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海を越えた破綻者  作者: パトラッシュ
虎牢関の攻略
64/132

64話

――連合軍・公孫賛陣営――


 ある一つの小さな天幕に衛兵が2人付いていた。

 ある要人が出歩かないように監視し見張る為である。


 その人物とは李鳳であり、彼は天幕内で暇潰しに漢方薬を調合すべくすり鉢で薬草をすり潰していた。

 すると、そこに近づいてくる影が――。



【李鳳】


 ゴリゴリゴリゴリゴリ……。


 か~ご~め~、か~ご~め~。

 加護の中の鳥居は~、い~つい~つで~あ~う。

 夜明けの晩に、鶴と亀が滑った~。

 後ろの正面だぁれ?


 ……マンセーっ!


「邪魔するでぇ、しっかり謹慎しとるかぁ? ウッシッシ」


 ビンゴ。

 クックック……、人間やる気になれば気配で人を判別するのも可能になるもんだな。


「モチロンですよ、謹慎をやらせて私の左に出る者はいませんよ」


「そらそらなかなか……ん? って、それやとドンケツやんっ!」


 おおー、ツッコミ復活だ。

 夕方から様子が変だったけど元に戻ったようで何より、クックック。


 李典は李鳳の周囲に並べられている多種多様な薬草や謎の物体、調合器の数々に目をやった。


「大人しゅう篭っとるワケないと思てたけど……案の定やな。えらい散らかりようやんか、また薬イジリしとったんか」


「私の……いや、私達の飯の種であり生命線ですからね。マンセーの趣味(開発費)も大部分をこれで賄っていること……忘れたワケじゃありませんよね?」


「分かっとるて。アカンとは言うてへんやんか、アンタらしいと思うで……。アンタらしい言うたら……あの容態の関羽に向こて開口一番が大笑いっちゅうんも……ホンマ、アンタらしいで」


 関羽の見事なまでのピエロっぷりを俺なりに賞賛しようとした結果、大爆笑という素敵な旋律を奏で……ん?

 これは……むむむ、趙雲!


「失礼するぞ」

「あっ、星姐さん」


 李典に続いてやって来たのは李鳳の予想通り趙雲であった。

 彼女は槍の代わりに酒瓶を持って入って来たのである。


「おや、やはり真桜も居たか……どうだ一献?」

「関羽についとらんでええのん?」

「桃香様や鈴々が居るさ、あまり大勢だと他の怪我人にも迷惑になるからな」

「ほな、遠慮のう頂戴するわ」


 そう言って李鳳の前で杯を酌み交わす2人。


「……私の分が無いようですが?」


「あるはずなかろう、お主は謹慎中なのだぞ」


 当然だろ、と言い返す趙雲。


「……では、なぜ此処に酒瓶を持ってこられたので?」


「お主の前で呑む為に決まっておろう、フフフ」

「ニシシシシシ、こらええツマミになるで」


 談笑する2人の女性と眺めるだけの1人の男性。


 なるほど……ちょっとした意趣返しのつもりか。

 生憎、酒はあんまり好きじゃないんでね……それはいい。

 それはいいが……俺を差し置いて楽しむのは如何なものかと……自慢じゃないが、俺は異常に心の狭い男なんでね、クフフフフ……やられたらヤり返しますよ。


「それで……用事は酒盛りだけなんですか?」


「いけなかったかな?」


「いえ……構いませんよ」


 ……貴女の氣は如実に物語ってるんですがね……それだけじゃないって……。


「ほんで伯雷、さっきの続きやけど……なんで診療所であないな事言うたん? 流石の伯珪はんもご立腹やったで」

「それは私もぜひ聞きたいな、死力を尽くした愛紗にあのような態度を取った理由を……?」


 クックック……、マンセーは本当に好感が持てる。

 趙雲殿もマンセーを見習ってもう少し素直にならないと、どこぞの政治家みたいに言葉や物事の裏ばかり読もうとしてしまうぞ……俺が言えた立場じゃないがな、クヒャヒャヒャヒャッ!


