67話
――連合軍・曹操陣営――
【北郷】
アイテテテ……頭が重い……昨夜考え事してたら、いつの間にか眠っちゃったみたいだな……。
あれ……何考えてたんだっけ……?
うーん、思い出せない……って事は大した内容じゃなかったんだろうな……。
それより今朝、偵察から驚くべき衝撃的な報告が届いたんだよ。
あの静まり返った虎牢関の内部を確認したら、もぬけの殻だったっていうんだ。
今朝の軍議じゃ真偽やら意図やらを測ろうとする議論が交わされるはずだし、凪をお供に向かうとしますか。
一刀が楽進と共に軍議の場に赴くと他の者達も集まっていた。
「…………虎牢関が、無人?」
「はい。袁紹が偵察を放ったところ、中には呂布どころかネコの子一匹いなかったそうで」
皆が揃ったところで夏候淵が曹操らに状況を説明し始めた。
ネコの子と聞いて一刀はチラッと荀彧を見て、またすぐに視線を戻した。
「何の罠かしら?」
「そうかもしれません。呂布もまだ健在と思われる現状、虎牢関を捨てる価値はどこにもありませんから……」
曹操の疑問に荀彧も正直な意見を述べた。
そこに一刀が思い付きを口に出した。
「んー……なぁ、単純に都に立て篭もって本土決戦したいだけなんじゃないのか?」
「虎牢関が落とされた後ならまだしも、今の段階でそれをする意味が分からないわ。まだ攻略は始まったばかりなのよ?」
「……黄巾の時の我々のように、他所から挙兵があったとは考えられませんか?」
一刀の意見を曹操が一蹴し、今度は楽進が意見を出した。
それに対して荀彧が明確に答える。
「そんな報告も入ってないわ。そもそも挙兵したい諸侯が集まったのがこの連合なのだから……。他所でそれほど大きな勢力が現れるとも思えないし……正直、義勇軍ほどの兵力に虎牢関の全戦力は必要ないはずよ」
「……だよなぁ。小規模な敵なら、誰か将を一人もっていけば済む話だもんな……ん? そう言えば……張遼!?」
「あら、下衆な色情魔でも流石に気付いたのね? ええ、昨日の一戦では張遼は姿を見せなかった……それは見せなかったのではなく、見せれなかったとしたら……」
一刀が気付いた事は当然、荀彧も考慮していた事であった。
「見せれなかったってことは……何か怪我とか病気してるってことか?」
「単純に虎牢関には居なかったって可能性の方が高いわね……。だとしたら、どこに居たのか……?」
「……都、しかないわね」
「はい、私もそう思います」
曹操の言に同意する荀彧。
「都で籠城戦となると、民にも心を配らねばならない。それをするくらいなら、兵しかいない砦で籠城した方がはるかに負担が少ないわ。にも関わらず、虎牢関は無人……都で何かあったのかもしれないけれど、そうでないとしたら……」
「やっぱり罠ってことか?」
「そうとしか思えない……のだけれどね」
曹操や荀彧には張遼がなぜ虎牢関を護らずに都に留まっていた、あるいは戻ったのかという理由に当らずとも遠からずな推測は出来ていた。
しかし、この場でそれを言うのは憚られたのである。
皆の士気を下げかねない内容であったためだ。
夏候淵などは割り切っているが、他の面子はまだ精神面に不安があると曹操や荀彧は感じていたのである。
視線のやりとりだけで曹操と荀彧は理由に関しての言及は避けるように決定したのであった。
だからこそ、曹操も荀彧もまず目先の虎牢関に皆の意識を向けさせたのである。
「いっそのこと、どこかの馬鹿が功を焦って関を抜けに行ってくれれば良いのですが……」
「さすがにそんな馬鹿はいないでしょう。春蘭でもそこまではしないわよ」
「……華琳さま、どうしてそこで私を引き合いに出すのでしょうか……?」
「フフン、貴女が猪だからに決まってるじゃない」
「なんだとッ!」
夏候惇と荀彧の口喧嘩を無視して、再び曹操が口を開いた。
「ああ、そう言えば……いるじゃない。とびっきりの馬鹿が一匹……フフフ」
「えっ、春蘭よりも馬鹿な奴なんていたっけ?」
「……北郷、どうやら貴様は戦の前に死にたいらしいな」
「ウギャ……」
「た、隊長ッ!?」
大剣の鞘で頭部を強打され気絶する一刀。
楽進が駆け寄るが一刀は白目をむいて倒れこんでしまった。
そこに、情報収集を続けていた于禁が飛び込んできた。
「華琳さまー。いま連絡があって、袁紹さんの軍が虎牢関を抜けに行ったみたいなのー……って、エーー……た、隊長ー、どうしてこんな場所で寝てるのー?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あれー? みんな黙っちゃって、どうしたのー?」
皆は呆れて絶句しているのだ。
一刀は元から気絶していたのだ。
「やるかもとは思ったけど、本当に馬鹿が動いてくれたようね。やれやれ……汜水関の時は散々言ったクセに、今度は自分が抜け駆けとはね」
「ですが、これで罠の有無が確認できますね。袁紹が無事に抜けられたら、罠はないと証明されますし……何より……」
「あったとしても被害を受けるのは馬鹿の軍だものね。たまには馬鹿も役に立ってくれるみたいね。……袁紹が無事に関を抜け次第、私たちも移動を開始するわよ」
「「「はっ」」」
「たいちょー、早く起きるのー。もうとっくに朝なのー」
「さ、沙和……隊長は寝ているワケでは……」
こうして朝の軍議は一刀気絶のまま終了したのであった。
時は早朝、袁紹軍の偵察が虎牢関を調べて驚きの事実を発見した頃に遡る。
――連合軍・公孫賛陣営――
【李典】
「李典将軍、起きておられますか? 報告したい事が御座います」
幕外から声をかけてきたのは李典の部下であった。
「ふわぁぁ……いま起きたでェ……。祈り疲れて寝てもたみたいやなぁ……聞こえとるから報告してエエで」
そう言って身支度を始める李典。
「はっ。実は……関羽殿の意識が戻られました」
「……へ? 今なんて……!?」
「関羽将軍の意識が戻られました。体は動かせないようですが、話は出来ているそうです」
「なんやてッ!」
身支度を終えた李典が飛び出してきて部下に詰め寄った。
「つ、通じたんか?! ホンマに奇跡が起こるやなんて…………ちょう待ちィや、伯雷は? 伯雷は今どないしとる!?」
部下の両肩を掴みガクガク振って問い詰める李典。
「ぐ、軍師殿ですか? わ、私は存じませんが……」
「チィッ……」
舌打ちをして李典は走り出した。
胸騒ぎがするで……奇跡なんぞ、そう簡単に起こるもんなんか……?
