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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
李一家の麒麟児
8/132

8話

孫策との対面その1です。

――とある竹林――


 満月が辺りを照らす晩、ある女性が李鳳の入った林を探索していた。

 残党を捜索する部隊ではなく、彼女は討伐部隊を率いて総大将を勤める孫策であったのだ。

 孫策は参謀や御目付け役にも内緒で、隊を抜け出し此処までやって来たのである。




【孫策】


 うふふ、戦場の空気……あれはと~っても良かったわ。

 純粋な感情を向けて襲い来る敵を一人、また一人と斬り殺していく快感……。

 とまどい、恐れ、憎しみ……ふふふ、民に仇なす賊徒にお似合いの死に様よね。


 それより、冥琳や祭に黙って出てきちゃったのは……やっぱマズかったわよね。

 うーん、でもまだこの昂りを静まらないのよねぇ。


 野生の虎か狼を狩るつもりでここ(林)に入ったけど、正解だったようね。

 とっても素敵な出会いが待ってる気がするわ。


「うふふ、さ~て、隠れてるのはどんな子かしら? 虎より獰猛な相手がいいわね~」


 上気し赤みをおびた頬の孫策は舌なめずりをしながら、自然と気配を殺したまま歩を進めた。


 その歩みはすでに獲物をロックオンしたかのように、迷うことが無かった。

 真っ直ぐ李鳳の方へと向かっていたのである。



 そして狙われているとは知らない李鳳は、林を進むのに悪戦苦闘していたのだった。



【李鳳】


 歩き辛いなぁ。短刀1本じゃ枝を掃うのだって一苦労だよ……ん?

 ……なんだ!? 何かが、こっちに向かってくる……?



 息を潜め、身を屈めて気配を隠す李鳳。

 そして、不自然ではないように周囲の気配を探った。

 念の為に短刀をしっかりと握り直した。



 俺に気付いてるな……野性の獣か? 流石に臭いまでは消せないもんな。

 近づいて来るってことは、絶対肉食だよな。はぁ、不運の連鎖だな。

 ……あれ? 止まったぞ。こっちの出方を見てるのか?



 李鳳は動かない。

 相手も動かない。

 夜の静寂に虫の声が響く。

 先に行動に移ったのは……李鳳だった。



 なんか変だな?

 ……虎か何かだと思ってたけど、これは人間か!?


 だとすると……クソ、孫堅軍の追っ手である可能性が高いな。どうする!?

 おそらく相手は1人だが、武器が短刀だけじゃ戦うのは厳しいぞ。

 向こうは増援でも待ってるのか?


 それなら……ますます不味いな、時間が経てば経つ程形勢は不利か……だったら……。



「あ、あの……。そこに、どなたかいらっしゃるのですか?」


 意を決した李鳳は戸惑った表情を浮かべ、何も知らない風の少年を演じ、立ち並ぶ無数の竹の奥に向かって恐る恐るといった感じに尋ねたのである。


「あらっ、気付いてたなんて意外ね~。隠れてたつもりなんだけど……私もまだまだね。それで、坊やはこんな時間にこんな所で何してるのかしら? 見たところ、一人のようだけど?」


 姿を現したのは、勿論孫策であった。

 野生の虎を彷彿とさせる雰囲気を持つ彼女だが、持ち前の勘が働いた為に、その感じをわざと隠して登場したのだった。

 それを見た李鳳は唖然としていたのである。



 ……驚いたのはこっちだよ。

 まさか、ピンクが出てくるとは。


 前々から薄々感じてたことなんだけど、この世界はやたらと染めてる人が多いんだよ。

 この時代に脱色剤や塗料なんてあったっけ?


 そもそも、流通している物資もどこか日本っぽいし、先の時代の物が多いんだよなぁ。

 それにこの世界は……女尊男卑みたいなんだよね。

 うちは李単が仕切ってたから気付くのが遅くなったけど、色々勉強して集めた情報だと歴史上の有名な傑物は皆女性らしいんだ。

 あの孫堅も女性で……しかも、すでに5人の子供がいるとか……何歳の時の子供だよ!?


