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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
洛陽の攻略
72/132

72話


――連合軍・公孫賛陣営――


 先程決まった作戦を公孫賛軍と劉備軍の主要な武将にも伝える為、皆が集う時間帯を調整し軍議の場が設けられたのである。


 時刻は城攻めの当番が馬超軍に移り変わった直後、夕日が空を赤く染めていた。

 しかし、皆が参集してからも共闘軍の大将を勤めている公孫賛は暗い表情のまま黙っていたのである。

 普段と様子の異なる公孫賛に他の者は戸惑いを見せ、軍議が始められないでいた。

 

 その中で動じずに声を発した者がいた。

 直属の部下に当たる李典である。


「ウチらかて、そないに暇ちゃうねんで。早よ、始めたってんか?」

「…………」


 まるで聞こえていないかのように無視されて不機嫌さが前面に現れる李典。

 イラッとして怒鳴りつけようとした李典が再び口を開くよりも早く、趙雲が声をかけたのである。


「伯珪殿、如何なされた? 決戦での布陣が決定したコトは良いが、城攻めの当番まで新たに押し付けられたと聞いておりますぞ。我らにも詳しい経緯を教えてもえませぬか?」

「…………」

「伯珪殿……?」

「白蓮ちゃん……どうしたの?」

「お姉ちゃん、お腹がすいたのか? 鈴々も減っているのだ!」

「…………い、いや」


 心配しつつ経緯を訊ねる朝雲であったが、やはり公孫賛は黙ったままだった。

 劉備は隣で黙り込む公孫賛を心配そうに見詰めている。


 馬超軍の前に城攻めを担当していた張飛はとても空腹だった。

 戻って来たらご飯を食べる前に緊急招集がかかってしまい、現在お預け中なのである。

 公孫賛に元気がないのも、きっと空腹のせいだと張飛は思ったのだ。

 だからこそ夕飯を食べれば元気になると信じて大きな声をかけたが、ようやく出た言葉も単に否定を表す一言だった。


 埒が明かないと思った李典が不機嫌さ全開で文句を言う。


「なんやなんや、辛気臭い顔しおってからに……。昨日まではウチの厭味にも平然としとったくせに……どないなっとんねん。とりあえず朱里、アンタも軍議に参加しとったんやから代わりに説明したってんか。このままやと日ィ暮れてしまうさかい、宜しゅう頼むでェ」

「ヤー! 了解です、教祖さま。軍議で決定した内容は次の――――」


 久々に李典に声をかけられた諸葛亮は嬉しそうに返事をした。

 そして促されるままに軍議で決まった布陣や作戦、さらに城攻め当番での一悶着についても説明したのである。


「袁家の横暴は相変わらずか……やれやれだな。しかし、曹操殿の助力には我らも感謝せねばならんな……例え、何かしらの魂胆があろうともな」

「そうですね。おそらく曹操さんの協力が有っても無くても、袁紹さんは強引に当番を押し付けてきたでしょうから……その点は、とても助かったと言えます。ただし、間諜を忍ばせてくる可能性が高いと思いますので、最低限の情報規制は必要になるかと」

「ふむ、そうなるだろうな。やはり……やれやれだな」


 諸葛亮と趙雲は曹操の意図について話し合っていた。

 公孫賛は依然として黙っており、劉備も不安げである。


「城攻めに関しては騎馬隊の活躍は望めないので……これまでの希望通り、桃香様と伯珪さん、それに星さんの部隊を合わせて第一班とします。そして新たに教祖様と雛里ちゃんが第二班、鈴々ちゃんと私が第三班として部隊を再編成します。曹操さんの兵は私と鈴々ちゃんの部隊に全て編入させ、代わりに私達の兵は雛里ちゃんのところに組み入れます。少しでも情報の漏洩を防ぐ為、一箇所に固めるのが得策と思われます。城攻めの最中に決戦となった場合、無理せずに一旦退いて下さい。そのまま応戦すると大きな損害を受けてしまいますので……」

