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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
洛陽の攻略
71/132

71話

孫呉フェイズです。

――連合軍・孫策陣営――


「ただいまー」

「おかえりなさい。……それで、決戦の布陣はどうなったの?」


 全体の軍議より戻った孫策を周喩が出迎え、開口一番軍議の結果を聞いたのであった。


「さっすが冥琳、全て想定済みってワケね」

「ふふ……、敵が分かり易い動きをしていたのだから誰でも気付くわよ」

「ただねぇ……問題も発生したわ。あの小猿……」


 眉をしかめて愚痴る孫策。


「袁術が、今度はまた何を言い出したの?」

「敵が決戦を仕掛けてくるまでは、城攻めの当番から外れて準備を整えるそうよ」

「は? ここで手を緩めたら敵に休まれてしまうわよ?」

「そんなの知った事じゃないんですって……。総大将の袁紹も同じこと言ってたわ」


 周喩は額に手を当てて疲れたように呟いた。


「呆れた……名門袁家の名も地に堕ちたものね」

「フフフ、名家の周家が言うと説得力があるわね!」

「……茶化さないでちょうだい。うちと袁家じゃ……比べ物にならないわ」

「フフフ、ごめんごめん」


 反省の色が見えない孫策にも呆れながら周喩は続きを促した。


「それで、どうなったの?」

「小猿の代わりに私達が、袁紹の代わりは公孫賛達が引き受けることになったわ」

「そう……。私達はともかく、彼女はまた貧乏くじを引かされたわけなのね」

「虎牢関で目立った関羽の名乗りや公孫賛軍の獅子奮迅の活躍が鼻についたみたいね、目の敵にされてるわ。よっぽど自分が総大将だってことを誇示して目立ちたいみたいね」


 孫策は公孫賛に同情的な意見を語った。

 そこへ一人の女性が姿を現した。


「戻っておられたのか、策殿」

「あら、祭。元気そうじゃない」


 毒からすっかり回復した黄蓋である。

 李鳳の処方した解毒薬を服用して翌日には復調していたのだが、大事をとって虎牢関の時も城攻めにも参加していなかったのである。

 その間は孫権のお目付けとして付きっ切りであった。


「すっかり良ぅなったわい。これ以上休んでおると逆に体に悪いくらいじゃのぅ、ワハハ」

「フフフ、なら次の城攻めから前線指揮を頼めるかしら? さすがに現状のままじゃ増えた当番をこなすのは骨だし……間もなく決戦も始まるわ」

「承知。しかし、良い時機に来たもんじゃわい。腕が鳴るのぅ!」


 年甲斐も無くやる気を漲らせている黄蓋を見て、孫策と周喩は頼もしく微笑んだ。

 そして表情を引き締め直した孫策が話を続けた。


「決戦になったら……思春にも動いてもらうわよ」

「ふむ、致し方あるまい」

「蓮華様はどうするつもり?」


 汜水関での夜、李鳳に受けた精神的ダメージから未だ回復していない孫権はずっと塞ぎ込んでいたのである。

 甘寧と陸遜も側について励ましたり奮い立たせようと頑張っているが、今のところ効果は薄いようであった。


「どうもしないわ。言ったでしょ、あの子が自分で立ち上がるまでは何もするつもりはないって」

