69話
今回の話は桃香さんに優しくありません。
桃香ファンの方にはオススメ出来ません。
洛陽での攻城戦が始まってから3日が経過した。
しかし、連合軍は未だ董卓軍の守護する洛陽を攻略出来ないでいたのである。
――連合軍・曹操陣営――
【北郷】
頭がまだ時折ズキズキする……3日前からずーっとだ……。
……春蘭の奴、思いっきり殴りつけるんだもんなぁ……ひどいよ。
確かに失言だったけど……絶対、みんなだって思ってるはずなんだよなぁ。
華琳の目の前だったのに……うぅ~、醜態晒しちゃったよ……。
一刀は頭を摩りながら軍議の席についていた。
今この場にいるのは曹操と荀彧、それに夏候姉妹と一刀の5人だけである。
他の武将らは各々の部隊を指揮しているのであった。
「状況はどう?」
「……あまり芳しくありませんね。袁紹や袁術も攻城戦を繰り返してはいますが、都の城壁は高く、一進一退の状況です」
「一刀、貴方の部隊はどうなの?」
桂花に戦況を聞いた後、華琳は俺にも報告を求めてきた。
ただ、正直言って――。
「状況はかなり厳しいよ……。虎牢関でこっちの手の内を見せちゃったせいで、相手がしっかり対応策を取ってきてるんだよ。そのせいで凪達も攻めあぐねているみたいでさ……」
「呂布は?」
「今回はまだ出て来ないようです」
「さすがに……華雄のような猪では無いということね」
一刀と夏候淵からの報告を受けて曹操が呟く。
その呟きに4人の視線が一人に注がれた。
「……ど、どうして私を見るのですか? ……北郷、貴様まだ寝足りんようだな」
「な、なんで俺だけ名指しで絡むんだよ!?」
「黙れ! その目は失敬な事を考えておる目だッ!」
うぐッ……バレたか……でも、なんで俺だけ……。
「ただいま戻りました」
ナイスだ、流流!
「お帰りなさい。様子はどうだった?」
「……全然ダメでした。上からああも反撃されたら、手も足も出ないですよー」
ドンマイだ、季衣!
……俺は助かったぞ!!
攻城に参戦していた許緒と典韋が戻って来て報告を始めたのである。
「公孫賛さんと劉備さんの軍も攻めてましたけど、状況は同じでした。今は袁紹さんの軍が攻めてますけど……多分、状況は変わらないんじゃないかと」
「そう……。あまり時間もないし、早く決着をつけたいところだけれど……」
「えっ? ……時間ってあんまりないのか?」
リミットがあるなんて……知らなかったけどなぁ。
関所もそれぞれ1日足らずで攻略して来たから、時間的には余裕があるものだとばかり思ってたんだけど……。
「もともと連合は連携が取れているわけではないわ。あまり長く城攻めが続くようなら、士気も下がるし、ただでさえ悪い連携がさらに悪くなるのよ。それくらいの道理も分からない精液汚物男は黙ってなさい」
「……いや、分かるよ。分かるけどさ……その言い方は、ひどくない?」
「ふんッ」
ネコミミめ……華琳の前でこれ見よがしに馬鹿にしやがって……。
俺だって、ちゃんと気付いてたんだ……ホントだぞ。
「ただし、相手も籠城の士気低下が怖いのは同じはず。話の持って行き方次第では、何とかなりそうではあるけどね……」
おおー、さすが華琳だ。
次の一手も考案済みってワケか……まさか、ネコミミのアイデアじゃないよな……?
