80話
董卓との対面その4
過去にトク家の三男と会ったコトがあると言い出した董卓によって、李鳳は再び窮地に立たされたのである。
例え徹底したリサーチを繰り返したとしても、当人同士でしか知り得ないコトまでは探れないのだから十分懸念すべき点であった。
李鳳には、再誕によって生じた油断と言う名の緩みが確かにあったのだ。
今回の洛陽潜入は緻密な計画があったワケでも、また、入念な下調べがあったワケでも無いにも関わらず、無謀にもその当人と会席するという暴挙に出たのだから当然とも言える結果なのである。
しかし李鳳は、焦りこそしたものの不敵な姿勢を崩さなかった。
「ああ、そう言えば……私も旅をしていた折、『董卓』様と名乗る女性に会ったコトがありましたねェ、すっかり忘れていました」
「はぁ? 今更何よ。それに……月が会ったのは旅に出る前だし、相手もあんたじゃないって言ってるわよ? ボクも若過ぎるから怪しいと思ってたのよ」
「いえ、私が出逢ったのは旅の最中でした。長身で豊胸、威厳に満ち溢れた凛々しいお顔しており、長い御髪(おぐし)が胸元にまでかかり、とても美しく綺麗な“大人”の女性でした。一目見ただけでは、本物だと信じて疑えませんでしたよ。クックック……」
李鳳はあざ笑うかのように、董卓の全身を眺めたのだ。
董卓は恥らうように身を隠し、賈駆は激昂したのである。
「あ、あんたね、何てコト言うのよ! そんな奴、偽物に決まってるでしょ! 月が本物の董卓なんだから!」
「そうですね、確かに本人ではありませんでした。もしかしたら、董卓様がお会いになったという人物も……私の名を語った偽物、なのではないでしょうか?」
「へぅ、に、偽物……だったのでしょうか?」
「ちょっと、月。コイツの言うコトなんて出鱈目よ!」
コンプレックスを刺激された賈駆の怒りは収まらない。
これまで何とか冷静さを保ってきたのだが、親愛なる董卓をも穢されているようで我慢ならなかったのである。
「それをどう証明しますか? 本人が本人であるコトを証明するのも、他人が当人であるコトを証明するのも、実は大変難しいコトなのですよ」
DNA検査も指紋照合も無い世界様々だな、クックック……。
言ったモン勝ちみたいな時代もんなぁ……クヒヒ、怖い怖い。
「人とは、誰かに認知されて初めてその存在を得るのではないでしょうか。賈文和殿はどうして、ここに居る私が偽物で、董卓様が以前お会いになった人物こそが本物だと思われるのでしょうか?」
賈駆は黙ったまま、怒りで熱した頭を冷ましながら考えていた。
『董卓を信じているから』『嘘を言うハズがないから』と断言するのは簡単だが、董卓は嘘を付かなくても、他の者に騙されていたという可能性は否定できないのである。
しかも『董卓だから』という理由だけで発言を鵜呑みにし、李鳳の言を全く聞かないのでは、薄汚い宦官共と同類になってしまうと思ったのだ。
また、弱い立場の意見も蔑ろにはしないという董卓の方針を鑑みると、強引に李鳳を糾弾するコトは出来なかったのである。
直前に李鳳から植え付けられた疑心の種が芽を出した影響で、賈駆はいつもよりも深く考えるようになっていたのだ。
「さらに申し上げれば、父が私の存在を証明してくれたハズですよ。私を疑い、父上までも疑うのですか? 董卓様の御身(おんみ)を想い、多種多様な毒でもあると知りつつ、危険を承知の上で薬善に取り組んだ我が父を、そのせいで体を壊してしまった我が父を……貴女はお疑いなのですかッ!?」
恥を知れ、とばかりに声を荒げる李鳳。
李鳳の剣幕は凄まじく、賈駆と張遼は表情を顰めた。
詳細を聞かされていなかった董卓は、驚愕の事実を知り、衝撃のあまり目を見開いたのだった。
親愛なる父親が侮辱されたのだから怒るのは自然なコトである。
賈駆もその感情を非難するコトなど出来なかった。
李儒は黙り込んだ賈駆ではなく、怒り出した李鳳の姿をなぜか恍惚な表情で見詰めている。
張遼も流石にマズイかと感じており、董卓は唖然としており、呂布は寝ていた。
