7話
主人公は口と性格が非常に悪いです。
ご了承下さい。
李一家のスタイルは夜間に奇襲――これのみであった。
変わらず続けており、それなりの成功率を叩き出している。
と言っても、夜になったからいきなり襲いかかるというワケではない。
まず、間者として部下を目的の懐に忍ばせて情報を得ると共に、ある程度の信用も勝ち取らなければならないのである。
大事なのは相手に一服盛れるだけのポジションに立つことなのだ。
毒は遅効性の睡眠薬で、これで毒見も回避してきたのだった。
相手が寝静まった後に、闇夜にまぎれて悠々と接近し、眠っている者を全て殺してから物資を奪い、その後は状況に応じて火を放って船を沈めるのか、解体し木材として売却するか分かれるのである。
李一家は少数精鋭だと思われているが、実は全く持って違うのだ。
頭目の李単以外は皆平凡と言っても過言ではないレベルである。
それは李単が優秀な者を排除してきたからに他ならない。
彼はその臆病な性格から自分に反論する者を次々屠って来たのだった。
現在残ってる面子は自分の言うままに動く、使い勝手の良い駒だけなのだ。
戦闘力は低いが統率力は高い、まさに李単としては理想の部隊なのである。
武力など眠ってる相手の首を刎ねれるだけの膂力さえあれば良い、とさえ思っていたからだ。
このスタイルで一番重要なのは間者、細作、隠密、つまりはスパイである。
諜報という分野においてのみ、李一家の持つ技術は中華大陸でも一二を争う程高かった。
それは元々李単が隠密活動を生業としていた一族の出で、一子相伝とされる技術を持ち逃げしたコトと、本来であれば武力も必要とされるのだが、李単によって武に優れる者が処断されていった結果、武には頼らない新しい間諜技術が確立されていったのである。
反抗する者は殺し、己より強くなりそうな者も謀殺してきたのだ。
李単は安泰のはずだった。
しかし、数年程前に状況は変わったのである。
思考の読めない狼を飼うコトになってしまったのだ。
狼の名は李鳳、字は伯雷。
真名を持たない河賊に拾われた、李単の養子になった少年である。
李単は李鳳に諜報の業を全て叩き込んだ。
飲み込みが良く、上達の早かった李鳳はわずか5年で師を超えていた。
武芸者を嫌う李単が実施した剣術の稽古とは、一方的は蹂躙である。
どちらがより強いかを知らしめるだけの稽古に、『教える』という行為は存在しなかったのだ。
にもかかわらず、日に日に李鳳は李単の剣術を吸収していったのである。
自分に迫ってきていると感じた李単は、それ以降手合わせをしなくなったのだった。
側近である塁の息子・侭が3人がかりで李鳳と対戦したこともあったが、一蹴されてお終いだったと聞いて李単は戦慄が走ったという。
では、なぜ李鳳は未だに生かされているのか?
1つ目はその諜報能力の高さである。李鳳の関わった仕事は全て成功していたのだった。
2つ目は反抗的な態度は示さず、とりあえずは従順であるからである。命令を拒否したコトなど一度も無かったのだ。
3つ目は暗殺や謀殺が必ずと言って良い程失敗するからである。斉の一件以降も何度か仕掛けたことがあったが、李鳳は死ななかったのだ。
3つの事情により、李鳳は未だ生きているのである。
李単も生かして利用した方が何かと便利だと考えるようになり、近年では謀殺も図らなくなったのだった。
――とある船上――
【李鳳】
揺れるねぇ……安定性の更なる向上が必須課題だろ!?
こんな船上で華麗に戦える奴は……それだけで尊敬に値するな。クックック……。
「ここにいたんだ?」
某豪華客船の映画でやってた真似事をやろうと船頭に立っていた李鳳の元に燈がやってきたのである。
「潜入任務以外は未経験な為、少し不安でして……。ここで緊張を解そうと、こうして風に当たっていたんですよ」
「そう? 全然緊張してる風には見えないけどなぁ……」
「まぁ、ある程度解れましたから」
「それは良かった。まぁ、侭達がうまくやってるだろうから、そんなに心配はないよ」
努めて笑顔で語る燈。
李鳳は怪訝な表情で見詰め返していた。
はぁ……本気で言ってるんだろうか?