「私は根が正直者ですので……ついつい本当の事が口からこぼれて出てしまいました」


「……なんで大笑いしたんや?」


「私は感受性も豊かな人間ですので……ついつい滑稽な姿に笑いを堪え切れませんでした、クックック……」


 おやおや、趙雲の氣の色が決定的に変わりましたねぇ……いやはや、本人の性格と違って氣は素直でいい子ですねぇ。


「我らは桃香様と伯珪殿の為に全力を尽くしたのだぞ、愛紗の怪我はその代償ではないかっ! このまま愛紗が助からなければ……相応の報いを覚悟してもらうぞ」


 趙雲が激昂するのも無理は無かった。

 名誉の負傷とも呼べる傷を負った関羽に労いの言葉ではなく、大音量で嘲笑を浴びせたのだから普通の人間なら怒って当然だろう。

 劉備達は呆然とし、公孫賛は慌てて診療所から李鳳を叩き出し謹慎を命じたのであった。


 しかし、趙雲の怒声に対しても李鳳は平然としていた。


「ククク……、もし関羽殿が助からなければ……命令違反となって罰を受けるのは彼女になりますよ」


「なんだとっ……?」


 趙雲の氣の流れ、色彩、形状の変化によって感情の起伏をも読み取る李鳳は嬉々として話を続けた。


「伯珪様の命令は“死ぬな”でしたよね。死んでしまったら違反でしょ……だったら懲罰の対象になりますよ。クヒヒヒヒ……死人にどんな罰を下すのか、想像も出来ませんね」


「お主という奴はっ、グッ!」

「あちゃぁ……」


 片腕で掴みかかろうとした趙雲を李鳳は同じく片手で制した。

 手首の間接を掴み、そして捻り、その後解放して大人しくさせたのである。


「そもそも、関羽殿が一騎打ちという愚かな行為を選択した事自体が命令違反に該当するとは思いませんか?」


「……あの時、我らの万策は尽きておったし……私も鈴々もかなり疲弊していた。それにあれは……愛紗の“将軍”としてのたっての願いでもあったのだ」


「何か、勘違いしてませんか?」


「……どういう意味だ?」


 李鳳の言葉に疑問を示す趙雲。

 李典はマイペースに杯を乾かしている。


「貴女方は充分過ぎる程に役目を果たしましたよ。呂布を足止めし、連合本隊や攻城部隊に被害が及ぶのを徹底して防いでくれた。おかげで董卓軍に大きな損害を与えることに成功しました……だから、不利になったのなら撤退すれば良かったのですよ」


「なっ、敵を前にして逃げろと申すのかッ!?」


「確かに伯珪様は天下無双をもぎ取ってこい、とも仰ってましたが……あくまでも命じたのは“死ぬな”です。優先順位を履き違えないでもらいたい。……もしかして、呂布を倒す事が勝ちだと思ってるんですか? それで逃げる事が負けだとでも? ちゃんちゃらおかしいですね、だから“無様”で“道化”だと申したんですよっ!」


 趙雲の杯には未だ酒が残っており、最初の一口以降は手をつけていなかった。


「呂布は倒さなくても良かった、そう言うつもりか……?」


「そうは申しませんが、警告しておいたのを無視して一騎打ちを仕掛けて返り討ちに遭うなんてのは……“将軍”として、どうなんでしょうね……ククク」


「くッ……しかし、私は愛紗を誇りに思うぞッ!」


 趙雲は強く言い切った。

 趙雲自身も感じていたのだ、あの時の関羽は己の武をはるかに越えた力を発揮していたのだと。

 他者を傷つける為の暴力ではなく、他者を守る為の武の境地――そこに至ったとさえ思えた瞬間だったのだ。


「死んだら“負け”ですよ。天下無双という称号も、死んでたら無意味でしょ。脅威でも何でもありません。それよりも私は生きて“董卓”討伐と都の治安活動に励んで欲しかったですね……関羽将軍は今や連合軍の顔、伯珪様も仰ってたように彼女はこの連合の精神的支柱でもあったのです。勝算の無い“賭け”に出てもらっては迷惑以外の何物でもないですよ」


「将軍ではないお主に……私や愛紗の気持ちは分からんさ」


「君主や民の為に“生き延びて役立ちたい”と願う私には……さっぱり分からないですねぇ、死にたがりの人の気持ちなんて……クックック」


「…………」


 趙雲はとうとう黙ってしまった。


「よう言うわ……」


 ボソッとツッコム李典。

 腹立たしく思うが言い返せない趙雲は杯に残っていた酒を一気に飲み干した。

 そして、一転して暗い表情となり関羽の容態について語りだした。


「……愛紗の助かる可能性は極めて低いらしい。曹操より派遣された医療班でも手のつけようが無いと言っておった……」

「ん? なんで曹操はんがわざわざ医療班送ってきたんやろ?」


「事前情報もそうでしたが、今のうちに貸しをつくっておいて……後程、高利で回収しようと思ってるんじゃないですか、クヒヒ」


「ああ、なるほどな」


 納得や、と手を打つ李典。

 しかし、悲痛な趙雲を見るに見かねて助け舟を出すのだった。


「アンタが診たったらどないや? 天下の名医の弟子なんやろ」

「なにっ、そ、そうなのか?」


 バッと顔を上げて李鳳に確認する趙雲。


「……天下の名医かどうかは知りませんが、医師の弟子だった事は確かですよ」


「毒にも怪我にも病にもめっちゃ詳しかったやんか、アンタやったら……関羽の怪我も治せるんとちゃうん?」

「それなら一刻も早く愛紗を診てくれっ!」


 李典の発言に希望を見出した趙雲が李鳳に縋りつく。


「ククク……、ご冗談を……いや、失礼。私は謹慎中の身なものでして……」


「それならば、私が劉備様と伯珪殿に掛け合ってすぐに解いて貰うさ」


 慌てて天幕から出ようとする趙雲だったが、それを引き止める声が響いた。


「その必要はないぞ」


 声の主は公孫賛であった。

 公孫賛が護衛を従えてやってきたのである。


「伯珪殿……?」

「私もついさっき李鳳があの華佗の弟子だと言う事を知ってな」

「華佗……あの神医のッ!?」


 黄巾の乱以前から華佗の名は知る人ぞ知る名医として知られていた。

 それが黄巾党での一件で重い病やひどい怪我でも必ず治してしまう神医がいる、という噂が加速度的に広まったのである。


「さっきの件は不問にする。李鳳、すぐに関羽を診てやってくれ」

「李鳳! さぁ早くッ!」


 公孫賛という後ろ盾を得て趙雲は李鳳を急かすように連れ出そうとした。

 しかし、李鳳から返ってきた言葉は拒絶であった。


「お断りします。生きる気が無い人の治療なんて御免ですよ」






最後まで読んでくれて、ありがとうございます。

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