73話
※ハム好き注意
弱い者イジメのような鬱っぽい描写が続きます。
苦手な方にはオススメ出来ません。
いま、一組の男女が対峙している。
女は赤髪のポニーテールで一国一城の主も勤めている。
もう一人は黒髪で男にしては小柄な体躯をしており、女に仕える家臣であった。
「やってくれましたね、ククク……」
「ど、どうして……お前が、ココに……?」
「どう責任取ってくれるんですか? 貴女のでせいで、無駄な犠牲者が大勢出ましたよ。私も……殺されてしまいましたしね、クヒヒヒヒ」
「……ぁ……ぁ……」
男が訊ねるが、女はうまく言葉が出せないでいた。
「おやおや、都合が悪くなると黙秘ですか? いけませんねェ……為政者によくある悪しき風習ですかねェ、クックック」
「ち、違うんだ……いや、すまない。こんなコトになるなんて……思ってなかったんだ」
後悔の念を顔中に浮かべて申し訳ないと頭を下げる女に対して、男は冷徹だった。
「……それで? ただ謝罪を述べてお終いですか?」
「そ、それは……」
「私は主君の命令に忠実に従っただけですよ。自軍の武将でも無い人を命懸けで助けた報い(むくい)が……コレですか? 浮かばれませんねェ」
「すまない……本当に、申し訳ないと思っている」
男の言及にバツの悪そうな顔する女。
「まぁ、最終的に貴女は私より他勢力の武将を選んだんですから……本当はそんなに気落ちしてないでしょ。クヒャヒャヒャヒャ!」
「ち、違う! そんな風には思っていない!」
「どうですかねェ? “普通”は誰が見ても私の優先順位が低かったと考えますが……貴女は違うんですねェ。試しに私の相方にでも聞いてみたら如何でしょうか? あぁっ! そう言えば、黙っておく約束でしたね。守ってくれてますか?」
「……ああ。あの場に居合わせた私達3人と親衛隊の一部以外は……誰にも話していない」
男からの皮肉に顔を歪めて返答する女主。
「クックック……そいつは結構。喋ってしまうと何かと不都合が生じますからねェ、黙っておくのが貴女の為と考えた忠実な軍師の浅知恵ですよ。現に私の相方はまだ軍に残っているでしょ? 私は貴女の為に人事を尽くしてきました。待ち受けた天命が……コレ、とはね」
「…………すまない、何も……何もしてやれなかった……」
「最小限の人数で護送するから、こんなコトになったのでは? 大隊を用意しれくれとは言いませんが、せめて中隊であれば生存できたと思いますよ。そもそも移送さえしなければ、賊に殺されるコトもなかったでしょうに……クヒヒヒヒ」
相手を馬鹿にした笑い声を上げる男。
「お前との約定を守る為には……仕方なかったんだ」
「はて? 何か取り交わしましたっけ?」
「くッ……お前の施術の件を隠すには、お前が昏睡している姿を誰にも見られるワケにはいかなかった。その為には……お前をココから遠ざける必要があった。戦場の近くに安全な場所など存在しない……だったら、国に帰すより無いじゃないか」
「ほほぅ、それで?」
「お前の姿が露見する確率を少しでも下げるには、護衛の人数も減らすより無かったんだ」
女は心痛な面持ちで苦渋の決断を告白するのだった。
「事実を知る親衛隊員を2人付け、他の者には大事な物を輸送するので慎重に運んでくれとだけ伝えた……」
「ククク……なるほど、嘘は言ってませんねェ。実に貴女らしい……」
「その途中で……まさか、こんなコトになるなんて…………すまない。謝って済む問題ではないが……済まない」
「謝って済むなら……警邏隊は要りませんよねェ、クヒャヒャヒャヒャ!」
馬鹿にした笑いを続ける男。
「こうなってしまっては……事実を公(おおやけ)にして――」
「バカですか?」
「なっ!? 何を言う?」
「今頃になって本当のコトを話して、誰に利益があるんですか? “普通”に考えて下さいよ」
「し、しかし……!」
男はため息をし、女は口ごもっていた。
「ククク……言いましたよね、私は……貴女に殺されたんですよ?」
「ッ……!?」
