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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
洛陽の攻略
68/132

68話

――連合軍・公孫賛陣営――


 意識を取り戻した関羽ではあったが、彼女は首から下を全く動かせなかったのである。

 辛うじて会話をしたり、他者の手助けを得て水を飲んだりするのが精一杯の状態であった。


 公孫賛らが李典の姿を確認した直後に、虎牢関が無人であるという報が診療所の彼女らにも伝えられたのであった。

 李典は李鳳の件を激しく問い質したが、診療所の迷惑になると場所を変えて軍議の場を設けることになったのである。




「どう言うこっちゃ!? なんで伯雷が謹慎場所におらんねん? どこ行ったんやッ!?」


 李典の激しい剣幕に諸葛亮と鳳統はガクガク震えるばかりであった。


「……李鳳には昨夜のうちに、遼西郡に向けて移送させた」

「はぁ? 幽州(くに)に帰したっちゅうことかいな……なんでや?」

「……李鳳は謹慎中にも関わらず、仲間に不謹慎な罵倒や中傷を繰り返し吐いていた。それが周囲の兵士達にも届いていてな、さすがにこれ以上容認してはおけなくなったというのが理由だ」


 淡々と返答する公孫賛ではあったが、その表情はいつものと違っている事に李典は気付いていた。

 劉備は俯いて不安げにしており、趙雲は目を閉じて黙ってやりとりを聞いている。

 また、張飛はあまり関心を示しておらず、諸葛亮と鳳統は各々に話の内容を反芻して何が起こったのかを理解しようとしていた。


「伯雷の口が悪いんは今に始まったこととちゃうやろ。それに夜中に移送を始めるっちゅうんはナンボなんでも不自然やないか? 伯珪はんと星姐さんが夜中に伯雷を連れ出したんを見たっちゅう兵もおるねん。……ホンマは、診療所に連れてったんとちゃうんか?」

「…………」


 公孫賛は黙っているが、劉備の肩はビクッと不自然に反応していた。


「……あ、あのぅ」


 諸葛亮が遠慮がちに手を挙げて質問した。


「教祖様はどうして診療所に李鳳さんを連れて行ったと思うんでしょうか? 雛里ちゃんからも教祖様が診療所で李鳳さんを探していたって聞きました」

「それはやな――」

「そこまでにしてもらおうか、李鳳移送の件とは関係の無いことだ。伯珪殿、今は虎牢関を抜ける準備を進めるべきではないか?」


 李典が答えようとした矢先、趙雲が割って入り強引に話題を変えた。


「関羽や他の負傷兵達はこの野営地に残して治療を続けてくれ。時機を見て移送出来るように最低限の兵と物資を残しておく。他の者は関を抜ける準備を始めてくれ」


 公孫賛もそれに合わせて話を進めだした。


「ちょう待ちィや!」

「真桜ッ! 伯珪殿が信じられんと言うのか?」

「…………何を、どう、信じれっちゅうねん!? 散らかしっ放しの調合道具一式、将軍のウチに何の相談もあらへん突然の……それも夜中に軍師の強制送還、関羽の奇跡――」

「李典将軍。色々と疑問なのも当然だと思うが、今は董卓軍との合戦に集中してくれないか。帰ったら……この戦が無事に終わったら、きちんと説明するつもりだ。だから、今は“将軍”として部隊を率いる事に専念してくれ」


