク……裏をかくのは至難の業でしょう」

「あら、連合の顔ぶれについて……何か知ってるコトがあるのかしら? 知ってるなら包み隠さず、ボクに話しなさい!」

「クックック……知ったところで、今更なのでは?」

「……それを決めるのはボクであって、あんたじゃないわ!」

「賈駆様……匿名殿も……ああ……」


 賈駆は鋭い視線を李鳳に向ける。

 李儒は今朝合流してから話す度に口論になる2人を心配し、そして嫉妬していた。

 口論と言うよりは、むしろ賈駆が一方的に咬み付くだけなのだ。

 その様子が仲睦まじく目に映る李儒はある病魔に侵されているのかもしれない。


 そう、『恋』という名の病である。


 しかし、嫉妬する対象は賈駆だけでなく、李鳳に対してでもあった。

 敬愛する賈駆の関心を独占しているように思えて羨ましかったのだ。

 そんな李鳳と賈駆に挟まれている李儒は脳内で勝手に現状を変換し、自分を奪い合う愛する男女の間で葛藤する悲劇のヒロインと化していた。

 どちらかを選べば、どちらかを捨てるコトになる。

 自分にはそんなコト出来ない、どちらも選べないと嘆いていたのである。


 そんな李儒だが、心の中ではすでに決まりかけていた。

 トク家は長男と次男がすでに他界して、家長であるトク氏も現在は床に臥せっており、匿名は次期頭首の最有力なのだ。

 むしろ、いつ家督を継いでも可笑しくない状況なのである。

 一方の賈駆は中央での成り上がりに全てを賭けていた為、董卓の地盤固めに必要な資金として私財のほとんどを投げ打って上洛したのだった。

 その事実を知っており、さらに『愛』よりも『財』を好む李儒の『恋』は、匿名に軍配が上がりつつあるのだ。

 董卓が確固たる権力を握れれば、左団扇も夢じゃないと思っていた李儒にとって、反董卓連合は『マジうざい』存在なのである。

 しかし、可能性のある限り李儒は諦めるつもりは無かった。

 より多くの『財』を手にする為の努力は惜しまないのだ。


 昨夜から何かと咬み付いてくる賈駆に対して、李鳳は全く臆した様子はなく、色んな意味で形勢不利な今の状況を楽しんでいたのである。


「ククク……曹の王佐、孫の王佐、そして伏竜鳳雛とでも言うべき人達ですかねェ、おそらく賈駆殿に伍する智謀を備えているかと」

「なるほどね……荀家、周家、それに水鏡と名高い司馬徽(しばき)秘蔵の弟子達なら納得よ」

「おや、驚かれないのですか?」

「それこそ今更ね……言ったでしょ、ボクの一族の家訓は『立ってる者は不審者でもコキ使え』ってね」

「クックック……そうでしたね、素晴らしい家訓を継承なさっている……私も養子に入りたい程ですよ」


 険しい表情の賈駆と違い、李鳳は終始笑みを浮かべている。

 李鳳の最後の発言に「えっ、婿養子!?」と内心激しく動揺する李儒であった。

 一方の賈駆は淡々としている。


「くだらない戯言は聞きたくないわ、時間の無駄よ。それよりも連合の情報をもっと、この戦いに勝利する為に役立つ情報をもっと聞かせなさいよ」

「クックック……勝つ為の情報、ですか。何を持って『勝ち』とするおつもりなのでしょうか?」

「決まってるわ。『月の生存』よ!」

「クヒヒヒヒ……なるほどねェ」


 猛々しく叫ぶ賈駆。

 嬉々として笑う李鳳。

 2人の間で再び揺れ動く李儒であった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 戦況は袁家陣営に乱れのあった分、董卓軍に有利であった。

 しかし局所局所においては互角、あるいは連合が押し返している戦線もあったのである。


 袁家は現在押されており、さらに本物の呂布が虎視眈々と袁紹の首を狙うべく距離を詰めていたのだった。

 曹操陣営は城攻めに出張っていた部隊と劉備陣営に貸し出している部隊がある為、兵数が半減しており、神速を誇る張遼の用兵術に苦戦を強いられていた。

 公孫賛、劉備、馬超、それに孫策の軍勢は善戦していたのである。



 その中で自陣とは袂を分かち暗躍する部隊があった。

 李典率いる遊撃隊である。


「さすが雛里や……敵さんの動き、読み通りやんか。大したもんや!」

「ありがとうございます。それで、どちらに向かいますか?」

「ニッシッシ……そんなん、決まってるやん!」


 不敵に笑う李典の目は獲物を狩る獣の目になっていたのだ。





最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

感想やご指摘などありましたら、宜しくお願いします。

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