 俺の考える仮説が正しいとしたら……。



 李鳳が考え事をしている姿は、孫策にとって無視されているのと同じであった。

 反応が無いので再度口を開く孫策。


「ねぇ、聞いてるの?」


 そうだ、きっとそうだ、間違いない。

 前世の記憶とは異なる点が多過ぎる説明をつけるには、その解釈しかない気がする。



 しかし李鳳は反応を示さない。

 再び孫策は呼びかける。


「ちょっとぉ、わざと無視してない?」


 うん、これはきっと母さんが俺に、現世をより面白おかしく快適に暮らせるように施してくれた加護の恩恵に違いない!

 ありがとう、母さん。俺はますます笑って生きていける気がします!!



 勝手な解釈に満足し、清清しく感じている李鳳に怒りを覚えた孫策は腰からある物を抜いて一足で李鳳に駆け寄ったのである。


「……斬るわよ?」


 真顔で李鳳の首に剣を当てている孫策。

 その為、隠していた本性の部分が一瞬溢れ出た。


 ヤバ、母に感謝を捧げてたらピンクの接近を許しちゃった……。


「す、すみません。本当に人が出てきたので吃驚しちゃいまして」


 ご機嫌を損ねるのは得策ではなさそうだ。

 ここは努めて冷静に大人で子供な対応を心掛けねば……。

 ピンクは見た目は10代後半で胸の豊かなスタイルの良い桃髪美女なのだが、彼女の内側から溢れ出た何か嫌な予感がするオーラに気圧され、どうしても一歩引いてしまうな。



 李鳳は努めて子供を演じ、平謝りした。

 首からは離してくれたものの、抜刀したまま孫策の追及は続く。


「で、坊やは誰なの? ここで何をしているのか詳しく聞かせて」


 さっさと喋らないと本当に斬るわよ的な殺気を放って可愛くお願いする孫策。

 一方の李鳳は冷や汗ものである。


「も、申し遅れました、私は雷(らい)と言います。ある商家様の元で小間使いをさせて頂いているのですが、運悪く乗っていた商船が賊に襲われてしまい、ここまで逃げてきたんです」


 さらっと嘘つく。

 偽名にもすっかり慣れてしまったのである。


「それは今南岸に停泊してる、あの船のことかしら?」

「は、はい、そうでございます」

「……なら安心なさい。賊は私達がほとんどやっつけたから」

「兵士様でしたか。助けて頂きありがとうございます」


 孫策の話を聞いて内心では落胆するものの、それを表情には出さずに礼を述べた。



 やはり李一家は壊滅状態のようだな。

 果たしてランデブーポイントに何人たどり着けることやら……俺もこうしてはいられないな。

 早くここから離れないとな……こんな女、何かヤバい気がするし。


「それでは、私は主人の下に戻りますので、兵士様もどうか任務にお戻り下さい」

「…………」


 ピンクは黙ったまま、こっちを値踏みするかのように下から上までじっと見つめてくる。

 なぜか頭の奥がチリチリする……あまり良くない兆候だ。


 とにかく、早く去ろう。



 そう決めて李鳳が口を開いた瞬間であった。


「あの……兵士さ――」

「嘘吐きさんには……オシオキ、ね!」


 直感で頭を下げると、下げた頭の上ギリギリを剣が通り過ぎていったのである。


「へ、兵士様!? 何をッ!?」


 こ、このピンク、いきなり何しやがるんだ!?

 頭下げなきゃ死んじゃってたぞ!!



