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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
洛陽の攻略
75/132

75話

今回はご都合主義をじっくり煮込んだ回想シーンとなっています。

苦手な方はUターン願います。

――洛陽・董卓邸厨房――


 董卓の体調回復を目的とした薬膳料理を男が調理していた。

 厨房内では邪魔にならない位置で賈駆の側近が匿名を見張っており、彼が毒を盛ったり怪しい行動を取らないかを監視していたのだ。


 賈駆は匿名の有用性を素直に認めた上で、危険を孕む不確定要素も考慮し、最大限に警戒した結果の対処である。

 明らかに相手を疑っているこの行為は誇りばかり高い豪族であれば激怒していただろうが、匿名は違った。

 元々有力な豪族にも関わらず厨房に立つトク氏の一族は変わっており、怒らなかったとしても不思議ではないと周囲の人間も思っている。


 しかし、事実は違っていたのだ。

 匿名希望と言う名は文字通り偽名であった。


 この人物の本当の名は李鳳伯雷。

 幽州への移送中、賊の襲撃に遭って死んだと思われていたあの李鳳である。


 その李鳳は今、満面の笑みで食材を切り刻んでいた。



【李鳳】


 クックック……キックはキック、か。

 因果律を無視った何かのカオス理論か……!?

 見事過ぎる連携に、笑うのも忘れてポカーンとしちゃったよ、ククククク。


 李鳳が董卓の邸宅に忍び込んだのは5日前、まだ連合が昼間のみ通常の城攻めを行っていた時であった。

 警戒は厳重であったが、隠密行動は李鳳の本職である。

 義父である李単から叩き込まれた諜報技術のイロハは陳登や丁奉らよりも優れており、さらに氣を併用するコトで完璧な気殺を実現したのだった。


 氣を覚えてからはまだ3年程だが、隠密のキャリアは10年である。

 充分にベテランと呼べるだろう。


 忍び込んでからの丸2日以上は情報収集に徹していた。

 董卓について、軍師について、主要な武将や兵力について、身の回りを世話する側近について、邸宅内外における情報を可能な限り聴取して回ったのだった。

 しかし、董卓や軍師の警備は特に厳重であり、兵士らから多少の話は聞けても、なかなか本人達に接近するコトが出来ずにいた。


 そこで連合に突破されてしまう前に、一目だけでも董卓を拝見しておきたいと考えた李鳳は、豪族であり料理長でもあった変人のトク氏に目をつけたのだった。

 類は友を呼ぶと言うが、変わり者は変わり者の心情をよく理解していた。


 李鳳は前世での知識や経験を惜しげもなく披露し、トク氏の関心をまんまと得たのである。

 酒を浴びる程呑ませ、軽催眠による暗示をかけて、周囲の者達には旅に出ていた自分の息子であると紹介させたのだ。

 その後、賄い飯に遅効性の毒を盛り、薬漬けにして、張遼の目を欺き、トク氏を昏睡状態に陥れたのだった。


 洛陽に潜り込んだ時の李鳳はトレードマークの迷彩服では無く、一般的な庶民が身に着ける薄地で汚れた衣装を纏っていたのである。

 さらに装備していたのは愛刀の那覇ではなく、極々平凡な短刀であった。

 なぜなら、虎牢関から李鳳を搬送する際に焦っていた公孫賛らが装備や着替え、調合キットなどの全ての身の回り品を馬車に載せ忘れたからである。

 さすがの李鳳もコレを知った時には呆れ笑いをし、同時に意趣返しを決意したのであった。


 洛陽までの移動中に採取できるだけの毒性植物を採取し、全てを使い切って今の状況まで持ち込んだのである。

 残しておくと後々問題になるかもしれないという考えもあったが、単純に量がギリギリだったのだ。

 つまり現状において、これ以上誰かに毒を飲ませるコトは出来ず、時間の経過と共に覚醒のリスクが高まるのだった。

 トク氏が目覚めれば全てが露呈するかもしれないが、李鳳にはそれまで悠長に滞在する気などサラサラ無かったのだ。



 ククク……運が良いのか悪いのか、悪運は間違いなく強いんだろうな。

 母の加護がまさかあれほどとは……いや、むしろ呪詛と言えるかもしれんな。

 まぁ貴重な臨死体験も出来たし……どっちにしろ、母さんには感謝だな。クヒヒヒ……。


 そもそも賊に襲われて死んだハズの李鳳がどうして洛陽に居るのか、すべては母親から受けた祝福の加護が影響していたのである。


 確かに俺は一度死んだ……しかも、俺を殺したのは賊じゃない。

 俺を殺したのは……別のモノだ。

 クックック……この世界の神は、よっぽど俺にピエロを演じさせたいようだな。



 李鳳だけが知る事件の真相は、茶番のような喜悲劇でもあった。



 関羽に秘術レベルの蘇生功を施した李鳳は自身の死こそ免れたが、予告通り昏睡してしまった。

 自己生命を守り消費を最小限に留める為、熊などが冬に取るのと同じ休眠状態に入ったのである。

 施術前に聞いていた李鳳の話では、飲食を必要とせず、排泄もしない為、ただ人目につかない場所に安置してくれれば良いとだけ言われていたのだ。

 話は聞いていたが、実際に目するとやはり死んでしまったのかと公孫賛らが心配になったのは余談である。

 その後、非常に低温で無呼吸に近い状態ではあったが、生きているコトを確認した公孫賛らは仮死状態の李鳳を、そのまま診療所には置いておくと約定を果せないと考え、闇に紛れた秘密裏の移送が決定したのだった。