どこにそんな保証があるんだよ!? あいつら失敗しまくってんだぞ……。
「その侭達だからこそ……不安を覚えるのですが?」
「確かに失敗するコトも、何度かあったけどさ……ほら、言うじゃないか。失敗する程大きくなれるって。だからさ、今回はきっと大丈夫だよ」
その自信の根拠はなんだ!? あんまし仕事舐めんなよ。
ガキでも責任を取らせるべきだろうに、いっつもお前と塁で庇うから侭も成長しねーんだよ。いい加減気付けってんだ……いや、言わねーと分からないんだろうな。
「私の記憶が確かなら……成功してたのは、最初の頃だけです。むしろ、その後はずっと失敗の連続でしたよね? 今回は本人の強い希望と塁の後押しがあったから担当になったと聞いていますが、近くでずっと見てきた私は不安でしかないですねェ。そもそも彼には学習能力が無いのでしょうか? 何度同じ過ちを繰り返せば、非を認めることが出来るんでしょうね……理解に苦しみます。貴方達が甘やかしているようにも感じるのですが、気のせいですかねェ? 失敗する程大きくなると言うコトは、私は今まで一度も失敗したことがないせいで小さいままなんでしょうかねェ?」
「あ、あはははは、ま……まぁ、今回は塁の目を信じてあげようよ。そ、それに伯雷はこれからが成長期なんだよ。焦らなくても大丈夫だよ……きっと」
長々と皮肉を言った李鳳に対して、燈は苦笑いをしながらフォローする。
しかし李鳳は冷ややかであった。
「塁は武力はそれなりですが、諜報に関してはお粗末ですよ。忍び足であれだけ音を立てる人は珍しいでしょう。そして、その血は脈々と侭に受け継がれていますよ……幸か不幸かね。だいたい親子揃って6尺(180cm)以上あるムダにでかい体は隠密に向いてないんですよ。今回も侭は傭兵として護衛に回されましたよね? それが現実なんですよ。子分の嬰(えい)と微意(びい)がいなければ、只の無駄飯食らいでしかないですね」
「嬰と微意は小さい頃から侭に可愛がられてたからね、兄のように慕ってるんだよ」
確かにそうなんだ。あれが不思議で仕方ない。
人望ってやつがあるのかもしれん……俺にはまるで無い才能だな、くっくっく。
「記憶違いでなければ……私は侭の義弟として育てられたはずですよね、一度も可愛がってもらった覚えがないんですが? ああ、もしかして、あの嫌がらせの類いが愛情表現だったんですかねェ? だったら幼い私には……到底分かりませんでしたよ」
「そ……そう言えば、その話し方もすっかり板についてきたね」
おおぅ、形勢不利と見るや話題の転換ですか。
くくく……燈らしいっちゃ、燈らしいな。
李鳳は燈を鋭い視線で捉えており、味方であるにも関わらず油断なく話していたのである。
「ええ、子供らしい口調の演技も出来ますので間者としての活動に支障はありませんよ」
「急に変わった時は驚いたよ。僕は以前の口調の方が伯雷らしいって気がするけど……あ、べ、別に今のが悪いって意味じゃないからね」
「わかってますよ。しかし私は……どうも見た目(145cm)のせいか、本来の年齢のより下に見られることが多々ありましてね。相手に舐められるわけにもいかないので口調だけでも毅然としたいんですよ」
特に、腹黒のお前は油断出来ないからな!
以前の口調に戻そうという魂胆は解ってるんだよ。
きっと、邑の女の子達に『ほら、あの男の子見てごらん。あれでもう13なんだよ。それなのに未だに子供みたいに話してるから、あんなに小さいんだ。おかしいでしょ? あはははははははは』ってあざ笑いたいに決まってるんだ!!
李鳳の冷たい視線を浴びても、燈は気にした様子もなく返してくる。
「大丈夫、伯雷が頑張ってるのは皆知ってるし、頼りにしてるんだよ。だからお頭も今回直々にご使命したのさ。自信持ちなよ!」
……厚い仮面だ。
全然本性を見せないのは流石だな。鉄壁のガードってやつだ。
その点は純粋に尊敬できるよ……自身の趣味の為に徹底した演技、勉強になるな。
燈から学ぶことは本当に多いよ……それより、まだ目標が見えないのかな?
