65話
※警告
今回、主人公がギアを一段階上げます。
ハム&星好きの方には不快注意報を発令します。
――連合軍・公孫賛陣営――
呂布との一騎打ちで深い傷を負って生死の境をさまよい未だ意識不明の関羽を診療するように頼まれた李鳳だったが、その返答は拒否を示す言葉であった。
それを聞いた公孫賛と趙雲は目を見開いて驚き、李鳳を見詰めたのである。
李典のみが呆れた表情で知らん振りを決め込んでいた。
【李典】
あっちゃぁぁ……ここ最近はウチの知る限り大人しゅうしとったはずやのに、悪い病気……全然治っとらんかったんやな……。
せやけど他の人やったらともかく……主君の伯珪はんに噛み付くんだけは、堪忍して欲しいんやけどなぁ……。
「お主ッ、たいがいにせぬかッ!」
「よすんだ、星。……李鳳、ワケを聞かせてもらえるか?」
再び掴み掛かろうとする趙雲を身を挺して止めた公孫賛は、振り返って李鳳にその理由を訊ねた。
李典は全力で気配を消し背景に同化しようとしていた。
知らんでェ……どないなっても、ウチは知らんでェ……。
「ワケも何も……私は軍師であって医師のつもりは無いんですがねェ、クックック……」
「それはそうだが、知識や技術があるならば少しくらい使ってくれても構わないだろう?」
そらそうや、診るくらい診たってもええやんか……ケチくさい男はモテへんで……ああ、伯雷に女関係は無縁やったな、ニシシシシ……。
「関羽殿は……本当に生きたいと思ってるんでしょうか?」
「なに……?」
「当たり前だろうッ!」
質問に質問で返す李鳳に向かって公孫賛は顔をしかめて呟き、趙雲は怒鳴りつけた。
「趙雲殿は先程……将軍ではない私に貴女達の気持ちは分からない、そう仰いましたね。戦の前に伯珪様が命じたのは“必勝”ではなく“必生”だった、にも関わらず関羽将軍は天下無双の呂布に自ら一騎打ちを挑んだ。軍師である私達が散々警告したにも関わらず……つまり、彼女は手柄を立てたかったんじゃないですか? 劉備殿の理想実現の為に……」
「……桃香の理想……?」
「…………」
趙雲は何も答えなかった、否、答えれなかった。
正しく、図星だったからである。
連合への参入を決定する前に諸葛亮らと何度か話し合い、この合戦を利用して劉備の地位を更に高められるよう如何にして勲功を稼ぐかを散々画策してきたからであった。
李鳳と諸葛亮らの懇談会を通して公孫賛陣営は全面的に信頼できるという確信に至っていたが、自陣営が大きな手柄を立てる為に動くという方針自体に変更は無かったのである。
だからこそ、呂布を討ち取るという大きな功績を目の前にしては冷静な状況判断が出来なかったのだ。
「別に手柄を立てたい、と思う事はいいだろう?」
口を閉ざした趙雲に代わり、公孫賛が口を開いた。
「はい、そう思うのは大変結構な事ですよ。しかし、問題なのは関羽殿が呂布を討ち取る為ならば“自分は死んでもいい”“相打ちになろうとも構わない”と考えたのではないかという事です。最後の一駆けは全身全霊、文字通り魂を賭けて突っ込まれたように“私”には見えたのですが……生憎、私は“将軍”では無いですからね。クックック……ですから、当時の関羽将軍の心情を“将軍”である“貴女”に教えて頂きたい」
「…………」
「ククク……、沈黙は肯定と受け取りますよ?」
愉悦に口元を歪めて笑う李鳳に対して、趙雲は口を閉ざしたままだった。
趙雲自身もそうだと思っていたからだ。