 馬車の荷台に積み荷と共に載せられた李鳳は、山積みにした多くの木箱でその姿を覆い隠したのである。

 さらに布をかぶせ、一見しただけではそれが人だとは気付かれないような工夫を凝らしているが、近付かれては即時に判明してしまうようなお粗末な細工であった。

 だからこそ監視役として、そして幽州に戻ってからのパイプ役として、忠実な側近である親衛隊をつけたのだった。


 李鳳の存在を知るのは親衛隊2名のみ、他は御者(ぎょしゃ)が1名、護衛には騎兵の1個小隊が選出されたのである。

 御者と護衛の騎兵は積荷が非常に高価で貴重な物であるから、慎重且つ丁寧に細心の注意を払って運ぶように、と言い含められていた。

 しかし、精鋭を自負する騎馬小隊の多くは、急遽決まったこの任務がいくら重要な物資搬送とは言えど納得していなかったのだ。

 兵士達も城攻めでは騎馬隊の力を発揮し辛いのは理解していたが、2つの関所における攻略戦でも公孫賛軍の功績はどれも3番手や4番手といったパッとしないものであった。

 彼らは最終決戦で結果を残したかったのだ、都に一番乗りし、董卓の首級をその手で刎ね飛ばしてやると猛っていたのである。


 その機会を自らの主君に奪われたのだ。


 軍議での様々な苦労と詳しいやりとりを知らない末端の兵士にとっては、公孫賛の取った行動は全て下策にしか見えなかったのだ。

 どうして自分達だけが損な役割を請け負って、武勲を上げるのは他の軍勢ばかりなのか、自分達よりも劉備軍を重宝しているのはなぜか、というコトに強い不満を募らせていたのである。