「ど、どうするんだ?」
「簡単なことよ。一刀、あなたの世界に……“こんびに”というものがあったわよね?」
曹操の口から策の内容が語られ、それが連合の全諸侯を集めた軍議で伝えられ採用されるまでに、それほどの時間はかからなかった。
曹操陣営が軍議を開いていた頃、公孫賛と劉備の共闘陣営でも小規模な軍議が開かれていた。それは軍議というよりは密議と言った方が正確かもしれない。
――連合軍・公孫賛陣営――
密議の場に居合わせたのは公孫賛、劉備、趙雲の3名であった。
「それで……真桜の様子は?」
「部下の話では、最低限の指示は出し指揮は副官に任せているそうだ。……それと、ひどく情緒不安定で喜怒の変化が激しく近寄りがたい雰囲気が出ているらしい」
「……ちゃんと食べておるのでしょうか?」
趙雲はこの3日間まともに顔を合わせていない李典を心配していた。
遠目に姿を見ることはあったが、挨拶はおろかすれ違うことすら避けられているように感じていたのである。
「ああ、それなら大丈夫だ。普段の倍は飲み食いしているらしい、逆に食べ過ぎを心配した方がいいかもしれんな」
「やけ食いでしょうな……ふむ、このまま前線で戦闘指揮をさせておいても良いのですかな? 少し休養を与えたほうが……?」
「それは私も考えて提案してみたのだ。……しかしな、李典本人に断られたよ。キツイ皮肉も言われてしまってな……部下の話でも、戦闘意欲は異様に高いそうだ。それこそ普段の倍はあるようでな」
公孫賛の話を聞いて「なるほど」と頷く趙雲。
「憂さ晴らし、でしょうな。怒るなと言う方が無理がありますからな……しかし、我らも嘘を言ったつもりはありませぬ」
「ああ、嘘は言っておらぬ。嘘は言っておらぬが……全てを話してもおらぬ」
「李鳳は本当に大丈夫なのでしょうか? あの状態で……」
趙雲の口から李鳳を心配する言葉が飛び出した。
「私には分からない。だが、ここまでは全て李鳳の予想通りに進んでいる。あの夜も言ったが……私は李鳳の復活を信じている」
「……そうですな。私が桃香様に話したというのに今更心配するなど、おこがましい行為でござった。伯珪殿の仰る通り、李鳳を信じ抜いてやるのが筋と言うものですな」
「李典にはしばらく気苦労をかけることになってしまったがな……」
心痛に耐え切れなくなっていた劉備が口を開いた。
「でもでも、白蓮ちゃん。やっぱり……やっぱり、李典さんだけには――」
「それを言わない約束だぞ、桃香」
「桃香様、全ては愛紗の為なのです。何卒、ご辛抱を」
「うぅ…………愛紗ちゃんの為……」
趙雲説得され、無理矢理自分自身を納得させようとする劉備であった。
「しかし、李鳳も酷な条件をつけてくれたものだな」
「ええ。ですが……李鳳の言った通り、今の真桜に我らが何を言っても言い訳や詭弁にしか聞こえんでしょう。真桜にとって我らは裏切り者と思われても仕方のない事をやってしまった……いや、そうするしか愛紗を救う手はなかったのですから」
「そうだな……関羽の容態が急変し、一刻の猶予も無かったあの状況で真桜に相談していては確実に手遅れになっていただろう。それは李鳳も認めていたこと、問題なのは今後だ。李鳳の復活は信じているが、それがいつになるのか……遅かれ早かれ幽州に戻れば李典も今回の事実を知ることになるだろう。いや、もう分かっているか……」
「はい……だからこそ、あれほど荒れておるのでしょう」
公孫賛も趙雲も表情を陰らせた。
劉備も暗い表情のままである。
「我らと真桜との間に生じた溝を埋めるには、李鳳本人の口から真相を釈明して…………いや、これは虫が良すぎますかな?」
「ああ、この亀裂はそう簡単には修復できないさ。何しろ自分達の都合ばかりを押し付けて、結果的に李典の意見を無視したんだからな。それだけでも信頼を失うには充分だろう……」
「……ごめんね、白蓮ちゃん。私のせいで……」
「桃香のせいじゃないさ。決断したのはこの私だ、覚悟は……できているさ」
そう言いつつも、公孫賛は少し遠い目をしていた。
