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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
洛陽の攻略
77/132

77話

董卓との対面その1

 李鳳は侍女の案内に付き従って、董卓の寝室を訪れた。

 寝室の前では複数の衛兵が董卓を守護しており、李鳳らが接近すると槍を交差して進入を遮ったのである。


 クックック……なるほど。

 部屋の周囲に8人、室内に6人、天井裏に4人……おまけに、外塀の陰にも4人か。

 異常な警戒体制が敷かれてるな……流石は董卓、悪党過ぎて色んな奴に狙われまくってんだな。


 日に日に研ぎ澄まされてきた気配察知能力によって、屋内外に潜む護衛の配置を完璧に見破っている李鳳の隣では、侍女が衛兵を通じて賈駆とコンタクトを取っていた。

 李鳳はそんなやりとりなど見向きもせずに妄想を膨らませている。


 確かに悪のカリスマや帝王ってイメージが強いからな。暗殺なんかも日常茶飯事なんだろ……怖い怖い、物騒な世の中になったもんだ。クックック……。

 性別は女らしいけど、人肉喰ったりしてんのかな……?

 悪逆非道・無道の代名詞たる董卓に今から会えるかと思うだけで、こんなにワクワクするなんて……俺もまだまだガキだな。ククククク……あー、楽しみだ。



 妄想と共に期待に胸を膨らませる李鳳は、待ち切れないといった様子である。

 そして、しばらくすると――。


「どうぞ、お入り下さい」


 話がついたらしく、衛兵が槍をどけ扉を開けてくれたのである。


「失礼致します」


 侍女から先に、続いて李鳳が入室するのだった。

 寝室には李鳳が感じた通り、呂布、賈駆、張遼、董卓らしき少女と護衛が2名の計6人が

居たのである。

 呂布以外の全員が一斉に李鳳に目をやり、一挙手一投足を見張る。

 呂布は無手だが、護衛は帯剣しており、張遼も柄の短い槍を持って控えていた。


 おやおや、中も厳重な警備体制でいらっしゃる……クックック。

 これは期待でき――!?


 運んできた料理を机に置き、膝をついて頭を下げる李鳳に董卓が声をかけた。


「こんばんは、お顔を上げて下さい。初めまして、董卓仲穎と申します。この度は私の為にわざわざお料理を作って下さり、ありがとうございます」


 李鳳は思わず声を上げそうになり、必死に堪えていた。


 う、う、う、嘘だろ……!?

 い、イタタタタタタタタ、お腹イタイ。

 ヒィ、クヒヒヒヒヒヒ……諸葛亮を越える衝撃だよ!

 恐るべし、魔王董卓! アッヒャッヒャッヒャッヒャー。

 す、凄いぞォオ! この外見で嬉々として他人を虫けらのように扱い、蹂躙し、手足を引き千切っては喰らうんだな……素晴らしい。クハハハハハハ……。


「あの……大丈夫ですか?」


 自分を見詰めたまま何も言わず、小刻みに震えているように見えた李鳳を心配して董卓が再度声をかけたのだ。


 ……む、これは……?


「ああ、失礼しました。お会いできて光栄です、董卓様。匿名と申します、以後お見知り置きを……」


 歓喜に震え、大爆笑していた内心を覚られないように、努めて冷静に対応する李鳳。

 董卓はやはり体調が良くないようで少し顔色は悪かったが、今朝に比べると随分回復し座って話せるようになっていたのだった。

 李鳳は再び頭を下げ、今度は落ち着いて観察を開始したのである。


 外見から受ける第一印象としては、曹操タイプかと思っていたが劉備色が濃いな。

 それにしても、覇王や魔王って呼ばれる人種は、皆こんなチンチクリンになるのかねェ……?

 ギャップで楽しめるから、俺としては大歓迎なんだがな。


 あぁ……そういや、小覇王のくせに背丈も態度もでかいヤツがいたっけな。

 俺なんて……背丈も器も肝っ玉も小さいが、態度だけはでかくありたいと思ってるぞ。クヒヒヒヒ……そう言う意味では、陳宮はイイ線いってるな。


 まぁ人を見た目で判断するなんてのは、愚の骨頂だからな。

 大人しそうな顔して平気でエグいコトをやっている奴なんて五万といる。

 この董卓なんてのも最たる例だ……多分、そうだと思う……きっと、そうなんだろう……いや、そうであってくれ!