地図が正しければもう見えてくるはずなのに……。
李鳳は少し不思議に感じ、それを燈に投げかけた。
「燈、少し変じゃないですか? そろそろ(襲撃)予定地点のハズなのに……近くにまだ船が見えないんですよ」
「じゃぁ、まだ先なんじゃないかな?」
母さんの加護で俺の視力は格段に向上していて、一味の誰よりも目がイイんだぞ。
その俺が確認出来ないってコトは地図が間違ってるか……場所が間違ってるか、そのどちらかだ。
んでもって、今回は確実に後者だ。
この地図は以前にも何度か利用して、都度修正を加えてきたものだから信頼性は高い。
ちっ、ヤバいコトになるかもしれん……。
李鳳は焦った様子で口を開いた。
「気になることがあるので、頭領の所に行ってきます」
「あっ、僕も行くよ」
絶対、変だ。何か胸騒ぎがするぞ……よくない事が待ってそうで、この先には進みたくない。
李鳳は不安を抱えたまま、それを報告する為に李単を訪ねたのである。
「報告します。予定地点と思われる場所に船が見当りません。小舟を出し、状況が確認出来るまでこの海域にとどまるべきかと」
突然やってきて進言する李鳳を訝しげに見詰める李単であったが、コトの重大さに気付いて考え始めたのだった。
すると、李鳳と一緒に付いて来た燈が口を開いた。
「思い違いってことも考えられるんじゃない? 予定地点はもう少し先の可能性もあるわけだしさ?」
燈……正気で言ってるのかッ!?
李鳳は驚きを隠せなかった。
さらに燈に続いて侭の父親でもある塁が声を上げた。
「侭は大物なんだよぉ。指示も大らかだから、細かい指定は苦手なんだよぉ」
李鳳は絶句し、腹を立てていた。
意味不明だよ……そもそも、親のお前が大丈夫って推薦したんだろ!? ええ、塁さんよ!?
やっぱり圧倒的に間者にゃ向いてねーじゃんか!!
しばらくして、李単が漸く重い口を開いたのである。
「斥候で確認している猶予は無い。警戒を怠らずにこのまま進めろ!」
それを聞いて部下達は行動を起こした。
一方の李鳳はと言うと、やる気が失せていたのである。
わぉ、最終ジャッジはゴーゴGOでした……あーぁ、もっかい風に当たってこよっと。
そのまま船を進めて半刻が経過した頃、李鳳の視界が前方の海岸に停泊している4隻の船を捉えたのである。
おかしい……静か過ぎる、予定では海に浮かんでる所を襲うハズだが……。
4隻に対して間者が3人だから、現場判断で泊めたってコトか!?
全員眠らせた後に、縄で船同士を繋いで離れないようにして待機だったハズ……岸に流されたにしちゃぁ、見事な着岸だよな。
怪し過ぎんだろ……聞いてもらえなくても、一応進言しとくか。
目的の船を発見した李鳳ではあったが、その異様さに何かを感じて再び李単を訪ねたのであった。
「予定と大きく違っています……斥候を出すべきです。念の為、陸上での退路も確保して……万が一の時に備え、合流地点を決めておいた方が良いかと」
「俺も嫌な予感がしないワケじゃない……よし、斥候を出せ。侭どもが確認出来るまでは絶対に近づくなよ。それと万が一の場合は……地図上のこの地点、ここに洞窟があって奥に泉が湧いている。何かあったら、そこまでで逃げ延びろ」
李単は次々と部下に指示を出していく。
もちろん李鳳にも命令は下されたのだ。
わーい、採用されました。
んで、そのまま陸路の確保を任されましたよ。
まぁ……いざとなったら逃げ場があるだけ、船上よりはるかにマシだな。
近づいて見るとよく分かる……林の中に大勢の居る気配がするぞ。
……もしかして、待ち伏せかッ!?
あれ? でも、商船で侭達が手引きしてるのも遠目だけど見えるな……。
どうなってんだ……野生の動物なのかな?
