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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
洛陽の攻略
76/132

76話


 李鳳が厨房で「あの馬肉ウマかったなぁ」と回想しながら調理していた頃、執務室では賈駆達が決戦の最終打ち合わせを行っていた。

 険しい表情する面々の中で、一際顔を歪めて唸っていたのは陳宮である。


「ううぅぅぅ……ううぅぅぅぅ」

「……うーうー唸っとったら、エエ案出るんか? キバっとるみたいで……ちゃうモン出てまうで、ハッハッハ」

「うるさいのです! ねねの邪魔をしないで欲しいのですよッ!」

「おーコワ……はいはい、邪魔はせーへんで」


 張遼の軽い茶々に過敏な反応を示す陳宮。

 呂布は余り物となったカレーにパクついていた。


 陳宮は自分の隊を使って待機中の兵にカレーを配給して回り、絶妙な配分と誰にもおかわりをさせない圧倒的な眼光で兵を威圧して、呂布が食べれる余りを残してみせたのである。

 現在悩んでいるコトも呂布関連であり、作戦の要となる重要な案件であった。

 陳宮は呂布が大好きであり、受けた恩以上に報いたいと励んできたのだ。


 そんな悩める陳宮に賈駆が声をかけた。


「二点突破、それ以外でボク達に勝ち目はないのよ」

「……うぅぅ、分かっているのです」

「敵の総大将である袁紹と参謀の曹操……この2人さえ討てれば、連合は放って置いても瓦解するわ。敵の本陣に突貫するなんて正気の沙汰じゃないけど……だからこそ、やる価値があるの」

「…………」


 陳宮とて軍師である。

 この決戦においては、正攻法で勝てる見込みが無いコトなど百も承知なのだ。

 しかし、彼女が悩んでいるのは帰還に関してであった。

 呂布の武を誰よりも誇っている陳宮にとって、討伐の対象が袁紹であれ曹操であれ、呂布ならばきっと首まで届くと信じていたのである。


 ただし、それは片道のみに限ってのコトなのだ。

 往路だけであれば、首を取ってお終いなのであれば、陳宮も喜んで献策したであろう。

 しかし、復路も考慮すると話は違ったのである。


 大将が殺されたからと言って、即敵陣営が崩れるワケではないのだ。

 復讐心で襲い掛かってくる兵が大勢居るのである。

 死力を尽くして漸く大将首に到達するかどうかの戦力で、果たして生きて戻って来れるのか、否、それが無理だと思えるからこそ陳宮は悩むのであった。


 しかし、悩む陳宮を放置して賈駆は作戦を語り始めた。


「作戦決行は明朝。恋は袁紹を、霞は曹操を、城攻め部隊を蹴散らした後はそれぞれ目標のみに一意専心するコト。それ以外の部隊は全て無視よ、相手にしないで。囮を散らしてボクも出来る限り援護するけど……ある程度の被害は、覚悟してね」