 冷静になって観察すればする程、内心焦りを感じ始めた李鳳。

 洛陽に来た後で得た情報とこれまでのデマを統合して推察すると、李鳳にも董卓が傍若無人な振る舞いする人物ではないコトに薄々気付いていたのである。

 いや、むしろ薄々などではなく、自信を持って断言出来る位に気付いてしまっていたが、カレはソレを全力で無視していた。

 そして本人と対面した瞬間、自信は確信に変わってしまったのである。

 しかし、李鳳は本能レベルでその受け入れを拒否しようとしていたのだ。


 こんなに警備を厳重にして大勢の部下を侍らして過ごしてるヤツが、悪人じゃないハズがない……!

 稀代の悪党として歴史に名を刻むハズの人物なのに、なのに、なのに……どうしてそんな、メチャクチャ和やかな氣を纏ってんだよ!?


 現実の受け入れを拒否する李鳳。

 この衝撃が、笑劇に変わるコトを祈っているのだ。


 う、嘘だろ……?

 冗談だよな……?

 どっかにドッキリのカメラがあるハズだよな!?


 現実は残酷である。

 奇しくも相方の李典同様に情緒不安定で錯乱を始めそうになった李鳳だが、あっさり現実に引き戻されてしまった。


「早速だけれど、月が食べる前に毒見はさせて貰うわよ」

「え、詠ちゃん、目の前でそんなコト……失礼だよぅ」


 賈駆の発言に対する董卓の返しによって、李鳳の希望は完全に崩れ去ったのである。


 ダメだこりゃぁ…………切り替えて、そのままの素材を楽しむっきゃないか。

 ククク……最新のゲーム機を期待してたクリスマスプレゼントが、やったコトもない野球のグローブだった時の子供の気分だよ。


 諦めて開き直った李鳳が口を開いた。


「いえ、問題ありませんよ。当然の配慮であり、事前に伺ってもおりますので……しかし、董卓様のお心遣いには感謝致します」

「へぅ~、そうなのですか?」

「ええ、話はボクがつけておいたわ」

「そうやで、そやから月は何も気にせんでエエねんで」


 配下の者だけでなく本人にまで言い切られては、董卓も納得するよりなかった。

 その李鳳は胸にサラシを巻き、袴を申し訳程度に穿いている半裸の女性に視線を移していたのである。


 遼来来か……やはり彼女は、イイ!

 まさかの関西弁とはな、ハイスペックにも程があるぞ!

 ボケもツッコミもマンセーに見劣りせず、その上、露出狂の性癖まで搭載している変態とは……流石は最狂の軍人だけあるな。これで他にもイカれた趣味を持っていてくれれば……完璧なんだがな、クヒャヒャヒャヒャッ……!


 この関西弁2人がユニット組めば、中華大陸においても上質な上方漫才が楽しめるハズだ!

 同類だし、きっと仲良く出来るよな……あれ? 史実じゃ仲悪いんだっけ!?

 類友を通り越して、同属嫌悪しちゃうのかなぁ……?