 公孫賛もまた李典の言葉を遮り、自身の想いを告げた。


「なるほどなぁ……“将軍”として……か。くっくっく、李典将軍……ええ言葉やなァ……ホンマ、エエ言葉やんか」

「ああ、真桜も“将軍”として私達と共に――」

「ホンマ胸糞悪いほど、おどれらに都合のエエ言葉やのォ!!」

「「「ッ!?」」」


 そう言い残して李典は軍議の場を飛び出して行ったのである。

 公孫賛と趙雲は苦虫を噛み潰したような表情をしており、劉備は顔を青くしていた。

 張飛は関羽の分まで頑張る、と息巻いている。


 諸葛亮と鳳統は去って行った李典を案じ、先程のやりとりに大きな疑念を抱くのであった。





――洛陽・董卓邸――


 邸宅の一室にて董卓軍の主要な幹部らが一堂に介していた。

 乾坤一擲の勝負に出た関羽を撥ね返した呂布もまた武器や愛馬を失い多少の傷も受け、今はその疲労からある女性の膝枕で眠っている。

 この女性こそ、邸宅の主にして呂布の主君でもある董卓であり、真名を月(ゆえ)といった。

 董卓はこれまで張譲の手中に落ち軟禁されていたのだが、賈駆と張遼の暗躍によって無事に救出されたのである。


 張譲の目が連合に向いている間に、賈駆は手飼いの間諜を使って密かに董卓の居場所を突き止めるに至ったのだ。

 入念に探り込み確証を得た賈駆は虎牢関の防衛をしていた張遼を秘密裏に呼び戻して、張譲一派の十常侍らを皆殺しにしたのである。

 虎牢関に居ると思っていた張遼が現れるとは考えてもいなかった悪徳宦官共は泣き叫びながら絶命していった。


 しかし、張譲だけが負け惜しみとは思えない皮肉を言い残して逝ったのだった。

 『お前達が“天”を手にすることなど決してないぞ、クハハハハ……先に地獄で待っておるわ』と。

 それを、張遼だけが聞いていたのであった。




【賈駆】


「……そう。虎牢関は連中の手に落ちたのね」

「まぁ虎牢関の件は間が悪かったのです。それより、月殿に何事も無くて、何よりなのですよ」

「……ありがとうございます」


 賈駆が現状を把握し、陳宮が董卓の無事を喜んだ。

 それに対して恐縮して控え目にお礼を言う董卓。


「気にせんでええよ。みんな、月のことが好きでやっとんのやから。それに月は偉いんやから、もっとこうどーんとしとったらええねん」

「……はい」

「…………ぐぅ」


 張遼に言われても相変わらずの董卓であった。

 一方、膝枕で眠る呂布も相変わらずである。


「それにしても……そないに強かったんか? 予想はしとったけど、ウチが抜けたせいで恋がこないにまで傷負うて戻ってくるやなんてな……それに虎牢関が1日と持たんかったんは想定外やったで」

「……むむぅ、ねねも最初は目を疑ったのです。でも、折れ曲がってしまった戟と死んでしまった馬が事実を如実に物語っているのですよ……卑怯にも3人がかりで死角から攻撃してきて、でも勝負は恋殿が勝ってたのですよ!」

「方天画戟を圧し折るか……さすがのウチにも無理な芸当やで。関羽……オモロイやんか」


 陳宮の話を聞いて張遼は笑ったのである。

 確固たる強敵の出現に武人としての血が騒ぐのであろう。


「面白くなんて無いのですよ! 初めて見る兵器が次々に投入されて応戦するのがどれだけ大変だったか、ねねの苦労も考えるのですよ!」

「そら、恋が一人で飛び出したからやろ?」

「…………恋殿は良いのですよ、ねねの目を痛めつけた兵器を開発したのは李典という奴なのです。公孫賛の下で将軍も務めているらしいと聞いているので、コイツは要注意なのですよ。曹操軍も目新しい攻城兵器をぶつけてきたのですが、こっちは対応策を考えてあるのですよ」


 正論を返されて勢いは失速するが、すぐに復活する陳宮。


「ほぉ、面白そうなんがまだまだおるんやな……。全部相手するんは骨やけど……せや、詠。ちょっと見てもらいたい件があるんやけど……来てもろてええか?」

「いいわよ。恋、月を見ていてもらって…………ハァ、ねね、何かあったら恋を叩き起こしなさいよ」

「いちいち言われなくても分かっているのです。さっさと行ってくるのですよ」


 董卓の警護を寝ている呂布と陳宮に任せて、賈駆と張遼は部屋を出て行ったのであった。




――董卓邸・中庭――


 張遼は賈駆に十常侍暗殺時に見聞きした出来事を伝えたのである。


「……あの張譲が、そんな事を……?」

「ああ、死ぬ間際にそない言い残してな。ほんで調べてみたんや……嘉徳殿にも洛陽宮にも宮中探し回ったんやけど、どこにもおれへんかったわ」

「くッ、忌々しい宦官め……。陛下……月……、これじゃ計画が……」


 張遼の話を聞いて賈駆は悔しそうに顔を顰めた。

 あの魑魅魍魎共にせっかく一矢報いたというのに、イタチの最後ッ屁を喰らってしまったのだ。


「せや、これで勅の発令は無理になってもたんや。捜索させとる部隊もあるけど、あの張譲のこっちゃ……簡単に見つけられるようなとこには隠してへんやろな。……もうウチらには最後まで戦い続けるか、逃げるかしか残されてへんで」

