66話
※注意報発令中
星好きな方には不快に感じるかもしれない内容を含みます。
――連合軍・公孫賛陣営――
李鳳の狂ったような笑い声だけが響く幕内で、どれだけの時間が経過したことだろうか。
公孫賛や趙雲にとってはあまり長時間かけて悩んでいる猶予は無かった為、永いようで非常に短く感じたかもしれない。
逆に、外で待機している見張り兵や護衛達にとっては中から時々聞こえる趙雲の怒声や李鳳の奇声に恐怖し怯え、非常に永く感じられたのである。
李鳳の笑い声が止んでからは、幕内を支配していたのは沈黙だった。
その沈黙を破ったのが関羽の理解者であり友でもある趙雲であった。
「私の生命力とやらも使ってくれないか? お主一人の命では危険であっても複数名いればどうだ? 個々の負担を減らせて死や昏睡を回避できるのではないか?」
「おお、それならばすぐに有志を募って人数を集めさせよう」
名案を思いついたとばかりに趙雲は語る。
公孫賛も趙雲の妙案に関心し、賛同の意を表した。
「えっ、そんな事が可能なんですか!? 他者の生命力を奪って、それを別の第三者に譲与する……人智を超えた究極の秘術と言っても過言ではありませんね、素晴らしい! ぜひぜひ私にも方法を教えて下さいよ、クヒヒヒヒ……」
「できぬのか!?」
「当然でしょう。逆に、どうして出来ると思われたのか理解に苦しみますね」
「そ、それは……死ぬかもしれぬと言うのに、お主が笑っていられるのは……てっきり代替となる腹案があるものだとばかり……」
あっさりと李鳳に否定されて、趙雲は自信なさげに理由を告げた。
李鳳はそれを聞いて鼻で笑ったのである。
「おやおや、簡単に言ってくれますね……氣というものを真に理解しての発言でしょうか? 修復するだけの治癒功ならば大きな負担ではないですが、修復した後で停止している細胞などを再び活性化させる為の蘇生功がとんでもなく大変なんですよ。自分の氣でも制御が難しく扱える者が少ないというのに、他人の氣なんて上手く扱えるとお思いですか?」
諭すかのように語り掛ける李鳳。
しかし、その言葉の一節に趙雲は反応した。
「むっ……今、治癒功というやつなら負担では無いと、そう申したな? では、その治癒功だけでもお主が施してくれれば……愛紗がすぐ死ぬような事はないのではないか? そうすれば別の手立てを考える時間も生まれて……」
「ククク、それこそ『焼け石に水』ですよ。そうですね……例えば、とある池から長い用水路をひいて生活している村があると仮定しましょう。この村にとって池からの水が唯一の生命線であり、無くなれば村全体が死滅するでしょう。ある日、村とは反対側の堤防が決壊して池の水が流れ出してしまい村に供給されなくなりました。堤防は修復しましたが、溜めていた水は無くなってしまいました。この場合、生活していくのに必要なだけの水を短時間で再び池に貯えるという行為が蘇生功――つまり活性化に当ります。どうですか、修復するだけで村を救えると思いますか? 村人は生き永らえることが可能だと思いますか?」
「……それは……」
無理だと思っても趙雲はそれ以上口にできなかった。
声に出せば本当にそうなってしまうと思えたからである。
「山から湧き出る水や自然に降る雨などでチマチマ溜まるのを待っていたら、かなりの月日がかかることでしょう。生きていく上で必要不可欠な水、それが無くなれば人だけでなく農作物も家畜も大地も死に絶えて廃村と化すでしょうね……関羽殿の身体にも同じ事が言えるんですよ。ねっ、大変でしょ? どうします? 治癒功だけやります? 蘇生功もやりますか? それとも、諦めて皆で祈りますか? クヒャハハハハハハー」
「くッ……では、なぜお主はこの状況下で尚も笑っておれるのだッ!? 愛紗の生死が懸かっておるのだぞ!」
拳を強く握り締めて趙雲は李鳳に訊ねた。
「ククク、仮初の可能性や希望を与えられた趙雲殿や伯珪様がどういった反応をしてどう行動し決断するか……その葛藤を見れるだけで愉快じゃないですか。関羽将軍の生死と言っても自業自得なワケですし……そうだ、貴女にとって有利に働くかもしれない情報を一つ与えましょうか」
李鳳は口角を上げてニヤリとすると、趙雲に耳打ちする体勢になって小声で話しかけた。
「実は私、最近の伯珪様には正直ガッカリしてたんですよねェ。他の方々はとても高く評価してらっしゃるようですが、個人的には愚かな暴君としか……クフフフフ。所詮は地方の田舎に留まっておくべき人物にも関わらず、ご自身の器を越えて動かれているのが家臣としては困りものと言うよりは……むしろ不快なんですよね。クヒヒヒヒ……そんな風に思っている私なんかより、貴女方が今後も末永く共闘するという約定を持ち掛ければ揺れるんじゃないですか?」
「お、お主ッ!」
趙雲は李鳳の独白を聞いて驚き、大きな声を上げた。
「おやおや、内緒話なのにそんな大声出さないで下さいよ……バレちゃいますよ。それに貴女だって仰ってたじゃないですか、伯珪様は地方の太守がせいぜいで一国の王には決して成れないと……クヒャヒャヒャヒャ」
「そ、それは昔の話だ……」