しかし怒れる李鳳本人はと言うと、至って普通、むしろ愉快に感じていたのである。
なぜなら、全て嘘なのだから――。
「お、おじ様が倒れた……?」
「おや、ご存知ありませんでしたか? 所詮は一料理人のコトですからね……お耳汚しになってしまったのなら謝りますよ、クヒヒヒヒ……」
「わ、私のせいで……?」
「違う、月のせいじゃないわ!」
「そう、貴女様の“せい”ではなく、貴女様の“ため”です」
「私の……ため?」
董卓の表情が曇り、自分を責めるように呟く。
しかし、賈駆をフォローするようなコトを李鳳が言い出したのである。
一瞬、賈駆は李鳳に対して『余計なコトを言わないで!』と怒鳴ろうかとも考えたが、その発言の意図が気になって口を噤んだのだった。
「無礼を承知で申し上げますが、物事を負の思考だけで捉えるのは愚かです。ご自分を責められて事態が好転するならば、どうぞ遠慮せずにおやり下さい。しかし……そうでないのなら、負を排除して平坦な心境で事実をお受け取り下さい」
「平坦な、心境……?」
「父が倒れたのは事実です。董卓様の体調が優れないのも事実なのでしょう? ならば、ご自分を責められる前にやるべきコトがあるでしょう。私が偽物だ、本物だ、なんて押し問答など後にして、まずは薬膳料理をしっかり食べて、体調を改善させるコトが先決なハズです。父が目を覚ました時、董卓様の元気なお姿を見せるコトこそが、唯一の報いとなるのではありませんか?」
李鳳に言われ、董卓はショックを受けていた。
しかし、真剣に考え始めてもいたのだった。
自分が今、何をすべきなのかというコトをだ。
そして、それは賈駆と張遼も同じであった。
「賈駆っち、この辺で幕にしよや。こら、なんぼ続けても埒明かんで。毒も入ってへんかったし、オッサンも証言しとったやから、ひとまず匿名を信じたろうやないか? 月が嘘付くワケあれへんけど、相手がどないか分からんのやし……意地張っても、しゃーないで?」
「わ……分かったわよ、ボクも一先ず信じてあげるわよ」
「ほな、一件落着やな。アンタもエエな?」
「おやおや、私は恨み言の一つも言えないままでお終いですか? クックック……」
笑顔で皮肉る李鳳。
しかし、張遼は開き直っていたのである。
しかも、悪戯を思いついた子供のような顔をして口を開いたのだ。
「エエやんか、男は小さいコトをいつまでも根に持ったらあかんで……なぁ、李儒?」
「…………えっ、あ、はい」
突如名前を呼ばれた李儒は、トリップしていた夢の国からの強制送還を余儀なくされたのである。
そして慌てて返事をしたのだった。
「アンタも小さいコトは気にせぇへん器のでっかい男が好っきゃろ? ナハハハ」
「そ……そうですね。た、例え背丈が私より小さくても……器が大きければ、何の問題もありません! 家柄も良ければ、何の文句もありません!」
「ナッハッハ、どや匿名?」
「いきなり『どや?』と言われましても……生憎、私は器もそんなに大きくありませんから。ククククク……」
張遼に乗せられ、チラチラと李鳳を意識しながら言わなくても良い事までカミングアウトする李儒。
非常に堂々と宣言ではあったが、李鳳はあっさり流してしまったのである。
しかし、張遼はめげなかったし、李儒に関しては気にもしてなかったのだ。
「阿呆! 器なんぞ、これから大きゅうしたらエエがな。男は“器”より“人情”やで。人情さえあったら、何でも許したれるやん。ちょびっと斬られたり疑われたりしても、人情深い男はデーンと許したるもんや。それがホンマもんの漢(おとこ)っちゅうもんやで」
「いえ、ですから、私は別に漢になりたいとは――」
「素敵です! そんな殿方に……私は憧れます! そ、その……匿名殿にも、そうなって欲しいと私は願います!」
「は……はぁ、しかし……」
「匿名殿なら、きっと大丈夫です! お家柄も素敵ですし、私……信じてますから!」
「よう言うた! ナハハハハ」
や、ヤバい……俺はいつ、眠れる獅子の尾を踏んじまったんだ!?