彼女にも後悔が全く無いわけでは無かったのだ。
「最善の方法が……いつも正しいとは限らんからな。だからこそ、自分でやったことには責任を持たないとな。桃香、お前もだ。話してしまって楽になろうなんて考えちゃダメだ。李鳳が誰にも、李典にすら話すなと言ったのはその為だろう」
「…………」
「ふむ、そういう解釈ですか」
耳に痛い現実を告げられ、劉備は何も言うことが出来ない。
「これは私達に課せられた責務、李鳳のかけた心の枷なんだ。人命救助が目的だったとは言え、胸を張って公言できるような方法では無い。だからこそ、せめて後ろめたい意識だけは常に持ち続けていろ……そうアイツは言いたかったんだと私は思っている」
「でも……私は……」
「関羽の為に出来ることは何でもするって言ったのは、お前だぞ。あれは嘘だったのか?」
「ち、違うよ! 愛紗ちゃんの為なら私、何だって……。ただ李典さんが可哀相で……それを辛そうに見てる朱里ちゃんや雛里ちゃんを想うと……」
劉備は悲痛な表情で語っていた。
真相を話せないせいで仲間が苦しんでいる姿を見ていられないのである。
「ふぅ、不憫で仕方ないな」
「……でしょ!? だからね、李鳳さんには内緒にしてねってお願いして、李典さんに――」
「お前と李鳳が、だよ」
「……えっ?」
『賛同してもらえた』『公孫賛もやっぱり同じ気持ちだったんだ』と明るい表情を取り戻した劉備が提案しようとした矢先、その考えは一蹴されてしまった。
「そんな事をして、誰が喜ぶんだ?」
「誰って……李典さんは誤解が解けるし、そうなれば元に戻って朱里ちゃんと雛里ちゃんも
安心できるようになるよ」
「はぁ……さっき星が言った事を聞いてなかったのか? 李典は別に誤解などしておらん、ただただ怒っているんだよ……私達にな」
「だ、だったら謝ろうよ。李典さんなら、ちゃんと理由を話せば分かってくれると思うもん」
少し疲れた様子で諭す公孫賛であったが、劉備は自信を持って断言した。
「……桃香、これ以上幻滅させないでくれ。……少し風に当たってくる」
そう言い残して公孫賛は出て行ってしまった。
「えっ? ……白蓮ちゃん? えっ、えっ?」
ワケが分からず、うろたえる劉備。
公孫賛の心境を察して、目の前の主君ではなく出口の方を見続ける趙雲。
「白蓮ちゃん、どうしちゃったんだろう……?」
「桃香様、伯珪殿のお立場と心情も考えてあげて下され。さすがに……少々無神経だったと言わざるを得ないですぞ」
「えっ? ど、どうしてッ!?」
狼狽する劉備に趙雲は一息置いてゆっくりと答えた。
「……私が言えた義理ではないのですが、一度家臣の信を裏切ってしまった伯珪殿にまた同じ事をしろと桃香様は仰ってしまわれたのです」
「そんな事言って無いよ。私は――」
「真桜に話すということは、伯珪殿に対する李鳳の信頼を裏切る事になりませぬか?」
「へっ?」
ポカンという表現が似合いの顔で呆ける劉備。
「李鳳が無事に復活した後、約束は守ってくれたかと訊ねられたら……伯珪殿に嘘をつかせるのですか? それとも約束を破ったと謝罪させるおつもりか?」
「そ、それは……」
「どちらにしても、伯珪殿は再び忠臣の信に背くことになります。主君の命令に命懸けで従った忠義の臣である李鳳との約定を反故にしろ……桃香様は伯珪殿にそう仰ってしまわれたのです」
「わ、私……そんなつもりで……」
激しく動揺する劉備に、趙雲はさらに厳しい一言を加えた。
「確かに、桃香様の優しさから出たのでしょう。しかし、貴女は君主なのですぞ。そして、伯珪殿もまた君主なのです。家臣との約定は……そんなに軽いものなのですかな? あの晩誓った貴女の覚悟とは、そんなに脆く軽いのですか?」
「…………」
「私も……少し風に当ってきます。……失礼致す」
そう言って趙雲もまた出て行ったのである。
取り残された劉備は諸葛亮らが探しに来るまで、その場から微動だにしなかったのだった。
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