「……そうだったわね」

「このまま潰れるようなら、その程度の器だったということよ。私の次は……シャオに期待するのね」

「フフフ、心にもないことを……」


 孫策の厳しい言を周喩は笑って流してしまった。


「なーによー、私は本気で――」

「はいはい、そうね。それで……興覇を使うのに私も異論はないわ」

「ぶーぶー。とりあえず、城攻めは今まで通り私達だけでやるわ。思春は決戦用……いえ、突入用の秘密兵器ってとこね」

「なるほど……。口では袁家を何だかんだ非難しておいて、貴女も周りを出し抜きたい気持ちは同じだったのね」

「フフフ、いけない?」

「ワハハハハ、結構結構!」


 無邪気に笑う孫策。

 つられて笑う黄蓋。


「いいえ、それでこそ雪蓮よ」

「でしょ!」

「ところで策殿、小癪な李鳳めの件は如何でしたかな? 傷は癒えたが、夜になると……疼くんじゃよ」


 右腕をさすりながら黄蓋が訊ねた瞬間、孫策の表情が一変した。


「……どうしたの?」


 周喩はその表情の変化に気付き、訝しげに問いかけた。


「う~ん、聞きには行ったけど……聞く気はなかったんだけど、聞こえちゃったのよねぇ」

「は……? 策殿、何を言っておるんじゃ?」

「どう言うことかしら?」


 禅問答のような謎の発言に首をかしげる黄蓋と目を細める周喩。


「李鳳は虎牢関を抜ける前に強制送還となったそうよ。理由は何かしらの無礼を働いたコトによる懲罰らしいわ」

「あの小僧がのぅ……不謹慎な発言が度を越えたんじゃろうか?」

「その移送隊が道中、賊の襲撃を受けて全滅したそうよ……李鳳も含めてね」

「……は? は、ハハハ、策殿。今のはイマイチじゃったのぅ、今度はもう少し笑える冗談を考えて……そうじゃ、儂のとっておきを教えてやっても良いぞ?」

「…………」

「…………」


 冗談と判断した黄蓋が笑い飛ばすが、孫策の表情は真面目なものであった。

 次第に笑みが消え、真剣な顔付きになった黄蓋が改めて口を開いたのである。


「……事実じゃと?」

「たぶん……ね」

「…………」

「そんなバカなッ!? あの小僧は簡単に死ぬような輩ではないぞぃ」


 黄蓋は信じられないと声を上げた。

 先程『無礼』『強制送還』『懲罰』と聞いた時には一切変わらなかった表情が、賊にやられたという事実を受け止めた途端に変化したのである。


「数は不明だけど……黄巾の残党らしいわ」

「……あの李鳳めが賊如きに遅れを取るとは、儂にはどうしても思えんのじゃがのぅ」

「私も……よ。だけど、あの公孫賛の見せた反応は嘘じゃなかった。その訃報を聞いて、彼女は絶望の色を濃く浮かべて膝から崩れ落ちたわ。不器用の塊みたいな公孫賛がそんな芝居をするとは思えないし……意味もないわ」

「…………」

「…………」


 孫策の話に黄蓋も口を閉ざしてしまった。

 周喩は全てを聞き終えるまで黙っているようだった。


「その後は衛兵や私がいくら呼びかけても無反応のままだったわ。少なくとも、公孫賛は本気で李鳳が殺されたと思ったのよ。いくら賊の数が多かったとしても、カレの強さを主君の公孫賛が知らないはずがない……だとすると、どうして逃げ延びたと思わずに死んだと判断したのか」