李鳳の言ってる内容は大きくは間違っていないのである。
大筋はむしろ合っていると言えるだろう。
無論、関羽が死にたいなどと思ったはずはないが“二度と動けなくなっても良い”という覚悟が全身から滲み出ていた事は明らかだったからだ。
そして趙雲はそれを知った上で、関羽を止める事が出来なかったのである。
死ぬかもしれない、殺されるかもしれない、それを承知で一騎打ちを見届ける事に決めたのであった。
趙雲は聡い人間である。
李鳳の言葉の裏に隠された真意、本当は何を言いたいのかを察してしまったのだ。
つまり『お前は一度関羽の死を受け入れる覚悟をしたのだろう』という事をだ。
関羽の一騎打ちを容認した事は公孫賛の“必生”の命令にお前も背いた事になるのではないか、李鳳はそう告げていると趙雲は思ったのだ。
「あの呂布を相手していたのだ……命を賭けねば、倒せるはずが無かろう?」
「確かに、倒そうと思えば……“犠牲”は不可欠だったでしょう。ですが、関羽殿は連合軍の顔であり将軍でもあったのですよ。今回に関しては……彼女は決して“犠牲”となる覚悟などしてはならなかった、石に噛り付いてでも“生き延びる”という断固たる決意を持っていなくてはならなかったんですよ! 命令に背き、生き延びたいという意思を放棄した人間の治療なんていう一銭にもならない事を……どうしてわざわざ私がしなければならないのでしょうか? 納得のいく説明をお願いします」
「…………」
ふ~ん、伯雷は伯雷独特の視点で見とるとこはしっかり見とるんやな……って思とったら、金にならん労力使いたないだけちゃうんかッ!?
なんや尤もらしい事並べとるけど、暗に先立つモンを要求しとるだけやないやろな……?
「私がどうしても関羽を助けたいからだ、これが理由だと……不満か?」
再び趙雲に代わって公孫賛が口を開いたのだった。
「クフフフフ……いえ、とても明瞭で納得できます。……で、見返りはいか程?」
言いよったッ!?
主君に向こてまでホンマに言い放ちよったで、この守銭奴は……ッ!
「なっ!? お主、味方を治療するのに見返りを要求するつもりか?」
「私は文官として給金に見合った仕事をしている自負があります。今は軍師としても兵士としても他の武官に負けない働きをしていると思っていますし、薬師として傷薬も上納しております。この上……私に医師としても働けと言うのに無償で、とは酷な話ですねェ。クックック……路銀を稼ぐ為に客将になられた誰かさんなら、私の気持ちを判って頂けますよね? それとも今の3倍働けと言われて給金が今と同じでも、貴女は文句一つ言わずに働き続けるんですかねェ?」
「くッ……それは……」
「ふむ、望みは?」
「関羽殿の命に値すると思われる金額を、と言ったら……いくら貰えるんですかね、クヒヒヒヒ……」
こらアカンっ!
末期の症状や……相手が伯珪はんって、ちゃんと理解しとるんやろか……?
「お主という男は……ッ!」
趙雲は歯噛みしながら李鳳を睨みつけた。
しかし公孫賛は悠然と答えてのけた。
「関羽に値段などつけれんさ、だから今回は無償で治療してくれると助かる。どうしてもと言うなら李鳳の言い値で構わないぞ」
ほほぅ、伯珪はんも然る者やなぁ。
さすがの伯雷も、今回は一本取られたんとちゃうか……ウッシッシッシッシ。
「ククク……そうですか。では、法外な額を請求させてもらうとして……もう一つだけ問題が……」
請求すんのかいッ!?
