81話
――連合軍・袁紹陣営――
袁紹軍の歩兵部隊が駐留している陣地に、公孫賛軍の武将の姿があった。
その武将とは李典であり、丁奉と陳登に会う為、こうして袁紹陣営まで足を運んで来たのである。
「ふぅぅ……人目忍ぶんも楽ちゃうなァ。伯雷やアンタらのコト尊敬するわ」
「真桜の姐御は……色々目立ち過ぎんだよ。わざわざ来なくても報告ならオレが――」
「ちゃうねん、仙花(せんか)。ウチからも伝えたいコトがあんねん……その前に、アンタらから何ぞあるか?」
「いえ、大した情報は掴めていません。私事ですが……顔良さんにすっかり気に入られてしまいましてね、何かと手伝ってくれ手伝ってくれと言われ忙しいものでして……いやぁ、頼りにされる男はつらいですね。ふっふっふ……」
「さよか……仙花は、どないや?」
「すまねーな、姐御。オレもコレと言った収穫はねーんだ。あの下衆野郎がそう簡単にくたばるワケないんだし、城に戻ってから取っちめればイイんじゃねーの?」
仙花とは丁奉の真名であり、姉妹のように仲の良い李典とは互いに真名を許しあっていたのだ。
ちなみに陳登の真名は夜鷹(やたか)と言うのだが、これは李鳳は当然のことながら、李典や丁奉も知らず、また聞こうともしなかったのである。
無論、その女好きの性格が災いしているからなのだ。
李典は李鳳が虎牢関から姿を消すコトになった真相とその後の安否について、2人にもずっと探らせていたのだった。
李典自身が表立って行動するのは将軍という立場上不味いので、こうやって秘密裏に接触し指令を出していたのである。
「ウチかてアホ伯雷がポックリ逝ったとは思てへんで……せやけどな、伯珪はんの様子が昨日からオカシイねん。星姐さんと劉備はそない変わらんのに、やで……?」
「ふむ、劉備殿と趙雲殿は変わらぬ美しさを保たれているのですね。しかし、公孫賛殿の様子が変というのは気になりますね。ああ、気になると言えば……連合全体での軍議が行われた直後、袁術軍配下の孫策が公孫賛殿に接触したそうですよ」
「あの孫策か……アイツは強ーぜ。目の鋭さと雰囲気が別格だよ」
李典からの報告を聞いて、陳登が思い出したかのように話した。
孫策の名を聞いた丁奉は拳を強く握り締め、その存在を讃えたのである。
丁奉にとっては強さが全てであり、自分より強い存在は皆ライバルなのだ。
彼女たちは知る由も無かった、実は李鳳が笑劇的な程あっさり逝ったという事実を、そして、まさかの復活を遂げていたという事実を、だ。
想像だにしていない李典は驚きと共に口を開くのである。
「そら初耳や……ほんで、何の用やってん?」
「さぁ? そこまで存じません。ただ、様子が変わったと仰る時期と符合するなら……」
「無関係やない、っちゅうコトか」
「はい。衛兵に肩を借りて移動する公孫賛殿を見た者もおります。疲労による体調不良かと思っておりましたが……李典さんは、違った印象をお持ちのようですね?」
陳登は李典が違和感を抱いているコトを見抜いていた。
間者という職業柄、処世術に長ける陳登は、他人の微妙な感情の起伏や変化にも鋭敏なのである。
「勘……やけどな。伯珪はんが急に薄っぺらなったように感じんねん。大きい大きい思た器には……実はデカい穴が開いとってな、ウチらに見えんように伯雷が塞いどったんとちゃうか……そんな気がしとるんよ」
あくまでも李典の印象であり、確証などはどこにも無かった。
仮に、そうだったからと言って主君を見捨てるつもりも無く、穴が開いて困っているなら一言困っていると言って欲しかったのである。
直属の臣下である自分では無く、今は劉備軍に移った趙雲を未だに頼る公孫賛に、李典は憤りを感じていたのだった。
これまで2度李典から歩み寄ろうとしたのだが、1度目は趙雲に有耶無耶にされてしまい、2度目は公孫賛本人がまともに向き合おうとしてくれなかったのである。
最近の李典の情緒不安定とも言えるイライラの原因は、まさにコレであった。