「ッ!? もしや、実力を発揮できぬ状態であったということかのぅ? 賊にすら抗えんような負傷あるいは病気であったか、もしくは拘束されておったと?」

「……たぶん、ね。強制送還の本当の理由もその辺にあるんじゃないかしら、勘だけど……。死体も確認したみたいなコト言ってたし……九分九厘、間違いないと思うわよ」

「なんと……」


 孫策の話から李鳳の状況を推測して結論を導き出した黄蓋は脱力感を感じていた。

 一方、終始黙って聞いていた周喩が口を開いた。


「それで雪蓮、残りの一厘はどう思っているの? 貴女の勘も李鳳は死んだと告げているのかしら?」

「……分からないわ。悪運だけは強いガキだったし、個人的には死んでいて欲しくないってのが本音ね。……ただ、どうしてもそれが嘘だとは思えない自分もいるわ」

「……そう」

「なんとも……呆気ないモンじゃのぅ」


 黄蓋は残念そうに呟いた。


「そういうモノなのかもしれないわね……だからこそ、私達も今日を精一杯生きないと」

「そうね。いいコト言うじゃない、冥琳」

「……うむ、そうじゃのぅ。儂も早速鈍った弓のカンを取り戻してくるかのぅ。では、また後でな」


 そう言って黄蓋は離れて行ったのだった。


「ふふ、祭殿らしい言い訳ね」

「やり場の無い激情を、鍛錬で発散するんでしょうね」

「……貴女はいいの?」

「フフフ……、お見通しなのね。でも大丈夫よ、私は敵にぶつけるから。それとね……本当言うと賊には殺されてないんじゃないかって思うのよ、勘だけど」


 親友に見透かされて笑う孫策が黄蓋にも告げなかったコトを話し始めた。


「……生きてるってこと?」

「いいえ……祭には変な誤解を与えたくなかったから言わなかったけど、李鳳はやっぱり死んだと思う。それは誰かに殺されたんじゃない、でも死んだ。……そして、生きてる気もする……」

「……つまり、どういうこと?」

「それが分からないのよー! 確かに死んだんだろうけど、生きてる気もしてるのよ。でも死体は見つかったって聞いたし……ああー、こんなにワケが分からないのは初めてよ」


 珍しく頭を抱え、少々混乱気味の孫策に周喩が自身の考えを述べた。


「じゃぁ、考えるのを止めなさい。ココで私達がいくら考えても答えは出ないわ。だったら後回しにして今は決戦に集中するっていうのはどうかしら?」

「……プ、クク、アハハハハハハ、さっすが! 大賛成よ、それ」

「ふふふ……。それじゃ穏を呼んで策を練りましょうか、一番乗りを狙う策をね」


 そう言って伝令に陸遜を呼びに行かせる笑顔の周喩であったが、それは内心を隠すものであった。


 周喩は天真爛漫・天衣無縫といった生き方をしてきた親友の孫策が、過去数回接触しただけの若者に執着し頭を悩ませている姿をこれ以上見たくなかったのである。

 その行為を許せず、その事実を受け入れたくなかったのだ。


 李鳳が死んだと聞かされて呉の大将と忠臣が明らかに動揺し、挙句に生きていて欲しいとまで望んでいる現状を周喩は恐ろしく感じたのであった。

 毒も薄めれば薬になると言うが、どれだけ薄めても尚、他人を蝕む劇毒――それが李鳳だと周喩は考えていたのである。

 たった一人で黄蓋と甘寧を退け、そして孫権の心を深く傷付けた李鳳を、周喩は最重要危険人物と見なしていたのだ。


 『二度と孫権様に近付けてはならない』という周喩の想いとは裏腹に孫策、黄蓋、甘寧それに周泰といった主要な武将は李鳳にとても興味を抱いてしまっているのである。

 虎牢関から姿の見えなくなったコトが気にかかり、代表して孫策が訊ねに行くと言い出したのだった。

 非常に良くない状態、それに舌打ちしたい衝動を何とか抑えていた周喩にとって、李鳳が死んだというのは他の2人と違って吉報とさえ思えた程である。


 しかし、嫌な予感は消えないままだった。

 周喩自身の勘は百発百中とは程遠い確率でしか当らない。

 だからこそ、孫策の勘で再確認したかったのだ。


 周喩自身も気付いている。

 自分も李鳳という目に見えない毒に侵されているコトに、死んでいて欲しいと強く望む自分が居るコトに、孫権様の為と思いつつも本当は自分の病状を見抜いているカレに消えて欲しいとずっと渇望していたコトに、だ。

 そして他人に考えるなと言っておいて、実は自分が一番考えている事実に笑っていたのである。


 彼女の笑顔は自嘲だったのだ。

 ただただその事実を、勘の鋭い親友に気付かれないよう祈るだけだった。






最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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