 李鳳が全く無関係なコトを考えていると、再び張遼が口を開いた。


「ほんなら、ウチが代表して毒見したるわ」

「へぅ!?」

「ちょ、ちょっとあんた、何言い出すのよ!?」


 それを聞いた賈駆が慌てて張遼を引っ張り、耳元でヒソヒソと会話し出したのだ。

 勿論心配そうにしている董卓に聞かせたくないからである。


「あんたが食べてどうするのよ? 万が一、毒が入ってたら大変なコトになるわよ」

「分かっとるて。飲み込んだりはせーへんよ、ウチかて毒見は初めてちゃうねんで」

「……ダメよ。あんたには万一の場合に備えて、カレを取り押さえられる位置に居てもらわないと」

「それは恋にやってもろたらエエやんか」


 お互いの主張が行き来する。

 すると、賈駆があるコトに気付いたのであった。


「あんた……ひょっとして、味見したいだけなんじゃないでしょうね?」

「そ、そんなワケあれへんやん。は、ハハハ、お、オモロないコト言わんといてェな」


 ジト目で睨む賈駆に、張遼は冷や汗をかく。

 一瞬の静寂があり、次の瞬間、2人に介入する者が現れた。


「…………恋がやる」


 賈駆と張遼の裾を引っ張って自分に注目させ、そう呟く呂布。


「だ、ダメよ。そりゃ、恋なら正確に見破れるでしょうけど……」


 賈駆は止めようとするが、張遼に言ってた程の勢いは無かった。

 なぜなら、呂布はこれまでに何度も張譲一派による計略を阻止してきたからである。

 呂布の五感はズバ抜けて優れており、さらに野生の勘とでも言うべき感性によって毒物や異物の混入を見破り、侵入者などの怪しい存在を看破して来たのだった。

 余談になるが、そういった意味では李鳳の気殺スキルは誉めるべきかもしれない。


 いずれにせよ過去の実績がソレを証明しており、張遼よりも遥かに任せるに足る人物なのは疑いようがなかったのである。


「そ、そうやで。アンタかて、匿名の作った飯食てみたいだけなんとちゃうか?」


 自分のコトを棚に上げて問い詰める張遼。

 賈駆の目は冷たいが、今は何も言わずに黙っている。

 すると――。


「…………食べたい」

「…………」

「…………」


 賈駆と張遼は絶句した。

 余りにも素直に答えられてしまい、思考が停滞してしまったのである。

 呂布は李鳳が入室した時から、と言うよりも料理が運ばれてきてからずっと、その料理を見詰めていたのだった。


 沈黙を破ったのは張遼だった。


「ぷ、くく、ナハハハハハ、ホンマ素直な奴ちゃなぁ。ウチは好っきゃで、そういう恋が……賈駆っち、ココは恋に任せよ」

「で、でも、毒見役もちゃんと呼んでるのよ!?」

「そやけど、恋のが頼りになるんとちゃうか? 毒やったら恋が食べるワケあれへんのは……知っとるやろ?」

「そ、そうだけど……ボクは……」

「心配ないて、恋を信じたり」

「…………大丈夫」


 2人を匿名の取り押さえ役にと考えていた賈駆は少し悩んだが、出した結論は黙認であった。

 黙って頷き、心配する董卓の側に戻ったのである。


「え、詠ちゃん……?」

「心配しないで、大丈夫だから。待たせて悪いわね。あんたの料理の虜になっちゃったって言うから、まず恋に試食して貰うわ」

「クックック……いえ、気にしてませんよ。それより一番最初は、やはり私が食べた方が皆さん安心なさるのではないですか?」


 賈駆の謝辞に対しても、落ち着いた返答する李鳳は事前にしておいた提案を再び持ち出したのだった。

 この進言を訝しげに感じる張遼と賈駆であったが、皆の見張る中で堂々と何か出来るとも思えず、言ってるコトにも一理ある為に簡単に承諾したのである。


「そこまで言うなら、ボクは止めないけど……」

「へぅ、え、詠ちゃん……?」

「いえ、董卓様。是非とも、この私に味の最終確認をさせて下さい。お願い致します」


 李鳳は毒見と言う言葉を敢えて使わずに、董卓に懇願したのだった。

 これには董卓も渋々頷いて「分かりました」とだけ返答したのである。


 机に置かれた料理を侍女が小皿に取り分け、李鳳へと持っていく。


「どうぞ、匿名殿」

「済みませんねェ、では失礼して」

「ふーん……咖喱もそうやったけど、見た目はあんまり旨そうに見えへんなぁ」


 李鳳は差し出された小皿を受け取り、躊躇無く料理を口に運ぶ。

 張遼が自然な会話と動きで李鳳に接近し、動きを封じる為の絶妙な位置に立つ。


 よく咀嚼してから飲み込む李鳳。

 賈駆と張遼は表情に変化が無いかを入念に観察していた。

 呂布は未知の料理を早く味わいたくてウズウズしている。

 董卓は董卓で見たこともない料理に少し期待していた。


「ふむ……問題ありません。ご賞味下さいませ」


 大丈夫っぷりをアピールする李鳳に、董卓はホッと安堵の表情を浮かべた。

 しかし、賈駆と張遼はまだ気を抜いていなかった。


 続いて呂布のもとにも、侍女が小皿を運んできた。

 呂布はそれを受け取り、匂いを堪能してみる。


 すると、呂布の眉が一瞬しかめられたのである。


「ど、どないしたんや?」

「どうしたの!?」


 ジッと見守っていた張遼と賈駆が慌てて訊ねた。

 しかし――。


「…………何でもない」

「ほ、ホンマか?」

「…………」


 わずかではあったが表情の変化を示したにも関わらず、呂布はそのまま料理を口に入れたのである。

 賈駆と張遼だけでなく、董卓も少し心配になってきていた。


 そして口に入れた料理を一噛みした瞬間、呂布の表情が急変したのだった。


「…………ッ!?」

「れ、恋!?」

「毒か!? 吐き出しィ!」

「へぅ!?」


 騒然となる寝室。


 ん……?


 呆然とする李鳳。


「霞!」

「任しときィ!」


 賈駆に真名を呼ばれた張遼は、あっという間に李鳳の背後に回りこみ槍の刃を首筋に当てたのである。


 ……あれ?


「匿名ィ、やってくれたのォ」


 …………あれ?





最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

感想やご指摘などありましたら、宜しくお願いします。

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