やっぱ本隊と合流してるし……まぁ、思い過ごしのようで何よりだ……なッ!?
そう思った次の瞬間、放たれる大量の火矢。
それと共に唸り声とも叫び声とも分からない音が響き渡り、林の中から鎧をつけた大勢の兵士達が突撃してきたのである。
引火して次々に船が燃え上がっているのが李鳳の目にもハッキリ見えたのだった。
……やっぱ、待ち伏せじゃん!! まんまと罠に嵌った、クソ!
本船はもうダメだ、とっとと捨てて逃げろ!!
李単は? 燈は? 塁は? 皆は無事なのか!?
被弾した4隻の船も燃え始めたか、徹底的だ。
クソったれ、一人も逃がす気は無いみたいだな。
一人、また一人と殺されていく一家の仲間を見ていた李鳳があるコトに気付いたのである。
あれ!? 一緒に来た奴ら、どこ行ったんだ?
……あの野郎共、我先にともう逃げやがったのか……お前ら……俺も逃げるのに誘えよ!
ってか、俺の剣預けたままなのに……どうすんだよッ!?
本隊の方はもうダメだな、今更行っても多勢に無勢だし……いつかはこうなるだろうって覚悟はしてたしな……よし! 逃げよう!! 死んでたまるか!!!
その後李鳳は、息を潜め、気配を出来るだけ消して、隠れてやりすごし、脱兎のごとく逃げ出したのだった。
しかし、李鳳はなぜかに引き返して来たのである。
「くっくっく。燃えてる、燃えてる。絶景、絶景。あっさり殺されちまって情けないねェ……お前ら皆、俺にも勝てない雑魚ばっかのくせして、何無謀にも応戦してんだよ。笑えるな、くははははは……はは」
数隻の船が炎上し、その周囲には胴体と首がお別れした死体がいくつも転がっていた。
判別不能なものあるが、ほとんどが李鳳の見知った顔ばかりである。
「……バーカッ。さっさと逃げりゃあ良かったのに……なんで持ち前の腹黒さ発揮しねーんだよ」
持ち前の視力の良さが徒となり、一番よく話したであろう人物と親子の姿もハッキリ確認できてしまったのだ。
そう、その3人が無残に殺される姿をである。
李鳳は仲間の3人に意識が集中していたせいで、肝心の殺していた者を見ていなかったのである。
だからこそ、それが一時代を築く虎の娘――桃髪の英傑だとは気付けなかったのだった。
「……親子揃って、でかい図体晒して恥ずかしくないのかよ」
マジで糞ばっかだな……俺が笑える世界……どうしてくれんだよ?
あーぁ、お前ら全員糞野郎だよ…………つまんねぇ。
その後、李鳳は気配を殺したまま隠れて様子を伺っていたのだった。
いったいどれだけ、そこに居たのだろうか。
李鳳がふと気付けば鎮火処理され、黒煙だけが昇っていたのだった。
残党の捜索をしている討伐部隊に見つからなかったのは、運が良かったとしか言いようがない程、李鳳は呆然として過ごしていたのである。
「さて……行くか。生き延びた奴が1人くらい居るかもしれないしな」
チラっと相手の旗印が見えた。
『孫』の文字である。
予想通りっちゃ……予想通りだな。
孫堅、江東の虎の名は伊達じゃないな。
仕掛けられた罠も、洗練された戦い方も見事なもんだ。
襲う地域や人はなるべく無作為に選んでたのに、なんで分かったんだろう?
こっちにも間者がいたのか?
……いや、新しい面子はこの3年入ってきてない。
だったら、裏切りか!?
……いや、んな奴も心当たりがない。
あ~、やめだ、やめ。考えても分からんもんは保留だ。
李鳳は頭を振って思考を中断した。
「ランデブーポイント(合流地点)は……あっちだな。おっ、今夜は満月かぁ」
記憶にある地図と周辺の地形を照らし合わせながら、竹藪の奥へと歩を進めていった。
見上げると夜空には真ん丸の月が大地を照らしていたのである。
李鳳はそのまま竹藪の奥深くへと進み続けるのだった。
その先で運命の出逢いがあるとも知らずに……。
誤字脱字など不備ありましたらご指摘お願いします。
感想なども非常に糧となります。