「一旦退いて陣形を組み直すっちゅうコトかいな?」

「はい。“無駄な犠牲”は極力控えたいですから……」

「そら、そうやな」


 何気なく放った諸葛亮の一言を聞いて、公孫賛の顔が青褪めた。


「編成はこれで良いでしょうか? 桃香様、伯珪さん」

「うん。私はいいと思うよ、白蓮ちゃんは?」

「……あ、ああ。……問題ない……そのまま、続けてくれ」


 諸葛亮からの確認に、何とか返答を搾り出す公孫賛であった。

 明らかに様子がおかしいコトは皆が気付いていたが、公孫賛本人が何も言わない以上追求する者はいなかったのである。


「それと数でこそ連合が上回っていますが、あの呂布が相手となれば無理は禁物です。もし下手に退路を断つようなコトになって追い詰めてしまうと――」

「降伏せェへん場合、さらに厄介な死兵になってまうっちゅうことやな」

「その通りです。天下無双の呂布が動けなくなるまで暴れ続ければ、想像を絶する被害を受けることになりかねません」


 虎牢関で見せた関羽をも凌駕する圧倒的な暴力は、戦慄として、また畏怖の対象として、皆の記憶にも焼きついていたのである。

 そして互角とまではいかないものの、大健闘した関羽はすでにリタイアしているのだ。


 誰があの呂布を抑えるのか、決戦における連合軍最大の課題である。

 そしてもう一つの問題は――。


「張遼っちゅうんも、今度こそ出てくるんやないか?」

「はい。決戦時には間違いなく……」


 神速の用兵と名高い張遼であった。

 十常侍の暗殺に借り出されていた張遼は、虎牢関での戦いには参加していない。

 黄巾賊を手玉にとったとされる用兵術の噂だけが一人歩きしており、実際にその用兵を見た者は少なく、この共闘軍の中には居なかったのである。


「なんやゴッツイ武将やて、珍しゅう伯雷が手放しで誉めとったんや。……ある意味、呂布より厄介な存在らしいで」

「李鳳さんが、そんなコトを……?」

「まぁ、今となっては伯雷がおらんさかい……真意は確かめられへんけどな」


 李典は公孫賛にも聞こえるように声を大にして語った。

 ここ最近のやりとりでは、恒例となりつつある厭味である。

 李典にとっては挑発のつもりであり、公孫賛が乗ってくるコトで売り言葉に買い言葉的に情報を得ようと考えていたのだ。

 いつもは公孫賛が苦笑いをするだけで受け流すのだが、今日は違っていた。


 公孫賛の顔色は真っ青から徐々に真っ白へと変わり、重苦しい雰囲気を醸し出している。


 そんな中、小さな手がちょこんと挙げられていた。


「ん? どないしたんや、雛里?」

「雛里ちゃん……?」

「い、以前……李鳳さんに、聞いたコトがあります」


 鳳統であった。

 話し出すキッカケが欲しかった気の小さい彼女は、誰かに気付いてもらう為に挙手したのである。


「何をや?」

「連合軍と董卓軍の中でそれぞれ一番注目している人は誰ですか、と」

「へェ、そうなんや。どない言うてた? 連合は勿論ウチやったやろ?」

「えっ!? あわわ……そ、その、あ、あの……えと……りょ、両軍の中で、一番気になるのは……その……『遼来来』だと……」


 李典のあまりの食い付き様に驚き、慌てる鳳統はとても申し訳なさそうに答えた。


「なんやてッ!?」

「ひぃ……あわわ、ご、ごめんなしゃい」

「はわわ……ひ、雛里ちゃん……」


 李典の恫喝に近い叫び声に怯え慄くチビッコ軍師達。

 その様子を見た李典はフッと落ち着きを取り戻した。


「あ~……すまんなぁ、別に……雛里に怒ったんちゃんやで。大きい声出してもて悪かったわ、堪忍したってな」


 虎牢関を抜けて以降、情緒不安定気味の李典は急に大声を上げるコトも増えていた。

 部下達の悩みの種であり、心配の素でもあったのである。