「分かってるわよ。分かってる……けど……くッ……せっかく、あと一歩という所で……」

「のし上がって、勝ち残るしかなかったんやもん……な」

「そうよ! だからボクは月を……王に……、月にずっと笑っていて欲しいから……」


 賈駆の考えていた一発逆転の計画とは連合とのイザコザを利用して張譲に囚われた董卓を取り戻し、邪魔な十常侍を抹殺、更に董卓と懇意にしている皇帝に上奏して誤解を解き、勅令の発動によって連合軍を撤退・解散させる目論見であった。

 そして董卓が再び中央で民の為に権力を振るう大陸の王とする青写真を描いていたのである。


 それこそが賈駆という女性の野心であり全てだったのだ。


 ところが、張譲が都は危険なので一時避難という名目で帝をどこか別の場所に移してしまったのである。

 そんな事を知らなかった張遼は目撃者を一人も残さぬように張譲の配下も含め皆殺しにしてしまったのだ。


「ウチがもうちっと気ぃ配っとれば……」

「霞のせいじゃない。ボクが悪いんだ……ボクが詰めを誤った……」


 張譲も董卓という餌に賈駆の目を向けさせて、その裏で帝を自分の懐に匿ってしまったのである。

 まさに賈駆がやっていた事を、張譲も行っていたのであった。


 今回の連合軍とのイザコザを張譲自身も利用して董卓を人身御供にし、自らが頂点に立つ鉄壁の地盤を築き上げようと画策していたのである。

 狐と狸の化かし合いは互いが互いを後戻りできない程の泥沼深くに引きずり込んだのであった。



 頭を抱える賈駆であったが、すぐに良い打開策が浮かぶことは無かった。

 そんな賈駆を張遼が励ますように語りかけたのである。


「アンタの気持ちはよう分かる。ウチも出来るとこまで手伝うたるわ」

「頼むわね。こちらも、出来るだけのことはするつもりだから……」


 その時、一人の兵士が中庭に駆けて来た。


「ああ、賈駆さま、張遼さま! こちらにおいででしたか!」

「何かあったんか?」

「はっ。地平の向こう、虎牢関の方角より大軍団が迫っている様子。恐らく、連合軍かと……」


 兵士の報告に張遼は顔をしかめた。


「相変わらずの疾さやなぁ……感心するで。総員に戦闘準備を通達! もう後はあらへん籠城戦や、今度は長期戦になるから覚悟しぃや!」

「はっ」


 兵は敬礼し、再び戻って行った。


「……まっ、そういうこっちゃ。賈駆っち、もし隙があったら、アンタは月連れてとっとと逃げや?」

「……霞」

「ウチらは戦場で死ぬ覚悟なんぞとっくに出来とる。華雄かてアホやったけど、アイツも覚悟の上で死んだんや。せやけど、月はああいう所で死なせたらあかん子や」


 逃げろと促す張遼に驚愕の目を向ける賈駆。


「ま、まさか……あんた……」

「アホ。ウチは華雄とはちゃうねんで、死ぬくらいやったら逃げるっちゅうねん! アンタかて月の為やったら何でもするっちゅーてたなよな? ほんなら戦場を逃げ出した卑怯者っちゅう汚名くらい喜んで被ったらんかいッ!」

「……あんた達が頼りなかったら、言われるまでも無くそうしてやるわよ」

「くははっ、らしゅうなって来たやないの。ほな、ウチは行くで」

「…………(ありがと)」


 そう言ってその場を去る張遼に、賈駆は心の中で感謝を告げたのであった。







最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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