李典が目指していたのは李鳳が軟禁されている天幕であった。
しかし、そこには――。
「な、なんで見張りがおれへんねん!?」
慌てて幕内に駆け込む李典。
「伯雷、おるか!? 聞こえてたら返事せんかいッ!」
幕内には調合用の薬草やすり鉢などが片付けられずに置かれたままであった。
整理整頓をしっかりする李鳳にはあるまじき状態と言えるだろう。
「どこや? どこにおんねん!? おらんかったら……おらんって言え!」
李典の叫び声を聞いて数名の兵が集まってきた。
「り、李典将軍、どうされました?」
「返事があれへん、おるかも…………んなワケあるかい! ここで謹慎しとるはずの伯雷どこ行ったか知らんか?」
「い、いえ、私は何も……」
「お、俺も知りません」
知らないと答える兵士達だったが、一人の兵が偶然目撃していた。
「そう言えば、昨夜遅くに用を足そうと出た時……公孫賛様や趙雲将軍と一緒にどこかへ向かわれていたようですが――李典将軍!?」
話の途中にも関わらず李典は再び走り出した。
……ウソや……ウソやろ……?
……んなワケあれへんよな……そんなワケ……?
全力疾走で辿り着いた先は、関羽のいる診療所であった。
診療所の入り口には関羽の無事を自分の目で確かめたいという兵士達が殺到し、人垣ができていた。
「ハァ、ハァ、ちょうどいてんか……通らしてェや。……通りたいんや、どいてェ言うてるやん…………どかんかいッ!!」
怒声を張り上げる李典。
突然のことに周囲の兵達は吃驚して、李典の通れる隙間を作ったのである。
診療所には多くの怪我人が横になっていた。
一際広いスペースに関羽の寝台が置かれており、周囲には涙を流して喜ぶ劉備達の姿があった。
李典はそこにゆっくり近付きつつ、周りの様子をしっかりと観察していた。
……おらん、伯雷は此処にもおらへん……。
そして、そんな李典の姿を見た人物が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「教祖さまー」
鳳統である。
他の者よりも一歩引いた場所で見舞っていた彼女は、誰よりも早く李典を見つけたのであった。彼女のレーダーが反応した可能性も否定出来ないが――。
「おう、雛里か……。関羽の意識が戻ったんやてな」
「はい……良かったです。……助からないかもしれないって聞いて……昨日は怖くて怖くて……」
目尻に涙を浮かべている鳳統と疑念を振り払えないでいる李典。
「ほんでな、伯雷見んかったか?」
「李鳳さん? 私は見てませんけど……謹慎されているんじゃ?」
「そうなんやけど……な。雛里はいつ頃ココに来たん? 誰に連絡もろたん? 来た時には誰がおった?」
アカン……疑い始めたら止まらんで……。
やっぱり確認せんと、納得でけへん。
疑いとうはない……せやけど、……せやけどッ!
質問攻めに遭い慌てる鳳統だったが、整理して回答を返した。
「え? えーっと……星さんです。星さんが私と朱里ちゃんを呼びにきました。ここに来た時は寝起きの鈴々ちゃんと同時で、桃香様と公孫賛様は先に来ていらっしゃいましたよ」
「さよか……」
それを聞いた瞬間、李典の表情がとても暗いモノに変わった。
その理由を誤解した鳳統が慌てて弁解を始めた。
「あっ、きょ、教祖様への連絡が遅くなったのは、皆さん嬉しさで舞い上がってしまってて……す、すっかり忘れちゃってたみたいなんです。私と朱里ちゃんが気付いた時にはかなり時間が経っちゃってて……わ、悪気は無かったんです。ご、ごめんなしゃい……はぅ……」
「……ちゃうねん、そんなん……ちゃうねん……」
喜ぶべきはずである関羽の無事を聞かされているにも関わらず、疑念に対しての確証を何ら得たワケでもないのに関わらず、李典の内なる怒気はどんどん膨れ上がっていったのだった。
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