公孫賛らの度重なる不誠実な態度が、李典から『信用』という名の絆を寸断していたのだ。
その不誠実な態度を取らせている最大の要因が、まさか李鳳との理不尽な約定だとは思ってもいない李典にとって、公孫賛らの態度だけが真実なのである。
李典の印象を聞いた2人が各々感じたコトを呟く。
「でっかい穴……?」
「ふむ、なかなか面白い表現をなさいますね。ふふふ、最近の李典さんは……ますます李鳳さんに似てきましたね」
「はぁ!? あ、アホなコト言いなや。な、なんでウチが伯雷なんぞに似なアカンねん! その目ェ腐っとんちゃうか!?」
陳登の洩らした感想に、激しく異を唱える李典。
これに関しては丁奉も、全力で李典を擁護して回った。
「そうだぜ、ダンナ。姐御があんな糞野郎に似るワケねーじゃんかよ! アイツはどうしようも無いクズなんだぜ!」
「コラ仙花! 伯雷がナンボ悪い奴や言うても、ゴミ屑で無愛想でカスで下衆でアホで鬼畜で腐れ外道で下劣で卑劣で根性ババ色で社会のダニで最低の変人で冷酷で非情で薄情者で頭のイカレたペテン師ちゅうんは……言い過ぎやで!」
「……い、言ってねーし……」
擁護に回ったハズの丁奉は、なぜか李典から理不尽に注意されたのである。
それを見て笑い声を上げる陳登。
「ふっふっふ……李鳳さんは愛されてますね、嫉妬しそうですよ」
「ダンナは耳まで腐ってんのかよ……!?」
呆れる丁奉であったが、陳登の目は笑ってなど無かったのだった。
そんな2人に李典が割って入ったのである。
「無駄話はそんくらいにしときや。せやけど、孫策は何か知っとるんかもしれへんな」
「…………」
「…………」
2人は冷ややかな目を向けるが、今の李典は気付かない。
「うーん……気になるモンは、聞くしかないやろ!」
「…………」
「…………ふぅ、それはお止めになった方が宜しいかと。李典さんは表立って動くべきではありません」
「せやけどなぁ……めっちゃ気になるやん!?」
マイペース過ぎる李典を相手にし、今だけは理に適った指示を出す李鳳の方がどれだけ楽だったかと痛感する丁奉と陳登であった。
それでも暴走されると不味いので陳登が釘を刺したのである。
すると、丁奉が志願したのだった。
「オ……オレが、オレが孫策に会って来るよ」
「仙花が……? うーん……どない思う、陳登?」
「ふむ、確かに李典さんが自ら行くよりは丁奉さんの方がマシですけど……不都合も多いですね」
「せやなぁ……」
「な、なんでだよ!? オレじゃ不服だってのか?」
丁奉の立候補に関して、李典は陳登に意見を求めた。
李典も馬鹿ではないので、ある問題を懸念したのである。
丁奉はお世辞にも賢いとは言えず、2人の考えが推測出来ずに文句を返したのだった。
その丁奉に対して、李典が優しく懸念点を話し始める。
「エエか、仙花。アンタが行くっちゅうコトは、孫策らァにアンタの面が割れてまうっちゅうコトやねん。ほんでな、ウチらとの繋がりもバレてまうかもしれへんやろ?」
「そ……それは……」
「それだけやないねん」
「えっ?」
「アンタ……悪い癖あるやろ」
「うっ……」
李典に指摘されて言葉に詰まる丁奉だったが、更なる言及で完全に沈黙してしまったのである。
強さこそが全ての丁奉には、強い相手を見ると喧嘩を売りたくなる『悪癖』があったのだ。
勝てるから挑み、勝てないから挑まないのではない。
ただそこに強者が存在する限り、挑み続けるのが丁奉なのである。
李鳳をして『病気』と言わしめた丁奉の悪癖は、体中に残る傷跡がその歴史を物語っていた。
挑み、傷を負い、それが治癒する前にまた挑む。
その繰り返しによって刻まれてきた傷跡は、いわば『勲章』なのである。
有効な治療法が何も無いと家族や友人すらも匙を投げた丁奉の悪癖を、李鳳はある『特効薬』で抑え込んだのだった。
薬の効果は絶大であり、その日から丁奉は見境無く喧嘩を売るコトをしなくなったのである。
しかし、その薬を持ってしても完治には至らず、効果が薄れた頃には再び喧嘩を売り始めてしまうのだ。