「命の保証が無い施術を要請され、自己防衛できない状態に陥り、貴女の判断で護衛不足を承知のまま搬送され、挙句に賊に殺された……クックック、低俗な笑い話ですか? 私の相方がそれを聞いて納得すると、本当に信じてますか?」
「そ、それは……」
「相方がこう考えたらどうします? 私は施術ですでに助からない状態に陥っていた……と、貴女方が結託して事実を隠蔽したのではないか……。あるいは貴女もしくは、貴女を想って他の誰かが厄介な私を亡き者にした。最近の貴女方の様子がおかしかったコト、腹心の部下にも黙っていたコト……謀殺の陰謀を感じるには充分でしょう。なかなか面白い筋書きじゃないですか……クフフフフ」
女は絶句した。
女は決して頭が悪いワケではなかったからだ。
飛び抜けて賢いワケではないが、充分に聡い人間だったのである。
だからこそ、男の言っているコトに現実味を感じ恐怖したのだ。
赤髪の女は黙っていると約束を交わしたコトが、自身をここまで窮地に陥れるとは想像できなかったのである。
金髪の覇王であれば先の先まで読んだであろう。
桃髪の超能力者であれば勘で回避してみせただろう。
しかし、残念ながら赤髪の女にそこまでの能力は無かったのだ。
明らかに打つ手を間違えたと言わざるを得なかったのである。
後悔と自責の念が女を支配しようとしていた。
そんな女に悪魔のような男が囁いたのである。
「真実が都合の悪い駄作に解釈されてしまう位なら……いっそ、貴女に都合が良い脚本に書き換えてしまいましょうよ。策はあります、お聞きになりますか? ククク……」
「……なにを……言って……?」
「最善と思う方法がいつも正しいとは限らないのと同じで、真実がいつも正しいとは限らないのですよ。歴史がそれを証明しているでしょう……歴史とは常に勝者の記録であり記憶なのです。事実に反しても勝者に都合の良い解釈で語り継がれるんですよ」
「…………そ、それが?」
「つまり、すでに亡き者となった敗者の私に義理立てして馬鹿正直に真相を語る必要など皆無なのですよ。ご自身の理想を叶える為の貴い犠牲と割り切って、この凶報を逆に糧とすべきなのではないかと申し上げております」
男は言う、そうやって歴史は作られてきたのだと。
女は気付かない、男が為そうとしているコトに。
男は女の根底にある強い信念を、揺るがしに来ていたのだ。
「お、お前は……それで、良いのか?」
「良いも悪いもありません。死人に口無しです、クックック……。私が死んだという事実が覆せない以上、いつどうやって死んだかなんて大して重要じゃないんですよ。どう釈明しようが、私の相方は貴女を『味方殺し』と糾弾するでしょう」
「くッ……それは…………いや、おそらく……お前の言う通りになるだろう。そう言われるコトを、私はやってしまったのだから」
「失ってしまったモノばかりに目を向けるから、そんな風に考えてしまうのですよ。犠牲はありましたが、貴女のおかげで連合の華である軍神が救われたのも事実ですから……」
男の揺さぶりは続く。
「すでにお気付きだと思いますが、ご友人は貴女に全幅の信頼を寄せています。軍神殿や神算鬼謀の軍師達、それに神槍を誇る元客将殿も貴女の強い信念や生き様に深い感銘を受けているはずです。義妹の命を助けられ、志を同じくする貴女であれば、この恩義の報いとしてご友人は自身の勢力丸々傘下に収まるコトも快諾するでしょう」
「そ、そんなコト……」
「クックック……その手のコトに過敏な貴女が、気付いていないワケないでしょう。約定の一項目にも追加しておいたじゃないですか? 私に何かあれば今後も全面的に貴女に協力を惜しまない、という一文を……クヒヒヒヒ!」
男は然も愉快そうに笑う。
「あ、あれはお前が強引に――」
「ククク……だから、それを言って私の相方が納得すると思ってるんですか? 別に全部私のせいにしても良いのですよ、貴女が望むなら」
「…………いや、そうだったな……」