 チビッコ軍師もそのコトをよく理解していた。


「い、いえ……だ、大丈夫でしゅ」

「遼来来って誰なのだ? 料理の名前みたいで美味しそうなのだー…………お腹減ったのだ」

「――張遼のコトや。伯雷は何でか知らんけど、張遼をそない呼ぶねん。ほんで、他には……何ぞ言うてたか?」


 李典は不機嫌だった。

 公孫賛の態度もそうだったが、ここに来て張遼が自分よりも李鳳のお気に入りだと判明した瞬間に不機嫌ゲージがMAXに達したのである。

 表面上は冷静を装っているが、内心では腸(はらわた)が煮えくり返る思いでいた。

 自分はこんなに心配しているし今までも面倒見てやったのに、という怒りが支配していたのである。


「はい。李鳳さんは『遼来来こそ最高の武人であり、遼来来こそ最強の軍人。百倍の戦力差でも引っ繰り返すだけのイカれた可能性を秘めた闘神の如き存在、敵であるかぎり最優先討伐対象とすべきでしょう。同時に最優先捕獲対象ですよ、味方に引き込めれば関羽将軍を凌ぐ活躍が期待できるでしょう……引き込めればの話ですが』……そう笑いながら仰ってました」

「…………チッ」

「愛紗を凌ぐ……か。李鳳の人物評はいつも棘があるが的は射ている、つまり張遼はそれだけの強さを持った武将というコトなのだろう」


 渋い表情で語る趙雲。

 彼女も李鳳の認める所は認めていたのである。


「呂布と違って張遼は群でその真価を発揮します。それを討つには、やはり群から孤立させるのが一番良いと思います。個でも充分強いと思われますが、呂布ほどの化け物ではないそうです。そこで――」


 諸葛亮の話した策は曹操らが考案したのと非常に似たものであった。

 違いは登用を考慮しているか否かである。


 関羽は意識こそ戻ったが、体の自由が利かず床に伏せたままであった。

 彼女の前線復帰を皆が望んでいる。


 そのような状況下、李鳳が関羽を凌ぐとまで評している張遼を勧誘する為の策など、諸葛亮には練るコトが無意識的に出来なかったのだ。

 主君の劉備が望めば諸葛亮も献策しただろうが、そんなコトは有り得なかった。


 前線復帰を不安視する関羽の居場所を奪うような行為になるからである。


「――です。分断後の張遼の相手は星さんにお願いします。配置しだいでは張遼ではなく、呂布を相手にする可能性もあります」

「うむ、任されよ。しかし……愛紗のいない今となっては、呂布を足止めするのも一苦労であるな。状況が状況だけに、他の軍との連携も厳しいのであろう?」

「はい。どの軍も都へ一番乗りし、我先に董卓を討ちたいと考えているでしょうから……。そんな中で呂布の抑止力を担っていた愛紗さんの代わりをわざわざ務めようと考える軍はいないかと。孫策さん達なら共闘できたかもしれませんが、仲介役の李鳳さんが不在ですので……難しいかと」

「こない肝心な時におらんとは……ホンマ困ったモンやで。別にわざわざ送り帰さんでも、置いといたら役に立った思うんやけどなぁ」

「…………」


 その発言を聞いて劉備は顔を背けた。

 趙雲も迂闊なコトを言ってしまったと後悔したが、表向きは平然としたまま黙っている。

 ただし、公孫賛だけは脂汗を浮かべ呼吸も荒くなっていたのだった。


「そうですね。“もう居なくなった”後ではどうしようもありませんが、何らかの助言は貰えたでしょうから」


 李鳳を軍師として頼りにしていた諸葛亮。

 彼女には一切悪気などない。


「私も李鳳さんの話は表現こそ過激でしたが、とても勉強になるコトばかりで……もっとお話したかったです」


 帰ってしまったのでもう話せない、と残念がる鳳統。

 彼女にも悪気はない。


「しゃ~ないやん、誰かさんが強制的に帰しよったからな。まぁ……“二度と会えへん”ワケやないねんから、董卓倒したら幽州まで遊びに来ィや。“元気”な伯雷と待っとるさかい」