「ウチらを誰や思とるんや、覚悟なんぞとっくの昔に出来とるっちゅうねん。奴さんらはウチと恋に任しとき……賈駆っちは、賈駆っちのせなあかんコトをするんやで」

「…………がんばる」


 数で劣る董卓軍が取れる選択肢など限られており、賈駆の練り上げた策はそれまでの防御特化である籠城とは真逆であった。

 まさに攻撃特化、最後の砦とも呼べる董卓軍の守護神2人を、敢えて城から一番遠ざけて敵陣に切り込むコトのみに徹する博打である。


 しかし連合は落城を意識する余り、自陣の守備に関しては確かに油断とも言えるザルさがあったのだ。

 攻めているのは自分達であり相手は守る側である、という思い込みが生んだ僅かな隙間を突くしかないと賈駆は考えたのである。

 普通ならば無理だろう、例え隙があったとしてもソコを正確に、且つ迅速に突ける者など大陸広しと言えど極々限られているだろう。

 幸運にも董卓軍には、この無謀とも思える愚策を、深謀の奇策に変えてくれる天下の名将が2人も存在したのだ。


 これまでの籠城戦が良い仕込みとなっているからこそ、活きてくる策であり、機会は一度しか無いのである。

 呂布が分かっているかは不明だが、生きて帰れる可能性の低い作戦にもやる気の意気込みを見せる将軍2人に賈駆は嬉しくなり、陳宮は切なくなったのだ。


「ふふふ……。ええ、頼りにしてるわ」

「……ねねは――」

「それと、作戦が成功しようが失敗しようが無理してココに戻ってこようなんて考えないで」

「えっ!?」


 陳宮が自分の正直な思いを口に出そうとした瞬間、賈駆の発言によって遮られ、それを聞いて驚いたのである。


「そのまま逃げなさい」


 総大将である賈駆から飛び出した、予想もしてなかった言葉に陳宮は絶句した。

 張遼は事前に分かっていたコトなので驚いた様子はなく、呂布も微動だにしなかった。


「し、しかし月殿と詠殿は……?」

「作戦が成功すれば、頭の潰れた蛇くらいボク達だけでも凌いでみせるわ。籠城を再開して時間さえ稼げれば、連合は崩壊よ。万が一……失敗すれば、ココを放棄してボク達も逃げ切ってみせるから」


 呂布と共に生き延びれる芽が生まれたコトは純粋に嬉しかったが、残される董卓達の安否を心配する陳宮に、賈駆は大丈夫だから問題無いと強く言い切ったのである。


「ねね、あんたは全力で恋を助けてあげて」

「……ま、任せやがれなのです!」


 笑ってお願いする賈駆に陳宮も決意を秘めた笑顔で応えたのだった。




 軍議が終了し、賈駆と張遼はまだ執務室に残っていた。

 陳宮は作戦準備の為に指示を出して回っており、呂布は警護と称して董卓を見舞っているのである。


「ところで賈駆っち……あの坊なんやけどな、どない思た?」

「怪しさは満点ね。いくら童顔って言われても、ボクには二十歳にすら見えなかったわ」

「そやろ。オッサンが直接紹介してくれよったから……ウチも信じたいんやけどな、さっき見せたあの雰囲気は只モンやないで」


 張遼は最初に匿名と名乗る人物に出会った時から、彼に疑いを持っていたのである。

 暗殺者あるい間諜ではないか、そう思ったのだ。

 それだけ董卓には、敵が多かったからだ。

 連合もそうだが、張譲一派に残党がいないとも限らない今の状況では、見覚えの無い人物は全て疑ってかかるべきだろう。


 賈駆は訝しげな表情で口を開く。


「何かで脅されていた、とは考えられない?」

「それはあれへんやろな。酔っ払うて上機嫌で紹介してきたんや、それにあのオッサンが脅しに屈するかいな」

「……そうね」

「オッサンが倒れた時も周りには数人部下をつけとったんや。報告やと、三男坊は食材にも調理器具にも一切手は触れてへんかったらしいねんけど……オッサンが倒れた後、急に飯作り始めたやろ。毒盛るつもりかもしれへん思てな……味見に託けて確かめたろ思とったら、恋が先に来て食うとったんや」


 昨夜の状況を説明する張遼。

 なるほど、と頷く賈駆。


「あの恋が食うとるんやから、毒なんぞ入っとるワケないやろ? アホらしなって疑うん止めてウチも食べてみたら……これがハマってもうてな、ナハハハ」

「笑い事じゃないわよ。なら、どうして……また怪しいと思い始めたのかしら?」

「ねねが飛び蹴り喰らわそうとしたん……事前に察知して避けた言うたやろ。あれな、恋の時も一緒やねんて」

「一緒って?」

「ウチも気付いとらんかった恋の接近、それをあの坊だけ事前に察しとったんやて。恋が言うとったから間違いないで」


 賈駆は目を見開いて訊ねた。


「じゃぁ、アイツはあんたよりも強いって言うの!?」

「それはヤってみんと分からんわ。弱ないとは思うけど、あんな脇差如きに遅れを取る程ウチも甘ないで。そやけど、ウチの想定を超えとるかもしれへんのは問題ありやろ」

「手合わせの申し出は……いつもの悪い癖、だけじゃないんでしょ?」

「ハハハ、お見通しかいな。今は外の相手だけも忙しいっちゅうのに、中まで怪しい存在にウロウロされんのは面倒やん。そやから手足の二三本へし折って、大人しゅうしとってもらおかと。ウチの勘違いやったら、後でちゃーんと謝るつもりやったで」