「私の口から真実が語られなくなった今、何を言っても無駄なんですよ。そもそも、一度裏切られてる貴女の言うコトを鵜呑みにするとでも? “普通”に考えたら分かりそうなモノですがねェ、クッヒャッヒャッヒャッヒャ!」
「…………」
女の顔は青褪めている。
頭が変になりそうな感覚に陥っていた。
「真実を語っても、相方に憶測で色々言い触らされたら……他の武将や兵達の信用も失い兼ねませんよ? 挙句の果ては『自分の君主は嘘吐き者で裏切り者の忠臣殺し』と罵られるかもしれませんねェ。ククク……最悪の道化が誕生しますね、誰も笑ってくれませんよ」
「……ハァ……ハァ……カヒュー……ヒュー……」
「おやおや、いけませんねェ。息はしっかり吐いてから吸わないと……酸欠にでもなったら大変だ、クハハハハハハハ!」
呼吸までおかしくなってきた女を、それでも男は笑い飛ばしたのだった。
「貴女はもう“普通”の太守じゃないんですよ。“英雄”です!」
「……えい……ゆう……?」
「そうです。漢の悪臣・董卓を討ち、天子様を御救いする英傑なのです。こんな所で立ち止まっている暇などありません。貴女は進み続けなればならない。より強い足取りで、より広い歩幅で、前へ前へと進まなければなりません」
「……前へ……?」
「その為には、より強い支えが、より広い地盤が必要になります。私や相方などよりも、はるかに優れた臣下が必要なんですよ」
「……強い……?」
男の言葉を復唱するだけになってしまった女。
「もはや進むも地獄、戻るも地獄。ならば、進むしかありません! 相方は……切り捨てましょう」
「……切り捨て……る……!?」
「失礼、少々語弊がありましたね。訂正します、自由にしてあげるのです」
「……自由……?」
「元々は私の一存で仕官させたようなモノですから、一度解放してあげて、彼女の意志を尊重してあげるのですよ。ククク……」
「……解放……」
オウム返しの女に男は嘲笑を浮かべる。
「貴女は強力な一勢力を配下に収めるのですから、相方程度の離反は痛くも痒くもありませんよ。むしろ、相方に騒がれてご友人の主従関係にまで亀裂が入るのは避けるべきなのでは?」
「……亀裂……?」
「クックック……、もし私の相方が貴女方3人で結託して私を嵌めたと言い出したら? 厄介ですよねェ、裏の事情を知ってるだけに……それを聞いた軍神殿や軍師達はどう思うでしょうか? 生真面目な軍神殿は己自身を責めるんじゃないですか? 相方と同じく相談もされなかった軍師達は自分が必要とされてないと嘆くんじゃないですか? 結果……ご友人の勢力も信頼関係が崩壊していっても不思議じゃありませんよね? 貴女もご友人もすっかり人徳を失うコトになりますねェ、困りませんか?」
「……だ……だ……ダメだ……私が……全部……私が……私が……」
うわ言のように繰り返す女だったが、男は冷徹だった。
「いえいえ、貴女一人の責任で片付く問題ではないんですよ。三人が共謀していたのは事実なんですから、そしてご友人が軍師殿を蔑ろにしたのも事実ですねェ。まぁ、これはご友人の問題であって……貴女には関係ありませんよ。クフフフフ」
「……ち……ちが……」
「ああ、でも相方は違いますよ。関係大有りです! 自分を裏切った貴女に私を殺されたと考えた相方は、どんな行動に出ますかねェ? クッヒッヒッヒッヒ!」
「……あ……あ……」
「殺意を抱き、実行に移すかもしれませんよ? ご友人にも危害が及ぶかもしれませんよ? 困りましたねェ、どう対処されますか? 大人しく殺されちゃいますか? でも、そうすると別の問題が生じますよ。故郷に人生を捧げると誓った兵との約束を破るコトになります」
「…………」
もはや話す気力すら尽き、サンドバッグを化す女を男は容赦なく打ち続けた。
「乱心だと言って返り討ちにしちゃいましょう。どうせ私も殺したんだし、あと一人増えても支障は無いでしょ……まぁ戦力は落ちますがね。一時的に黄巾の乱以前の編成に戻るだけですよ。だとすると……やっぱり真相を打ち明けるのは無意味だと分かってくれますよね?」
「…………」