 悪気しかなく、意外と根に持つ李典。



 すると、公孫賛が前のめりに屈みこんでしまった。

 それに気付いた趙雲が声を上げる。


「伯珪殿、どうなさった!? どこか具合が悪いのではないですかな? おい、誰かある! 直ちに衛生兵を呼べ!」

「ぱ、白蓮ちゃんッ!? 大丈夫? しっかりして!」


 蒼白となっていた顔面が一転して赤く染まり、明らかに高熱を発していると思われた。

 そして、うわ言のように呟いた。


「……すまない…………全て……私のせいだ……」


 か細い声で発せられた懺悔の言葉は、しかし、皆に届くことは無かったのである。


「伯珪殿!?」

「な、なんやなんや……?」


 そして、とうとうその場に倒れ込んでしまったのだ。


 騒然となる一同。

 その後、駆けつけた衛生兵によって公孫賛は安静に出来る場所へと運ばれたのであった。


 悪態ばかりついていた李典であったが、倒れたとあっては心配になり付いて行こうとした矢先、劉備と趙雲は自分達が付き添うから、と他の者を牽制したのである。

 さすがの李典もこれには怒りを通り越して呆れてしまったのだった。


「……伯珪さん」

「何やっちゅうねん、誰が誰の主なんか分かったモンやないで……ここでもまた除けモンかいな。悲しゅうなるでェ……」


 残された面々は複雑そうであった。

 ある者は心配そうにしており、またある者は文句たらたらである。

 そして、それ以外に感じていた人物が口を開いたのだった。


「白蓮のお姉ちゃん、お腹痛いのを我慢していたのか? 我慢は良くないのだ。鈴々もお腹が減ったのを我慢しているのだ…………我慢は、良くないのだ!」

「ウッシッシッシッシ、せやな! やっぱ我慢したり、隠し事すんのは良うないよな。ほんなら、ウチらは飯でも食いに行こうや。食える時にちゃんと食っとかんとアカンでェ、いつ何が起こるか分からんからな!」

「賛成なのだー!」


 張飛の自分にとても素直な発言を聞いて李典は久しぶりに大笑いし、気分が良くなった所で皆を食事に誘ったのであった。

 しかし、心配性のチビッコ軍師はと言うと――。


「はわわ……い、いいんでしょうか? 伯珪さん、本当に辛そうでしたけど……?」

「ええねん、エエねん。心配なんは分かるけど、ウチらに出来るコトは限られてんねんで。いざとなったら、ウチらは伯珪はん抜きでも戦えるような心構えでおらんとアカン。それが苦しんどる民の為やし、伯珪はんの為にもなるんや。……ええな、朱里?」

「は、はい。教祖さまの仰る通りです。こんな時こそ私達がしっかりしないと、ですね」

「せや、雛里もええな? アンタには伯雷の代わりにウチを補佐してもらわなアカンねんから、あんじょう気張ってもらうでェ」

「はひ、教祖しゃま。精一杯頑張りましゅ……ぁぅぅ」


 暗かった表情が明るく戻ったチビッコ軍師に満足すると、李典は再び皆に声をかけた。


「ニシシシ……よっしゃ、ほんなら飯行くでェ。仰山食うて力付けや!」

「「ヤー!」」

「にゃー!!」


 低いながらも小さなその右の拳を高々と突き上げる3人のチビッコは、元気良く返事をしたのだった。





最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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