 呆れた表情をする賈駆だったが、やはり張遼は頼りになると安堵していたのだ。

 張遼も口では何だかんだ言うが、いつも董卓の身を案じてくれる良き仲間であり、董卓の命を最優先に考えて行動してくれるのは正直助かるのだった。


 しかし、賈駆には別の思いがあったのだ。


「それじゃ……あんたも、ちょっと付き合いなさい」

「なんやぁ? ……ションベンか?」

「あ、あんたバカ!? 月のところよ、アイツを呼ぶわ。念の為に恋も待たせてるから……何か仕出かそうとしたら、何とかしなさいよ!」


 真っ赤な顔で怒鳴る賈駆。


「そない心配なんやったら、止めといたらエエやんか?」

「こっちにも事情があるのよ。ボロを出すようなら容赦しないで、ボクは……あんた達を信じてるわ」

「ふぅ……ズッコイなぁ、そないなコト言われたら応えるしかあれへんやん」

「ふ、ふん。最初からそう言いなさいよ……(ありがとう)」


 満更でもない表情で笑う張遼。

 賈駆も心の中で感謝を述べる。

 百面相のようにコロコロと表情を変える賈駆を見て、張遼はさらに笑うのであった。


 董卓を想う賈駆はその身の安全もそうだが、董卓自身にずっと笑っていて欲しく、何よりも元気であって欲しかったのである。

 陳宮も呂布を好いて懐いているが、賈駆の董卓に対するソレは異常と呼べるモノだった。

 だからこそ、匿名の作る薬膳料理に期待している自分がいるコトに気付いたのだ。


 白黒はっきりしない不確定要素の多い匿名が、もし暗殺者だとしたら、自ら毒見や監視を進言しただろうか。

 それとも、怪しまれないようにワザと進言し、その上で尚、董卓を殺しきる自信があるのだろうか。

 張遼と同様、賈駆も当然そのコトを考えたのだ。


 しかし賈駆にとっては、匿名がトク氏の本当の息子か否かの真贋はどうでも良かったのである。

 仮に本物だったとしても、もし董卓に暗殺を働こうとすれば容赦無く処刑し、仮に偽物だったとしても、董卓を助けてくれるのであれば感謝を示すつもりなのだ。


 ただし偽物だった場合、感謝こそするが、そのままにしておくつもりは無い。


 不安な芽は事前に摘んでおきたいと考える張遼の方が、自分よりよっぽど軍師らしいと自嘲しながらも、賈駆はどうしても薬膳料理を試してみたいと思っていたのである。

 弁が立ち、自分達の知り得ない知識や料理を披露してみせた匿名という人物に、光明を見出してしまったのだった。

 その相手に李鳳という闇の一面があるなどとは知る由も無かった。


 連合との最終決戦において勝てる見込みが少ないのは、誰よりも賈駆が理解していたのである。

 陳宮に言った通り『逃げる』という行為は形勢が不利と判断し次第、誰が何と言おうと賈駆は決行するつもりでいるのだ。

 もし董卓の体調が悪いままでは、逃げ切れるものも逃げれなくなってしまうコトを賈駆は何よりも恐れたのである。


 賈駆にとって、手を差し伸べてくれるのであれば、それが鬼でも悪魔でも関係なかった。

 全ては董卓の為なのである。


 仮に呂布と張遼が不在であれば、匿名を試そうなどとは考えなかっただろう。

 トク氏に紹介されても董卓に近付くコトは禁じたであろうし、誰も信用しなかったハズである。

 張遼や呂布を信頼するコトで賈駆は、一皮剥けようとしていたのだ。

 消極的にならざるを得なかった以前と違い、思い切った策と行動を取れるようになっていたのである。



 そして賈駆は侍女を呼び、伝令を授けるのだった。



 こうして数奇な偶然が度重なった結果、李鳳は念願の董卓と対面するコトに相成ったのである。




 調理を終えて盛り付けに取り掛かっていた李鳳は、侍女の接近に気付いて手を止めた。

 侍女は李鳳に敬礼し、授かった伝令を読み上げたのである。


「匿名殿、賈駆様からのご命令を伝えます。これより薬膳なる料理を董卓様に献上せよ、以上です」

「ククク……身に余る光栄、御命令謹んでお受け致します」






最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

感想や御指摘がありましたら、宜しくお願いします。

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