「貴女にとっては昔でも、私にとっては現在(いま)なんですよ。少なくとも昔の伯珪様の方が私にしたらずっと魅力的でしたよ……非常に面白い存在に思えましたからね、ククク……今はご立派で、実にツマラナイ存在に成り下がってしまわれた……」
2人の内緒話に見当のついた公孫賛が少し呆れながら口を挿んだ。
「おいおい、私の陰口なら私の居ない所で言ってくれよ……目の前で言われてると思うと流石に対応に困るぞ」
「これは失礼。趙雲殿が興味津々だと仰るので……つい」
「わ、私は別に……出鱈目を申すな!」
「ククク、でも説得や交渉のネタとしては使えそうじゃないですか? さぁさぁ、早くした方がいいですよ……関羽殿、ホントに死んじゃいますよ?」
再び小声でそう伝える李鳳に趙雲は絶句した。
自分の命が懸かっているというのに言葉とは裏腹に死にたがっているような狂った発言の数々を繰り出す李鳳の意図が分からず、ひどく不気味に感じたのである。
そこに公孫賛が一つの疑問をぶつけた。
「ところでお前は確か、見返りを要求してきたじゃないか。自分が死んでしまう可能性もあるのに……どういうつもりなんだ? そんな事言うもんだから、他にも代案があるんじゃないかって私も考えたのだが……?」
「ああ、そのことなら心配ご無用。仮に私が死んでしまえば、マンセーに渡してくれれば良いですよ。兗州に世話になった人達がいましてね、金銭などの半分はその方々に――」
「お断りやッ!」
「……真桜……?」
「李典……」
これまで沈黙を続けてきた李典が突然、叫ぶように大声を上げた。
「おやおや、困りますねェ。これは私が一番信頼しているマンセーにしかお願い出来ない事なんですがねェ……」
「……星姐さん、ウチが言いだしっぺやのにこんなん言うてホンマ悪いんやけど……伯雷のこの治療は諦めたってんか」
「なっ!? いきなりどうして……?」
「ウチかて関羽は何とかして助けてあげたいっちゅう気持ちやで。せやけど、伯雷の命を代償にせなあかんねやったら話は別や。失敗したら2人とも死んでまうし、そもそも成功しても伯雷が死んでもたら意味あれへんやんかッ! ……アンタもいらん事言いなやッ!」
本末転倒やろ、と李典は吼え李鳳を睨みつけた。
ツッコミ以外でここまで声を張るのは彼女にしては珍しい事だった。
「ククク……なるほど。しかし“現在”の私の主君は伯珪様なんですよ。ですから、命じられれば従うより無いですねェ。マンセーを主君と仰ぐのも非常に魅力的ですが、クックック……。さぁ、伯珪様……ご決断を」
「…………」
激しく吼える相方に李鳳は主従関係の正論で返したのであった。
しかし――。
「それがナンボのもんじゃい! 人の命救うんに別の命を犠牲にせなあかん方法なんぞ強制させてたまるかっちゅうねん、伯珪はんがそないな命令下すかいな! ……そんでも、もし万が一、ホンマに下すっちゅうんやったら……今すぐ主従関係解消させてもらうでッ!」
主君に対する恫喝とも思える口上を述べた李典。
「李典……」
「ま、真桜……お前……」
「クク、クハハハハハハハ……本当に……本当に、マンセーには敵いませんねェ。……伯珪様、私の相方はこう申しておりますが……どうされますか?」
趙雲はそのやりとりに呆然とし、李鳳はそれまでの笑みとはまた違う種類の笑みを浮かべて嬉しそうに訊ねたのであった。
公孫賛は聞いた全ての話を思い起こし、少し考えてから重い口を開いたのである。
「星、お前には済まないがこのまま戻ろう。李鳳には引き続き謹慎を申し付ける。ただし、関羽の治療法に関して何か思い立ったら見張りの兵にすぐ伝えるように。その場合、充分な褒美も与え謹慎も解く。それと李典、お前も此処への出入および李鳳との接触を禁ずる、以上だ」
「伯珪殿ッ!?」
「ククク……承知しました」
「了解や、せいぜい大人しゅう謹慎しとれよ」
そう言ってその場を去ろうとする一行であったが、納得のいってない趙雲に向かって李鳳は別れの挨拶という形で更なる油をぶちまけたのである。
「ああ趙雲殿、私は此処で謹慎しながら奇蹟を祈ることにします。勿論、関羽殿の意識が戻って元気になりますように……ってね。祈ってる途中で寝ちゃうかもしれませんが、ククク……。貴女もしっかり祈らないと助からないですよ? 責任を感じていらっしゃるようですし……死んじゃったら貴女のせいですかね? 失礼、話が逸れましたね。では、また明日……ああ、明日まで持つのかな? クヒャヒャヒャヒャヒャー」
「おのれェ……ッ!」
激昂し暴れようとする趙雲を公孫賛と李典それに護衛兵達で抑え、何とか幕外へと連れ出したのであった。
趙雲が武器を所持していなかった事を護衛達は心の底から感謝していたのである。
一方「このドアホッ!」と怒られた李鳳は反省の色も無く、薬の調合を再開するのであった。
そして翌朝、李典は衝撃的な3つの出来事を知ることになる。
1つ目は虎牢関から董卓兵の気配が消えてしまったという事実。
2つ目は致命傷であったはずの関羽の意識が戻ったという事実。
そして、最後の3つ目は李鳳の姿も忽然と消えてしまったという事実であった。
デデーン……李鳳、アウト!
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