 その不満が、とうとう爆発したのだった。


 精鋭の自分達が決戦を前にして帰される現実を、彼らは正しく受け入れるコトが出来なかったのだ。

 それどころか、自分達は主君に見放されたとまで考える者が出たのである。

 そして、そんな精強な自分達を見捨てた公孫賛など愚君でしかないと言い出したのであった。

 誰から言い出したか定かではなかったが、騎馬小隊のほぼ全員がその意見に共感し、ある目論見を計画したのである。


 そう、移送途中に賊の襲撃に見せかけて積荷を奪う計画だ。

 その計画の中心となった人物は小隊長であった。

 彼は自己顕示欲とプライドの高い人物であり、野心家でもあったのだ。

 自身の活躍の場は戦場だと豪語してきた彼にとって、輸送部隊のように扱われるコトは我慢ならなかった。


 生憎、僅かばかりの金銭で賊を演じてくれる貧民など掃いて捨てる程居たので、人選には困らなかった。

 無論、口封じまでを想定してのコトである。


 障害となるのは御者と親衛隊の3人。

 御者はともかく、親衛隊は精鋭中の精鋭である。

 さすがの小隊長も個人で挑んでは分が悪いと判断し、賊に気を取られている間に背後から襲う筋書きでいたのだ。


 決行予定は2日目の夕刻、日は沈んでいないが周囲を木々に覆われた常に薄暗い山道を強襲地点に決めていたのである。

 時間の無い中で急遽立てた策にしては上出来だと小隊長は思っていた。


 しかし、彼らにとっても想定外のコトが起こったのだった。


 予定通り山道を通り抜けようとした時点で、賊に扮した貧民が飛び出してきたまでは良かったのだが、驚いた御者が山道を外れて馬車を藪の奥に走らせてしまったのである。

 わざと少し離れていた騎馬小隊は追うが遅れてしまい、慌てて藪の奥へと馬を進めると、賊と交戦中の親衛隊の姿があった。

 すぐ近くには横転している荷馬車が目に入り、親衛隊はそれを守るように戦っている。

 親衛隊は荷台で眠っている李鳳の安否が気になって戦闘に集中し切れないでいた。


 しかし元々は非力な貧民の為、数合と持たずに斬り殺されていく山賊役の貧民は恐れをなして逃亡を図りだしたのである。

 それに焦りを覚えた小隊長は大声で隊員に命令を出して賊と親衛隊の両方を襲わせたのだった。

 しかし、この土壇場になって良心に目覚めたのか、あるいは怖気づいたのかは不明だが、数名の隊員がやはり間違っていると言い出したのである。


 そこからは血で血を洗うドロ沼の同士討ちであった。

 小隊はもはや誰が味方で誰が敵かも分からず見境無く斬りかかっていき、親衛隊もワケが分からず手当たり次第に応戦したのである。


 結果、生き残ったのは小隊長と御者の男2人だけであった。


 御者は小柄な中年男で小隊長からは奴隷のような酷い扱いを受けており、彼や隊員達を憎んでいた。

 そんな小隊が目の前で殺し合いを始め、今生き残っているのは重傷を負った小隊長一人という状況を見て、御者の顔には歪んだ笑みが浮かんだのである。

 御者など眼中に無い小隊長は転倒してしまった荷馬車に近付こうと、剣を支え棒にして進んでいた。

 そこに背後から忍び寄った御者が護身用の短刀で一突きにし、小隊長の断末魔が木霊したのである。


 御者は震えながらも、口元には笑みを浮かべていたのだ。

 そして転倒してしまった荷台に入り物色を始めた御者は、木箱にお宝など何も入っていないコトに気付いたのである。

 木箱にはガラクタとも言える破損した武具ばかりが詰められていたのだった。

 散乱したガラクタを掻き分けていくと、木箱に埋もれた血塗れの布に包まれた何かを発見したのである。

 驚愕の表情に変わった御者であったが、意を決して中身を確かめようと布をめくった瞬間、「コレは八つ当たりだ」という声が響いた。

 それが御者の聞いた最後の言葉だった。


 李鳳は生きていた、否、正確には生き返ったのである。

 では、李鳳はいつ死んだのであろうか。

 藪に入って荷台が横転した時であろうか、否、実はそれよりももっと前なのである。


 李鳳の死因は頭部からの出血多量による心停止であった。

 凶器となったモノは山積みにされていた最上段の木箱。

 虎牢関を出発した駄馬の一歩目で荷台が揺れ、最上段にあった武具の詰まった重量のある木箱が落下し、角が李鳳の頭部に直撃したのである。

 頭部が全ての衝撃を吸収した為、鈍く低い音がしただけで誰も気付かなかったのだ。


 パックリ割れた頭部から出血し続け、ついに心肺停止に至ったのである。

 裏切りに次ぐ裏切りや、各々の思惑など全く関係の無い事故死であった。


 そこから李鳳は不思議な体験をしたのである。

 まるで幽体離脱したかのような、夢でも見ているかのように、客観的に自分自身や周囲の様子を見れるようになったのだ。

 騎馬小隊の謀反や賊による襲撃も全てを目撃していたのである。


 李鳳は自分がマヌケな最期と迎えたという事実を受け入れて笑っていた最中、ソレは発動したのだった。

 母が授けた強力な加護は、李鳳の死を許さなかったのである。


 強制的な蘇生と覚醒が李鳳の身体を再生したのだ。

 次の瞬間、李鳳は息を吹き返したのである。

 しかし、呪いとも言うべき増幅された痛覚が目覚めたばかりの李鳳に襲い掛かり、凄まじい苦痛を与えたのだった。


 声すら出せない痛みに耐えていた李鳳は、唯一生き残った目撃者である御者に渾身の発勁を叩き込んでのである。

 顔面の穴という穴から血を流して倒れる御者を横目に、李鳳は「俺も血が足りない」とフラフラしながら外に出たのだった。


 それからの李鳳は自身に治癒功を施し、痛覚を遮断し、死んでしまった馬の肉を喰らい、騎兵の死体を斬り刻み、体格の似ていた御者の顔を潰し、服を着せ替えて、賊の襲撃と自身の死を偽装し、惨劇を演出したのである。


 その最大の目的は現在進行中でもある董卓陣営に紛れ込むコトであったが、それとは別に公孫賛らに対する意趣返しを含んだ悪趣味な茶目っ気でもあったのだ。

 万に一つの可能性として、公孫賛らが李鳳の暗殺を企んでいたと考えたからである。

 わざわざ重い木箱を積み上げた意図を深読みすれば、いくらでも理由はこじ付けられるのだ。


 きっと後悔満載で絶望に沈んだ顔をするんだろうなぁ、と崩れ落ちる公孫賛の姿を想像して李鳳は嬉々として馬肉を頬張っていた。

 残念に感じているのはその姿を目視できないのと、ボロボロで血塗れとは言え、お気に入りの迷彩服を捨てなければならないというコトだけであった。


 李鳳は強制再誕によって極限まで消耗した体力と氣力を回復させる為、尋常じゃないペースで馬一頭を喰らい尽くそうとしていた。

 荷車を引いていた駄馬を捕獲し、わざわざ目の前で別の馬を食すという行為は駄馬に対する意趣返しであった。

 器の小ささを自負する李鳳は、理解しているハズのない駄馬にすら責任を追及しようと思ったのだ。



 これが関わった者全てに不幸をもたらせた悲劇という名の喜劇である。



 李鳳は思い出し笑いを噛み殺して、調理を続けるのだった。




最期まで読んで下さり、ありがとうございます。

感想・ご指摘などありましたら、宜しくお願いします。

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