定期的に服用させるコトで、李鳳は丁奉の症状をコントロールして来たのである。
その特効薬とは『華佗』という魔法の言葉だった。
華佗に関する情報を与えるコトで、丁奉は心にゆとりを持てるのである。
丁奉は数年前、どこからともなく現れて自分の命を救い、謝礼も要求せずに去って行った華佗に憧れ、彼に恋をしたのだった。
それだけではない。
李鳳に教えてもらった『華佗式鍛錬法』というトレーニングを実施するコトで、日に日に強くなっていくのを実感した丁奉は、もはや華佗を神格化してさえいたのである。
実際は李鳳が考案したオリジナルの鍛錬法であり、李典もやらされているのだった。
『将軍が軍師より弱くては話にならない』と李鳳に強要され、李典も日課となっていたのだ。
そんな裏事情を知らない丁奉は、日々華佗に感謝を捧げて鍛錬を行っているのである。
しかし、李鳳が姿を消してから丁奉は華佗の話を聞けなくなり、華佗分が不足してきているのだ。
それを肌で感じている李典と陳登は、丁奉を孫策の下へ行かせるのに躊躇するのだった。
決戦を前にして、連合内での揉め事は避けたいのである。
沈黙してしまった丁奉を横目に、陳登が李典に話しかける。
「やはり城に戻られてから直接李鳳さんに確認されるまでは、何もしない方が無難だと思いますね」
「そうかァ……いや、せやな。今はそれが一番エエんやろな……ほんなら、そろそろお暇するわ。あんまり長居しとったら怪しまれるさかい、ほな!」
スッキリとはいかない表情ながらも納得し、陽気に去っていく李典。
陳登は微笑みながら李典の後姿を見送っている。
一方の丁奉は、踏んだり蹴ったりな言い掛かりから耳に痛い事実まで散々な言われようをしたせいで、その場にぐったり蹲るのであった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
――連合軍・公孫賛陣営――
李典が陣地に戻り、自分の天幕に入ると、一人の少女が待っていたのである。
「あっ、おかえりなさい。教祖様」
「あれ、どないしたんや? ウチを待ってたんか?」
「はい。布陣について少しご相談がありまして……教祖様はどちらに行かれていたのですか?」
待っていた少女とは鳳統であった。
少し驚いた李典ではあったが、可愛い妹分の訪問で気分を悪くするハズもないのだ。
「でっかい用を足しに行っとったんや。イヤやわァ、恥ずかしいから聞かんといてェな」
「あわわ、ごめんなしゃい」
「ニッシッシッシ……ほんで、布陣の話て……何や?」
鳳統の反応を楽しんだ李典が話を戻した。
先程久しぶりにご飯を一緒に食べて打ち解け合った李典に、『決戦では期待しとるで』と言われた鳳統は諸葛亮と相談して色々と策を練ってきたのである。
「はい、おそらく董卓軍は……明朝、夜明け前に決戦を仕掛けてくる可能性がとても高いです」
「……根拠は?」
「董卓軍の抵抗が弱まったのは、弓矢による牽制が極端に減ったせいでもあります。決戦に備えて矢を温存しているとすれば、一番効果的に使えるのは――」
「決戦開始直後の一発っちゅうワケか……。夜が明けきらん内やったら視界も良うないし、仕掛ける時期をあんまり先延ばしにも出来んやろうからな」
鳳統の説明を聞いて、導かれた答えを出す李典。
「はい。現在は抵抗が弱まったせいもあり、城攻め部隊が接近し過ぎています。おそらく敵は意図的に、弓矢の射程範囲を誤認させているものと思います」
「ワザと近づけとるっちゅうコトか……」
「そのため、本陣と城攻め隊の間にはかなりの距離が出来てしまっています。袁紹さんと袁術さんが動かないので連合の布陣は変わっていません……それも、読まれているとしたら」
「……敵さんの狙いも、そのヘンにあるっちゅうコトか?」
李典の問い掛けに鳳統は頷く。
「朱里ちゃんと2人で、私達が董卓軍の軍師ならどんな策で迎え撃つかを考えました」
「ほほぅ……ほんで? どないな策で迎え撃つんや?」
「迎え撃ちません」
「へっ?」