 ワケが分からず慌てる李鳳に、孫策はなぜか笑顔であった。


「わぉ! 避けれるんだぁ!」


 なんか笑顔になってるぞ、このピンク。

 ……危ない人かもしれない。


 そう思ってたらまた斬りかかってきた。

 下段に構えていたそのはずのその剣は、次の瞬間信じられない速度で頚動脈を襲ってきた。


 ヒュン、ヒュンという風を裂く音と共に――。

 左右の袈裟斬りが李鳳の首を切り裂いた。

 滴る血液。直後に押し寄せる激しい痛みと恐怖が体を硬直される。



 つぅ、いってぇ……すぐ動けるように警戒してなきゃ今の一撃で死んでたぞ……。

 ほとんど見えなかった……し、信じ難いが……この女、間違いなく李単より強い。



 手合わせをしなくなって長い月日が経つが、李鳳の中で最強の武とは李単であった。


 剣術の師であるが、稽古では気を失うまでボコボコされた記憶が大半を占める。

 そんな李単の剣速が遅いと思える程、目の前に居る女の武は異常だったのだ。


 一方で、孫策も似た感想を持っていたのである。

 目の前の幼い少年は異常だ、そう感じていたのだった。

 母やその臣下の将軍達にはまだまだ及ばないまでも、自身の武は相当なものだと自負していた孫策だったが、その一振り一振りをあっさりと回避したからである。

 孫策独特の勘もあったが、全力で攻撃しても死なない気がしていたのだ。


 しかし、実際その通りになると、孫策は嬉しくて楽しくてたまらず笑ってしまったのである。


「ふふふ……いいわぁ。まさか、今のも避けるなんてね。お姉さん、嬉しくなっちゃう」


 その発言を聞いた瞬間、李鳳は悪寒を感じたのだった。



 こ、このピンクは……変態だ!

 なんて言うんだったかな……そうだ、バトルジャンキー(戦闘狂)だ!

 さ、最悪だ……くそ、首筋がズキンズキン痛む上に、結構血が出ちゃってるじゃんか。

 何考えてんだよ、このピンク!?



 李鳳は恐れから孫策を強く睨んだのである。


「あは……いい眼よ。お姉さん、益々気に入っちゃった。今ちょっと興奮しててね。捌け口を探してたら……丁度坊やを見つけたのよ! いやん、私って……ついてるわぁ」


 再びヒュンという音が空を裂いた。

 今度は横一文字に振りぬかれた剣線であった。

 攻撃に移るタイミングが読み辛く、気付いたらいつの間にか斬られているというような感覚に李鳳は陥ったのである。

 そして、右腕から大量の血液が吹き出たのだった。



 くっ……痛みが半端じゃない。

 傷口がまるで焼かれているような錯覚に陥る。

 これまでの鍛錬で痛みには慣れてきてはいたのに、この刀傷は別格だ……。

 ちぃ、またか!?



 再び襲い掛かる孫策。


「ぐぅっ……」


 ドサッとその場に崩れ落ちた李鳳。

 続け様にきた突風のような乱れ突きに何とか反応するも、脇腹を抉られ、その場に片膝を落としたのである。



 武の実力が桁違いだ。

 加護によって身体能力が大幅に向上し、攻撃を捨てて回避のみに全力を注いでいるからこそ、辛うじて一撃死しないだけだ。

 狙いは全部急所だし……この戦闘狂の変態は、嬲るコトはしないみたいだな。



 未だ息のある李鳳を見て、ますます笑みがこぼれる孫策。

 李鳳は必死に弁明と説明を求めた。


「とってもいいわよ、その調子で頑張って抵抗するのよ」

「ま、待って下さい。どうして殺そうとするんですか? ワケが分かりません」


 マジで何考えてるか、サッパリだよ。こういう相手が一番苦手だ。


「またまた~、ホントはこうされる理由分かってるくせに」


 ……ま、まさか、嘘がバレてるのか!?

 覚られるような発言を何か……いや、カマかけてるだけかもしれん。


 ここは慎重に……。


「ど、どういうことでしょうか? ホントに分からないんですが」

「うふふ、それはね、坊やが私の好みだからよ」


 ……言葉がねーよ。

 頭も真っ白だ……大したイカれっぷりだ。

 このピンクの言ってることが何一つ理解出来ない。


 でもな……一つだけ、今ハッキリと確信したことがある。


「……そうですか、私は貴女みたいな人が嫌いです」

「あら、残念ね……こんな気持ち初めてなのに、フラれちゃったわ、うふふふふ。」


 そうだ、初見から何か好意を持てなかった訳だ。


 間違いない……このピンクは俺で哂ってるんだ、一方的に。


 ……許せない……許さない。

 ここは母の加護を受けた世界だ。


 笑ってイイのは俺と母さんだけなんだよッ!