どんだけガメツイねん……しかもケチやし、金の亡者っちゅうんは伯雷のような奴を言うんやな……。
「なんだ?」
「最初に診療所を訪れた際に確認した限りでは、関羽殿の傷は心臓に到達していると思われます。このまま放置すれば三日と保たずに死ぬでしょう」
「ッ!? やはり……致命傷というのは間違いないのか」
「だ、だったら一刻も早く治療を始めてくれ!」
険しい表情の公孫賛と焦った様子を隠せない趙雲。
「助ける方法に一つだけ心当たりがあります。我が師直伝の秘奥義と私独自の内氣功を複合した施術によって損傷した心筋細胞を修復し、再び活性化させることが出来れば……道はあるかもしれません」
「よ、よく分からんが可能性があるならば、ぜひやってくれ!」
「ああ、私からもお願い致すッ!」
閉ざされた暗闇の中に一条の光がさしたと思って2人に希望の微笑みが浮かんだ、その瞬間――。
「ただし……成功するにせよ失敗するにせよ、代わりに私は戦線離脱となりますがね。下手すると一生離脱です、クヒャヒャヒャヒャ……まさか多くの衛生兵がさじを投げた重傷の患者を何の代償も無しに助けられるとお思いなワケないですよね」
悪魔が微笑みを刈り取ったのであった。
「……ど、どうしてそうなるんだ!?」
「私も医師としてはまだまだ未熟でして、この療法は一度しか試した事がありません。簡単に言いますと、私の生命力を関羽殿に分け与える事になりますので……加減を間違えて生命力を枯渇させてしまえば私自身が死ぬのは自明の理でしょう。仮に加減に成功したとしても……生命力を譲渡するワケですから、施術が終われば私は昏睡状態に陥ります。数日あるいは数十日……いったい何日で意識が戻るかは私にも分かりません」
「そ、そんな……」
再び2人の表情に陰りが生じた。
「私も“医師”として命を賭けるんですから、助かる可能性は充分ありますよ……まぁ保証は出来ませんが。ちなみに……私が昏睡する事は保証しますよ、クヒヒヒヒ……。放っておいたら間違いなく関羽殿は死にますが、施術すると確実に私が昏睡し……最悪、死んじゃうんですよ。さぁ、どうします? やらせますか? やめますか? 私は伯珪様の指示に従いますよ……クヒャッヒャッヒャッヒャー」
「…………」
「…………」
治癒功を応用した強制的な再生と覚醒……確かに伯雷からそんな蘇生法があるっちゅうんは聞いた事あるけど、アレって確か……!?
「ちょ、ちょう待ちィや! それって以前試してアンタがエラい目に遭うて禁術扱いにしてへんかったか?」
「ええ、瀕死の小鳥を蘇生する為に使って大成功でしたよ。ただし、その後丸々2日間私の意識は戻りませんでしたがね、クックック……今回はどうなることやら……?」
「…………」
「…………」
……小鳥で2日て……人間相手やったら…………死ッ!?
「おや、どうしました? あれだけ治して欲しいと仰っていた趙雲殿が黙ってしまわれるとは……伯珪様に取り計らって貰えばいいのですよ? 私のようなゴミ屑の“犠牲”で関羽将軍という連合軍の顔であり劉備軍の勇将が助かるかもしれないのですよ? 何かと貴女を腹立たせる小生意気で卑怯な献策しか出来ない下劣な文官一人を生贄とすることで、一騎当千の豪傑が戻ってくるのですよ? さぁさぁ、頼まれないのですか? クヒャハハハハー……」
「…………」
「…………」
……やめェや、死にたない言うとるくせになんで挑発なんぞするねんッ!?
李典の心配など露知らず狂ったように、それでいて非常に楽しそうに哂い続ける李鳳。
その李鳳に何も言えないまま黙って悩む趙雲。
公孫賛も思いを巡らせていた。
「伯珪様も、どうされました? 劉備軍の武将や袁紹軍の兵士達は死なせたくないと言い、逆に自軍の兵には死んでくれと言い切った貴女なら迷う必要など無いのでは……? さぁさぁ、“死んでもいい”と思った関羽殿を救う為に“生き永らえたい”と思う私に命じたらどうですか……やってくれ(死んでくれ)、とね……クヒャッヒャッヒャッヒャハーー」
「……他に、他に手立ては無いのか? 本当にその方法以外に関羽を救う事は出来ないのか?」
「クヒャハハハハ……いえいえ、まだ一つありますよ。“祈る”ことです。このまま何もしなくても奇跡的に回復し傷も癒えて明日には元気に起きてきますように、と皆で奇蹟を祈りましょうよ! クヒャヒャヒャヒャーーーー」
「…………」
李鳳の狂喜のみが、天幕内でこだまするのだった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
また一旦区切らせて頂きます。