「この際、相方が余計なコトを言ったりやったりする前に謀殺しちゃえば……厄介な存在は綺麗サッパリ消えてくれますよ? そうすれば、申し上げたように都合の良い脚本を書き放題! ご友人と神槍殿は多少心を痛めると思いますが、他の人達の心は救われますよ? 兵も戦力が強化されて国が守れるなら万々歳じゃないですか!」
「…………」
「貴女が“責任”を取って、私のコトをしばらく黙ってればいいんですよ。相方の暗殺が完了した後に、私も昏睡から覚めるコトなく亡くなったという筋書きにすれば……納得いかなかった相方は出奔して行方不明という口実がでっち上げれます。あとは悲劇の英雄として、ご友人の勢力を堂々と迎え入れれば良いのですよ。軍神殿は忠誠を誓ってくれると思いますよ。その為の完璧な作戦を献策してみせますが、お聞きになりますか? アッヒャッヒャッヒャッヒャ!」
大笑いする男。
目すら死んでしまっている女。
ピクリとも反応しなくなった女に、男は冷たい視線を浴びせていた。
「チッ……やっぱ生かさず殺さずでないと、ツマンネーな。死に体のノーレス女が相手だと自慰にすらなりゃしねェ……ん? お目覚めの時間か……元気になったら、また遊んでやるよ。ケッケッケ!」
『――イ殿、――珪殿』
『――ちゃん、――蓮ちゃん』
突如口調の変わった男は興味の失せた目で女を一見し、そのまま闇に消えていった。
そこに女を呼ぶ、別の声が響いたのである。
『伯珪殿、しっかりして下され』
『白蓮ちゃん、大丈夫!? 目を覚まして!』
呼ばれる声に従って、女は重い瞼を上げたのだった。
目の前には心配そうに覗き込んでくる親友の顔が見えた。
「……わ、私は……?」
「良かったぁ……白蓮ちゃん、急に倒れちゃったから心配したんだよ」
劉備は公孫賛に抱きつき涙を浮かべていた。
趙雲も側に立って安堵の表情である。
衛生兵の話では疲労が溜まっていたのだろう、というコトだった。
「ひどくうなされておりましたが、悪い夢でも見ましたかな?」
「ゆ……め……? は、ははは……夢、夢か……」
「は、伯珪殿……!?」
公孫賛は胸を撫で下ろす。
しかし趙雲はあるモノを見て、絶句した。
馬の尻尾のように後頭部でまとめられた公孫賛の赤い髪は、一部真っ白に変わってしまっていたのだった。
一方、董卓軍はと言うと――。
――洛陽・董卓陣営――
夕刻、防城戦を終えた張遼がある部屋を訪れ、中に居た女性に声をかえた。
「ふぅ、やっぱり敵は攻撃の手ェ緩める気ィは無いみたいやで」
「まぁ当然よね。袁家あたりのバカなら……って思ったけど、甘くは無いわね」
賈駆は決戦に備えて篭って策を練り続けていたのだ。
張遼と策を詰めていると、部屋の外から侍女が声をかけてきた。
「賈駆様、張遼将軍。お食事をお持ちしました。入っても宜しいでしょうか?」
「おっ! もうそんな時間かいな? エエよ、入ってきィ」
「はっ。失礼します」
侍女が机の上に持ってきた料理を載せると賈駆が驚いたように声を上げた。
「この匂い……!? 昨夜漂ってたのと同じね」
「腹の減るエエ匂いやろ! 昨日ウチも気になってもうてな、トクのオッサンがどんな料理作っとるんか見たろ思て厨房まで行ってみたんや。ほんなら、オッサンはおらんかってな。代わりに料理修行に出とったっちゅう三男坊が帰ってきとって、コレを作っとったんや。何で夕食で出さへんねんって聞いたら、一晩おいた方が旨なる言うんや」
「へぇ……トク氏のご子息が……。確か、長男と次男は五胡との戦ですでに亡くなっているのよね? もう何度も武勇伝を聞かされたけど、三男だけはドラ息子と愚痴ってたわね……帰ってきてたんだ」
トクとは董卓軍の専属料理人のような人物であり、厨房を支配する料理長である。
西涼の有力な豪族の一人だったが、変人としても有名だった。
権力や金儲けよりも料理を作るのが好きなのである。
長男と次男は武の才に恵まれていた為、馬家に仕官し戦死したのであった。