鳳統と諸葛亮という優秀な軍師2人が考え抜いたという答えを聞いて、李典は素っ頓狂な声を上げたのだった。
「守勢に回っていても勝機はありません。決戦を仕掛けてくるのですから、必ず攻勢に出てきます」
「せやけど、ウチらの方が数は多いんやで?」
「連合は一枚岩ではありません。他の勢力の為に自らを犠牲にしてでも助けるという御方は……桃香様と公孫賛さんしか居ないのです。ですから……他の諸侯が攻められても、連携して迎撃するのは難しいかと」
「確かに……せやな」
十分考えられるコトだけに、李典の表情も曇る。
「敵の策はおそらく……一点突破」
「なっ!? そらナンボ何でも自殺行為やろ!?」
「しかし、勝機はソコしかありません。総大将である袁紹さん、連合の要である曹操さん、このお二人が討たれれば……実質的な連合の敗北です」
「追い詰められた鼠は、猫に一矢報いるっちゅうらしいからなァ……有り得る話やで」
一度は頭から否定したものの、落ち着いて冷静に考えてみると董卓軍の取れる策など限られているのである。
しかも連合軍の連携の悪さは致命的であり、皆がそれぞれ抜け駆けしてでも勲功を上げたいと思っているのだ。
賈駆が突こうとしている隙も、まさにソコであり、例え策が予見されたとしても支障は少ないのだった。
どの諸侯も横暴な袁紹を守ろうとはせず、我先に洛陽へと軍を進めるハズなのだ。
これまで通過してきた関所攻略の時とは違い、最終決戦が終われば挽回する機会も途絶えるのである。
お人好しの公孫賛や劉備ですら、この決戦においては何としてでも手柄を立てたいと考えているのだった。
それは君主としては当然の思考であり、むしろ、これまでが異常だったのである。
袁家と違って財政は火の車で今回の軍資金を捻出するのにも、多大な労力と豪族への負い目を生んだのだ。
このまま勲功を上げずに終わるコトなど出来ない、その想いが焦りや重圧となっていたのだった。
焦燥と不安から来る不眠や疲労に加えて李鳳の訃報、自業自得とは言え、公孫賛が倒れたのも無理は無かったのである。
李典が納得するのを見て、鳳統がいよいよ本題を切り出した。
「そこで、教祖様と私の部隊を遊撃隊として布陣させたいと思っています」
「別働隊っちゅうコトか……?」
「はい。そ、その……教祖様には申し訳ないのですが……やはり、袁紹さんと曹操さんを討たせるワケにはいかないのです。その為には自由に動けて援護に回れる部隊の存在が不可欠となります。当然、洛陽への一番乗りは困難となってしまいますが……」
誰しもが手柄を上げたいと猛っている中で、わざわざ損な役回りと引き受けたがる者など居ないのである。
勿論、ただ防御のみを目的として援護活動するワケではないのだ。
遊撃隊と称しているコトに、実は深い意味があったのである。
しかし公孫賛と劉備の軍は本隊であり、趙雲を中心として洛陽を目指す必要があるのだ。
また、張飛と諸葛亮の部隊は曹操から借りた兵で構成されており、犬猿の仲とされる袁紹を守るコトになるかもしれない別働隊を任せるワケにはいかなかったのである。
さらには臨機応変で柔軟な行動を求められる為に、借り物ではなく正規の部下で、となった場合に李典隊しか選択肢が無かったのだった。
諸葛亮との話し合いで練り出した案であり、言い辛いコトでもあり、2人でお願いしようと言い出した諸葛亮に、鳳統は李鳳の代わりを任されたのだから、自分一人で説得するという決意を示したのである。
いざ本人を目の前にすると、どうしても尻すぼみに声が小さくなってしまったのだ。
しかし、李典は即答したのである。
「構へんよ」
「えっ?」
「ニシシ……ウチは構へんで。そんかし、雛里に一コお願いがあるんや」
「は、はい。何でしょうか?」
遊撃隊の有意性を説明する前に、あまりにもあっさり承諾されて驚く鳳統だったが、李典の頼みならばと気合を入れ直すのであった。
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