この手のタイプは苦手なんだよ。こっちの理論が伝わらないくせに、向こうはやたらと想いを伝えようとしてくる……李儒か、面倒な獅子を起こしちまったなぁ。
相手にすると、エスパーピンク並に厄介この上ないぞ……適当に相槌打っておくか。
どうせ明日にはオサラバだしな……ただし、器の小ささを恥じる気も無ければ小さいコトでも許す気は無いんでね。ククククク……。
李鳳は男女の機微に関しても疎いワケでは無かったのである。
喜怒哀楽などの感情と氣色の変化に浅からぬ関係性があるコトを知ってからは、好意や敵意といった感情も不完全ながら読み取るコトが可能となっていたのだ。
ただ、李鳳自身は色恋沙汰に余り興味を持っていない。
笑う張遼と乙女な眼差しで見てくる李儒に向かって、李鳳は一言返すのだった。
「では……善処します」
「エエ心掛けや。ウチは応援したるで」
「ありがとうございます、張遼様」
「…………あんた達、場所を弁えなさいよ?」
賈駆は冷め切った目を3人に向けていた。
「ナハハ……聞いてたん?」
「し、失礼致しました」
「はぁ、まったく……」
張遼は笑って誤魔化したが、李儒は賈駆に怒られたと思いビクビクしながら謝罪するのであった。
それを見て、ため息をつく賈駆。
李鳳はこの案件には関わりたく無いので静観していた。
すると、そんな李鳳に董卓が声をかけたのである。
「匿名さん、私が余計なコトを言ってご迷惑をおかけしました。疑ってしまった非礼も含め、重ね重ね申し訳ありません。私もおじ様が仰っているのなら間違いないと信じています。遅くなってしまいましたが、これから作って下さった御料理を頂きたいと思います」
「クックック……とても苦いですから、覚悟して召し上がって下さい」
「はい。ありがとうございます……あっ、恋さん、寝るなら私の布団を使って下さい」
李鳳にお詫びとお礼を言う董卓は、隣でウトウトしている呂布を見て自分の寝台を使うように勧めた。
呂布はトロンとした目を擦りながら、無言で頷いて布団に潜り込んだのである。
それを見て声を荒げたのは、賈駆だった。
「ちょっと恋! 自分の部屋に戻って寝なさいよ、月の迷惑になるでしょ!」
「え、詠ちゃん、私なら平気だよ。今夜は恋さんと一緒に寝るから……ねっ?」
「そ、そんなのダメに決ま「詠ちゃんも一緒に、ね?」って…………フ、フン、仕方ないわね。月がそこまで言うなら、一緒に寝るのを許してやるわよ」
「そこまでて……そないに言うてへんやんか」
張遼の呟くのようなツッコミは無視して、賈駆は再び李鳳を値踏みするかのように眺めていた。
董卓は李儒と護衛に囲まれ、悶絶しながらも精一杯奮闘して薬膳料理を胃に流し込んでいる。
李儒は甲斐甲斐しく尽くしており、まるで誰かに健気さをアピールするかのようであった。
無事に董卓の食事は終わり、李鳳の件は不問とされたのである。
緊迫した修羅場と薬膳のコラボを体験した董卓は疲労も激しかった為、すぐに休むコトとなったのだった。
もう少し話したいと思っていた李鳳ではあったが、董卓の体調が最優先だろうと理解していたので半ば諦め、脳内ではズラかる算段をしていたのである。
しかし、賈駆の放った一言が再び李鳳を激動の渦へと引きずり込むのであった。
「ああ、そうだ。あんた、明日からボクの下で働きなさい。拒否は認めないわ」
「…………は?」
「ちょいちょい、賈駆っち。そらァ、ナンボなんでも厳しいんとちゃう? 腕は立ちそうや言うても、匿名は料理人やで」
「ボクの一族の家訓に『立ってる者は料理人でも使え』って言うのがあるわ」
「ホンマかいな!?」
突然の軍属命令に唖然する一同。
愉快犯ではあるが根は優しい張遼がフォローに回るも、賈駆はジャイアニズムとも思えるような暴論を語るのだった。
「クックック……なるほど、家訓なら仕方ないですねェ。分かりました」
「いや、納得すんのかいッ!?」
笑って承諾する李鳳。
逆に張遼が驚く程であった。
そして、その隣では、なぜか人一倍嬉しそうにしている李儒の姿があったのである。
李鳳は失念していた。
董卓や張遼と再び話せる機会が生まれたコトを喜ぶあまり、視界の外で妖しく笑う獅子の存在を忘れてしまっていたのだった。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。