そして一番可愛がっていた末っ子の三男も一人で見聞を広める旅に出てしまい、残された父は董卓の上洛に便乗したのである。
『東の食材がワシを呼んどる』と意味不明な迷言を発して――。
董卓が軟禁された時も、連合が攻めてきた今も、料理で元気付けてくれる良き父というポジションの人物なのである。
酔う度に愚痴ってばかりだったが本当は三男に会いたいのだろうと、皆思っていたが口に出すコトは無かった。
そんな三男と再会できたのならトク氏の喜びも一入(ひとしお)だろう。
そう思いながら、賈駆は料理を口にはこんだ。
「美味しい……ッ!」
「なっ! めっちゃ旨いやろ! いやぁ、ここまで旨なるとは」
「あんた……昨夜、食べたでしょ?」
「えっ!? しゃーないやん! めっちゃエエ匂いさせとる料理が悪いねん! それに恋かて先に来てて食うてたんやから、ウチにも権利あるで!」
自分の正当性を大声で主張する張遼。
「べ、別に責めてるワケじゃないわよ。それより……本当に美味しいわね。月にも食べさせてあげたいわ」
「コレ食べさしたら月の体調もいっぺんに良うなるで。……そういや、三男坊が『医食同源、食は命なり。腹が減っては戦は出来ぬ』とか言うてたな。病なんぞエエ食事しとったら治ってまうんやと……アイツなかなか含蓄あるコト言いよるねん、エエ酒のツマミになったでェ」
「…………その三男、今すぐココに呼びなさい!」
「は? はい」
張遼の話を聞いていた賈駆は、真剣な顔で侍女に命令を出した。
侍女も意図は理解できていないが、素直に従って呼びに行くのだった。
「ど、どないしたんや? さ、酒盛りしとったん怒る気ィちゃうやろな!? ちょっとした息抜きやんか、ウチも三男坊も悪ないで!」
「違うわよ……ボクも、ちょっと話してみたくなったのよ」
「ほ、ホンマやな? 絶対怒ったらあかんで! ウチが告げ口したァ思われてまうやん」
「はいはい、分かってるわよ」
張遼を軽く受け流しながら、賈駆は先程の話に思考を戻した。
彼女が考えるコトは常に董卓に関わるコトである。
今回も董卓の体調が昨夜から悪く、未だに復調せず床に伏せっているのを心配してのコトだった。
賈駆は藁(わら)にもすがる思いだったのだ。
食事を続けながら待っていると、先程の侍女が再び部屋の外から声をかけた。
「賈駆様。お連れしました」
「ご苦労様。入ってもらって」
「はっ」
侍女が扉を開け入ってくると、続いてもう一人の男が入室する。
そのまま男は賈駆の前で両膝を地面につき、左の握り拳に右の掌を重ねて敬意を示して一礼した。
男はとても若かった。
トク氏が五十歳近いので三十路前後と思っていた賈駆は少し驚いた表情に変わったのである。
そんなコトはお構いなしに張遼が声をかけた。
「おぅ、昨日ぶりィ。言うてた通り、咖喱(かれー)は一晩置いた方が全然旨いな。アンタを疑うてたんとちゃうけど、感心したで」
「それは良かった。少しでも美味しい状態で料理を召し上がって頂きたい、その為の創意工夫をいつも考えていた結果……と言いたいところですが、本当は先人の知恵や教えを引用しただけです。ククク……」
他力本願をどや顔で言い放った男に張遼がツッコミを入れるのを呆れ顔で見終わってから、賈駆は口を開いたのだった。
「コホン、ボクが賈文和よ。わざわざ呼び出して、悪かったわね」
「お会いできて光栄です、賈文和様。お初にお目にかかります。私、姓は匿(とく)、名を名、字は希望(きぼう)と申します。クックック、何卒お見知り置きを……」
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
2012年、最後の投稿となりました。
夏にスタートしてから早5ヶ月、読者の皆様には本当にお世話になりました。
感想や評価をして下さった皆様に感謝しております。
一つ一つがとても励みになりました。
来年もどうぞ宜しくお願いします。
それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。