「不快ですねェ、戯言としても聞く耐えない」


 あざけり笑うのは俺の特権なんだよ!!


「ふふふ。振り向いてもらえるように頑張ってみようかしら」

「虫唾が走るので黙っててくれますか、出来れば一生……」


 そう言って、李鳳は忍ばせておいた短刀を素早く取り出し構えたのだった。

 御豚丸と名付けたソレは、とある小太り商人から頂戴した由緒正しいワケではない短刀であり、李鳳は御豚丸を逆手に持ち、顔の前に突き出してそれっぽい構えを取ったのである。


 その構えと短刀を見て、孫策は楽しげに口を開いた。


「あらあら、可愛らしい得物ね。それでお姉さんをもっと楽しませてくれるの?」


 水を得た魚のように活き活きしていて孫策は、さらに李鳳を腹立たせるのであった。


「もっと笑える冗談は言えないんですか? 胸に栄養が偏った弊害が脳に出ているんでしょうねェ……お可哀想に。それとも寝言でしょうか? 寝言ならちゃんと寝てから言ってくださいね。もうお若くないんですから、そろそろ眠いんじゃないですか? 私に構わず、どうぞ帰って寝て下さい。そのまま永久に目が覚めないことを心からお祈りしていますよ」

「……ねぇ、今おしゃべりしながら、どうやってこの場から逃げ出すか必死に考えてたりして?」


 孫策の一言で、李鳳の顔色が青白いモノへと変わったのである。



 ……このピンク、マジで化け物だな。

 エスパー属性まで有していやがるのか……厄介どころの話じゃないぞ!?

 苦手なんて言ってるレベルじゃないな……もはや、天敵だ!!

 つぅぅ……傷が熱でも持ったのか、体中が熱いし痛い。このままじゃ逃げれない。

 仕掛けなきゃ、殺らやれる。



 意を決した李鳳は自分を奮い立たせる。


「…………やっぱり、お前は嫌いだ。一度側頭部を抉って新鮮な空気を脳に取り入れるがいい。その歪んだ思考が少しはマシになるだろう」

「来ないのなら……こっちから攻めるわよ?」

「はぁ、会話も成立させれないのか……本格的に医師に頭を――」


 李鳳の発言を遮るように孫策が行動を開始したのである。

 眉間を狙った振り下ろしを短刀で迎え撃ち、ガキンッと激しく削り合う。


「くっ……!」

「無駄話はそこまでよ、あとは……体と体で、語り合いましょ!」


 終始笑顔の孫策。

 膠着状態も一瞬であり、徐々に李鳳が押され始めたのだ。

 武器でも腕前でも劣るのだから自明の理である。

 何とか受け流すようにして後方に飛ぶが、すぐさま矢のような追撃が襲ってくるのだった。



 クソ……挑発にも乗ってこないし、このままじゃ本当に死んじまう……。

 投擲もそれなりに自身があるが、おそらくピンクはエスパーだからな。

 普通に弾くか避けられそうだ…………何とか動きだけでも封じるか、鈍らせることが出来ればいいんだが……。

 …………イテェェェ、体中の激痛とピンクの猛攻で仕掛ける暇すらねーのかよ。

 こうなったら……玉砕覚悟で一矢報いるか!?



 必死で打開策を考えていた李鳳に、再び襲い掛かろうとしていた孫策がピタッと足を止めたのである。

 次の瞬間、後ろの竹藪でガサっという音が聞こえたのだ。

 すると、孫策がその物音の方に向かって声を上げた。


「あっ、祭」


 物音と声に反応して李鳳が振り返ると、そこには妙齢の女性が立っていたのである。





読んでくれてありがとうございます。

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